安全な登山研修願う
大日岳遺族が和解報告
国が主催した研修登山で大学生2人が亡くなった大日岳遭難事故(2000年3月)。国と遺族をめぐる遭難訴訟が和解結審したことを伝える報告集会が9月15日、尼崎労働福祉会館で行われた。裁判を支えた関係者や一般市民らおよそ190人に向けて、遺族らが勝利和解を報告。関係者は、安全確認が徹底された研修登山が再開されることを願った。【9月15日 神戸大NEWS NET=UNN】
【詳細記事】
◎安全な登山研修願う 大日岳遺族が和解報告~2007年9月15日
◎9月15日に報告集会 大日岳訴訟和解を受け~2007年8月21日
◎国と遺族が和解 大日岳遭難事故~2007年7月28日
◎大日岳事故国が控訴 遺族の思い~2006年5月14日
◎大日岳事故に判決 国に損害賠償命令~2006年4月27日
◎大日岳遭難事故 署名17万7000筆に~2006年2月11日
◎大日岳遭難事故 山頂のポール折られる~2005年3月29日
◎約5万筆の署名を提出 大日岳事故の遺族ら~2005年3月5日
◎きょう署名を文科省に 大日岳事故遺族~2005年3月4日
◎引率講師を不起訴処分 大日岳文部省研修遭難~2004年6月9日
◎大日岳遭難「国は真相を」 故・溝上さんの母 民事裁判にかける~2004年6月9日
◎10万人の署名提出へ 大日岳事故の遺族ら~2004年3月2日
◎溝上さん発見から1ヶ月 仲間と歩いた6年~2000年8月11日
◎ワンゲル部員ら、応援歌で別れ告げる~2000年7月20日
◎溝上さんの葬儀、20日に明星高校で~2000年7月14日
◎溝上さんと家族が確認 大日岳遭難から4か月~2000年7月12日
◎立山遭難事故 ヘリでの捜索も停滞~2000年3月16日
◎ワンゲル部にHP開設の支援を提案 SCIN~2000年3月13日
◎捜索をネットでみまもる学生・教職員 メールもあいつぐ~2000年3月10日
◎風強くヘリは午前のみ飛ぶ 明日は捜索活動休止~2000年3月11日
◎ヘリの捜索午後は中止 明日以降、当面継続~2000年3月10日
◎地上からの捜索 いったん断念~2000年3月10日
◎今日も終日吹雪 溝上さん捜索再開のめど立たず~2000年3月9日
◎吹雪で捜索始められず 1.5メートルの新雪~2000年3月9日
◎八日も捜索できず 吹雪が続く大日岳~2000年3月8日
◎ワンゲル部員が一部帰神 学生課に報告~2000年3月8日
◎溝上さんらの捜索進まず 今日も無念の猛吹雪~2000年3月8日
◎猛吹雪にヘリ捜索も終日できず 大日岳遭難~2000年3月7日
◎「わずか3メートル」で明暗分かれる 脱出した学生証言~2000年3月7日
◎学生課から職員を新たに派遣 交替で現地の様子を報告~2000年3月7日
◎「早く見つかってほしい」 救助された学生が会見~2000年3月6日
◎1100m下の斜面で電波発信 2日目の捜索を終える~2000年3月6日
◎大学が対策本部を設置 現地に学生課長派遣~2000年3月6日
◎ヘリでの捜索を再開 地上の捜索は見合わせ~2000年3月6日
◎1960年代、相次ぐ大学山岳部遭難で設置 文部省登山研修所~2000年3月6日
◎家族とワンゲル部員 研修所に駆け付ける~2000年3月5日
◎午後六時に捜索打ちきり 明日の朝再開へ~2000年3月5日
◎今回は22大学が参加 「文部省登山研修」初の遭難~2000年3月5日
◎ワンゲル部員、立山連峰で遭難 行方不明~2000年3月5日 |