「Cool Struttin'」

                          南 輝子(国文学 昭和42年卒業)

 抱きあって、荒い芝生の斜面をころがっていく。背後の六甲山が都市のかろやかな色調で、初夏の緑をしたたらせている。ころがりながらふっと目を開くと、眼下に、真昼の靄に滲んだ海がひろがる。山の北面から流れてきた薄い雲が、光を包みこみ、翳らせ、きらめかせ、ゆっくり街へ降りていく。キャンパスはOccupied Japan の名残り、米軍将校住宅跡地だから、神戸で一番見晴らしがいい。薔薇の咲き乱れるちいさな駅、阪急六甲から急な坂道を登りきると、傾斜の街がいっきに東西にひろがる。昼間は海と山に挟まれ殊勝気に沈黙している街だが、夜となればいっせいに電光を照輝かせ、海の際までせりだしてくる。百万弗の夜景である。
 「コウベは夜がええ。」 ユースケも目を開けた。私は反論する。芝生が肌を刺す。キャンパスの森で山鶯が鳴いている。
 「コウベは昼がええんよ。」 夜は海も山も闇に沈み、得体の知れぬエネルギーを隠し持って無気味だ。急にユースケは抱きあっていた腕をほどき、静止する。ねころんだまま遠い目で空を見る。ランコのことを思っているのか。極端に長くしなやかな四肢。潤んでこぼれんばかりの黒い瞳。インドの血が濃くでているランコの顔立ちに、だれもが振り返る。なぜユースケがランコと別れたのか、知らない。悲しんでいるランコ。美しい横顔が歪む。ガス自殺に失敗したと『バンビ』の常連が噂している。包丁を持ち、ユースケをつけねらっているなんて、エキセントリックなランコらしい。だからユースケは『バンビ』に近づけない。お気に入りのバド・パウエルも当分聴けない。遠い目のまま、ユースケは午後の授業もさぼってねころがっているのだろう。
 チャイムが鳴る。ソシュール言語学の集中講義を受けるため、私はのろのろ起きあがる。海を見ていたい。教室では素早く海の見える席をとる。こういう時だけ敏捷なのだ。優取虫たちは最前列に勢揃いだ。斜めの街も海も、午後の光が白くぼやけている。紀伊半島もきょうは鈍い。開け放した窓を、山からの風が海へ吹きぬける。もうユースケのことも、ランコのことも忘れてしまう。退屈な講義が終ったら、阪急六甲まで駆けおり、電車に飛び乗ろう。三宮山側の『バンビ』へ飛んでいく。ソニー・クラーク《Cool Struttin'》をリクエストしよう。ジャズ狂いでおせっかいのトオルが言うだろう。いつものように。マクリーンはやめとけ。ジャズはマイルスや。絶対マイルスと五月蝿い。でもジャッキー・マイルスのこのアルトサックスが素敵なんだ。ニューヨークを闊歩する女の気取った足どり。ハイヒールのセクシーなジャケット。どんなに睨まれてもコーヒー一杯で閉店までねばるんだ。教壇では初老の教授がくぐもった声で喋っている。のろのろチョークで板書する緩慢な動作が、モノクロ映画のようにぼんやりかすんで・・・・いく・・・・。
 ベトナム戦争が始まった。キャンパスがだんだん不穏になっていく。ビートルズが世界を熱狂させる。ファンキー。ビバップ。巨大な『バンビ』のスピーカーから、マックス・ローチ《We insist》のアビー・リンカーチンが絶叫する。アパルトヘイト反対 !! オカチン。ハルキクン。ジム。同性愛は反戦平和のひとつの意思表示として、軟弱だが意外にしたたかな、権力への抵抗でもあった。’65年、二十歳の青春である。        
                               (同人歌誌『眩』54号所収。)



(南輝子(みなみてるこ) 1944年和歌山生まれ。短歌結社『眩』会員で、99年「神戸新聞文芸」年間最優秀賞受賞。2002年第13回上田三四二賞を詩画集『美しき豊潤』で受賞。画家としての個展活動や、ジャズCDのプロデュースなど幅広く活躍。詩集に『おおああ』、歌集に『ジャワ・ジャカルタ百首』などがある。)