シアトル日記
海外プチ一人暮らし
 選挙の後、少し夏休みをいただき、学生時代からの夢だった「海外での(プチ)一人暮らし」を実行してきました。
 7月29日までに皆さんへのあいさつまわりを済ませ、31日、Tシャツにジーンズで飛行機に飛び乗りました。持ち物は、スーツケース、洗面用具、辞書とパスポート、カード。行く先は、アメリカのワシントン州、シアトル。
 現地では、ホームステイをして、ワシントン大学(UW)のSTEP(短期英語コース)で英語を学びました。短期間ではありましたが、若い学生のみなさんにまじって、貴重な思い出深い体験をしてきました。
 入国審査のこと、企業に突撃インタビューしたこと、住民投票のこと、オリンピックの扱いのこと・・・。滞在中のできごとや思い出を、何回かにわけてみなさんにお伝えしようと思います。
 なお、今回の短期留学の手続きは、インターネットを利用して全部自分でしました。同じような計画をお持ちの方がいらっしゃたら、相談にのれるかもしれません。いろいろありましたけれども、何とかなるものです。
911...
 7月31日、搭乗した飛行機はユナイテッド。「9.11」を思い出す。 ところで今、「華氏911」という映画が上映されています。見ましたか? 向こうで気がついたんだけど、日本では消防・救急は119番ですよね。アメリ カではなんと「911」なんです。最初は日本と逆なんだと思っていましたが、 あのテロが911番にひっかけたのだとしたら・・・ぞっとしました。
 シアトルまでの直行便がないので(関空からは)、サンフランシスコ乗り換え。 無事たどり着けるか若干の心配はありましたが、何とかなるだろうと。いろんなこ とを心配しながら、でもそれまでの疲れでぐっすり。サンフランシスコまで12時 間の旅。隣の男性も一人旅。聞けば、IT関係の会社でリストラにあい、アメリ カへ次の仕事の準備にでかけるとのこと。奥さんに働いてもらって、今は主夫して いる、冷蔵庫の食べ物が腐らないようにメモしてきたと。トレンディドラマのよ うなお話でした。(本当は深刻なんだけど・・・)
 サンフランシスコでの入国手続きは、I−20(大学の証明書)とF1ビザ (留学生用のビザ、日本人は観光であれば90日間ビザなしでいけますが、学生 であってビザをもってなかったら面倒なことになるので、大学もこのビザを求め ます)を持っていましたので簡単でした。ところが、いつか新聞でみたとおり両 手の人差し指の指紋と写真を撮られました。この間、わずか数秒。エエっと思っ ている間にです。そして国内線に乗り換えるとき、手荷物検査で今度は靴も脱がされました。男 性はベルトも上着もです。厳重チェックです。
 こうして、無事シアトルにたどり着きました。
 サンフランシスコはとても機能的 な空港だと感じました。一人でも表示のとおり行けば迷うことはありませんでし た。帰りはそれでずいぶん助かりました。シ−タック(シアトル、タコマ)空港 では迷ってしまいました。
ホームスティ
 3週間の大学生活の間、ホームスティで過ごしました。ホームスティ先はICC (International Cross-cultural Committee、日本人スタッフがいる)で紹介して もらいました。空港からホームスティ先までは送っていただきましたが、帰りは なしということで、これで$250とはすこし高いかなという感じ。
 でも、ホームスティ料金は一ヶ月で$550。月〜金曜日までの夕食が提供さ れ(私のホストは殆ど作らなかったけど)、その他朝食・昼食・土・日は食材は 準備されて自分で作るというもの。これは安いと思いました。
 私の食事は、朝はシリアルに牛乳をかけたもの、昼はサンドイッチを作って持っ ていきスープとコーヒーは大学の食堂で。食堂と言っても広々としたもので何で もありました。クラムチャウダーが私のお気に入りでした。土、日は友達と一緒 だったり、ホームスティ先の冷蔵庫にはいろいろ入っていたような気がしました が、スーパーで買い物をし自分で作って食べました。
 バスに乗り、スーパーで買い物をし違和感なく暮らしている自分が不思議な気 がしました。
ホストはアフリカン・アメリカン
ワシントン大学  私のホームスティ先のホスト・Nancyはアフリカン・アメリカン(黒人)。 一人暮らしで政府の職員として働いている女性です。ゴルフが趣味で休みの日は 決まってゴルフ。「Kazumiも一緒に」と誘ってくれましたが、残念ながらクラブ も握ったことのない私です。
 Nancyの家は一人暮らしには充分な広さのある一軒家で、2階のデッキから はワシントン湖(この湖沿いにはビル・ゲイツの屋敷がある)、お天気のいい日 にはレニア山を望むことのできるすばらしい場所にありました。
 この地域の住人は9割がアフリカン・アメリカン。近くを走る道路は M.L.King.Jr.Way(マーティン・ルーサー・キング・ジュニア)と名付けられて いました。
 ホームスティ先には当たり外れがあると聞いていました。実際に留学生の中に は途中でホストを替えたという人もいました。大学も寮を斡旋してくれましたが、聞いて みると結構費用が高くついたようです。私の場合、食事は別として、気楽だったの とロケーションが良かったので(眺めと、大学やダウンタウンに比較的近い)、 大当たりとまではいきませんでしたが、まずまずの当たりでした。
Culture
UWでのクラス  私たち(クラスメートは7人)の英語の先生Lisaは、すばらしい笑顔と体格の 持ち主です(それに歌声も)。そしてとてもきびしく、一度答えられなくてパニッ クに陥り(頭の中が真っ白)「私には難し過ぎる、できない」と宣言しても、許 してくれない。「10分休憩あげるから、その間に考えなさい」というのが彼女の返事。
 そのLisaが、ある時「私たちは7月に結婚した。今、とても幸せ。パートナー はアフリカン・アメリカン、娘はメキシカン・・・。我が家にはいろんなカルチ ャーがあって楽しい」と話してくれました。
 何のことかわからなくて、エッ?と思っていたら、クラスメートの一人が教え てくれました。「Lisaはレスビアンよ。そういうことなのよ」。
 そういえば、アメリカのどこかの州で同性同士の結婚を認める法律を作ったと ニュースで聞いたっけ、その州で届出をするのは可能だそうです。(確か、シア トルのあるワシントン州ではなかった)
 3週間の勉強の合間に大学は私たち留学生に、大リーグ観戦を準備してくれま した。マリナーズとヤンキースのビッグ・ゲーム(地元ではそう言っていた)。 セーフィコ・スタジアムに皆で出かける時、Lisaは「後で家族と一緒に行く。皆 さんに家族を紹介したいから」。そして、紹介していただきました。
 ちなみに、この日は地元でもあるマリナーズはぼろ負け、イチローも長谷川もいい ところなし。ヤンキースの松井はヒット1本。でも、みんなを生で見ることができ て良かった。
Lisaと7人の生徒
湖で  私が学んだのはSHORT-TARM PROGRAMSの中のBusiness English Communication です。5つのコースから選択できるのですが、そのうち3つのコースは英語力 (TOEFL500点以上かTOEIC600点以上)が求められていました。
 私にとって英語は、ほぼ30年前に切れたままでしたが、生意気にもその3コー スの一つのBusiness Englishコースを選択しました。TOEFLやTOEICのスコアを持っ ていない私は、大学がオンラインで提供しているテストに辛うじて引っかかった ので、このコースを選択できました。
 しかし、この決断が甘かったことをすぐに、思い知ることになりました。 クラスメートは20(歳)代。中国人1人、台湾3人、日本人3人。私以外会話 は不自由なし。留学経験、何回もあり。ちょっと待って・・・みんな英語、勉強 しに来たん違うの?
 Lisaは私が、しゃべれないこと、聞き取りだって十分ではないことを知ってい ても容赦しません。 最初の頃、単語を引いている間に朝になったこともありま した。ゼミ方式の授業です。たった7人では逃れられません。
 でも、クラスメート達にはずいぶんと助けられました。今日の宿題これでよかっ た?(毎日、宿題の山でした)パソコンの使い方、これでいい? そして、時にはワシントン湖でカヌーに乗って遊んだりもしました。
Lisaと7人の生徒(その2)
キャンプ  HAVE FUN! SPEAK ENGLISH! DON'T WORRY ABOUT MAKING MISTAKES! ASK QUESTIONS! LEARN SOMETHING NEW EVERY DAY! と、授業が始まりました。
 午前中3時間。その間に休憩が15分から20分。午後からは教室の授業はな し。でも、フリーだったのはたった1日しかありませんでした。
 例えば、Conversation Practiceの時間は、ワシントン大学の卒業生がボラン ティアで会話の練習に付き合ってくれたり、起業を応援したり助言をする組織 Small Business Administrationの訪問、とにかく広大すぎてどこからどこまで が敷地なのかわからなかったあの有名なBoeing(ボーイング)社、神戸市と姉妹 都市関係にあるシアトル、港もまたそうです。Port of Seattleを訪問した時、 神戸市から贈られたという鎧、甲がドンと展示されているのを見てきました。
 その他、楽しいこともありました。以前に書いたようにマリナーズとヤンキー スの試合を見に行ったこと、カリフォルニアワインの工場見学と試飲があったこと 、そして1泊2日のキャンプがあったことです。
 Mt.Ranier(レニア山、ホームスティ先で毎日眺めていた山)は、年中雪を頂 く富士山のような美しい山です。その麓にPack Forestという大学が所有する大 きな森があります(自然林として保護されている)。そこには、キャビンやホー ルを備えた、とても清潔で美しいキャンプ施設があり、そこで一泊しました。  この時、初めてわかったのですが、私たちのクラスは7人とこじんまりしてい ますが、今回のプログラム5つのコースで100人程の学生がいることがわかりまし た。日本、韓国、中国、台湾、ベトナム、ロシア、スイス、ドイツ、フランスな ど学生達が次々に申告した自国の多さにビックリしました。
 夜遅くまで、皆はゲームをしたり遊んだり。私は、しっかりと宿題を抱えて来 たのでそこそこにして宿題に取り組みました。翌日はレニア山に。健脚組は雪の あるところまで登ったようですが、私は年相応のところまで。Lisa達と登りまし た。とってもすばらしいお天気に恵まれ楽しいひとときでした。
 ところで、お天気のことですが、この時期、シアトルはとってもいい季節だそ うです。ジーンズとTシャツで来てしまった私は、いろいろ買わなくてはなりま せんでした。長袖のシャツ、パーカー、カーディガンそれにタンクトップ。 つまり、春夏秋冬ぜ〜んぶ経験しました。早朝は春先、日中は真夏、夕方は秋、 雨が降ると冬です。(日本は連日、34、5度あるころでした)
 夕暮れは遅く、よる9時頃まで明るかったので図書館でがんばることもできま した。
 とにかく、楽しくても宿題がいつも待っているのです。毎日、ノートの提出を 求められます。企業の訪問のあとも、大リーグ観戦のあとも、キャンプのあとも ワインを試飲しても感想文。訪問先では必ず質問を。
 キャンプ以外の移動はいつもLisa の運転する大学のワゴン車。7人の仲間 といつも一緒でした。
Safeco Company
 宿題の中で一番大変だったのが、このコースを修了できるかできないかをきめ るFinal Presentationの準備でした。最終日15分から20分間で、自分が選ん で調査した企業についての発表をしなくてはなりません。
 その内容を深めるために、一人一人が選んだ企業についてのトピックスをイン ターネットなどを利用し選んでくるのですが、その記事についての議論を皆でし ます。一回の授業で一人。だから、前日に渡されたクラスメートの記事について 議論が出来るよう準備。そして自分の分も準備しなくてはなりませんでした。
 初日の午後から、授業が始まりました。その時、アメリカの企業(上場企業?) の一覧が載っている新聞を渡され、この中から自分が調査する企業を選びなさい、 明日報告、何について調査するかも含めて書いてくるように・・・。
 ちょっと待って、そんな、私には・・・、など泣き言をいってみたくなったの ですが、そんな雰囲気ではありません。皆必死で探しているんです。 もうやけくそ、じっと目をこらして見ていたら「Safeco」という文字が目に止ま りました。
 私は、昔は大の野球ファン、特に高校野球のファンで小学生の時からでした。 夏休みの宿題を放っておいてテレビにかじりつき、優勝戦では一緒に涙を流し終 わってから、山ほどの宿題と格闘したものでした。大人になってからは生活が忙 しくなって野球からは遠ざかっていましたが、それでもプロ野球は時々子供たち と甲子園に出かけることがありました。
 「Safeco(セフィコ)」、あのイチローが活躍しているシアトル・マリナーズ の本拠地、セフィコ・フィールド(スタジアム)の命名権(ネーミング・ライツ) を持っている会社です。ここなら、何だかやれそう。
 そして、調査項目も自分に理解できる範囲で3つ決めました。
1、ネーミング・ライツにいくら支払ったか。また、何年間ホールドできるのか。  将来的には、どうするのか?
2、ネーミング・ライツを買ったことなど、企業の社会的責任についてどう考え ているか?
3、このことによって「セフィコ」はどのような、利益があり、成功をおさめる ことができたか?
というものでした。

 Lisaから、OKがでました。次の指示は会社で責任ある人に会って直接話を聞いて くることでした。まず、約束を取りつけなくてはなりません。
 実は私には、今回の留学の件で知り合ったシアトル在住の日本人という強い味 方がいて下さいました。その方にも助けていただきましたが、企業は学生がいく ら調査だと言っても会うことはまずないだろう、とのことでした。
 そして、悪戦苦闘が始まりました。交換からつないでくれるのですが留守番電 話に何回も追い返され、でも私の知りたいことはインターネットでは調べられな いと思って、結局会社まで押しかけて行くことにしました。
 受付けで、粘り続け(本当に粘りました)、ようやく捕まりました。時間がな い会議が迫っていると電話の向こうで言っているおられるのを、受付けの若者に、 5分だけでいいですからと頼み込んで、結局会うことができたのです。
 Community Relations ManagerのScott Minnixさんが、5分の約束なのに30 分近く付き合ってくれて(私の英語が大変なので時間がかかった)帰りは会議に 遅れたと言いつつ玄関まで送ってくれるという紳士でした。
 そして、3つの調査ができたのです。数字については自信がないから後で調べ てメールでと、ちゃんと約束を果たしてくれました。その日は興奮して眠くなかっ た程でした。

 結果は・・・、Final PresentationでLisaが95点をくれました。(100点満 点だと思っているのですが)

エスプレッソ税と住民投票
 シアトルに滞在中、せっかく来たのに勉強ばかりでは可哀想と在住の日本の方 がドライブに誘って下さいました。この時は、ドライブだけでなく勉強のアドヴァ イスをお願いできるホントに貴重なひとときでした。そして飢えていたように日 本語をしゃべって笑われたりしました。
 こちらでは、もう日本でも有名になりましたスターバックスのコーヒーだけで なくいくつものおいしいコーヒーがあるということで、とてもおいしかったのは ビータ(Vita)のダブルショット・ラテ。お店で上手な方に入れていただくとク リームがきれいな模様をコーヒーの上に描くんです。感激でした。
 その時、エスプレッソ・コーヒーに税金をかけることについて住民投票が行わ れたのですよ(2003年)という話をお聞きしました。結局否決されたとのこ とですが、私の方はその時は他の課題が山積みで詳しく聞けなくて、でも神戸空 港建設をめぐって住民投票を求めて運動をした経験から気になり続けていました。
 こちらに帰ってきてから経過について教えて下さいとお願いしましたら、ワシ ントン州における住民投票制度等についても概要を知らせて下さいました。  簡単な経過です。

エスプレッソ・コーヒー一杯に一律10セント課税し、低所得層の育児や早期学 習などのチャイルド・ケアを充実させるための財源にしようとするもので、保育園 ・幼稚園等の育児施設関係者、PTA、医療関係者、教会関係者などで構成する 「委員会」が運動を推進した。
 これに対してスターバックスなどのコーヒー会社や飲食業界、銀行、ホテルな ど産業界がほぼ一致して反対し、反対組織を結成。法人・個人の寄付金で反対 キャンペーンを展開。小規模コーヒー店に不当な損失を与えること、税の徴収・ 管理費を除くと税収効果は限られるとのこと。
 結果は、賛成32%、反対68%で否決。

 いくつかの点ですごいと思いました。まず、(一定の条件のもとで)住民投票制 度があるということ、そして賛成が得られれば実行に移されるということです。 そのために、それぞれの立場を主張し議論し、結論を得るという民主主義の基本 というものに触れた気がしました。
 日本の場合、住民投票は市町の合併問題のみ制度がある(憲法95条)だけで 、そのことが行政への関心を薄れさせているとも思えます。
 それと、税金の使いみち、この件ではとてもはっきりしています。こういった 経験を積みながら市民としての意識と一体感がつくり出されるのではないでしょ うか?

シアトル日記 了
 この夏の3週間の体験をお話しした方から勧められて、シアトル日記始めまし た。こんなに長く続けるつもりはなかったのですが、気がついたらもう10回に なりました。5ヶ月も前の事なのに思い出すことがたくさんあって、私も書きな がら楽しかったです。(実際は、恥をかいたことや悔しかったこと、落ちこんだ こともたくさんありましたが・・・)
 この他、Nancyの友達の結婚パーティに参加したこと、博士号を取得したお祝 いのパーティに招かれたことなど、皆小さな花束・ワインを抱えての家庭的なパー ティでした。
 シアトル市内また、近郊の街までの移動はMETROというバスでとても便利でし た。私たち学生は、ワシントン大学が発行してくれた、U-PASSこれは大学のIDカー ドにもなっていて、パスポートのかわりの身分証明書にもなります、これが1か 月$37のバスパスを兼ねてこれを使ってバスを利用しました。
 それから、この夏日本では、オリンピックのメダルラッシュで沖縄で起きた米 軍のヘリコプターの墜落記事が異常に小さかったこと帰ってきてから知りました。 シアトルでは、私はシアトルタイムスという新聞を時々見ましたがアメリカの選 手のメダル獲得も一面トップなどということはなく、オリンピックが開催されて いることすら忘れていた程でした。
 ブッシュ大統領に代表されるアメリカという国に対してはいろんな思いがあり ます。ただ、私がシアトルで出会ったアメリカの人たちには悪い印象を持つこと はありませんでした。
 そして、最後に費用ですが、一番高かったのは航空運賃と保険でした。大学は 何らかの保険に入っているか証明を求めました。大学に支払ったのは、最初の入 学許可の証明書の発行(ビザ取得に必要)のやりとり、バスパスなども含めて全 部で$1,552でした。

 これで終わります。シアトルでの暮らしを思い出深いものにして下さった、た くさんの皆さんに感謝を込めて。下手な文章を最後まで読んで下さった皆さんに 感謝を込めて。ありがとうございました。