(神戸新聞・他 共同通信社)1979/10/30、39歳、「音楽演奏のコンピュータ評価」

 教育学部にも念願のコンピュータ導入が見えてきた。コンピュータ導入のために教育工学センターを立ち上げ、機器選定では国産コンピュータ数種を排して、機能面やデータベースソフトが充実していることで当時、種子島の宇宙センターでロケット制御にも使われていたHP製ミニ・コンピュターの導入を主張した。 当時としては目を見張るような予算を思い通りに動かした後ろめたさと、根からのエレクトロニクスへの興味から世に出始めた夢の楽器、シンセサイザーの制御や信号の分析に、後に就任した永岡氏らと兆戦した。国産コンピュータを導入した他大学のセンターでは出来ない成果や、教育工学でどんな事が出来るのかなどの可能性を内外に示したかった。(「鍵盤楽器の奏法指導のためのシンセサイザを用いた演奏の分析・評価システムの試作」共著、日本教育工学雑誌、第7卷1号、pp29-38、1982.6)