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コラムの部屋 ・ 6月〜7月掲載分

6〜7月のバックナンバー
7月25日掲載分 【和尚】
7月18日掲載分 【ぐっぴー】
7月11日掲載分 【小梅】
7月4日掲載分  【頭領】
6月26日掲載分 【ホット】
6月22日掲載分 【そら】

7月25日掲載

 2002年度前期が終わりに近づいたが、今思い返せば前期にはさまざまなことがあった。応援団による学歌指導しか記憶に残っていない入学式、授業開始時刻に来ない講師へ怒り、ヌードが学問の対象になりうることに驚愕し…。だが、拙僧ら神戸大学文学部の一回生にとっての最大の出来事は専修決定だった。そう、神戸大学文学部では各分野のガイダンス授業を一通り終えてから、専修分野を選ぶことになっている。

 7月17日に発表された専修志望調査の結果を参考にして、専修許可願を22日までに提出。定員を超える分野では29日に選考試験が行なわれ、その結果は翌日の正午に発表。選考に落ちた者はその直後に教務学生掛に呼び出され、その場で専修を決める。それを受けて、31日に最終結果発表という流れになっている。

 なぜ受験時にではなく、一回生のときの前期末に専修を決めることになっていたのかといえば、「大学の学問についてよく知らない高校生に専修を選ばせるのは酷だ」という理由によるらしい。確かに芸術学と美術史学の違いのわかる高校生などいないだろう。だが拙僧などはいまだにその違いがわからない。一回生の前期末の時点では、まだ拙僧だけでなくほとんどの人が「大学の学問」についてよく理解できていないだろう。この段階での専修決定は早すぎるのではないかと思う。

 だが、何はともあれすでに専修は決定された。すでに過ぎ去ったことについてとやかく言う前にこれから先のこと、さしあったて9月中旬に提出することになっているレポートの心配をしなければ。【和尚】

7月18日掲載

 先日、神戸新聞で「マクド、バーガー値下げ」という見出しを見ながら思ったのだが、活字で「マクド」と書かれると意外な違和感がある。同紙は過去にも「マクドに強盗」というタイトルの見出しを打ったことがあるのだが「ファミマに強盗」という見出しは見たことがないので、もしかするとその記者にとって「マクド」は少し特別な意味合いを持っている言葉、関東への対抗意識の表れなのかもしれない。

 さて関東への対抗意識といえばやはり阪神である。結果的に3年連続最下位に終わった野村監督の時代でさえ「巨人戦は勝ちに行く」という発言はたびたび見られたし、星野監督は「巨人に勝てないピッチャーは生まれてきた価値がない」と極論している。阪神の場合は「大本命を楽に走らせると追いつけなくなる」という点でまだ理にかなっているが、神戸新聞の場合は対抗意識の空回りにも受け取れる。

 私はここ数年間東京に住んでいたが、実のところ関東では関西の情報というのは不思議なほど入ってこない。神戸といえば(地元民としては笑ってしまうことに)イメージ的には三都物語と北野町だし、京都、奈良は言うに及ばず。大阪は道頓堀、その程度である。逆に関西から見たとき「東京は人間の住む所ではない」とのことだが、これもあまり当たっていない。「空気が悪い」といっても大阪もそう誉められたものではあるまい。平均寿命が何歳も違うならともかく、実際に住んでみれば文字通り「住めば都」なのであった。

 考えてみると世の中に「食わず嫌い」は多い。見聞を広めるためにもたまには旅行も悪くないか、そう思う今日このごろである。まあその前に試験があるのが大問題なのだが。【ぐっぴー】

7月11日掲載

 7月になった。季節も変わり、すっかり夏である。何によって季節の移り変わりを感じるかは、人それぞれあるだろう。春は桜の花。夏ならセミの鳴く声や風鈴の音。秋になると紅葉する山々。冬にはこたつ。四季が豊かな日本では季節を感じさせるものがさまざまある。

 だが私は、季節の変わり目を匂いによって感じることが多い。例えば、風にのってやってくる梅の香り。プールの消毒薬の匂い。公園にただようキンモクセイの香り。ストーブの石油の匂い。これらは私を「ああ、今年もこの季節が来たんだな」という気持ちにさせる。

 その他にも日常で、匂いは私をいろいろと楽しませてくれる。洗いたてのシャツの匂いで何だか幸せな気持ちになったり、久しぶりに昔使っていたシャンプーで髪を洗うと、その香りで当時を思い出して懐かしい気持ちになったり。それに、旅館の新しい畳の匂いは旅行気分を引きたててくれる。きっと匂いには心をなごやかにする不思議な力があるのだろう。

 しかし、時に匂いは人を心地よくするだけではない。香水をつけすぎて、きつい匂いを周囲にまきちらしている人がたまにいる。あれは決していい匂いなどではない。そうではなく、横を通り過ぎた時にほのかに香水が香ったり、持ち物からいい匂いがする人。こういう匂いの使い方をしている人が私には素敵に思える。そんなふうに私にも匂いをうまく使いこなせるだろうか。そして人から素敵だなと思われるような、周りをなごませるような、そんな存在になれたらいいなと思うのだ。【小梅】

7月4日掲載

 漫画家にとってネタが無くなるということ、それは彼らにとって死を意味する。面白いギャグが、感動的なストーリーが、さらに強い敵のデザインが、まったくもって浮かばない。ほうぼうから何か資料になりそうな物をかき集め、一日中原稿用紙と向かい合ってもこれといった考えが出てこないのである(ところで諸事情により休載というのは一体何なのだろう)。

 長寿漫画では「漫画のネタ作りに頭を抱える作者」という話がよくある。どういうわけか作者自らが漫画に登場し、原稿を執筆している。かと思いきや、向かっている原稿用紙には何も描かれてはいない。ネタが浮かばずに困っているのだ。そこに登場人物が現れ、ストーリーを作ってもらうことになる。そこでまたドタバタが……、といった展開で読者に驚きを与える。一見開き直ったともとれるストーリーだが、非常に興味深い。ネタがないことに激しく苦しみ、締め切りもせまってどうしようもなくなったときに突如わいてきた一つの考え。この経緯を一本の話にまとめればいいのではないか。まさに逆転の発想であり、人間の想像力の偉大さを思い知らされる。「想像力は無限大である」とよく言われるが、その通りだと痛感する。

 実はこの文章も数時間に渡ってテーマを考えたものの、大したことが思いつかず、試行錯誤の末に書き上げたものである。パソコンと長時間見つめ合い、「コラムに書くネタがない、ネタがないならネタがないことをネタにすればよい」こんな考えを発端にして書いた。だから絶対にネタがなくなるなんてことはない。このコラムがその証明である。【頭領】

6月26日掲載

 先日、大阪ドームで行われたCHAGE&ASKAのライブは衝撃的だった。ライブの定番曲がことごとく演奏されず、その代わりに熱狂的ファンですら予想もできないほどの意外な曲がハードなロックアレンジを伴ってよみがえった。

 ライブでどんな曲をどんな順番で演奏するかというのは、アーティストにとっても、そしてファンにとっても重要である。自分の好きな曲は演奏されるのか…ファンは期待を寄せて会場へ足を運ぶ。しかし、限られた時間内ですべてのファンが等しく納得するようなプログラムを組むのは難しい。今回のチャゲアスの場合、私のようなコアなファンは大満足だったが、「LOVE SONGが一番好き」といったライトなファンは少々不満を覚えたことだろう。

 誰かのファンなら一度は作ったことがあるであろう「自分だけのベストMD」は、自分しか聞くことがない代わりに、自分が最高だと思える曲を、最高の曲順で並べることができる。ライブだとアーティスト主導で聴く曲が決まるが、ここなら「自分にとって最高の、架空のライブプログラム」を実現することができるわけだ。ベストMDは、聞くことよりも、それ自身を作ることの方がおもしろい。限られた時間の中で、どのような曲を、どのような順番で入れるかに頭を悩ます。ベストMDの作成には、ライブのプロデューサー気分を味わえるという一面もある。

 最近はアップルの「iPod」など、「曲をたくさん詰め込めるMP3プレイヤー」が流行っている。確かに便利なのは事実だが、1000曲を詰め込むことで失われる一つの楽しみがあるのもまた事実。時代遅れの74分MDだって、考えようによっては悪くない。【ホット】

6月22日掲載

 続かないもの。日記や貯金など、続けようと思ってもなかなか続かないものである。私のような面倒くさがりに人間にとっては、毎日決まったことをする、というのは案外大変な作業だ。

 小学生のころ、夏休みの課題でアサガオの観察日記をつけようとしたことがある。しかし、1週間ほどで挫折してしまい、手軽にできる自由研究課題に取り組んでいた記憶がある。いわゆる三日坊主というやつだ。

 貯金も続かない。自分では欲しいものを厳選して購入しているつもりだが、衝動買いに走ってしまうこともしばしばだ。バイトやサークルの飲み会ではおごる立場にあるため、出費もばかにならない。気がつけば財布の中から札がなくなっている、ということもある。

 こういったことは、すべて自己責任の問題だが、これほどまでだらしない自分には驚きを通り越してあきれてしまう。

 そんな私であるが、下宿を始めるために昨年から貯金をしている。当面の目標は100万円だが、先日70万円まで貯めることができた。正直なところ、ここまで続くとは思いもしなかった。

 やはり、目標があるとそれに対する意識も変わってくるようだ。もうすぐテスト期間に入る。単位取得には日々の勉強の継続が欠かせない。テストのたびに危うくなる私の単位取得も、目標を持てば変わるのだろうか。しかし、私には勉強意欲をかき立てるような目標を持つことの方が、専門科目で出てくる数式よりも難しく思えるのだ。

 だが、そもそも私のような人間が大学の講義に目標を持てるはずないのかもしれない。どうせ授業中は教官の子守唄を聞きながら深い眠りに落ちているのだから。【そら】

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