I.研究と講演の記録
- <研究活動>
- 研究分野の1〜4までは、<報道のページ>をご覧下さい。
- 1.戦後の児童生徒の発育曲線について
発育に関する文部省統計から、最大発育年齢の推移を示す近似曲線を求めるために、対数表を繰り、タイガー手回し計算機を操る日々が続いた(1962〜63)。 その頃、大学内に電算機が導入され、いち早く飛びついたのが情報処理の世界に身を投ずるキッカケになった。
- 2.騒音が児童や学習の及ぼす影響
(a)発育への影響
騒音が子どもの健康に及ぼす影響を調べていたが、説得力ある結果が得難い状況だった。
その頃、ドイツの戦災孤児たちの背丈の発育不良が、寝室の過密と夜中の騒音に起因するらしい、との研究を知り、卒業生が勤務する国道沿線の学校の協力を得て調査したところ、発育に関して見事な差が出たので何気なく発表しが、たまたま、環境週間の始まりであったようで、「卯の目鷹の目」の記者の目に留まり、大変なことになった。
(b)思考活動への影響
神戸市環境局の依頼で、列車騒音の学校教育への影響調査であった。 一般には「騒音への慣れ」が肯定的に捕えらえているが、常々それに引っ掛かりがあったので、この機会に実験調査を試みた。騒音の負荷と思考活動のタイミング合わせに、電子制御の技術を応用して、新たな実験装置を作成した事がこの実験の成功に繋がった。
- 3.コンピュータ制御のシステム
(a)教材ロボットの開発
東南アジアの理科教育支援の出張先で、8ビットマイコンの教育施設を設置し、それを使ってマイコン制御の小型ロボット YOKO−sanを作り展示、このロボットは、マレーシアの旧国王の前でもデモし、テレビで全国放映、新聞にも掲載された。
(b)音楽シンセサイザーとの接続
教育工学センターを発足させ、教育の色んな分野にコンピュータが使える可能性を示したかったし、エレクトロニクスへの興味も手伝って、当時、目新しい未来の機器同志を繋いで見ることにした。シンセサイザーから出るアナログ電圧の読み取りは、さほど難しくはなかったが、当時の世間では
「雲の上の出来事」 として話題になった。(1978年)
(c)心拍数の無拘束長時間記録
日本で最初の独立大学院・自然研究科博士課程のシステム科学専攻で「生体情報論」を担当することになった。授業内容は「高度に」、方法も「システマティックに」と背負込んで、当時興味があった「騒音が児童の生活リズムに与える影響を把握する機器」として1回 5〜6人の受講生全員の分担作業で、パソコンと心電図用テレメータを繋いで記録できる装置を完成させ、循環器専門病院でテストした。
- 4.健康情報のコンピュータ処理
1978年からの職務上の担当が、教育環境を専門としていた教育衛生から、養護教諭養成の特別別科として「学校保健管理」となった。
それまで、チームを組んで実験や調査をしていたがそれも出来なくなり、研究の方向転換が必要であった。方向転換先が、「健康情報を情報機器を利用して管理し、それによって得られた情報で適切な保健指導をする」、というコンピュータ利用の構想であった。
- <講演や講習>
- 振り返ってみると、随分沢山の講演に招かれました。それぞれの場で満足なお話ができたかどうか不安です。 依頼された話題の大部分は、保健管理や学校教育にコンピュータがどう使えるか? その実践例や可能性についてでした。
騒音問題も大きなテーマでした。 学習活動や児童の発育に騒音がどう影響するかを調べ、その研究成果を求められる場所にお知らせするのも「社会的活動」として捉えていました。
100回近く依頼された講演の題目や場所については