B.神戸大学教育学部時代

  1. <学生時代>(1959〜1963)
    (動物実験、物理実験、環境調査、ESS、演劇部裏方)
      主専攻は、教育衛生学科の前身の保健科。 副専攻は理科で、物理教室にもよく出入りした。 教育衛生学科あげての環境衛生調査や動物実験に興味があって、精一杯の手伝いをした。 趣味でもあったエレクトロニクスを使って実験装置を作らせてもらうのを楽しく思い、一方でアマチュア無線で海外との交信しを目指して、英語を学びあうESS部に所属して合宿に参加したり、合間を縫って演劇部の裏方で音響効果も担当する忙しい日々だった。

  2. <助手時代、教育衛生学教室>(1963〜1978)
    (マウスの実験、環境衛生調査、学舎移転、赤塚山、鶴甲、大学紛争、養護教諭養成課程、教務委員会)
      卒業後も実験の手伝を続けたい理由で、夜間の高校に勤めた。 2年後に助手の席が空き、これが大学に勤めるきっかけとなった。仕事は、環境衛生調査や実習の担当、研究室上げての動物実験のアレンジや、調査データの整理だった。 講義をしなくてよいので、チームを組んで行う実験に打ち込めたのは幸せだった。 そのように学生の卒論実験をアレンジして、それを学位論文にまとめることが出来た。
     
  3. <助教授時代、養護教諭特別別科>(1978〜1992)
    (学校環境衛生実習、パソコン、教育実習、セミナーハウス、風見鶏、赤塚山官舎、別科部屋、教育工学センタ)
      助教授昇任にあたって、それまで専任が居なかった養護教諭課程を担当することになった。 一年ごとに入れ替わる40名の学生を専任2名での世話、授業の準備、各種委員会業務では、実験どころではなくなてしまった。 そのような状況になって、一人で細切れの時間を使って出来、しかも他が手がけていない仕事としてコンピュータは最適であった。
      教育工学センターのミニコンも大いに利用させてもらい、パソコンでは荷が重過ぎる処理も先取りができた。 困ったことは、毎年入れ替わる40名の名前を覚えること。 学部と別科の時間割摺り合わせ。 教育実習の割り振りや巡回。  
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