6437人の命を奪った阪神淡路大震災から、まもなく14年が経つ。大学生・短大生は31大学111人が犠牲になった(旧文科省発表)。中には祖国から遠く離れた日本の地で無念の死を遂げた留学生たちもいる。UNN関西学生報道連盟に所属する加盟大でも、神戸大で7人の留学生が亡くなった。今年の5月12日には中国で6万人以上の犠牲者がでた四川大地震が発生。世界のどこにいても、いつ大地震がやって来るかわからない。震災で被害の大きかった神戸大、関学、神女院大の留学生は地震に対してどのような意識を持っているのか。震災当時、留学生はどのような様子だったのか。大学は留学生に対して、どのように震災を教えているのか。3つの事柄に焦点を当てた。【震災取材班】



東遊園地の追悼式にスタッフで参加 健介さんの父・白木利周さん

 6434人が犠牲になった阪神淡路大震災から1月17日でまる14年が経過した。神戸市中央区の東遊園地では午前5時ごろから神戸市などが主催する追悼式「1.17のつどい」が開かれ、震災が発生した午前5時46分には1分間の黙祷が行われた。当時神戸大経済学部2部の3年だった息子の健介さんを亡くした白木利周さんはNPO法人「1.17希望の灯り」のスタッフとして、遺族らが交流するテントの運営や警備などに奔走した。【1月17日 神戸大NEWS NET=UNN】
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【写真】追悼式の警備をする白木利周さん。(1月17日・東遊園地で 撮影=濱田直毅)



14年目の思い 上野さん黙とうを捧げる

 震災から14年目の1月17日午前5時46分。今年も故・上野志乃さん(当時発達・2年)の父・政志さんが黙とうを捧げるため志乃さんが亡くなった下宿跡を訪れた。【1月17日 神戸大NEWS NET=UNN】
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【写真】慰霊碑「箱」の前で静かに黙とうする上野政志さん。(1月17日・ニュー六甲ビラ跡地で 撮影=大喜多理沙)



ともだ公園で黙とう捧げる 元応援団長の高見さんの遺族ら

 阪神・淡路大震災から14年。午前5時46分、元35代応援団長の故・高見秀樹さん(当時経済・3年)の遺族が盛華園アパート跡地のともだ公園で黙とうを捧げた。【1月17日 神戸大NEWS NET=UNN】
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【写真】盛華園アパート跡で亡くなった高見さんへの黙とうを捧げる遺族ら。(1月17日・ともだ公園で 撮影=伊崎春樹)



涙と花を添えて 東遊園地「1.17のつどい」

 阪神・淡路大震災で 犠牲となった競基弘さん(神戸大大学院自然科学研究科博士課程・1年)の両親が、1月17日に神戸市中央区の東遊園地で開催された「阪神・淡路大震災 1.17のつどい」を訪れた。【1月17日 神戸大NEWS NET=UNN】
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【写真】黙祷後、東遊園地では献花が行われた。(1月17日・東遊園地で 撮影=高尾絵里)



震災の日、14回目の追悼行事 各地の参加者の声

 1月17日午前5時46分。神戸の街は14回目の震災の日を迎え、地震発生時刻には被災者に黙とうが捧げられた。市内各地で様々な追悼行事が行われる中、東遊園地、六甲台慰霊碑などで参加者の声を聞いた。【1月17日 神戸大NEWS NET=UNN】
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救援隊の精神受け継ぐ 1.17をのんびり過ごす会

 サポートステーション灘・つどいの家で、神戸大学生震災救援隊が「1.17をのんびり過ごす会」を行った。1月16日の夕方から17日朝にかけて救援隊のメンバーが集まり、14年前の震災を振り返った。【1月17日 神戸大NEWS NET=UNN】
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【写真】鍋を囲み、乾杯する救援隊員ら。(1月16日・サポートステーション灘・つどいの家で 撮影=有田朋央)



「現吉」で集い 競さん一家ら、思い出語る

 阪神・淡路大震災で被災し犠牲となった競基弘さん(神戸大大学院自然科学研究科博士前期課程・1年)の遺族と友人らが1月16日、居酒屋「現吉」で集まり、思い出話に花を咲かせた。【1月16日 神戸大NEWS NET=UNN】
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【写真】思い出話にふける和巳さん(左から2番目)ら。(1月16日・居酒屋「現吉」で 撮影=西田健悟)



震災から14年 遺族が六甲台慰霊碑で献花・黙とう

 厳しい寒さの中、六甲台慰霊碑で1月16日、遺族や大学関係者らが献花・黙とうに訪れた。震災から14年、それぞれの思いを回顧した。【1月17日 神戸大NEWS NET=UNN】
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学長など約40人が黙祷 旧商船大で慰霊セレモニー

 阪神淡路大震災で犠牲になった旧神戸商船大の6人の慰霊セレモニーが、海事科学部の深江キャンパスで1月16日午後2時から行われた。学生や教職員など約40人が参加し、1分間の黙祷のあと、6人の名前が刻まれた慰霊碑に献花をした。【1月16日 神戸大NEWS NET=UNN】
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【写真】慰霊碑に献花する野上智行学長。(1月16日・深江キャンパスで 撮影=松本尚也)



遺族が震災のパネル展を見学 娘を亡くした上野政志さん

 阪神淡路大震災で当時発達科学部2年だった娘の志乃さんを亡くした上野政志さんが1月14日に神戸大に来学。震災のことや社会的活動に取り組んでいる学生の紹介をしようと、都市安全研究センターなどが工学部の木製遊歩道「うリボーロード」で開催しているパネル展「1.17記憶の回廊ーー阪神・淡路大震災と神大生の14年」(13日~16日)を見学した。【1月15日 神戸大NEWS NET=UNN】
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【写真】神戸大ニュースネットが発行した紙面「震災特集」を見つめる上野政志さん。(1月14日・「うリボーロード」で 撮影=濱田直毅)



神戸大留学生センター 留学生対象に授業

 神戸大、関学、神女院大のうち、神戸大だけが、留学生センターで留学生向けに震災について触れる授業を開講している。クラスの大半の学生が地震を体験したことがないため、地震がどういうものかという説明をし、イメージを持ってもらう。「日本事情」という授業などで、寛平雅夫准教授は、地震のメカニズムを説明するビデオを流したり、対処法の説明を行ったりしている。「今、地震が起こったらどうすればいいのか」。留学生の学ぶ態度は真剣だ。

 瀬口郁子教授は、震災直後、『忘れられない…あの日-神戸からの声-』という当時被災した留学生の手記を監修した。「心のケア」「追悼」「記録を残す」という3つの目的で、震災を経験した7人の留学生が中心となって制作を行った。インパクトを持ってもらえるように、多言語で編纂されている。これらの手記をボランティア団体「震災を読みつなぐ会KOBE」に朗読してもらう。他にも、神戸大、神戸市教委、読売テレビ、読売新聞が共同制作した震災教育教材「ビジュアル版幸せ運ぼう」を視聴するなど、視覚や聴覚に訴えかける授業を行っている。留学生が地域の人に助けられることもあるし、逆に、地域の人を助けることもある。「共に生きることで、減災につながる」と瀬口教授は話す。

【写真】震災時の資料を読み返す神戸大留学生センターの瀬口郁子教授



震災当時の留学生

●神戸大
 震災当時、神戸大には523人の留学生が在籍。うち7人が犠牲となった。母国語も通じない異国の地でどのように震災を体験したのだろうか。
 当時、神戸大に留学し、北区に住んでいた朴鍾祐准教授は振り返る。「最初、トラックが市営住宅に突っ込んできたかと思った。揺れが収まってラジオを聞いて地震だとわかった」。
 日本語がわからない留学生は情報弱者となった。救援物資をどこでもらえるか、罹災証明の手続きをどうやるのか。情報は錯綜。留学生間のネットワークで情報交換がされたが、「ポートアイランドが沈んでしまう」といった誤った情報も流れた。
 一方で、困難な状況の中でも日本人が優しい言葉をかけてくれた。朴准教授も近隣住民に助けられたという。「日本人の温かみを感じた」。

【写真】震災当時、神戸大の留学生が写真を集めて作った切り絵。(提供=神戸大留学生センター)



●関学
 震災で関学は学生15人が亡くなったが、留学生は204人全員が無事だった。学舎では理学部で火災が発生。教職員1人と院生14人がすぐに駆けつけ、延焼を防いだが、被害額は6000万円以上に上った。
 当時、留学生に犠牲者が出なかった原因は、ほとんどが被害の少なかった大阪府で下宿していたからだという。それでも、安否確認には約1ヶ月かかった。

 現在は国際協力研究科長で、当時は留学生担当を務めていた春木紳輔さんは他の職員2人と震災発生の3日後から安否確認に奔走した。「本人の方から連絡してくる人もいたが、どこに行ったのかわからない人もいた」。留学生間のつながりを利用して、全員の無事を確認したという。「被災地の中心に行くのは難しかった。留学生間でお互いに色々連絡もってたから、友達に聞いていけた」。春木さんは当時を振り返った。

【写真】震災で消失した関学の理学部研究室。(提供=関学広報室)


●神女院大
 神女院大では当時留学生は在学していなかった。また、震災で死傷した学生や教職員は幸いいなかった。しかし、ヴォーリズ建築で知られる貴重な建物のほとんどが全壊または半壊となり、その多くが撤去された。地震直後、電話が繋がらない状態が続き、職員らは学生の安否確認に追われた。
 飯謙文学部教授は「初めは地震があったという実感がわかなかった。しかし、講堂のめちゃくちゃになったパイプオルガンを見た時ものすごいショックを受けた」と当時の心境を語った。

【写真】震災で神女院大の学生寮は全壊し、撤去された。(提供=神女院大施設課)



防災教育の徹底を 2割の留学生、避難わからず

 UNN関西学生報道連盟は12月3日から22日の期間で神戸大、関学、神女院大に通う14カ国76人の留学生を対象に地震に関する意識調査を行った。震災を知っていると答えた留学生が92.1%に上る一方で、大地震が起こったら、どこに避難すればいいかわからないという回答が18.4%あった。震災について知ったのは、一番多かったのが祖国の37.8%、大学の授業や友人は最も少なくて10.8%だった。

 調査によると、イギリスやドイツ、スウェーデン、韓国、オーストラリアなど地震がほとんど起こらない国や地域から来た留学生でも96.8%が、「震災について知っているか」という問いに「知っている」と答えた。それら32人からは、祖国や大学入学前に通っていた日本語学校で震災について教えてもらったという声が多かった。
 震災のことについては、ほとんどの留学生が知っていたものの、問題も浮き彫りとなった。「大地震が起こったら、どこに避難するか」には、「机の下」、「広場」、「小・中学校」と答えたのが79.7%で、「わからない」、「トイレ」、「地下室」が20.3%もいた。
 トイレはむしろ危険であり、地下室は身近にあるとは言い切れない。震災当時、どこに避難していいかわからず、誤った情報を信じて混乱した留学生も多かったという。3大学ともに入学時のオリエンテーションで配布する学生生活に関するハンドブックに、震災以降、地震が起きたときに学生はどのように対応したらよいか明記されるようになったが、詳しく説明する時間が十分ではないのが現状だ。神女院大は学生寮で火災の避難訓練を行ってはいるが、大地震によって再び多くの犠牲者を出さないためにも、大学としても避難方法について説明する場をより設ける必要がある。

 神戸大の4年生でアメリカのシアトル出身のエヴァンイングさんは「寮で避難方法はわかるが、その他の場所での地震の対処方はわからない」と話す。中国出身の関学2年生も「大学で震災について教えてもらったことはない。教えてほしい」。韓国出身で神女院大1年生の姜慧実さんは「学校で習ったのは神戸に大きな地震があったという事実だけ。地震が起きたら机の下に入ることしか知らない」。

 結果を受け、震災当時から神戸大の留学生センターに務め、被災した留学生の手記を監修した瀬口郁子教授は「母国で防災教育、特に地震に備えての教育を受けている学生がほとんどいないということが改めてわかった」と話す。大学には「減災につながる防災教育についても学内外の機関、地域住民とも連携した形で留学生等対象の防災セミナーをしていく必要がある」と提案。「留学生自身も地域住民であるという意識を持ち、近隣住民とコミュニケーションをとり、安心して暮らせる街づくりに積極的に参加していくことができれば、地震だけでなく、防災・防犯全般にも役立つと思う」と指摘した。




【過去の震災特集一覧】

震災から13年 震災特集2008
震災から12年 教訓を生かす 震災特集2007
震災から11年 大学だからできること 防災へのとりくみ
震災から10年 被災下宿 変わりゆく街で
震災から9年 《特別版》大学から震災の灯は消えたか
緊急連載 大学から震災の灯は消えたか
震災から8年 体験者として伝える事
震災から7年 震災7年目の学生達
震災から6年 覚えていますかあの日のことを
震災から5年 被災学生5年目の追悼手記「亡くなった31大学111人へ」
震災から4年 《震災写真展》大学から1999-震災発生から現在までの記録
震災から3年 いま、後輩たちに伝えたいこと《三大学アンケート》
震災から2年 被災下宿は今
震災から1年 神戸大学震災犠牲者への追悼手記



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