「キレる」「ムカつく」、ささいな理由で人を傷つけてしまう若年層の事件が増えています。そんな時代に、訴えたいこと――。この本には、阪神大震災を学ぼうという、学生・生徒・市民のみなさんのガイドブックとなるよう、さまざまな参考図書、参考ホームページも掲載されています。
【増補版】(2003年9月1日刊)では、「神戸修学旅行マップ」、「震災後社会はどう変わったか」、「読者の声」、「活用例」などが加わりました。
【増補版第5刷】(2006年10月刊)では、震災10年目の新しいデータなどが加わり、30数カ所を改定しました。
ここでは、まだ本を読んでいない方のために、内容の一部を紹介します。
1995年1月17日午前5時46分。成人の日と振り替え休日の連休があけようとしていたその瞬間、地下から、巨大な揺れが襲ってきた。淡路島北端から阪神間の一帯は、数十秒の激しい揺れで、その風景が一変した。死者6430人。負傷者4万3773人。全壊した住宅は約10万4900棟(自治省消防庁)。小学校などの避難所には、神戸市内だけで最高時23万6899人(1995年1月24日)が身を寄せ、被災生活をしいられることになった。
家々は崩れ、鉄筋のマンションやビルも傾き、町のあちらこちらから火の手が上がる。被災地の真ん中では、救援活動に取りかかる人がいる一方で、あまりの被害に呆然とたたずむ人、そして、そんな非日常を目の当たりにしながらも、なお、学校や会社へ向かおうと、いつもどおりの生活を続けようとする人々がいた。人間は異常な災害に直面しても、なかなか受け入れられないことがある。日常から非日常へのスイッチに迷う人々も多かった。
神戸市灘区六甲町2丁目の西尾荘では、3人の神戸大学の学生が亡くなった。地震直後に付近の商店街から出火して、倒壊した下宿に閉じ込められた学生たちが命を落としたのだ。友人たちが助けようとしたが、火の回りが早く、救出できなかった。
阪神大震災では、道路一本隔てた右側は壊滅的で、左側は無傷、ということが起こった。数メートルで、いや数センチで生と死が分かれた。
激震の恐怖にさらされ、家屋が倒壊し、火の手が迫り、水や、電気、ガスが途絶したなかでは、あなたはまわりの人々と運命を共にすることになる。 そのときから、あなたは、より弱い立場の人々を救出したり、消火活動に奔走したり、水くみや炊き出しの重要な要員になる。もし、あなたやあなたの家族がケガをして動けなくなったら、今度は、隣近所の人の力を借りなくてはならなくなる。 学校、地域、職場、親戚……。人の絆があなたを救い、人のネットワークがあなたを求めている。
「地下鉄サリン事件」のテレビ中継現場で、ヒロシマのラジオ取材で、様々な壁にぶつかる。
駅で、人が倒れていたら、あなたはどうするか。
阪神大震災では、多くの街の風景が消えて、かけがえのない命もそこで失われた。その場に立ちあった多くの人々の心に傷を残し、三年が過ぎた。
この本の初版を1999年に刊行したあと、いろいろな場で阪神大震災から学ぼうという取り組みが始まった。