E.海外研修旅行の想い出
JICAの海外派遣や文部省の在外研究で世話になった機関や、アマチュア無線で親しくなった海外の仲間を訪ねる研修旅行を何度も繰り返しました。参加された皆さんの想い出、感想、傑作写真などがありましたら、お寄せ下さい。
- <RECSAM訪問1986、11名>
: JICAの専門家として勤務したペナン島にある理数科教員を対象とした共同研修機関(RECSAM)に、コンピュータ研修と語学研修を兼ねたツアーを計画し、養護教諭の卵11人+ミレーノツアーの上田さんの計13名が、昼は研修、夜は研修所の運転手付のライトバンで走り回り、遊びまわる旅をした。その後は、旅行社側引率は不要とのことで、私自身が引率者を兼ねるはめになった。
- <AIHD訪問1990,10名、1991,20名>:先と同様、JICAの派遣専門家としてバンコックの公衆衛生研修所に勤務した。その研修所を訪ねて、各国から派遣の公衆衛生関係幹部生と交流をしながら、バンコク周辺を訪ねる旅を、1990年と1991年のに2度に亘って行なった。
- <セブ島とマニラ1993、12名>:RECSAM時代のドイツ人同僚が勤めるフィリピンの国立科学教育センター(NSTC)とタイのAIHDで教えた保健婦インダイが勤める州立の保健所とハム仲間JUN-sanを訪ねる旅を「学校保健と公衆衛生研修」と名付けて計画した。連絡を取り合う間に、なんと偶然にもハム仲間JUN-sanの妹が、タイで教えた保健婦インダイの親友と言うことが判り、その妹まで巻き込んでの歓待。ヨットがしたくて長年セブ島に勤務しているドイツ人ジョージもびっくり!。
ジョージのヨットで小島に上陸すると、現地人が沸く様に現れた。
- <カーティン工科大学1999、2000,20名>:国際文化学部に移籍直後、文部省在外研究として、西オーストラリア州パースのカーティン工科大学の理科教育研究所に3ヶ月滞在した。
それが契機で国際文化学部とカーテイン大との学部交流協定が結ばれたが、その素晴らしい都市と、明るく広々としたキャンパスや、移民受け入れを本格的に行なうために本気で開発された「日本とは異なる語学研修」を見せたいと企画した。2000年度は、参加希望者が20名に膨れ上がったことや、結婚式失念事件も重なって、急遽、鏑木教授にも応援を頼んだ。
- <セブ島とミンダナオ 1999、5名>:アマチュア無線を通じて、フィリピンのミンダナオ島のグループと親しくなった。大学に勤める牧師、眼科医、農園主、薬局店の経営者や船舶通信士などの無線愛好グループである。通信士や牧師は来日するチャンスもあり神戸で何度か会った。
そのような彼らが、「学生たちをミンダナオに連れて来ないか?、我々仲間で歓迎するするから」と誘ってくれた。 訪問したところ、大学と無線クラブをを上げての大歓待を受けた。
- <退官記念旅行・蘇州と上海 2002、6名>:これは引率ではなく、講座の仲間の企画による「横尾先生退官記念ツアー」。教育学部時代の大学院生であった呉亜東君はオムロンに勤めていたが、近年に名門の上海交通大学の情報関係の助教授になった姿を訪ね、今後の関係を密にしたいとの思いもあった。
-