1月9日掲載
もうすぐ1月13日、成人の日がやってくる。私は今年、成人式に出席する予定だ。成人式は本来、新しく成人に仲間入りする若者を祝う式典である。だがここ数年、新成人が成人式会場で起こすトラブルがよくニュースになっている。会場で酒盛りしたり、式典中に祝辞を聞かずに大騒ぎするというのだ。現代の若者にとって、成人式はいったいどんな意味を持っているのだろうか。
もちろん、個人によって成人式の受け止め方は違うだろう。新成人であっても式に参加しない人、会場で目立とうとして騒ぐ人、会場の外で友達と集まり、プチ同窓会を始める人…。それぞれ個人で違った楽しみ方や過ごし方がある。
ちなみに、女性である私にとって成人式とは「一生に何度あるかわからない、振り袖を着られるチャンス」である。そんな私は、いつかまた袖を通すかもしれないが、おそらくないだろう振り袖を購入した。高い買い物であった。そして式当日は、着物の着付けや振り袖姿を写真に撮るために、朝早くから準備をする。それもこれも、一生に一度しかない成人式のためだ。
本来、新しく大人となる若者を叱咤激励し、新たな門出を祝うはずの成人式は、今となっては違うイベントになってしまったようだ。その原因は、大学進学率の上昇ではないか。これによって20歳を過ぎても社会的責任が軽い学生のままで、自分が大人であるという意識がない人が増えたからだ。それなのに、いつまでも形式的に式を続けるのは意味がない。税金のムダである。いっそ成人式をなくしてしまえばいい。
…もし本当に成人式がなくなっても、私は振り袖を着て思い出を作った後だからかまわない。けれど、もし今年の成人式が中止になれば、私はおおいに悲しむだろう。「振り袖が着られなかった」と。【小梅】
1月3日掲載
ピーコのファッションチェックというワイドショーの1コーナーをご存じだろうか。ピーコが街を行く若い女性や、そうでもない女性のファッションを批評している。いつから始まったのかは知らないが、そこそこ長続きしているのを見るあたり、移り変わりの激しいテレビ業界にしてはヒットしているのだろう。
批評家というものは、批評する対象物に精通していなくては話にならない。サッカーを批評する人間であれば、サッカーのあらゆる事柄に詳しくなる必要がある。また、詳しいということは、何よりも好きだからという部分が大きく影響している。先述のサッカーの批評家ならば、仲間内でチームを組み、自らがサッカーを楽しんだりしている。
話をファッションに戻す。ピーコは辛口だ、時には酷評もある。もしもピーコではなく、女性の評論家が酷評したならば、こう思う女性も少なからずいるはずだ。「あんたには言われたくない」と。しかし、相手はピーコ! 彼は女性の心を持つ「男」(気の利いた表現)である。男に「じゃあお前のファッションはどうなんだ」と言ったところでどうしようもない。つっこまれるべきところを最初から封じているのだ。これによって彼の批評に凄みが生まれる。コメントされた女性も、反論する気はなくなってしまう。彼のコメントも気分良く受け止められるだろう。
昔の西洋の宮廷、王の隣には道化師がいて、側近にはとてもできないつっこみを入れた。道化師に本気で反論する王もいない。むしろ王は道化師のつっこみを素直に聞き、己の間違いを正した。行き詰まった時には、門外漢に意見を求めるのも悪くない。【頭領】
12月26日掲載
私はかつて遠距離自宅通学生だった。自宅生のころ思い描いていた一人暮らしは、「食事の支度や片づけ、部屋の掃除や洗濯などをすべてあわせても、今まで往復の通学にかかっていた4時間もかからない。自分の時間が大幅に増える」というものだった。そして、ようやく1カ月前に一人暮らしを始めた。
一人暮らしを始めて、改めて実感させられたことは、「自己責任」である。大学から帰っても出迎えてくれる家族はいない。母親が夕食を作って待っていてくれることはなく、料理はもちろん、部屋の掃除から洗濯まで、すべてを自分の手で行う必要がある。生活のあらゆることが「自己責任」において行われなければならない。
ところで、先日風邪をひいた。詳しくは書かないが、自己管理の無さが原因だった。当然、看病してくれる人もいないし、病人食を作ってくれる人もいない。熱でふらつく体を起こし、自分で食事を作らなければならなかった。家族の存在の大きさはもちろん、あらゆる面での自己管理、自分の責任というものを痛感させられた瞬間だった。
改めて書くまでもないことだが、「自己責任」は大学生、特に下宿生にとっては当たり前のようについて回る言葉である。自分の中で忘れていた「自己責任」を思い出せた点で、風邪をひいたのはいい経験だったのかもしれない。
話は変わって。熱も引き、体調もすっかり良くなり、最近は規則正しい生活を送っているつもりですが、咳だけが2週間以上続いていつまでたっても治りません。どなたか良い治療法を知らないでしょうか。【そら】
12月19日掲載
バイトの始まる時間まで少し余裕があったので、いつもより2つ前の停留所でバスを降りた。向かった先は「昆陽池公園」。家から車で10分足らずの場所にあるのに、小学校の遠足で来たのを最後、ずっと訪れていなかった。昆陽池とは、もともと奈良時代の名僧、行基が築造した農業用のため池である。いまでは越冬のために渡り鳥が次々と飛来する野鳥の楽園となっている。
公園の景色は昔とまったく変わらない。池のそばで、小さな女の子が粉々にしたポテトチップスをばらまいていた。女の子の周りにカモが続々と集まってくる。その光景があまりに懐かしくて、私は思わずほほ笑んでしまった。女の子が昔の自分とダブっていた。
幼いころ、私は休日になるといつも母親にサンドイッチを作ってくれるよう頼んだ。お目当てはパンの耳だ。袋いっぱいにパンの耳を持って、よくここに遊びに来た。池の水が汚れるので、本当はあまり餌をやってはいけないことになっているのだが、そんなこと構やしない。自分の周りに鳥がたくさん集まってくるのが嬉しくて仕方なかったのだ。
大人になるにつれて、行かなくなる場所というのがある。距離的には近いのに、遠くなってしまった場所。だが、それは同時に、懐かしい昔の自分に帰れるところでもある。
だから、たまには行かなくなったところに行こう。将来私が家を出て、どんなに遠く離れた場所に行ったとしても、いつでも安心して帰ってこれるホームタウンを探しに。もちろん、場所と限定されたわけじゃない。ある人にとっては想い出の品かもしれないし、または、大切な友人かもしれない。それは人によってそれぞれだ。【はなび】
12月5日掲載
「空を飛んでみたい」子供の頃ずっと思っていた。高い所が苦手にもかかわらず、よくそんなだいそれた夢を抱いたものであると自分でも少し呆れてしまう。それでもその頃は一人前に飛行機のパイロットにと憧れたし、ナウシカの乗り物「メーヴェ」が店先で売られる時代になったらまっ先に買ってやろうと子供心に考えていた。
初めて飛行機に乗ったのは小学4年の誕生日の頃。その初体験は、ずっと心の中で期待していたものからは程遠いものだった。想像した興奮や爽快感とはまったく正反対の感覚に、自分は今空を飛んでいるのに、と自分の置かれた状況と自分の気持ちとの食い違いに納得がいかなかったのを今でも覚えている。
私ほど誕生日のプレゼントに裏切り続けられた人間も少ないのではないか。結局いつまでたっても以前のように話し出さなかったクマのぬ
いぐるみ、頑張って集めたスロットのプラスチックのお金。スロットで獲得した黄色いお金がお店で使えないのを知ったのはプレゼントされた1年後だったし、叔母がクマを揺らしながらしゃべっていたのだと知らされたのは、5年間努力した後の小学6年の時だった。
昔からそう頭のいいほうではなかったので、よく冗談を真に受けたり、変な思い込みをしたりして、ずいぶんと期待を裏切られ辛い思いをした。そんな体験を重ねてきているからだろうか、どんなものにもあまり大きな期待を持たない、新しいものは全て不信の目で眺めるといったひねくれた子供に育ってしまった。
これまでの話とは一切関係のない話だが、今月の8日は私の誕生日である。別
にトラウマが消えて飛ぶようなプレゼントを期待しているわけではない。【親方】
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