[41(終)] 根っからのヒューマニスト・原和美
― 「励ますつどい」は大成功、たいへんな盛り上がりでよかったですね。プレゼントは日焼け止めでした。
原 和美― ありがとうございました。メル友のKさん、お嬢さんとご主人も一緒でしたね。会場のいちばん後ろでした。わたし、眼がいいんです。Tさん、Mさん、・・・。
― ところで大変なんです。この「くらしと平和を語る」シリーズ、41回目でビラは350回の節目です。記念号です。さらに8月6日、広島原爆忌。そしてお盆と選挙で、このインタビューは、これでモラトリアムです。
原 和美― 自民党と民主党のマニフェスト、「私の意見はこうです」って、もっとお話ししたい。
― 残念ですが・・・。
原 和美― 財源はどうするってケチをつけあって、若者の票ほしさに「これもタダ、あれもタダ」。児童手当も私学助成も「ダメ」を「タダ」に言い換えました。学校給食はダメのまま。
― 原さんは元祖「子育て支援派」ですものね。
原 和美― それに、犬が大好きな私のことや、出会った愛犬家の人々のこと。
― 根っからのヒューマニスト。残念ですが、またの機会に。
(09.08.06)
[40] 露の団六さんが書いた本について
― はい原さんからお聞きして、露の団六さんの本、最近買いました。
原 和美 ダウン症のお兄さんのこと、発育・発達のこと、「障害」じゃなく「障碍(しょうがい)」だってこと、団六さんが育った時代、と言っても私たちより10歳ほど若い団六さんですが、そのころの神戸の下町の子どものくらし・・・いい本でしょ?
― 8月1日、御影公会堂の「つどい」で、売っていただけるといいですね。「ともに生きる」って、よく口にしますけど、健常者の競争社会は、団六さんのお兄さん、典生さんから見るとどう見えているのか?なんて考える機会になりますね。
原 和美 そうです。本はサインして持ってきていただけるそうです。1500円です。あっ、それと本山美彦教授も本を並べていただくんです。金融恐慌を解説した易しいのにしてくださいってお願いしてます。
― 辻元清美さん、服部良一さん、そして新社会党の栗原きみ子委員長も駆けつけていただくことが決まったんですね。この前、六甲地区の「原和美選対」で贈り物を決めました。
原 和美 何をいただくの?嬉しいです。
(09.07.30)
[39] ゲスト多彩の8月1日「励ますつどい」
― やっと日が決まりました。
原 和美 長く、たくさんの方々が親身になって支えてくださって、本当にありがとうございます。
― ある楽器店に勤める方が「この前、原和美さんがお店に訪ねてこられました」って。ご商売されてる方、原さんへの支持を結構おもてに出されますね。
原 和美 小売業という統計上の数字が減り始めたのは30年前ですが、小泉内閣時代、そして今回の大不況で痛みを一番感じたのは小売業、って大勢の方からお聞きしました。
― お酒のディスカウントショップが近所の酒店を軒並み倒して、最後はディスカウントショップにもシャッター。お店のかたわらパートに出たり、本当に大変ですよ。
原 和美 高齢化や人口減少が長期的な原因だと言われますが、本当はどうなんでしょう。後援会の代表をしていただいてる本山教授は違うっておっしゃっています。
― 本山教授、8月1日も来ていただくんですね。
原 和美 ええ、辻元清美さん、服部良一さん、それに露の団六さん。団六さんがダウン症のお兄さんのこと書いた本、読みました
(09.07.23)
[38] 悪徳業者/役所の総会屋/議員の奴隷
― 障害者団体が障害者定期刊行物協会をつくって低料金で通信を送ることができるようにしてきたのに、何の関係もない営利企業がこの制度を使っていた、そして障害者団体であるという証明を厚労省が国会議員の圧力で出していた、っていう話ですね。
原 和美 1通8円でダイレクトメールを送った会社は障害者団体を語る悪徳業者ですね。国会は役所の総会屋、高級公務員は公僕を自称していますが実は議員の奴隷。この事件の構図を分かりやすく言えばこんなことですね。
― 難病連の故・Fさんが低料第三種郵便物の制度を残そうと走り回っておられました。国労や全逓など労働組合も力を貸してくれた、何とか残せたって喜んでおられたのを覚えています。
原 和美 えんぴつの家の松村敏明先生も、障害者文芸雑誌『しののめ』の花田春兆さんとおっしゃる方との会話などを思い出し、紹介してみえました。
― 障害者定期刊行物協会は目録をホームページにアップしていて、それだけでもご苦労は大変です。
原 和美 通販ダイレクトメールをなぜ見分けられなかったか不思議ですね。
(09.07.16)
[37] 「食い物にする」「利用する」政治の終えんへ
― 3週間も休むと六甲道駅前での木曜行動、とても懐かしくなるでしょう?
原 和美 ホント。夕方、駅から降り立って、チラシを持って私に微笑んでくださる方々、私にとってあんなに嬉しいことはありません。
― 会社で面白くないことがあったり、イヤな思いをなさった方も多いでしょうにね。
原 和美 駅の風景も夜の10時、11時頃になるとキビシーくなりますね。残業で疲れた方が増えて。昔は土曜日の「半ドン」の開放感や、同じ残業でも達成感でしたね。社会から信頼という言葉が消えて「食い物にされる」「利用される」ことが多くなって・・・。
― そうですね。
原 和美 えんぴつの家の松村先生が書いておられました。障害者団体の通信は先人の血の出るような苦労で何とか発行してきた。KSK(関西障害者定期刊行物協会)方式で、やっと低料第三種郵便は続いている。通販会社など営利企業を障害者団体と認める証明書を役人につくらせた際、役人は障害者自立支援法への議員の協力が得たかったと。福祉を食い物にするとはまさにこれだって。
(09.07.09)
[36] 産地やつくる人の顔が見える中学給食を
― 大阪市が中学校給食実施へ動き始めているそうですね。
原 和美 神戸と同じ業者弁当になるかもって言われています。これまでは中学校給食を実施しない理由として、好き嫌いや体格の差、アレルギー対策など教育委員会は理由を並べて、だから家から弁当を、って言ってきたのに・・・。
― 業者弁当の食べ残しとか実態を調べたいですね。「選択」って聞こえはいいけど、家から弁当か業者弁当かでは選択と言えるほどじゃないですね。
原 和 ぜいたくって言われるかも知れませんが、カフェテラス方式とか、やっている自治体もあります。主食、副食、主菜、副菜それぞれ選べるようにして。お皿に盛る際、それこそ食育ですから先生が「お野菜もう少し多い目に」って声をかけたりするらしいです。中学校給食があると朝、ご飯を食べてくる子が増えたっていうデータもあります。
― それが本当の選択ですね。
原 和美 神戸は農産物も豊富です。さかなもたくさん獲れます。産地やつくる人の顔が見える、そして想像できます。「食」の学習ですよね。
(09.06.11)
[35] 若い父母の皆さんといっしょに声あげる
― 3週間も休むと六甲道駅前での木曜行動、とても懐かしくなるでしょう?
―原 和美 ホント。夕方、駅から降り立って、チラシを持って私に微笑んでくださる方々、私にとってあんなに嬉しいことはありません。
― 会社で面白くないことがあったり、イヤな思いをなさった方も多いでしょうにね。
―原 和美 駅の風景も夜の10時、11時頃になるとキビシーくなりますね。残業で疲れた方が増えて。昔は土曜日の「半ドン」の開放感や、同じ残業でも達成感でしたね。社会から信頼という言葉が消えて「食い物にされる」「利用される」ことが多くなって・・・。
― そうですね。
―原 和美 えんぴつの家の松村先生が書いておられました。障害者団体の通信は先人の血の出るような苦労で何とか発行してきた。KSK(関西障害者定期刊行物協会)方式で、やっと低料第三種郵便は続いている。通販会社など営利企業を障害者団体と認める証明書を役人につくらせた際、役人は障害者自立支援法への議員の協力が得たかったと。福祉を食い物にするとはまさにこれだって。
(09.07.09)
[34] 「食育は国民の責務」と食育基本法
― なるほど。「ただお腹をいっぱいにする」ための給食ではないんですね。食育ですね。
原 和美 食育基本法、これは給食のことを定めた法律ではありませんが、4年前、野党で賛否が分かれました。問題は、自由化で食糧自給率が低下しているのに、その責任を国民に押しつけました。あるいは食品安全行政を縮小し、学校給食の現状を放置して、国民の食生活の改善はあるのか、という問題です。たしかそんな理由で社民党と民主党が反対しました。
― 「感謝の念」、平たく言えば「いただきます」を言ってから食べろっていう法律・・・?
原 和美 法律では「食生活が自然の恩恵の上に成り立って」いることに「感謝」なんです。「いただきます」「ごちそうさま」は、食べてしまう動植物に対して言いましょう、って。法律で国民に命令しなくてもいいですけどね。しかも読みようによっては、古い教育への回帰を目指しているようにも読めますね。
― 「基本法」って名前がつく法律が増えました。
原 和美 ええ。調べたら30も。半分はこの10年間につくられました。
(09.05.28)
[33] 中学校給食は親子の会話はずませる
― 「早弁」という僕らの中・高校時代のワルサが給食ではできないというデメリットもありますけど。いや冗談ですが。
原 和美 それは昼休みを目一杯遊ぶためだったでしょう?クラブ活動とかで。神戸市が去年おこなった5年生とその保護者のアンケート調査で、朝ご飯を食べない子より保護者が朝は食べないケースが多いという結果が出ています。
― 保護者が忙しく、親子とも朝寝坊で、5年生でそれだったら中学では弁当づくりの時間もいるし。学校で注文弁当を、っていう流れになりますよね。
原 和美 いまは希望者が業者弁当。家から弁当を持ってくる子、自分でつくる子、業者弁当の代金を払えない子、母親の弁当だってそれこそ格差の博覧会という心配をしますね。
― 僕らも弁当では母親が苦労してたし、いやでしたね。でもまだ「いい時代」でした。
原 和美 親子の会話のきっかけが給食っていうのは、実はすごく多いんです。勉強のことや友だちのこと、とくに中学になると親に話をしない子が多いでしょう?給食はこういう意味でも「食育」です。「残さなかった?」だけでもね。
(09.05.21)
[32] 中学校給食へ「百年に一度」の転換期
― 神戸では、原さんが何度もうったえてきた中学校給食も、「弁当販売」を選択できるという形になりましたね。
原 和美 義務教育費無償を定めた憲法違反状態ですし、昭和29年の学校給食法にも違反した状態が神戸では続いています。
― 教育委員会の反論は、母親の愛情が弁当に込められるとか、兵庫県内で三分の二は給食じゃないとか、中学ともなると食べる量が生徒によって異なるので難しいとか、ね。
原 和美 給食を要求する私は母親としての愛情が足りない人みたいに言われましたよ。コンビニで弁当買って学校に入る子が増えて弁当販売が51校まで広がりました。でも、これって母親の愛情なの?って。神戸が給食にすると今とは逆に兵庫県内で給食実施校の方が多くなります。それに食べる量が違うのは当たり前で、「個人として尊重される」憲法の下で、カフェテラス方式で、食べ残さないように量を選んでランチルームで、と工夫が各地で続いています。
― 原さんは景気対策や農業振興の観点からも?
原 和美 中学給食は、今、それこそ百年に一度の転換期です。
(09.05.07)
[31] 小学校の給食無料化へ踏み切った自治体も
― そうですね。小学校では「家でも食べるのだから食材費は自己負担」という理屈が病院給食や特養まで広げられてしまいましたね。
原 和美 その前に、就学援助があるから義務教育費無料という憲法に違反しないという行政側の論拠も聞きますが、一方で未納問題もあって無料化に踏み切った自治体もでてきました。第2子から無料というまちも。「少子化対策」なら無料で、貧困化対策としてはできないなんて変ですね。
― とにかくお母さんたちに子どもを増やしてください。産んでいただいたら、できない無料化もできるって。女性たち怒れ!
原 和美 ホントにもう。それに、病院や特養で有料化された際「家でも食べるときもお金はかかる」とか、点滴が食事の代わりならそれもタダにするのか、ってキャンペーンがありました。私は点滴もタダにすればいいと主張してきました。病院給食は治療の一環だし、特養では高齢者の健康のためのメニューです。小学校給食はこどもの発育・発達、食事マナーも含めた教育の一環です。
― なるほど。
原 和美 そうでしょう?
(09.04.30)
[30] 内需主導型の経済に転換しよう
― 80年前の世界大恐慌から日本は一番早く抜け出したって言いますね。「満州事変から満州国へ」という戦前の「いつか来た道」を思ってか、麻生首相は「追加経済対策で、今度の不況から日本が真っ先に脱出する」って言ってますね。
原 和美 資本の多国籍化が進んで、80年前と同じ道はないですね。でも外需頼みで凌いできた経済の根本を内需主導型に変えようとせずに、「きのうまで成功した道」にこだわって、「海外に売れるモノをもっとたくさん造りもっと売れるようにしよう」ですね。
― 危機は深刻だし、外需は自動車、そして電化製品。内需主導って言うことは、雇用、賃金、年金、社会保障ですよね。
原 和美 私は学校給食の革命を若い母親たちにうったえています。小学校給食の無料化と中学校での「食育」です。神戸市会でも本当に何度も質問したんですよ。
― 答弁は、米の配給制時代の名残だとか、母親は愛情弁当をつくれ、でしたよね。
原 和美 いま、「食育」って大きなテーマです。健康食がブームって久しいのに、それ、子どもには要らないの?って。
(09.04.23)
[29] 新自由主義は「にんげん」の政策ではない
― 農業問題懇話会ですね。兵庫県の社会党は戦前の農民運動の伝統と三菱・川崎争議の労働運動、そして戦前の無産政党運動から出発してますものね。
原 和美 そうです。私たちの源流は先輩たちの犠牲をいとわない輝かしいたたかいです。小作制度とたたかう農民と神戸に集められた労働者が一緒にたたかった歴史があります。食糧自給率4割で、広がる耕作放棄など、現代こそ都市と農村が連帯する時代です。
― 高齢化が進んで農業の担い手がいなくなり、限界集落だ、郵便局も消えた、花粉症の源だって。「食糧は輸入すればいい」・・・。
原 和美 新自由主義は「にんげん」の政策ではありませんね。世の中、お金がすべてって認めれば、不採算の産業は崩壊します。不採算でも必要な営みのために国があるのに、減反しかしない。小泉改革で日本の農業は壊滅しました。
― 麻生政権も反小泉色を打ち出しましたが・・・。
原 和美 戦前の大不況では都会で解雇された農家の次男三男が農村に帰りました。それでも食べられないから結局、満州へ大陸へとなりました。
(09.04.16)
[28] 農業を育て 農地を保全し 環境を守る
― 山崎洋子さんって、インターネットで調べると、日本の農業再生へ、都市の消費者と手を結んで色んな活動をされていますね。
原 和美 「地産地消」っていうことばさえ、初めてお会いした頃はなかったと思います。神戸は農地が広く、六甲山もあります。山を守り農業を育て、農地を保全し、環境のために、行政も農民も消費者も、手を携える条件も必要性もあります。
― 原さんがかかげる雇用対策に、森林の保全事業、間伐や枝打ちを行えば、花粉症対策にもなるって、打ち出してますね。うちの娘が読んでいっぺんに原さんのファンになりました。花粉症はつらいって。
原 和美 あれ、与党のプロジェクトチームの補正予算案にも入っています。でも根本的に違うんです。私たちが掲げているのは花粉症被害者としての都市が直接雇用で森林に労働者を送り、森林を保全すべきだという政策です。自民党案は自衛隊が訓練して一時しのぎ。国営派遣会社の強制労働です。
― それはひどい。
原 和美 新社会党には農業問題のグループがあっていろいろ提言をしてくださっています。
(09.04.09)
[27] お米は寿公園の仮設住宅に届きつづけた
― 内需拡大とか、食糧自給率とか、不況脱出のキーワードにつながりますね。
原 和美 山崎洋子さんが訴え、テーマにされるのは、まさにそれなんです。都市近郊農家や、いや都市の労働者にとっても、農村や森林との結びつきが大事だって。
― 花粉症が年々ひどくなり、ギョーザは中国産だし、大問題の温暖化。海や川が汚れるのは日本の農林業がおかしくなったからですものね。
原 和美 スーパーで今、国内産っていう表示に多くの人が注目するようになりました。おっしゃってこられた山崎洋子さんたちも「わが意を得たり」だと思います。農林業を市場原理に委ねればどうなるか、明白な答えが出たんです。
― そんなことが、寿公園の仮設住宅にお米を運んでくださる原動力だったんですね。
原 和美 最初にお会いしたのも兵庫県内の農業担い手との交流でお越しになったときでした。「女性農業従事者サミット」って名づけて。同郷だということで意気投合したんです。寿公園の仮設住宅には、それがある間ずっと、来つづけていただきました。
(09.04.02)
[26] 退屈だったけど貴重な時間 田舎暮らし
― もりくすを(森九州男)さん。亡くなられて一年と一か月たちます。ご遺志で献体され、お別れできなかったんで、奥様を囲んで偲ぶ会を持ちたいですね。
原 和美 笑顔を絶やさず、私もよく声をかけていただきました。困っている人のために自分のことを一番最後にして、一生走り廻った方でしたね。
― で、その寿公園の仮設住宅にお米を届けてくださったのは・・・。
原 和美 山崎洋子さんっていう方。合併で福井市なんですが三国町で農業をされている方、「おけら牧場」経営者なんです。食育とか、スローフードとか。いまNPO「田舎のヒロインわくわくネットワーク」代表をしてみえます。
― 楽しそうですね。
原 和美 農業をして、太陽を浴びて、食べて、寝て。これを「人の放牧」っておっしゃってます。
― なんか、原さんと相性良さそうですね。
原 和美 福井を出たのが18歳ですから、神戸は2倍になりました。でもどなたもそうかも知れませんが、ゆっくり流れた時間が懐かしいです。退屈だったけど、今から考えると貴重な時間でした。
(09.03.26)
[25] 原和美の故郷から被災地に届いた越前水仙
― 阪神大震災も、そうでしたものね。
原 和美 神戸には全国から救援物資をいただきましたけど、私のふるさと、福井や大野市からもいろいろなものが届いたんですよ。
― ありがとうございました。おにぎりから始まって、水、消防自動車、衣類、食料、お米や炊き出し・・・膨大な救援物資でした。
原 和美 忘れられないのは3月、いくつかの避難所にスイセンやチューリップが届いたんです。淡路・灘のスイセンの時期も終わり、震災で訪ねた人は少なかったでしょうって、考えてくださったのでしょうね。
― 福井のスイセンも有名ですね。
原 和美 越前水仙です。お正月が見頃で、福井のお正月はスイセンのいい香りに包まれるんですよ。
― 福井・神戸・淡路、共通項があるんですね。
原 和美 大震災で新しいつながりもたくさんできました。鷹匠中学の西にある寿公園の仮設住宅に、毎月お米を届けてくださったのが福井の人で、それを受け入れてくださったのが、昨年亡くなった森くすをさんでした。『仮設の街つうしん』って新聞発行して。
(09.03.19)
[24] 空襲・敗戦・大地震・水害・・・そして原和美
― 高校までは福井でいらっしゃいましたね。
原 和美 田舎なのに大空襲があって、直後の福井地震はとてもたくさんの犠牲者を出した地震です。「震度7」は、このあとできた震度階級です。さらに直後に九頭竜川決壊の大水害があったそうです。
― 大水害、大空襲、大震災、神戸と同じですね。
原 和美 ぜんぶ私の生まれる前の出来事です。神戸は昭和13年の大水害、昭和20年の空襲、そして50年後の大震災、60年近い間の出来事で、私たちが経験したのは震災だけ。福井では、この3つの災厄が3年ちょっとの間に次々と起きたんです。
― 3年の間に空襲、敗戦、地震、水害ですか。
原 和美 大変だったでしょうね。兵庫県知事はフェニックスって言いましたけど、福井は不死鳥の町って言います、今も。福井地震と水害は48年・昭和23年で、陸軍がなく自衛隊もない時代だったから進駐軍、米軍ですね、救助に来ましたって大きな顔したのは。朝鮮戦争が始まって、災害救助にも必要だからって警察予備隊、保安隊、そして自衛隊と。直後の人命救助は全部市民の助け合いだったそうです。
(09.03.12)
[23] 春がとても好きだった原和美
― 原さんが保育所づくりの運動で活躍したっていう話は有名ですが、小さい頃の話は初めて聞きますね。雪国の子どもは長靴なんですね、冬の間。
原 和美 神戸へ出てきて雪のない冬を初めて経験して、その暮らし安さ、冬でも陽射しがあるありがたさ、開放感、ことばに尽くせません。だからというか、それまでは、子どものときは、春になって長靴脱いで歩いたり走ったり、空が明るくなり、木々が芽吹き、つぼみをつけ、雪国の春って人々の心も浮き立つんですよ。
― 四季がなくなってますものね、いま。
原 和美 春は春闘、秋は年末闘争だったのに、今は人間関係にも季節感がないし、お祭りもだんだんね。一年じゅうお金のことで苦労する暮らしが若者に押しつけられています。
― どんな子ども、お嬢さんだったんです?
原 和美 もちろんフツーの子どもだったんだと思います。
― そりゃそうでしょうけど・・・。
原 和美 年上の子も年下の子も、いじめっ子もいじめられっ子もいましたよ。おとなはみんな、「おじちゃん」「おばちゃん」。
(09.03.05)
[22] 原和美が実践したワーク・ライフ・バランス
― 「子育て支援」も、「選べる保育所」も、実際は働く女性を困らせ続けていますよね。
原 和美 私は、企業が若い女性を雇用したいのなら、育児しながら働くことができるように、企業が応分の負担をすることや、ワーク・ライフ・バランスですよね。私たちが若い頃やった保育所づくりって、いま、カタカナになって・・・。
― ホントそうですよね。
原 和美 認可外保育園、認定保育園、認可保育所、公立、私立、いろいろつくって「さあ選べ」って言われてもね。
― 介護が典型的ですけど、「選べる介護」「儲かる介護」なんて言って、実は介護をする側もされる側も不満だらけですよね。
原 和美 保育が同じ道を歩まないようにしないとね。根幹にあるのは、子どもは未来を背負っていく、間違いなく将来労働者になるんだから、企業にとってこそ重大なことですよ。
― なるほど。
原 和美 私、自身が子どものとき、私が子育てをしたとき、それをよく考えるんです。いまの季節、雪国でしたから、履いていた長靴を脱いで運動靴で歩くことの楽しかったこと、軽やかだったこと・・・。
(09.02.26)
[21] 若い人たち みんな本当は怒ってる
― そうです。Iさん、私も久しぶりだったのですが、立ち寄っていただいて。原さんの若い頃のお話しをたくさん・・・。
原 和美 若い頃の話って、今も若いってIさん、おっしゃってませんでした?
― もちろん、それは大前提で・・・。原さんが20代のときの、理不尽なことには黙っていなかった、って。職場の先輩や後輩といっしょに次々、新しい運動を起こして職場を変えたって。
原 和美 ほんと、いい先輩や仲間に恵まれていましたから。
― 「時代が違うんだ」っていう若い人からの反発みたいなもの、感じます?
原 和美 ひと世代違いますからね。女性が働き続けることを当然と考える人は増えました。一方で女性も長時間労働、深夜まで働くのが当たり前のようになりました。「少子化対策」っていう言葉も、若い女性たちから見ればイヤですよね。若い二人があわせて30万円とか、片方が職探し中とか、そもそも結婚できないし、出産なんてっていう若い人の気持ちを、政治は逆なでしています。
― なるほど。
原 和美 みんな本当はとても怒っています。
(09.02.19)
[20] 巨悪・・・賃金より税金より裏金
― 貯め込んだ内部留保ばかりか、裏金とか違法献金とかは、クビ切り、派遣切りで名前のあがった会社ばかりですね。
原 和美 若い派遣の仲間1人、契約打ち切りで解雇してせいぜい何十万円でしょう。裏金は何億円、内部留保は何兆円。キャノンは日本経団連の会長を出している企業ですよね。
― 12月1日に麻生首相が「雇用問題をよろしく」って頼んだ茶番劇の舞台裏が全部見えちゃいましたね。
原 和美 むしろ派遣労働や非正社員への代替によって、裏金や内部留保が積み上げられて・・・。若い仲間の、低いあなたの月給が、企業の収益を増やし新しい工場を造り、投資に廻しても配当しても、まだ余り、それでも税金として払ったら弱者に廻る、それはイヤだ、って裏金なんですね、税務署には「経費だから非課税です」って。
― なるほど。根っから所得再配分を否定し、拒否している訳ですね。巨悪許すまじ。先日、原さんの結婚披露宴で仲人役をしたっていう方が「若いときから悪い人、悪いことを許せない、とにかく正義感の人(娘)だった」って。
原 和美 え〜っIさん?
(09.02.12)
[19] 解雇することが正義だと思いこむ経営者
― 内部留保はそれぞれの企業が投資計画を持っているのだから、麻生首相はしきりに「それをどうこうしろと言えない」って言いますね。
原 和美 電機、自動車の主要16社で33兆円という数字、あるいは大企業430社で228兆円、これは法定の積立金などを除いた数字です。課税したり福祉団体への寄付に誘導するのが政府の役割です。そうすれば、「なかで使う」つまり首切りをしないか、それとも税金を払う、あるいは寄付するかは、それぞれの企業の選択になりますね。
― なるほど。倒産すれば株主から訴えられるとも言ってますね。
原 和美 解雇することが正義だと思いこむ風潮って怖いですね。電機・自動車の赤字決算も、売り上げの減少が原因の第一ですが、加えてそれ以上に、新鋭工場に集約して古い方での生産をやめ、特別損失を計上したからでしょう?
― 解雇は正義じゃない、悪だ、これを言えるのは政治ですよね。
原 和美 今はあんな国会と政府ですから。労働局へ実情を訴えなくては。私や新社会党をどんどん使ってください。そして私を国会へ送ってください。
(09.02.05)
[18] 「派遣切りはイメージ悪い」と派遣会社
― その派遣先大企業の主張は、「派遣切り」はクビ切りじゃないというのと一緒ですね。
原 和美 小さな記事だったけど、日本人材派遣協会が報道各社へ申し入れしたって、載ってましたね。契約の中途解除と契約終了後に更新しないことを混同している、って。それに「切る」という言葉のイメージがよくないって。よくなかったら切らなきゃいいのに。
― ほんと、そのとおりですよね。
原 和美 3月末までに派遣労働者で失業する人が、11月に3万人、12月に8万5千人、これは厚労省です。きのうの共同通信、神戸新聞が40万人って書いていましたね。大企業がクビ切りをした、クビ切りを計画しているって、イメージの問題どころじゃないですよね。
― 派遣先大企業に言えないから、派遣会社が新聞社に八つ当たりしているんでしょうね。
原 和美 電機、自動車の主要16社だけで33兆円もの内部留保があるでしょうって、その内部留保は派遣労働者がつくったんでしょうって。派遣会社は契約の履行と契約の更新を大企業に求めるべきですよね。
(09.01.29)
[17] 大企業は「偽装請負みんなでやれば怖くない」?
― 「もっぱら派遣」「2009年問題」、圓山さんのケースは全国的に見ても三菱重工高砂の中だけでも、たくさんあるケースの一つなんでしょうね。
原 和美 『新社会兵庫』に詳しく載せてます。圓山さん、妻も子もいる46歳、いままで8年半、同じ仕事、指揮命令は一貫して三菱重工なのに、請負、派遣と知らない間に会社同士の契約が変わってたんですってね。現場に貼られた氏名の下に「労派」って書かれていて気づいたって。
― はりまユニオンに入って交渉し、はっきりした部分もあるようですね。
原 和美 会社は「偽装請負を是正すべきだ」という行政指導を受けていないから偽装請負は当時なかったって言ってるんですって。
― 以前なら県労働部、今は兵庫労働局が県内の企業に公務員を常時出して監視をしろとでも・・・。「行政指導がなかったから適法だ」って、「泥棒も捕まらなければ適法だ」って裁判所でも言いますかね、三菱重工。
原 和美 そうです。世間では通用しない常識、通用したら社会が崩壊する大企業だけの常識ですよね。大企業がいっせいに「みんなでやれば怖くない」って。
(09.01.22)
[16] やめてっ「にんげんをいくらで仕入れいくらで売るか」
― 武庫川ユニオンの座り込みに応援に行かなくちゃってお話ししてたら、4月以降も嘱託採用が決まった、直接雇用・安定雇用実現のニュースです。
原 和美 嬉しいです。年越し派遣村も、反貧困ネットも派遣ネットも。そして今回は自治労も連合も全労連も全労協も、しっかり応援した結果ですよね。無期限ストが応援を広げたんですね。
― 去年3月、無期限ストの間、夜に昼にテントを訪ねてましたね。
原 和美 何回も。偽装請負を告発して彼女たちが武庫川ユニオンに入った頃から、労働者派遣法を勉強したり、娘の同級生たちの働かされ方見たり・・・。去年3月の無期限ストを応援する集会で、会場に「にんげんを入札するな」って、大きな横断幕が出て。あれ灘の人が持ってたでしょ?みんな泣きました。業務請負は「この仕事いくら?」です。中間搾取で「この人いくら?」「にんげんをいくらで仕入れ、いくらで売るか」って見えちゃいます。やめてって彼女たち。
― 尼崎・神戸から労働者派遣法を変えましょう。
原 和美 そうです。はりまユニオンの圓山さんは三菱重工に8年半です。
(09.01.15)
[15] たたかう仲間 毎日でも行って激励したい
― 原さんが最初から争点の一つに挙げておられた労働者派遣法の抜本改正問題、すこしおさらいをしておきましょうか。
原 和美 日比谷公園にユニオンやナショナルセンターが集って、そこで年を越した若者が「人の情けのありがたさ、感じた。今度は僕が恩返しをする」っておっしゃってましたね。辻元清美さんは衆議院本会議で日本の政治がもたらした、その意味で自戒を込めて、解雇・失業問題を首相に問いただしてましたね。
― 本会議だと大臣と首相の見解不一致なども表に出ませんでしたけどね。
原 和美 派遣の仲間や私たちは、99年以前に戻せって。舛添大臣は製造業派遣を禁止しようって。でも審議会では「労使双方にニーズがある」って言い、やっと上程したものの、ついに臨時国会では改正案の審議に入らなかったし、派遣労働者のお陰で高収益を上げてきた製造業の株主・経営者しか見てないんですね、麻生首相って。
― 近くでも武庫川ユニオンの座り込みが始まりますし、はりまユニオンが三菱を訴えています。
原 和美 毎日でも行って激励し、一緒に声上げたい気持ちです。
(09.01.08)
[14] 「改革」で政府が個人商店をつぶした
― 小泉・竹中改革を、いま良くいう人は本当に減りましたよね。
原 和美 私が学生時代を過ごした灘区って、住宅地のなかでお店をしている方も多かった。地方都市は駅前がシャッター通り、この不況でいま灘区でも国道沿いなどにシャッターが目立ちますね。
― コンビニが百貨店を売上額で追い抜いたそうですよ。
原 和美 個人でお店されてる、この前は酒屋さんからお話しをお聞きしたんですが、タバコの自販機まで売り上げ激減で、自民党を支えてきた業界をカタキのように潰しにかかっている、としか思えない。ご商売はしんどいって。
― 長い間、自民党支持だった業界団体、ほんとねらい打ちのように廃業が目立ちますよね。
原 和美 個人商店って、道も聞けるし、地域コミュニティを支えているし、税金の徴収者で、政府は大事にしなきゃね、本当は。それに竹中平蔵さんの金融大国論・金融立国論。私立大学が資産を運用したら、駒澤大学は大損して理事長交代。竹中さんの慶応大学も、利回りのいいとされる投資につぎ込んで、損害300億円とか。
(08.12.25)
[13] 「小泉時代は良かった」 反省しない竹中平蔵
― 政治を国会を、もちろん麻生首相を、批判しながら、小泉改革をもっと進めようって、竹中平蔵・元大臣のテンションが高くなってます。
原 和美 朝日新聞の8ページ全面広告(12月9日)でしょう?日本の金融資産は千五百兆円あり、今回の金融恐慌でも日本の銀行は傷んでない、もっと為替や外国株・外国債に手を出そうって。どこの、だれの話なの?って。
― それに『週刊朝日』12月26日号です。株の相続税を下げろ、羽田空港を3倍くらい拡張しろ、法人税を香港と同じくらいまで下げろって。
原 和美 多国籍大企業がまっ先に首切りを発表し、正月が来ない、暮れを越せない若者がいるのに、まだ金融ペテン師を信じましょうってことですよね。
― 気づいてみれば小判は木の葉だったっていう民話がありますね。キツネにダマされていい湯加減の風呂だと思っていたのが野つぼだったって。竹中平蔵はもっといい湯加減になるって。
原 和美 小泉時代は良かった、小泉首相はえらかった、つまり私(竹中)は間違ってなかった・・・ですね。だったらなぜこうなったの?反省がないんですね。
(08.12.18)
[12] 財界に首相が国会が小馬鹿にされてる
― テレビ、大変だったようですがご苦労様でした。さて話題を変えますが、原さんが指摘されてたように、実体経済の不況、深刻ですね。
原 和美 10年前の日本の金融大混乱以来、中小企業の淘汰が続き、中高年が現場から放り出され、その代わりに若者を正規社員としてではなく使いつぶして、海外展開した多国籍企業が、今度はリストラですもんね。
― トヨタ、キャノン、ソニー、ほんとそうですね。
原 和美 キャノンって日本経団連の会長を出している会社でしょ?トヨタは前会長だし。
― 12月1日に経営トップと麻生首相は会って、雇用や賃上げをよろしくって言ったんだって報道され、直後にソニーは1万6千人解雇だって、無茶苦茶。ようやりますよね。
原 和美 首相が国民に愛想を尽かされ、テレビで笑いものにされ、財界に小馬鹿にされてますよね。他の人が首相だったら、って言うんじゃなく、日本の政治、自民党政治って、ずっと財界の下僕ですよね。主権者であるはずの国民から野党も含めて国会議員が遊離し、国民の力を信頼していないから。
(08.12.11)
[11] 9条が広がりそうだからあわてる人も
― 「灘市」が生まれていたかも知れない、って歴史も読まれました?
原 和美 神戸市が西灘、六甲の両村と西郷町を編入した昭和4年、1929年、その前も後も酒造地帯・灘五郷を一つにした市の建設運動があったらしいですね。「あと」だと、今の灘区の東隣に「灘市」ができていたかも。
― それも『神戸市會史』ですか?
原 和美 戦前の「自治」運動、そして戦後、神戸って長い間、総選挙の選挙区と市域が同一だったでしょう?「神戸が好き」って言う方が多いのも、「神戸愛」の歴史あってこそです。
― 歴史と言えばテレビ『たかじんの・・・』に、あの田母神俊雄氏らと一緒に出てましたね。
原 和美 「ポートアイランドにテロ集団が上陸して来たら?」に、答えなかった私をもどかしくお思いになった方もいらっしゃるようです。半世紀以上も前の「戸締まり論」に、開いた口全開作戦でした。アメリカの「軍事大国・経済大国からのチェンジ」が本物かどうか、本物なら9条が世界に広がる条件ができます。本物にできるかどうか、日本と世界の「わたしたち」の声と力次第です。
(08.12.04)
[10] 学ぶことが多い神戸の歴史
― 松沢兼人先生、とても懐かしい、よく思い出しておきたい大先輩のお名前ですね。
原 和美 男子普通選挙が28年、昭和3年ですね。昭和4年は世界大恐慌の年、灘区が神戸市に編入されて最初の市議選で松沢先生は市会に出られたんですね。来年は灘区の神戸市編入80年ですってね。
― 詳しいですね。
原 和美 灘区の皆さんに選挙でお世話になるたびに、色んなこと教えてもらったり、『神戸市會史』を広げてみたりね。阪急電車は地下で三宮へ乗り入れる約束だったのに、高架にして、以来そのままなんですってね。最近、阪急が提案している地下鉄と阪急の相互乗り入れ問題と、よく似た話でしょう?
― へえ〜そうなんだ。それまでは阪急は上筒井までだったとか。
原 和美 あっ、私、今も学生時代も、坂口通にとても縁があるんです。市電があった頃も知ってるんですよ。終バスは赤バス、その前は青バスとか・・・。世界大恐慌、松沢先生に話を戻すと、市の清掃従業員組合がつくられたとか、市電争議とか、神戸の歴史、先人の功績、学ぶことがとても多いですね。
[09] 歴史的な転換期。そのときわたしたちは
― 金融危機から実体経済の不況へ。麻生政権は選挙より大不況への備えを選択したって言いましたね。
原 和美 確かにそう聞こえました。景気と選挙、昔から「二兎を追う者は一兎を得ず」って言うだろうって、どなたかが。
― 選挙準備も長引いて大変ですね。
原 和美 1929年の世界大恐慌以来とか、サミットは歴史的とか・・・。昭和4年ですよ、1929年って。灘区が神戸市に編入された年、東灘区はまだ武庫郡だった。そういう歴史的な転換期に国会に籍を置ける可能性があるんですから。選挙準備も、そういう歴史の一コマにふさわしいものにしてくださいってお願いしてます。
― 世界大恐慌のあと、日本は満州を植民地にし、アジアに進出して不況から脱出したものの、15年後は敗戦でした。
原 和美 灘には、松沢兼人先生っていらっしゃったでしょ。昭和4年に市会、戦後は衆議院と参議院、憲法制定の国会や地方自治制度で大きな業績を残された・・・。もちろん当時よりとても恵まれた政治的条件で、若者たちや私たちは活動できます。日本国憲法を生かして。
[08] 金融危機(4) 本山教授からエールとメール
― 9日に本山美彦教授の講演を聞く機会を持たれましたね。
原 和美 はい「原和美を国会に送る会」が主催して、大阪10区の辻元清美さん、比例でたたかう社民党の服部良一さんにも駆けつけていただきました。
― 本山教授って国際経済学の、とても著名な先生ですよね。
原 和美 9日にも、講演の最後に「原さん、がんばれ」っておっしゃっていただきましたが、ある講演会でお会いしたときに「世界金融危機でいろいろお伝えしたいこともあり、メール送りましょう」っておっしゃって、次々メールをいただきます。西灘小学校、原田中学、神戸高校ですし。
― へえ〜。「私は国会で、日本をこうする」のなかに、金融問題も加わりましたね。
原 和美 本山先生は、世界のGDPの10倍の金融派生商品が出回り、会社法の規制を受けない投資ファンド主役の世界経済に警鐘を発しておられます。日本の元来の金融政策が放棄させられ、ブッシュ政権の時代に変質してしまったと。週末、ワシントンで開かれる緊急金融サミットも、日本は麻生首相ではダメだろうって。
[07] 金融危機(3) 「唯一の超大国」なくなった
― アメリカは初のアフリカ系大統領を誕生させました。
原 和美 言われているように金融危機と大不況が「チェンジ」のオバマさんを後押ししたんでしょうね。ブッシュ大統領の8年は「米一人勝ち」と2つの戦争の8年で、底流にあった「反戦」「環境」が本流になったという要素もあると思います。
― 2つの戦争のうち、オバマは「イラクから16か月以内に撤退」、そしてアフガニスタンへは増派ですね。
原 和美 イラクは大量破壊兵器を持っているという「間違った情報」で始めた戦争だから撤退、そして9・11の報復が目的でNATOも熱心だからアフガニスタンは、ということなのでしょうか。でも、もうアメリカは経済的にも軍事的にも「唯一の超大国」ではなくなったという世界の共通認識が広がっていくと思います。財政赤字も百兆円ってすごい額ですよね。
― 日本も考えるときですよね。
原 和美 すでに貿易は対米の割合が減り続け、世界が協調と協力の時代に入ったんです。日本国憲法、戦力不保持の9条が世界に通用する時代の幕開けです。 (つづく)
[06] 金融危機(2) サブプライムローン「やっぱりね」
― ネットに「シアトル日記」を載せておられますが、そうだ、原さんは英米学科だったし4年前でしたか、アメリカ留学をしたのは?
原 和美 そうです。4年前の参議院選挙が終わって、ワシントン大学のコースに、ホームステイでほんの少しの間だけ。留学って言えるものじゃありません。
― その頃のアメリカは、まだまだ元気だった?
原 和美 大きな国だし、フロンティア精神ってよく言われるでしょ。産業の盛衰と都市の盛衰が一体なんです。たとえばデトロイトは自動車、サンフランシスコのシリコンバレーはITとか。シアトルは港で神戸と縁があり、イチローのマリナーズとか。デトロイトは人口90万人を割って最盛期の半分になっているんです。
― 競争こそが、消費こそがアメリカだって言う人もいますね?
原 和美 華やかな一面、どのまちにもスラム街があって・・・。セーフティネットも「競争のスタートラインは公平に」という考えで、日本でいう社会保障じゃないんです。サブプライム・ローンも「アメリカは、やってたのか」「やっぱりね」って思いますね。 (つづく)
[05] 金融危機(1) ・・・なのに「改革継続」ですって
― 3つの争点、労働者派遣法、後期高齢者医療制度、そして自衛隊の海外派遣についてお聞きしてきたんですが、この間に金融危機が深刻になりました。
原 和美 自民党政権が2度にわたって政権放棄した背景には、新自由主義の行きづまりがあって、それがアメリカ発の金融危機で一気に世界レベルの混乱に巻き込まれたと言うことなんでしょうね。
― 日本は10年前に経験ずみだから大丈夫って相変わらず脳天気な御用学者が多いようですけど?
原 和美 不安を煽るつもりはありませんが、これまでと同じように、働く仲間に犠牲を押しつけようとするでしょうね。
― トヨタでは派遣労働者が「契約切れ」で解雇とか、もう言われてますものね。
原 和美 1929年以来のできごと、90歳の人が子どものときに起きた恐慌以来というのですから、国の舵取りは難しく、とても重要ですよね。なのに「改革の継続」ってまだ自民党は言ってます。
― 惰性じゃどうにもならない、と?
原 和美 そう。デトロイトが、GMが、アメリカが危ないんです。(つづく)
[04] 後期高齢者医療制度「廃止」は老若問わず
― もう一つの焦点は後期高齢者医療制度、その廃止ですね。
原 和美 高齢者の方々の怒りが、本当に毎日、痛いように分かります。また「選挙で何とかしよう」っていう、まさに社会的合意になっている雰囲気です。
― 「生きさせろ」は、高齢者からも?
原 和美 「はよ死ね、が実行段階に入っている」って怒ってた人もいました。ここ数年、控除の廃止など実質増税で、お年寄りは「予定していた収入が毎年、毎年減った上に、勝手に天引きした」って。物価も上がったし、怒りはもっともですよね。改善のため廃止法を成立させたいです。
― とくにポイントをどこにおいて廃止をうったえますか。
原 和美 一度は大臣も変更するって言った「年齢で区切る」「脱退を強制する」こと、年齢で差別医療することを認めたら、所得で差別するとんでもない医療になってしまいます。
― 保険料下がったからええやんって人もいます?
原 和美 いいえ、むしろ若い人からも、たとえば健保組合が解散に追い込まれたりしたからでしょうが、「廃止」の声をたくさん聞きます。
[03] 「労働者立法」で労働者派遣法抜本改正を
― まちでどんな話を聞きますか。
原 和美 宣伝車にかけよってくださったり、財布から2千円とかカンパをくださったり、こんどは負けられません。阪急御影の駅前で「息子が30歳過ぎたところで会社が倒産、原さんの言ってるとおりです。ぜひ勝って」って語りかけてくださった女性も。
― 若い人は?
原 和美 まちでじゃないけど、ユニオンの仲間に集まってもらってお話しを聞きました。何も悪いことしたわけじゃないのに、ハケンだパートだってなぜ差別されなきゃならないの?って。
― 少し前は「学校出ても仕事に就けない」だったし、今は「働いても食えない」ですよね。
原 和美 若者は仕事してても結婚できない、結婚した女性が子どもを産めない、でしょう?少子化も不況も自然災害じゃありません、政治に責任があります。掛け金払うために生きる訳じゃないけど、社会保障制度が崩壊するのも当然ですよね。
― どうしますか。
原 和美 被災者支援法は被災者がつくりました。「労働者立法」で、労働者派遣法を99年以前の状態に戻すことです。
[02] 金融工学なんか知らないけど私には夢がある
― 最初の仕事は貯金局でしたね。
原 和美 働く女性が今ほど多くないとき、出産や育児と仕事の両方で、社会を支えるって、言い出すことにとても勇気のいる発言を先輩たちがしていました。結果として、女性が声を出せば男性も仕事がしやすくなり、当時の郵政省にも貢献したんですよ。
― 貯金局も神戸にはなくなり、3年前の総選挙は「郵政解散」でしたね。
原 和美 たった3年で、結果が出るなんて思ってもいませんでした。郵政民営化は「外圧」、アメリカの金融保険業界は、たとえば簡保が日本の市場を独占している、開放しろって言い続けてましたよね。
― ところがAIGは国有化・・・。
原 和美 そうなんです。民営化を押しつけてきた国が「国有化」って、変ですね。そして金持ちを救済するのがアメリカ。むしろ格差を広げない日本流のやり方をガンコにつらぬくときがなくちゃいけない、私はそう思います。
― 郵政で働いたことのある原和美さんの出番?
原 和美 そうさせてください。金融工学なんか知らないけど、社会のつくりかたに、夢を持っています。
[01] 「日本だけが軍隊出さない」ことを誇りに
― 5年で5度めの国政選挙です。ご苦労様です。
原 和美 また灘区の皆さんにお世話になります。総選挙は3度めです。ずっと正直に生きてきましたが「3度めの正直」にしてください。
― 4人のなかでは一番の年長になりましたね。
原 和美 50代、最後の選挙にしてほしいです。いま日本も世界も大変ですから安定政権は不可能で、しかも自民党にとって3分の2を持っている方の衆議院の選挙です。次の選挙まではとても短いことが予想されます。ことによると私50代で「もう1回」なんて。だから今度どうしても通してほしいのです。
― アフガニスタンに陸上自衛隊を出さないって決めたとき、7月末にアメリカから特使が来てたらしいですね。
原 和美 「ロシアと日本だけだ」って福田政権は脅かされたんですってね。民主党の小沢代表がその点、自民党より熱心な上、いつでも出せる「派兵恒久法」の石破元防衛相が農水相だけど再入閣でしょう?
― 木曜行動にも何度も来ていますね。
原 和美 「日本だけが軍隊出さない」のは誇るべきこと。続けましょう。
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