原和美の日々雑記
国民の生活不安をなくす・・・!?      2008年8月5日
 福田改造内閣が発足した。内閣改造があるのかないのか、メディアまで振り回され、結局8月1日、事実上福田改造内閣が発足した。
 新内閣の顔ぶれや予想される政策について、いろいろ論評がなされているが、8月3日の朝日新聞の記事によれば「内閣支持率 横ばい24%」(前回調査7月12,13日の24%から変わらなかった)なのだそうだ。この事が全てを物語っているのではないかと思う。
 首相が、生活不安の解消と言いながら内閣改造に踏み切ったその日から、又ガソリンの値上げを始めとする食料品などの値上げが相次いでいる。これで国民の生活不安の解消と言われても、シラケるばかり。私たちの生活不安の中身を本当に理解しておられるのだろうか?と逆に不安になってしまう。いや、もし本当に理解していないとしたら理解して頂かないといけない・・・。

 この4月から始まった後期高齢者医療制度。75歳以上の高齢者を差別するというとんでもない制度。しかも負担が軽くなると言ってみたり、やっぱり負担が重くなると言ってみたり、結局多くの高齢者を不安のどん底に陥れた。
 しかも、年金から天引き。介護保険料に後期高齢者医療保険料、さらに来年度は税金もと言われている。受け取る年金額が一体いくらになってしまうのか。医療費の窓口負担分も引き上げられ、公共料金の引き上げにさらに物価高。これで生活出来るのだろうか?こんな不安を解消してください!
 若い人達には働けば生活できる賃金を保障して!健康で働ける職場を準備して下さい。これまで当たり前だったこんな当たり前のことが叶う政治にしてください!一体どれだけ働けば生活できる賃金を手にすることができるのだろうか、結婚できるのだろうか、子どもを育てられるのだろうか?こんな不安を解消してください!  そして、選挙前だからと人気取り政策、そのツケは選挙が終わって消費税を上げるのという請求をよこすのではないかという不安を解消してください!
 まだまだたくさんある不安・・・。どうしてくれるのだと叫びたい!

 そして、しかしこの「怒り」もすぐにやってくる連日・連夜の「日の丸」「君が代」の嵐の渦に巻き込まれ、現実逃避、やがてあきらめ・・・。そんなことには絶対にできない日々の生活がある、しっかり見極め、今度こそ選び損なわない選択を!

新自由主義経済(市場原理主義)って
ガン細胞のようなもの?           2008年7月2日
 全くの経済オンチの私が、直感的に感じている事です。つまり、破滅に向かって増殖していくガン細胞のような気がして仕方ありません。飽くなき欲望が自らを破滅させる、破滅させるまで止まらない・・・。特効薬は?

 つい先ごろ世界を震撼させた、アメリカのサブプライムローン(低所得者向け高金利住宅ローン)問題。アメリカ国内ばかりでなく世界の金融機関に混乱をもたらしました。当時ニュースといえば、サブプライム、サブプライムとアメリカの問題なのになぜ、こんなに日本のマスコミまでが大騒ぎするのかと思っていましたが、これが結局資本のグローバル化がここまで進んでいたことを明らかにさせた、つまりこれは氷山の一角だったのですね。
 これから先は、前回紹介させていただいた本「貧困大陸アメリカ」と「日本経済見捨てられる私たち」から学んだ事です。たくさん引用させていただくことにします。

 「サブプライムローン」問題は単なる金融の話ではない、アメリカで中流階級の消費率が飽和状態になった時、ビジネスが次のマーケットとして低所得層を狙ったシステム、リスクに無防備な低所得の人々を「商品」として市場原理に組み込もうとした・・・世界を二極化している格差構造と、それをむしろ糧として回り続けるマーケットの存在・・・そこでは「弱者」が食い物にされ、人間らしく生きるための生存権を奪われた挙げ句、使い捨てにされていく。
 効率重視の市場主義の基盤は、大企業の競争力を高める事で経済を上向かせる、そのために企業に対する規制を撤廃・緩和し、法人税を下げ、労働側にきびしい政策を許し、社会保障を削減する。一部のエリートと仕事を失った中間層の格差は広がり、社会保障政策の縮小で貧困層に転がり落ちた中間層(の消滅)は社会の底辺から這い上がれないという仕組みを作り出した・・・。(貧困大陸アメリカ)

 日本は、小泉構造改革としてこの後を追いかけ始め、現状があるのですが、「構造改革」の考え方はすでに90年代半ばに登場しています。バブル景気後の不況、金融危機、不良債権問題の深刻化などで「改革」にたいする期待、経済界の支持。特に経済界は、会長の名を冠した「ビジョン」を発表し、効率化と規制緩和を主張し、小泉構造改革で一体化していきます。そして忘れてならないのは、アメリカ企業の日本への進出を行いやすくするための改革を期待した、毎年アメリカ政府から提示される「年次改革要望書」の存在です。
 なぜ、日本の経済界の期待とアメリカ政府の要望が衝突しなかったか・・・ アメリカ政府の陰にある日本に進出しようとする企業群と、日本の経済界を代表する財界を支える企業群、ともに大企業として捉えれば同じ穴のむじな、狙いは同じ・・・グローバル化の本質。(日本経済見捨てられる私たち)

 「日本経済見捨てられる私たち」のなかでは、先に紹介させていただいたように企業が利益をあげる状況になっている、構造改革が狙いとしたのは企業が儲かるような構造経済構造にすることだったのです。全体の所得が増えない中で企業の収益が増えている、つまり家計部門から企業部門に所得が移転している、その移転をたやすくするために働く人達に犠牲を強いてきた・・・ということです。
 しかしここからです。今度は構想改革政策が、収益をあげるためなりふり構わぬ行動を企業に強制するようになった、種々の規制緩和のもと、力を増した株式市場を始めとする金融市場が、企業にそれを強いるようになり、潜在的な能力を十分に発揮していないとみられた企業は乗っ取りの対象とされ、それを容易にする法律上の枠組みや制度も整えられ、現実に買収が行われた・・・。

 今、世界中で格差の広がりが伝えられています。社会全体が不安のどん底に陥れられています。急激な原油価格の異常な値上がり、穀物不足だとか、世界的な食料危機・・・私たちにはなぜこんなことになっているのかわからないことばかりです。でも、少しばかりカラクリが見えてきました。そうなると全世界の飽くなき欲望がやがて自らを破滅に追い込んでいってしまうような気がしてならないのです。この増殖を止める手立てはあるのでしょうか?

「ルポ貧困大陸アメリカ」(堤 未果著)
「日本経済 見捨てられる私たち」(山家 悠紀夫著)
映画「大いなる陰謀」(Robert Redford監督)
2008年5月18日
 私が、この1〜2ヶ月余りの間に、読んだり観たりした本と映画です。アメリカに関する3部作。
 山家先生のは、アメリカ型経済をめざす日本で、構造改革・規制緩和のウソともたらしたものをたくさんの統計資料に基づいてわかりやすく説明されています。例えばこうです(以下引用)・・・「構造改革」論は、日本の景気が悪いのは「構造」が悪いからだ、企業が儲からない構造になっているからだ、と説きます。だから「企業が儲かるような構造に変えなければ」というのですが、企業が儲からないから景気が悪いという、その診断自体が間違っていたのです。正しくは、バブルが破裂して需要が落ち込んだ、だから景気が悪く、企業も儲からない、と診断すべきでした。間違った診断をもとに「企業が儲かるようにする」処方箋を書いて、それに従って処方しても景気がよくなるはずはありません。いわば、単なる食べ過ぎ、飲みすぎ、せいぜいが食当たりだったのをガンだと診断したようなものです。ガンでない人に放射線治療をしたら、かえって体を悪くしてしまいます。ここ十年、日本経済に生じたのは、そうしたことでした。・・・「構造改革」が狙いとした「企業が儲かるような経済構造にする」という点では「構造改革」は成功しました。・・・2006年度の経常利益は54兆円、「構造改革」が始まった年、1997年度のそれは28兆円でしたから、9年間で26兆円の増加、ほぼ倍増です。ちなみに、この9年間の日本経済の全体構成員の所得(国民総所得)は、520兆円(97年度)から525兆円に、5兆円、1%の増加に止まっています。全体の所得がさほど増えないなかで企業の収益(取り分)が増えたということは、別の部門から企業部門に所得が移転した、ということを物語ます。別の部門とは家計部門です。家計部門の所得の大半を占める雇用報酬について見ますと、9年間でおよそ16兆円の減少です。・・・
 つまり、「構造改革」はこのように所得移転を促し、さらにしやすい構造へと(企業が儲かる)経済構造に作り変えた、代表的な例が労働基準法の改正や労働者派遣法の改正など労働の規制緩和だとし、非正規社員の増加と正規社員の労働条件の切り下げが行われるようになったということなどが書かれています。(あとは本書を、青灯社ブックス1)
 そして、映画「大いなる陰謀」は、ロバート・レッドフォード監督・出演、メリル・ストリープ、トム・クルーズと大スターの競演。私にとってはそれだけでも魅力的なのに、内容もすごかった。アメリカの今がいっぱいつまっていた。「貧困大陸アメリカ」で知ったアメリカの苦学生達の状況、正義・大義のために志願兵として戦場に赴く若者達、でも彼らもまた帰ってくれば大学院進学時の授業料免除を期待しなくてはならない経済的事情も抱えていた。
 イラク戦争がどうにもならない状況で苦悩するアメリカ、その中でアフガニスタンで勝利を得ようと進められる作戦、これを企画した上院議員にインタビューするベテラン女性ジャーナリストは、なぜ今それを実行する必要があるのか・・・という疑問とともに、「作戦の達成に手段は選ばない」と繰り返す議員にさらなる疑惑を感じ、この情報をリークし好意的な報道をさせ世論の支持を得ようとすることに(この作戦を報道することに)踏み切れないでいた。最後の方で、今日も戦死者に捧げられている花束に涙するシーンは印象的だった。
 歴史学の授業をサボり単位取得が困難になりつつある優秀な学生が「世の中何も変わらない」と関わる事を避け、楽な生き方へと流されつつあることに「君は、行動を起こしたか?・・・」と教授が迫る。教授が止めるのも聞かず 世界がより良い方向に行くのならと志願した若者には非情な結末が待っていた。
 この3つの場面が交互に入れ替わり同時進行する。カリフォルニア大学・教授の部屋(07:00am)、ワシントンD.C.上院議員の執務室(10:00am)、作戦が開始されるアフガニスタン(06:30pm)。
 終わりを感じさせない映画だった。これがラストシーンだということを感じさせない映画だった。「つづく」歴史を今を生きている私たちがどうするかだろうと考えさせられた。  最後に、この映画の原題は「Lions for Lambs」。―戦争とは「雄雄しく前線で戦う若者達はライオンだが、指揮官達は子羊のようなものだ」―

 とても長くなってしまいました。最後まで読んで下さってありがとうございました。

中国四川省で起きた大震災、お見舞い申し上げます
2008年5月14日
 連日、メディアからは悲惨な現地の様子が伝わってきます。地震の規模は阪神淡路大震災の数十倍とか・・・。あの時感じた恐ろしさの何十倍も、と考えると想像を超えてしまいそうです。どうか、たくさんの命が助かりますように、国際社会の救助の手が一日も早く届きますようにと願わずにはいられません。
 私は、阪神淡路大震災のあと「神戸留学生友の会」という組織のお手伝いをさせていただいてきました。中国からの留学生の皆さんが殆どの組織で、皆さんが住んでいたアパートや文化住宅が震災で壊れ、その後の住宅探しが大変という状況が続いていました。当時神戸市議をしていましたので市への申し入れなどを行ったりしました。(この事がきっかけでその後特にアジア系の留学生の皆さんの住宅問題にも取り組む事になりましたが)
 中国に帰られてご活躍されておられる方も多いと思います。そして、日本でここ神戸で故郷の事を思っていたたまれない方も、被災をされた皆さんにお見舞い申し上げます。
政府には「重く受け止めて」欲しかった・・・
 自衛隊イラク派兵違憲判決!     2008年4月24日
 勝ち負けの問題ではない、「重く受け止めたい」、そんな談話は政府の誰からも聞こえてこなかった。もちろんそんな思いは全く無いでしょうから正直といえば正直と言えますし、憲法が何たるか知って(?)いても無視する方々だから当然かも知れない、しかしそのカケラも無いとしたら救いようのない政治(家)です。
 4月17日の名古屋高裁の判決、航空自衛隊が現在イラクで行っている活動は「憲法9条1項に違反する活動を含んでいる」との判決内容は、100歩譲って「イラク特措法」を認めたとしても、その「イラク特措法」で禁じている戦闘地域で、武力行使を行っていると評価されかねないとし「イラク特措法」にも違反しているとしています。
 時の小泉総理が「自衛隊のいるところが非戦闘地域」とのたまい、強引に成立させた「イラク特措法」にも違反していると裁判所は言っているのですよ、これに政府が「そんなの関係ない」としていられる事自体、庶民の常識では考えられないのです。
 自衛隊イラク派遣差し止め訴訟は、おのずと憲法判断が求められるにも関わらず、これまでの裁判では憲法判断が避けられ続け、悔しい思いをし続けてきた私たちにとって涙が出るほど感激できるものでした。

 それにしても、この判決文を書かれた裁判長はすでに3月に依願退官されていたとか・・・。憲法に関わる判決を書かれた裁判官は(この世界を全く知らない私ですが)、本当に皆さん苦労というより決死の覚悟をもち臨まれているような気がしました。想像以上に壮絶な世界なのだと。そう言えば、かつて小泉前総理の靖国神社参拝に違憲判決を出した福岡地裁の裁判長は遺書をしたためて裁判に臨んだと聞きましたし、住基ネットに個人情報を否応なしに接続するのは違憲だとした大阪高裁の裁判長はその後自ら命を絶たれました。

 これらの判決に続かなくてはいけないのは、政治の世界だと思えるのです。「そんなのぼくらには関係ない」としている政治(家)に、もう一度まさに問われている「イラク特措法」を国会に引っぱり出し議論をやり直さねばならない、そうじゃないでしょうか?

「THE LITTLE HOUSE」       2008年4月17日
 3月は(催促いただいたにもかかわらず)一回も更新出来ず、反省しきりです。皆さま、お元気ですか?
 我が家には、今の家に移った時(20年程前)私がホームセンターで買い求めたり頂いたりした樹木や花木が、勝手気ままにと言うか自由に伸び伸びと育ち、今年も見事に春の息吹をもたらしてくれました。中でもご近所の評判は「ミモザ」。15年ほど前に2本。買った時には1メートル程だったのに、今や見事な大木に育ち、毎年皆さんが見に来て下さるまでになりました。真黄色の花が終わると茶色の絹さやのような種を付け、その後はお掃除が大変になります。でも、冬でもきれいな緑の濃淡の葉っぱは私の大のお気に入りです。

   さて、標題の「THE LITTLE HOUSE」は、ご存知の方もいらっしゃると思いますが、先ごろお亡くなりになられた児童文学者の『いしいももこ』(石井桃子)さんが「ちいさいおうち」として翻訳された絵本の一冊です。先日、新聞で偶然に見つけてビックリしました。といいますのも、この本の原文(英文)を、私は持っているのです。
 3年程前、シアトルのワシントン大学で短期留学と言っても1ヶ月程学んでいた時に、本屋さんに入って偶然出合った絵本でした。作者のVIRGINIA LEE BURTONさんの絵がとてもきれいで可愛く、値段も$5,95だったので思わず買い求めました。読み終わるとほのぼのとした気分になったのを思い出しました。  石井さんと言えば数々の翻訳された名作や、著作もたくさんおありになる方ですが、この絵本も翻訳されておられたとは知りませんでした。
 丘の上で、とても頑丈にきれいに建てられた「ちいさなおうち」は開発の嵐の中で居場所がなくなってしまいます。でも、やがてみんなの協力で平和な暮らしを取り戻すまでが描かれています。作者のとても動きのある絵というか絵を見ているだけでも自然にページがめくられ物語が伝わって来ます。
 最後には It was Spring・・・ and all was quiet and peaceful in the country.
 政治の舞台で繰り広げられているどうしようもない現実から、少し逃避できたひとときでした。

どうなっちゃったんですかね…     2008年2月21日
 皆さま、お久しぶりです。いえいえ私のことではなく、沖縄で米海兵隊員の犯罪が続く中、マスコミの皆さんの質問に福田首相が答えて「米軍もどうなっちゃったんですかね」。
 いつものように他人事風情で。福田さん、あなた、それはないでしょう!
 米軍基地のある街、どこだって誰だって認めている訳ではない。小泉前首相だっておっしゃったじゃないですか(以前岩国市で基地の負担が増える事について住民投票で、市民がNOを選択したことの感想を求められて)「誰だって基地がないほうがいいに決まっている」って。その基地を押し付けている最高責任者なんですよ。沖縄の人達の、基地を抱えている街の人達の、日常と隣り合わせの恐怖や不安を想像力を働かせてみてください。
 今度は、海上自衛隊のイージス艦が漁船を真っ二つに切り裂いた。会見に臨んだ海上自衛隊のえらい人は昨日は薄ら笑いをうかべながらマスコミの追及をかわそうとしていた(保身)。今日は防衛大臣が「政争の具にしない…」などと的外れの話をしているかと思ったら、野党各党が防衛大臣の辞任要求だとか罷免だとか言っているニュースが流れた。かの福田さんは「今はそういう時じゃないでしょう、大臣は一生懸命やっているんだから。人命救助しているんだから・・・」(と言っていたと思う)人命救助してるんだから、って。
 もう、何も言いたくない。防衛省や政府の人達のことばにはなんら伝わってくるものはない。漁協の人達の説明の方が余程わかりやすく伝わってくる。なぜか、心があるから。必死で伝えようとしているから。
 福田さん、そっくりそのままお返しします。「どうなっちゃたんですかね…」
「現実」主義の陥穽(かんせい)     2008年1月12日
 皆さま、あけましておめでとうございます。
 とは言っても、もう12日も経ってしまいました。又、すっかりごぶさたの私です。でも、懲りずに今年もよろしくお付き合いくださいますよう切にお願いいたします。
 昨年末は、私がお手伝いさせていただいているNPOの皆さんが、フィンランドの福祉施設を訪れ、その記録を冊子として発行するための編集をさせていただくということがありました。フィンランドと言うとサンタクロースとムーミンの国。それ以外のことの発見もあり楽しい作業でした。そして、年賀状。29日午後にスタートし書きあがったのは31日の昼。すべて手書きだったので(約220枚)、目はしょぼしょぼ、肩はパンパン、腕はだるくて最悪。そのまま、(雪の)福井の実家に帰りました。そして風邪というお土産つきで戻ってきました。
 さて、今年の最初は標題のようなタイトルをつけさせていただきました。これは故丸山真男さんが1952年に書かれたエッセイのタイトルです。
 昨年11月3日に、北区で憲法を考える講演会を、浦部名古屋大学大学院教授をお招きして開催しました。その時に紹介があったものです。ずっと気になっていて、お正月に読みました。
 「現実的」―ということばにどのような落とし穴があるのかがこのエッセイには明快に書かれてあります。当時、朝鮮戦争を契機に警察予備隊の創設、講和条約と日米安保条約さらには(再軍備のための)改憲へ向けた動きが活発化していました。そのような中でやはり平和勢力に対して頻繁に使われていたことばが「現実的でない」でした。
 (以下は勝手に要約しました)日本人が現実とか非現実とかいう場合の「現実」はどういう構造を持っているかについて、@現実とは既成事実と等置される、現実的たれということは、既成事実に屈服せよということ。「現実だから仕方がない」というように、現実はいつも「仕方のない」過去。A社会的現実は錯雑し矛盾した様々の動向によって立体的に構成されているにも関わらず現実の一つの側面だけが強調され、「現実的たれ」といい、現実の一面を選択させられる。Bつまり、その時々の支配権力が選択する方向がすぐれて「現実的」と考えられ、これに対する反対派の選択する方向は「観念的」「非現実的」というレッテルを貼られがちだということ。

 憲法9条は「理想」と「現実」の問題ではなく、まさに現実の選択の問題。憲法を変えて軍隊を持つ国をめざす現実、軍隊を持たない国をめざす現実、この現実の選択の戦いです。今の政治の大方の流れは、すでに憲法9条を「現実的」既成事実に屈服させ、自衛隊の軍隊化、さらには海外派兵のための恒久法へと踏み出しつつあります。
 憲法に自らの都合のいい解釈を加え、現実論をふりかざすこの国の指導者たちに、私たちにとっての現実・沖縄や岩国の戦い・生きる権利を求める様々な戦いがあるというもう一方の現実に自信を持ち、挑んで行く年にしたいと思います。今年も、どうぞよろしくお願いします。

(最後まで読んで下さってありがとうございました)
小沢さん                 2007年11月10日
 前回、つづく・・・で終わりましたが、続きは続きでも、あっそうですか、お戻りになられたんですね、です。
 おおかた(?)の予想を裏切って、小沢さんは戻ってきた。8日は筑紫哲也NEWS23に出演していた。表情は終始にこやかだったが、発せられることばに何ら心を動かされることはなかった。私が、他党の人間だからかも知れないが・・・。
 不器用だとか言われても、真意を本当に伝えようと思えば、伝わる。総選挙に勝つため・・・、これはこの国会で民主党がどのような議論をしたかで国民が判断する事。マニュフェストの実現―政治は結果がすべてだと言うけれど、しかし今回のテロ特措法で明らかになった給油量のウソは参院で民主党が第1党になったことからわかった事。これまでの自民党の多数政権では、多分明らかにならず、閣議決定で延長されていた。
 私たち、国民はいかに多くの事を知らされずにいたか、この一例をとってみても明らか。まだまだある・・・。だから、結果はとても大切、でも、今、私たちにとって必要なのは信頼できる政治なのだ。国民が判断できる材料(情報)を民主党は緊張感あふれる国会の議論でどんどん引き出して欲しい、そして議論の展開をそのことを期待している。選挙に勝つか負けるかは、その結果でしょう。
 私も、選挙しているからわかります。有権者の皆さんと日常、接している事の大切さ。でも、国民が期待しているのは政権交代なんです。長期政権にあぐらをかき、思い上がった自民党。なんだかんだあっても、やっぱり国民は自民党を選ぶという思い上がり。相次いだ閣僚の不始末はそのことを、明確に示しているではありませんか。
 だから、今回のことは小沢さんは、二重の意味で国民の期待を裏切った。政権交代(有るかもしれないが)の期待。そしてさらなる政治不信を植え付けたこと、です。
END
大連立・・・えっ!?
小沢民主代表辞任届け・・・うっそ〜?! 2007年11月4日
 この3日間、またしても永田町に振り回された。(私たち、国民は) 自民党・公明党・民主党の大連立?7月の参院選は一体何だったの?率直な感想です。国民の多くの皆さんは、長期政権にあぐらをかき、思い上がった自民党に代わって民主党に政権をと期待し投票し、小沢代表を始めその期待を十分に肌で感じていたはずだし、次の総選挙では政権交代はほぼ実現可能になっていたのに・・・。これでは、投票した国民の気持ちは、期待は、宙をさまよってしまいます。そして、今日夕方「小沢民主党代表辞任届けを幹事長に提出」そして、記者会見。
 一体、どこで何がどう動いているのか・・・政治に私たちの暮らしやいのちを託しているのだけれど、政治の世界は私たち庶民にはさっぱりわからない。
 テレビでの報道では、「持ち帰った案を役員会で否定された、これは代表を否定されたようなもの」とか「福田首相の誠意ある対応へのケジメ」「民主党は政権担当するにはまだ不十分」だとか言われていたように思いますが、でも持ち帰って議論するということは民主的であって何ら問題はないし、福田首相へのケジメだとか言われると、党内をまとめると約束してしまったのかと思えるし、政権担当能力はこれから、自らがつけていけばいいし。
 私は、「テロ特措法、絶対反対」を貫いている民主党にひそかに期待をしていました。しかし、小沢さんがISAFへの参加だったらいいとか、恒久法(自衛隊の海外派兵を可能とする)を作るだとか言われるようになってから、いや、やっぱり違うと考えていました。
 自衛隊は軍隊です。日本国憲法は軍隊を持つことを認めていません。この原則をあいまいにしてはいけないのです。(2〜3日後に続く)

* ホームページの更新またまた、お留守になってしまいました。書きたかった事、歴史教科書検定問題と新聞1面トップを飾った沖縄11万人集会。その少し後、母親と石垣島を旅したこと。米軍再編問題で、基地負担の代償として支払われる「再編交付金」が、反対自治体(名護市、岩国市、座間市など)には支給されないこと・・・国の政策に反対すると、こうなるのだと言わんばかりに。これらは、又いずれ。

福田内閣の誕生            2007年9月26日
 国会の会期中に大騒ぎの末、決まった自民党総裁。そして今度は、その人が総理大臣になるんだと。自民党の役員に決まった人、そして大臣になった人、「殿堂入り」の人ばかりじゃないですか。その上、何だか皆さん、年甲斐もなく、うれしそう。総理大臣だってうれしさを隠し切れないようでした。
 マスコミの皆さんから、コメントを求められても、これじゃ言いようがない。でも多分、今度コケたらもう後はないでしょう、と思えます。そういう意味では、政権交代が現実味を帯びてきたということになるのかも知れません。
 いよいよ始まる国会での論戦。福田総理が国会でのきびしい論戦に耐えうる経験豊かな人選とも言っていたけれど、そのきびしい議論を期待したいと思います。
 私たちの暮らしは、まったなしです。ささやかでもいい、暮らしがすべての人達に保障されること、政治の最低の責任です。ニヤけている場合ではありません。そして憲法9条を変えるための既成事実作りも止めなくてはなりません。
 姑息な政治が社会をダメにしているのです。
 と、ここまで一気に書いて、じゃ、私たちはどうなのか?政権交代もかやの外?確かに、ささやかれ始めた解散総選挙はメディアも含めて一気に、自民党か民主党か、の政権交代選挙に突入することになるのかも知れません。
 でも、自民党も、民主党にもできない主張は「憲法9条を絶対変えない」という主張です。ここに、私たちの戦いの根拠が見出せると思います。これまで試みられても出来なかった、共産党や社民党、新社会党などのいわゆる護憲政党や団体、グループが今度こそお互いに智恵を絞って一緒に戦える方策を考えなくてはいけない時と思えます。多くの有権者の皆さんが、とても期待していることだからです。
被災者生活再建支援法         2007年9月25日
 20日の朝日新聞夕刊に、被災者支援法―住宅本体に適用へ―との見出し。ここでも政治が動き始めているんだ、率直な感想です。
 自然災害で住宅が壊れたら、暮らすために建て直したり修理をしたりする必要性が生まれること当たり前です。でも、政府は個人の財産形成に税金は使えないとして、頑として住宅本体への支援を認めてきませんでした。余震が続く中、家屋の倒壊の危険があるからと避難指示がでても自分の家を離れない高齢者の姿があります。この人達にとって、政治はなんと遠い存在なのか・・・。
 住宅の解体や撤去費用には使えるけれど、住宅本体の建設や補修に使えない、しかも年収や年齢で支給制限があったりで結局制度はあっても使えないという、一体被災者を救う気があるのかです。
 「被災者生活再建支援法」が再々見直しを迎える今年、最近頻繁に起きる地震や自然災害に、暮らしの基盤である住宅の再建に制度が生きるようにと神戸からの働きかけも始まっていました。ともあれ自民党がこの改正案を今国会での提出をめざし、民主党もまた同趣旨の改正案の提出を検討しているそうだから、懸案の住宅本体への支援は実現する事になるだろうと思えます。しかし、水害の場合はどうか、全壊・半壊の認定が難しく、でも暮らしの場所までひとたび水に使ってしまった家は、そのまま使えるだろうか、その点も気になっています。
 「被災者生活再建支援法」は、私も様々な思いがあります。被災者のみなさんと、夜行バスで東京に出かけ、国会前で座り込み、議員への要請行動やデモを行ったりしたことが思い出されます。当時神戸市会議員として、震災後、法や制度の不備を思い知らされました。道路や橋は国の補助制度の中でいち早く復旧したけれど、肝心の被災者の皆さんの暮らしを支える法や制度がないことでした。「災害救助法」はあくまでも一時的な救助にとどまっていて、この「法」も私は、個人的には見直されなくてはならない課題がたくさんあると思います。実は住宅の応急修理も制度として災害救助法の中にあります。しかし、当時限度額は29万5千円。しかも、生活保護世帯であることや市民税非課税世帯など要件もきびしく、あの大震災で適用されたのはたった、577件であったこと。(神戸復興誌・神戸市 参照)その他、これらに関連して議会で様々な事を議論してきました。私は、神戸市が行政としてもこれからも粘り強くやり遂げてほしい事、それは災害救助法の中で教訓とされた事を「法」改正を通じて求めていくことだと思います。災害時、市の職員の皆さんも被災者です。すばやい対応を支えることのできる法律にすべきです。
 生意気なこと、一気に書いてしまいましたがまだまだ、たくさんの事があります。復旧から復興へ、被災者の皆さんの暮らしが早く再建できるよう、これらの「法」の改正がその観点から、まさに公的支援の制度実現に取り組まれ先日お亡くなりなられた、作家の小田 実さんが言っておられた「人間の国」であるために、行われるよう願うものです。
安倍総理の突然の辞任         2007年9月13日
 本当に驚きました。ちょうどその時は、来週始まる東大阪市議選の予定候補者の応援のため街頭に立っていました。後で知ってビックリ。夜のテレビに写っている自民党の面々の様子からしても唐突だったことがうかがえました。
 所詮、「坊ちゃん」だったと言えるのかもわからないけど、この人の果たした役割は戦後の日本の歴史から見ても少なくとも重大な3つの事があげられると思うのです。  それは、「教育基本法」の改悪、「防衛省」の設置、改憲の準備法である「国民投票法」を成立させたことです。そのことは日本を再び戦争する国、できる国にしたい人達にとって、まさに思惑通りに事が運んだに違いないと思います。そういう意味では、無事役割を果たしたのではないのでしょうか?
 だから、私は今「テロ対策特措法」の期限延長を絶対認めないと言っている民主党に、この件に関しては一国民として期待したいと思っています。なぜなら、改憲の既成事実作りは、もう後戻りできないところまできているからです。
 明日(14日)、ある労働組合の学習会によばれていて、その課題が「憲法をなぜ変えるのか」です。この、とてもわかりやすくストレートなテーマに、一言で答えるとすれば「戦争をしたい人達がいる、ひともうけしてやろうと企んでいる人達がいる」んですと言う事になります。
 この事を具体的に説明しようと、いろいろ調べているうちに、ここ15,6年の間に、つまり1991年のソ連邦解体による東西冷戦構造がなくなってからのアメリカの軍事戦略の目的の変化とともに、それにより寄り添った日本の政治の歩みというものが手にとるようにわかります。つまり憲法9条の改悪に向けた動きがより現実味を帯びて具体化してくるのです。何言ってるんだ、今ごろ・・・、と言われそうですが私(わたくし)的には実感しました。
 だから、もう崖っぷちなんです。安倍さんの言っていた「戦後レジームからの脱却」は言うまでもなく私たちの暮らしも、意識も含めて着々と進められていたと言う事です。
 今回の安倍総理の突然の辞任で、改めて政治に強い関心を持たれた方も多いと思います。私たちも又、この国に住む主権者としての判断と責任が問われているのだと思います。
摩耶山へ行きました           2007年9月10日
 9月になっても蒸し暑い日々が続きます。先日「涼」を求めて、ホントに久しぶりに摩耶山に行きました。登りましたと言いたいところですが、それはほんの少しだけ。
 北区の我が家からは、車で20分位で摩耶山の天上寺まで行く事ができます。 そこから掬星台まで登り(歩き)ました。きれいに整備されていて「きらきら小径」とかいう新聞(だったっけ?)で見たことのある小径を歩き、すぐ神戸の街と港が見渡せる場所に着きます。
 神戸って本当に山と海にはさまれているんだ、と実感。でも、いいなって。私が神戸に来たのも、このような風景に憧れたから。
 座ると、とても気持ちのいい風。手の届きそうなところに茶色の実、よく見るとどうも梨みたい。緑の中をロープを伝ってゴンドラが登ってきます。
 蒸し暑い夏の終わりの午後のひととき。眼下に見えるビル群は西日に照らされて暑そう・・・。あの小さな窓の一つ一つに、皆んなの生活があるんだ、忙しく働きまわったり、悩んだり、叱られたり・・・。私もあの中で悩んだり、苦しんだりした事があったっけ。でも、今日は天上から下界を眺めている気分。
 小さなことにくよくよするなって、いう気分。
 午前中、以前お世話になった神戸市の幹部の方と少しお話した事が思い出され、大好きな神戸の街がもっと元気になってほしいなと思いました。
たくさんの皆さん、ありがとう!     2007年8月12日
 17日間の選挙戦、無事終わりました。雨や台風や蒸し暑さ、目もくらむような真夏の太陽が照りつけた日もありました。このような過酷な状況で、しかも時間に追われながらの選挙戦です。でも、スタッフの皆さんも選挙車もそして私も、事故や怪我もなく無事終了することができてホッとしました。
 公示の日、公営掲示板へのポスター貼り。私達のような小さな組織が参院選を戦うなんて「無謀」だと言う事を思い知らされる最初の作業です。でも、すべてやり遂げていただきました。
 ポスター貼りが始めての人や、それこそ思いつく人達にお願いしながら、何百キロと車を走らせた人・・・。雨の中、炎天下の中、お仕事が終わってお疲れにもかかわらず演説会場に足を運んで下さった皆さん、街頭で立ち止まって話を聞いて下さった皆さん、2枚3枚ずつやもっとたくさんの選挙ハガキを事務所に届けたり送ってくださった皆さん、励ましのメールやお手紙を下さった皆さん、たくさんの皆さんにどれだけ励まされたかわかりません。
 私は何の心配もなく、全力で、思いのたけを訴えることができた選挙でした。
皆さん、本当にありがとうございました。心からお礼申し上げます。 (ここまでは、8月1日に書きました)

 185,773票。
いよいよ結果が出る日、持てる力を振り絞った選挙(本当に)だったので、結果如何によっては2度と立ち上がれないかもしれないと、私は落ち着きませんでした。前前日、ある新聞が私はひどい状況にあると書いたからです。選挙の最終盤、自分の気持ちを立て直すのに必死でした。
 結果は、185,773票。事務所で開票状況を皆さんで見ていました。供託金没収点をクリアした時、安堵と小さな歓声。私は、何よりも供託金が戻って来るのがうれしかった、みんなのカンパとボランティアで成り立っている私の選挙。 正直、ホッとしました。そして今さらながら、現在の選挙制度は民主的じゃないと腹立たしく思いました。間違いなく大政党に有利。政党助成金がたくさんある、宣伝物はたくさん作れるし、大きな広告。
 私の所属する「9条ネット」はほとんどマスコミに登場することなく、私も「諸派」。これじゃ最初から勝負は決まっているようなもの。現在の選挙制度で少数政党が勝つことはどれ程困難か、又思い知らされることになりました。 次に気にかかった事は、皆さんの思いでした。
 「今度こそ」と応援して下さった皆さん、皆さんのご期待にこたえる事が出来なかったこと、申し訳ない思いです。「せっかく投票したのに、上がらんかったやん」と言われたなどとお聞きすると、本当に申し訳ない思いで一杯です。
 投票日の翌日から、お礼の挨拶回りを始めました。(お伺いできていない皆さん、申し訳ありません)皆さん、口々に「よく頑張った」と言って下さったことに救われました。
 「年金、年金・・・」「民主党が圧勝か、自民苦戦・・・」などの連日のマスコミ報道の中で「変えるな9条」の私たちはこの点でも不利でした。でも、お話を聞かせてもらって良くわかった・・・、とてもわかりやすいお話でした・・・などとお聞きするとちょっぴり自信がついたりしました。そしていただいたお手紙には、先日学生時代のクラス会があって誰ともなく「やっぱり憲法だよね。だったら原さんだよね」と言う人がいてうれしかったとありました。
 開票日、結果が出てからマスコミの方々からコメントを求められました。 「私の力不足で議席に届かなかったこと、支持してくださった皆さんには大変申し訳ありませんでした。ただ、今回の選挙に立候補して憲法9条の改悪を許さないことを訴えぬいた事で、今後の改憲の国民投票に胸を張ってかかわっていけそうです。これからも憲法にこだわって改憲阻止の共同の運動を担っていきたいです。」
 これがすべてです。9月に入りますと、憲法学習会によばれています。着々と進む改憲の動きを見過ごすことなくしっかりと運動を続けていきます。
 (8月、残りの日々はお休みをいただきました)
 本当に、皆さまありがとうございました。今後ともよろしくお願いします。

いよいよ出発です            2007年7月11日
 昨日と今日、私の最も苦手な政見放送の録画取りがありました。
昨日はサンテレビとラジオ関西、今日はNHK。時間は、いずれも5分30秒。撮り直しのきかない一回限りの録画で、時間を1秒オーバーしても5分30秒で打ち切られます。ストレスはピークを迎えます。
 実は当日まで、政権放送の録画取りの原稿が出来ていませんでした。前日は六甲アイランドで小山乃里子さん達と街頭行動を夕方まで行い、ルイス(愛犬)の調子が悪いので医者に行き、美容院に行って夜中に考え始めました。
 とうとう明け方までかかってしまって、原稿を読み込むことができず、ぼんやり頭に、アリナミンVドリンクを飲んで出かけました。
 サンテレビは殆ど原稿を見て。元気がなかった・・・。5分16秒。 ラジオ関西、声だけなので、自信をもって、原稿を読み上げました。5分20秒。NHK、読み込んで行ったはずなのに、若干失敗。5分27秒。
 やれやれ、時間内に収まったけど、出来はイマイチ自信のないものばかりでした。

 さあ、いよいよ出発です。ホームページは更新出来るのは今日が最後。
 立候補を決めてからわずか2ヶ月余。この間、全力で動いて来ました。「暑かった」の一言です。「疲れた・・・」と言うと「はやから疲れてどないするねん」と叱咤激励されながら、何とかここまでやって来ました。
 私達のような小さな勢力が、参院選しかも兵庫という広い選挙区の選挙が出来る事は奇跡に近いものがあります。多分、他の選対の何分の一かの人数で準備を進め、選挙を戦うのです。仲間の皆さんのご苦労に頭が下がります。

 今度こそ、約束を果たさない政治にお灸をすえなくてはなりません。選挙の度に「争点」が作られ、私達は振り回され、何回裏切られてきたでしょうか。 年金・税金・・・、負担ばかりが求められる政治に決着を付けましょう。
 そして、安倍首相がこの選挙でめざしていた最大の課題は「憲法問題」。自らの在任中に「改憲」を公言する安倍首相がめざす憲法は、戦力を持たず国の交戦権は認めないと定めた現行憲法9条2項を全面的に改め、「自衛軍」を保持するとした自民党が2005年に作った「新憲法草案」です。
 久間前防衛大臣の「原爆投下、しようがなかった」発言は、アメリカと一体となった行動をめざす安倍政権の本音です。
 改憲の発議をさせない参議院の大切な議席、どうしても欲しい。 そして、兵庫県の国会議員は衆議院・参議院併せて21人。でも女性が一人もいないんです。兵庫県選挙区の定数2のうちの一つ、女性の議席としてどうしても欲しいんです。
 原 和美、全力でがんばります。皆さん、応援してください!

「しょうがない」発言            2007年7月3日
 久間防衛相(7.3辞任)の、長崎への原爆投下についての「しょうがない」発言を最初テレビで知った時、「何を言ってるの、この人」と。しかも、普通に、さらりと言っていることに二重に驚かされた。
 それから、すぐに思った、以前の柳沢大臣の「女性は産む機械」発言といい皆、本音なんだな、と。
 「説明の仕方がまずい」とか「しょうがない、という言葉をああいう場面で使っちゃいけない」とか言う問題ではない。言い方とか、使う・使わないの問題ではない。
 国をあげての「核廃絶」の取り組みは、あれはウソなのか、格好だけなのか。
 一体、どっちを向いての政治なのか。  こういう人達に、私達の暮らしや命を預けているのだと思うとゾッとする。 かつて言われた「3流政治」どころか「貧しい政治」の現状である。
 選挙前にいくら耳障りのいい言葉を並べても、国民とは向き合っていない、と言う事がますますはっきりしてきた。

 年金問題しかり。3年前の年金の制度改革法「100年の安心」で、私達には年金の給付を切り下げ、保険料の引き上げが決められ実施されている。けれど、国は年金制度の「100年の安心」のために何をしたか、何もしていない。それどころか今回の「年金の記録問題」である。選挙が終われば自らに課した責任はどこかに消え、国民には義務を果たす事ばかりが求められるのである。

 私は、くやしい、こんな政治どうにもできないのだろうか?

たくさんの皆さんありがとう 6.24集会  2007年7月3日
 雨の中、一人また一人、それから何人かの人達。私の集会に来てくださいますように、と。私学会館で。でも、出足が悪くて時間が迫るのに会場がなかなかいっぱいにならない、「後ろの椅子片付けて」と事務局のメンバーに、つい言ってしまった私。
 立候補の決意を伝えたある方から「徒労に終わらないように」と言われた事が頭から離れない。(その後は、強力な応援者のお一人ですが)  ところが、開始時間が過ぎ、前列にいた私が何気なく後ろを振り向くと、いっぱい、でした。(椅子、片付けなくて良かった・・・)
 たくさんの皆さん、ありがとう。会場はとても優しい熱気に包まれていました。池邊幸恵さんのピアノ「革命のエチュード」、病気がちのある方はこのピアノに励まされました、来て良かったとあとから感想をいただきました。
小山乃里子さんのお話、「9条ネット」比例区の予定候補者、栗原君子さん、成島忠夫さん、小山広明さんの決意表明、会場からのみなさんのお話、そして奥平真平さんの若者の力強いアフリカンドラム。

 私は、お話する事はもう何もなかったです。皆さんのお話がすべてでした。 でも、前に立ったとき、会場が静まりすべての皆さんの視線を感じました。 本当に思いました。
 「私が勝てば社会は変わる」と。だから「勝ちたい」。

出石町のおそばやさん        2007年6月22日
 暑い暑〜い、マイクを持つ手がジリジリ焼けます。日焼け止めを塗っているのだけど容赦のない太陽が襲います。顔も腕も真っ黒。
ルイスの散歩の時、あんなに注意して帽子、手袋、長袖の上着なのに、選挙は仕方ありません。
 暑さをこらえながら、たどり着いた出石の町。相変わらず観光客で賑わっていました。大きな街頭宣伝車、止める場所をさがして入った、あるおそばやさん。若いご主人が、お茶を出しながら「9条」って憲法9条のことですか?と気さくに声をかけてくれました。「とことん9条、9条ネット」の文字が目に入ったと言って。
 それから何党だとか、なぜ社会党がなくなったのだとか(でも、彼も結構知っていた)、総評・・・知らない、連合、ストライキ・・・あ、それって知っている、プロ野球がしてたのでしょう?。同行の仲間と思わず顔を見合わせてしまいました。聞けば彼は1973年生まれとのことです。それから、憲法・年金・税金・・・おそばを食べながらいろんな話に花が咲き、少し時間をずらして食事に入ったおそばやさんで政治に関心のある若いご主人と、楽しいひと時を過ごす事ができました。
 圧巻はそれからです。観光客やお店のみなさんに邪魔にならないようにと車を止め、街頭演説を始めました。そしたら、バスガイドさんに案内されて通りかかった観光客の一団が「9条って憲法9条のことか?」と。ほろ酔い機嫌の皆さんにすっかり中断されてしまいました。「9条守らなあかんで」「いや、そやけど今さら難しいで」「戦争はあかんで」「おれ、のこさんの番組聞いてるで」どちらから?「滋賀県や」「今から住民票移しても間に合わんな」・・・。口々に言いながら「がんばってや」と通り過ぎていきました。それから又・・・。
 途切れ途切れの演説でしたが、ようやく終えると、どこからか拍手の音。駐車場で車の誘導をしていた皆さんからでした。
 この日、どうやら選挙が1週間延びるらしい、ということが報道され、事務局から明日は日程を変更してお休みにしました、と連絡が入りがぜん元気になった私でした。
 声の限りに叫んでも吸い込まれてしまいそうな、広い広い兵庫県。でも、暖かいもの(暑いものではない)が心に満ちた一日でした。
大切なもの                2007年6月12日
大切なもの
みなさんにとって大切なものは何ですか?
どのように生きたいですか?
夢や希望は 何ですか?
私にとって大切なもの
洗たく物の太陽の匂い
風を感じ 流れる時に身を任せるひととき
すべての命を大切に
奪い 奪われることのない世の中を
努力して作っていくこと
気がつけば みんなで歩んでいた
同じ過ちを繰り返さないために
今ならまだ間に合います
私たちの手で
私たちの未来をきりひらきましょう!
変えるな9条!9条ネット
獲得目標投票数?            2007年6月7日
 先日、マスコミの共同インタビューを受けました。
 困ってしまったのは、定番の質問だと思うのですが、
 記者 「目標とする票数はどれくらいですか?」
 私 「?????」。(えっ、選対でそんな話あったっけ)
 すると同じ記者が「前回の票にどれ位、上積みを目標にしているのですか?」
 私(やや間を置いて)「当選できる票数です」と答えました。
 再質問はありませんでした。
 ちなみに、兵庫県の有権者数は、約430万人。当選するには、どれ位の票が必要なのでしょうか?
 今日は、とても蒸し暑かった日でした。神戸市灘区で早朝7時からJR六甲道駅前、区内10箇所以上の街頭演説、夕方再び六甲道で。終わったのは午後7時前。カンカン照りの日差しの中での街頭演説はこたえました。3才、年を取った事を実感させられた1日でした。
 この日は、訪問介護大手事業者のコムスンの不正が発覚をし、事業の大幅な縮小が報道された日でもありました。そのしわよせを受けるのは、働いているヘルパーさん達や利用者の皆さんです。
 介護の問題は、税金で、福祉施策の充実の中で取り組むべき課題と、私達は主張し続けてきましたが、保険制度で、民間に任せてしまった時から、このような問題が起きることは想像できる事でした。
 街頭で、お話しすべき事が又一つ増えました。
きゅうじょう、きゅうじょ、9条       2007年6月6日
 書きたいことがいっぱいあるのに、又ホームページの更新できないままでした。
 今から、書く事宣言しておきます。今回は「9条」次回は「年金」、その次は「自治体財政破綻」です。
 5月30日、昼下がり、神戸市北区(私の市会議員時代の選挙区)のある方のお宅で小さな集会を開いていただきました。ちょうど、この日、「宙に浮いた年金記録、5,000万件」と大きく報道された日でした。いきおい、年金の話のなりました。
 結局は誰に責任あるの? 3年前も国会議員の年金未納問題が大騒ぎされたけど、あれってどうなったん?また、今度も選挙がすんだらうやむやでしょ?子どもが学生で、払えないから私が(親が)払っているのに、20代でも9万件あるって一体どうなっているん?
 この場では結局、年金の保険料ばかりでなく、税金や国民健康保険料、介護保険料の負担、医療費の負担など負担ばかりが増える事に、大きな不安と、それにしても政治は一体、私たちの暮らしのことわかっているんやろうかと不信の声で大賑わいになりました。
 そして、私が選挙を戦う「9条ネット」の話に入りました。「原さん、私、きゅうじょうって聞いたとき、野球場のことかと思ったわ」「原さん、じつは私も、神戸だから、災害救助のきゅうじょネットワークかと思ったわ」と。皆で大爆笑になりました。
 その後、皆で真剣に「憲法9条」って、フルネームで言わないとわからないよ、戦争はイヤだけど、9条って一体何なのかわからない人も多いから、もっとちゃんと言って・・・と、たくさんの注文が付きました。
 私にとっては、「きゅうじょう」って言えば憲法9条なのに、反省しました。
 「とことん、9条にこだわって選挙します」「ていねいに訴えます」と約束しました。でも、最後に皆さんが言った事「やっぱり、年金やわ」。
どこまでも広い兵庫県         2007年5月25日
 先日、但馬のあいさつ回りに行ってきました。朝6時半に出発。新緑の中を走り抜け、これが選挙じゃなかったらどんなにいいかと思いながら。
 海岸線を走っていると、懐かしい潮のにおい、私の育った日本海のにおい。瀬戸内海とは違うにおい。海ってつながっているのに、違うんだ、確か外国に行った時もそう感じた事を思い出していました。
 どこに行っても、大きな政党の候補者のポスターがこれでもかこれでもかと貼られ、私はこの人達と同じ舞台で勝負をするのだと思ったとき、「無謀」という言葉が頭をよぎりました。
 仲間の皆さんの頭から離れない悩み、公営掲示板にポスターを貼りきれるだろうか?この広い地域では1週間位かかるかもしれないなあ、と。
 豊岡市内、ショッピングセンター前での訴え。全く知らない地域で心細く始めた街頭演説に、しっかり手を振ってくれた女性。駅前、車を止めて準備をしていたらお店から出てきたおじさん、叱られるのかと思ったら「あんた社会党系やろ、がんばってや」と。
 この日は、こうのとりの赤ちゃんの誕生が伝わった日。毎日、悲惨なニュースばかり流れる中で、幸せな気分になりました。
 どこまでも広い兵庫県だけど、点と点がつながって、まず線になりますように。1日、いろんな人達にお会いし、少し勇気をもらって、夕暮れ帰途につきました。
大きく深呼吸して、再び挑戦!      2007年5月14日
 こんなにも大変な世の中が、こんなにも早くやってくるとは想像もしなかった・・・率直な思いです。日々こなさなくてはならない山ほどの仕事や雑事にいつも追われ続けながら、でも社会と関わり続け少しでも世の中良くしたい、次の世代に少しでも平和で暮らしやすい世の中残したいとそんな思いの歩みを続けてきました。
 しかし、そんな歩みを止めさせるかのように、一足飛びに世の中崩れ始めました。生活苦から自殺する人達が後をたたず、ここ数年、自ら命を絶つ人が3万人を超えています。その25%近くの人達は経済生活問題が原因です。規制緩和がもたらしたもの、大量の首切りと賃金の切り下げ、そして過労死。
 先日びっくりするような事が報道されていました。政府の労働政策審議会委員の人材派遣会社の女性社長が、ホワイトカラーエグゼンプションを推進する立場から「過労死は労働者の自己管理の問題」「経営者は死ぬまで働けとは言わない」だとか「労働基準監督所は必要ない」「休日もいらない」、果ては「労働者を甘やかし過ぎ」とまで発言されたそうな。そして追い討ちをかけるような記事が又、ありました。少子化対策を論議する政府の「子どもと家族を応援する日本」重点戦略会議(議長・塩崎官房長官)の分科会で、ある大学の女性教授が次のような発言をしたとありました。「ワークライフバランスというスローガンは問題」「(男は仕事、女は家庭という)性別役割分担は合理的」。同調するような意見も出たとか。一部の意見として見過ごせない部分があります。
 私達がこれまで長い間努力して積み上げてきた事が後退している、という次元の問題ではなく完全に根本から変えられようとしていることです。これらは、やがて政府の考え方になり、政策化されていく可能性を持っています。
 事態がここまできますと、今、政治の最大の課題となっています憲法改正と密接につなっがていることを考えずにはいられません。

 国民投票法が成立しました。動き出す改憲にむけた作業、米軍再編・イラク特措法の期限延長・集団的自衛権行使のための研究会などでますます自衛隊が軍隊化していく既成事実作り、分断され死ぬまで働かされる労働者、格差が固定化され希望の持てない若者達、愛国心を叩き込まれる子ども達、女性の権利侵害、人権を無視する政策づくり・・・。
 ターゲットは憲法9条です。戦争する国へと大きく国家のかたちを変えるためにすべてが準備されています。
 あの戦争への道を、どうして止められなかったのかと問うた親の世代が、気が付いた時には、どうにも止められなかったという、その同じ過ちを繰り返すことになってしまわないよう、今ならまだ間に合いそうです。ため息を大きな深呼吸に変えて、この7月参院選に挑戦します。

「選ぶ」こと、「選ばれる」ことの責任の重さをかみしめる年に                       2007年1月31日
 選ぶ人に責任はないお国柄
 これは昨年末、朝日川柳に投稿された句です。首相も、国民も?と選者のコメントがつけられていました。
 今年は選挙が続く年です。「選ぶ」ことの責任の重さをかみしめながら決して悔いを残さない選択をしていきましょう。そして私たち新社会党もまた、政党として「選ばれる」ことの責任の重さをかみしめながら、選挙に臨んでいきたいと思います。

 今年は本当に暖かい冬です。冬枯れの木立が枯葉を削ぎ落とし、暖かな冬の日差しの中で芽吹きの時に備えているかのようです。私の住む北区もいつもならもう何回か雪に悩まされるのですが、今年は大丈夫のようです。4月の自治体選挙に備えて準備を進めている仲間の皆さんが、早朝の行動など寒さが少しでも緩んでいればと願う今日この頃です。
   さて、今年も年初めから(大)企業の不祥事続き。昨年からどれだけ頭を下げる人達をみてきたでしょうか。またか・・・、と二の句が告げられません。
 業界ばかりではありません。政治の世界もしかり。なんという思い上がり、なんという開き直りでしょうか。これが私たちの、「いのち」や「暮らし」を託している人達の現状なんです。
 私たち善良な市民は、お詫びのことばにどれ程騙され続けてきたでしょうか。
 善良な私たちが許す(忘れる)のをいいことに、さらに悪事を進めて行くのだということを肝に銘じなくてはなりません。そして、権力を握っているもの(力を持っているもの)が圧倒的に強いことも。
 うかうかしてはいられません。言い合っているグチを力に変えなくてはなりません。職場に管理や差別が持ち込まれ、何も言えなくされている、社会保障は後退する一方なのに負担ばかりが押し付けられ、声をあげる気力すら奪い取っています。私たちがモノを言わなくなったら、それこそ力を持っている側の思うつぼです。忘れてはいけません、権力者は容赦しないことを。
 でも、自信を持とうじゃありませんか、私たち一人一人に権力と対峙できる仲間作りの知恵と、それを保障する憲法があることを。それを精一杯生かす年にしたいと思います。

 悩みもいっぱい抱えながら、私も今年のスタートを切りました。
 今年もどうぞよろしくお願いします。

NEVER SURRENDER!    2006年12月31日
 今年も、一年お世話になりました。本当はもっと早く皆さまにごあいさつを、と思っていましたが、年末思わぬことに風邪を引いて寝込んでしまいました。すべての予定が狂ってしまって、年賀状も今日31日やっと出来上がりポストに。いつものことながら、どうしてこう予定通りにいかないのか自分自身に腹を立てながら、きっと又繰り返すのだろう・・・と。

 一年が早いですね、同世代の皆さんからの挨拶代わりにお聞きすることばです。一年が飛んでいくようです、とも。それは、こういうからくりがあるからです。
 十歳のときの一年は全人生の十分の一だから、結構長い。しかし五十六歳の一年は、五十六分の一の分量しかない。
 そう、人生を一枚の原稿用紙に例えると10年分の内容と、56年分の内容は一年の速さが違ってきますよね。そんな風に解釈しました。これで正しい?

 ともあれ、ここしばらくはひどく落ち込んでしまった私ですが、散歩で出会う明るく元気な人達に、まわりの信頼できる人達に励まされながら、来年もしっかり歩んで行こうと思います。キーワードは“NEVER SARRENDER!”です。
 皆さま、どうぞよいお年を。来年もどうぞよろしくお願いします。

私たちの選択?             2006年12月18日
 もう12月も半ばを過ぎかけています。先月は一度もホームページに向かうことができませんでした。あわただしさに身を任せ考えることを止めていました。思考の扉を開ければグチが溢れ出しそうで・・・。
 やわらかな冬の日差しの中にいると、ひとときの幸せを感じます。 勇気づけられたり、ホッとしたりすることがあるかと思うと、今度は心が痛むような事件が続き、なんという世の中を私たちは生きているのだろうと。
 毎日のように誰かが頭を下げてお詫びをし、そして開き直っています。子供たちから大人まで、後を絶たない自死は何を訴えているのでしょうか?

 改正教育基本法が成立しました。やらせのタウンミーティングもカネで解決できないものはない(やる方も、やらせた方も、責任を取る人も)・・・を絵に描いたようです。そしてその脇をすり抜けるかのように防衛省もできました。
 その日のNHKの午後9時のトップニュースは、松坂大輔クンの大リーグ入りでした。

 数は力、力は正義だと言わんばかりの風潮は、少数者を排除し声を抹殺していきます。もうすでにそれが始まって、より一層加速を続けています。これって私たちの選択でしょうか?諦めさせられ、モノが言えなくなっていることをもっと自覚しなくては・・・。そのうち、ほんとにモノが言えなくなってしまうのではないかと不安になります。
 働いている人達には、働く現場で正規の他にパートやアルバイト、派遣と言った様々な雇用のされ方の違いがあり働く者同士が分断されている、なのにその上同じ雇用をされている(身分)でありながらさらにその中での差別が始まっています。ただ、黙々と仕事をこなすしかないなんて、これって本当に私たちの選択でしょうか?

恐るべし・・・ハバネロ           2006年10月6日
 先日、友人から「ハバネロ」を5つもらって帰りました。真っ赤、ほんとうにとてもきれいな赤、へたは緑色、このコントラスト。しかもとても可愛い形で、小さめのピーマンというか、ほおずきというか思わずみとれ、うちで作ったんだけどたくさんあるからよかったらどう?と言われもらって帰って来てしまいました。
 もちろん食用なんだけど、「辛いよ、とても」と言われると、どちらかと言えば辛いのが苦手な私。どうしようかと思っていたらもう一人の友人が、可愛いからオブジェにも出来るし、部屋につるしておいたら乾燥させて使えるし、と教えてくれたので、その線でいくことにしました。別れ際に手袋して扱った方がいいよ、と教えてくれたのですが。
 早速、糸と針で1個ずつつるす作業にかかりました。手袋?たった5個、それも糸を通すだけ、と素手で始めました。ところが1個、2個と進むにつれ、まず喉が痛くなりました。頭も痛くなり、早く完成させようと急ぎました。5個つなぎ終わるのに、そんなに時間はかかっていませんが、終わるとすっかり気分が悪くなってしまいました。でも可愛くできたので満足し、虫除けにもなると聞いていたので早速部屋につるし、友人に事の次第を報告しました。
 「だから、手袋しなさいと行ったでしょう!」「軒下に出しなさい」「その手で顔をさわっちゃダメ」「手を水につけ、ふやかして毒を出し、石けんできれいに洗いなさい」、もうパニックでした。
翌日、異常がないか電話をくれて、ついでに、半分に切ってオリーブオイルにつけ込み、炒め物をするときほんの少し入れるとおいしいよ、と教えてくれました。インターネットで調べてみると、皆さんハバネロを調理するときは、何とゴーグルに使い捨ての手袋、といういでたちであることがわかりました。
 今度は、と思い、私のいでたちは、ゴーグルに手袋、おまけにマスク。小さなピーマン一個を半分に切るだけなのに、まな板にはラップをかけ、包丁は後で丁寧に洗おうと、万全の構えでのぞみました。
 それでも何だか又気分が悪くなり、結局、何もせずに、丸ままオリーブオイルに放り込みました(半分に切らないとダメ?)。香りもいいと教えてくれたので、楽しみに待つことにします。恐るべし・・・ハバネロ。
既成事実・・・                2006年9月18日
 某政党の総裁選挙、早くから消化試合だと言いながら連日メディアは大騒ぎ。 まア、でも仕方ないか、総裁になれば日本の国の指導者になるんだから・・・と。某有力候補が総理大臣になったら憲法が変えられる、これは大変だ・・・と。 しかし本当に怖いのは、この総裁選の名のもとでメディアを通して私たちの意識の中に刷り込まれる「既成事実」。
 9.11以来、テロ対策特措法、イラク特措法と後方支援だの非戦闘地域だのとの理由がついて自衛隊の海外での活動が当たり前に。アメリカではイラクに大量破壊兵器がなっかたことなどで対イラク戦に大きな疑問符が付きブッシュ政権を危うくしている。なのに、これになんら疑問を持たず追従したことを問われることもなく、いつの間にか自衛隊が海外で戦争に関わる活動をすることに無頓着に。憲法を変えて軍隊を持つことに何ら違和感がない?。
 格差社会の是正と言いながら、ヒルズ族を持ち上げ、人の能力をお金のあるなしで計る風潮をつくり、まじめにコツコツ働く先の夢や希望を切り捨ててしまった。
 医療や年金、介護などの社会保障制度の大幅な後退、北欧並みの高福祉を望むなら高負担ですよ、財政難だから消費税は10%は必要ですよ、という議論がまかり通る。

 誰が総理大臣になっても、私たちの望む政治ではないことがはっきりしていても、既成事実・・・私たちのまわりに起きている様々なこと、あの3人の中から総理大臣が決まるということ・・・はひどくあきらめをもたらしてしまう。
 こんな私たちの状況を、9月16日の朝日新聞、天声人言を読んで実感した。
 途中から引用する、歴史学者の阿部謹也さんが述べたこととして「小泉さんの言葉が空虚なのは、理念や理想が欠如したまま語られるから」(アエラ)そしてそれがまかり通るのは「私たち日本人全体が理念や理想を必要と思わず、今もって“社会”ではなく“世間”の中で生きているからにほかならない」。“世間”とは「金や名誉、義理」などへの関心でできた世界のことだ・・・・・。
 そして我が意を得たりは、こうだ。
 浅野史郎前宮城県知事が、9月18日朝日新聞で述べている。
 内閣総理大臣は、国民が選ぶ国会議員の多数が指名することで決まるのが「憲政の常道」。それに沿った「新首相はただちに衆院解散・総選挙で国民の信を問え」・・・。

8.15 靖国                  2006年8月22日
 「権力が個人の自由持つ怖さ」 これは8月17日の朝日川柳に掲載された句です。5・7・5の中にこんなにも的確に表現できることを心底うらやましく思いました。
 8月15日、この日はワイドショーもトップニュースでした。「小泉首相、靖国参拝!」リポーターがけたたましく叫び、首相の姿が写し出される・・・。 考えて見れば、この5年間小泉首相は良くも悪くもワイドショーのスターでした。私的に言えば良くもは、政治をお茶の間の話題にしたこと、悪くもは短絡的なことばで庶民を煽り政治を劇場化したこと。(結局悪いことばかりでした)
 この日、メディアのインタビューに首相はこう答えていた。「15日を避けても、いつも批判・反発し、この問題を大きく取り上げようとする勢力は変わらない。いつ行っても同じだ」。私たち庶民が意固地になったり、開き直るのとは訳が違うんです。本当に 権力が個人の自由持つ怖さ なんです。
 でも、この事をきっかけに靖国神社って、何?中国や韓国などアジアの国々の人たちの反発に歴史に関心を持たれた方も多いと思います。マスコミ各社も様々な特集記事を組み、東京裁判、A級戦犯とはどういう人たちなのか、中国・韓国などの国々の歴史認識とは・・・と。そしてさらに、中国への侵略から始まったあの戦争をどうして止められなかったのか、朝日新聞8月19日朝刊の社説では「戦争とメディア」と題し、競って責任を問うた夏として各社の取組みが紹介されていました。この社説の最後のところで、―読売新聞が1年間かけて戦争責任を検証し、その総括で「軍の力がそれほど強くなかった満州事変の時点で、メディアが結束して批判していれば、その後の暴走を押しとどめる可能性はあった」と書いた。全く同感だ。メディアが権力を監視し批判する使命を放棄したらどうなるか。この重い教訓を忘れないようにしたい―と結んでいました。
 指導者とメディア、そしてそれに引きずられ正しい判断の努力ができなかった一人一人の責任はどうであろうか、そんなことも考えさせられました。

 このいわゆる「靖国問題」は無宗教の国立追悼施設が問題を解決してくれそうに思えます。しかし、はたしてそうでしょうか。高橋哲哉さんが「靖国問題」(ちくま新書)で、明快に述べておられます。
―国家が「国のために」死んだ(「日本の平和と独立を守り国の安全を保つため」および「国際平和のため」の活動に従事して死んだ自衛隊*原 和美が挿入)戦死者を「追悼」しようとするとき、その国家が軍事力をもち、戦争や武力行使の可能性を予想する国家であるかぎり、そこにはつねに「尊い犠牲」、「感謝と敬意」のレトリックが作動し、「追悼」は「顕彰」になっていかざるをえないのである。― ―非戦の意思と戦争責任を明示した国立追悼施設が、真に戦争との回路を絶つことができるためには、日本の場合、国家が戦争責任をきちんと果たし、憲法9条を現実化して、実質的に軍事力を廃棄する必要がある・・・この条件からかけ離れた現実のなかで国立追悼施設の建設を進めるならば、それは容易に「第二の靖国」になりうる。―
 共に考える暑い夏にしようではありませんか。

人間らしく生きることのできる社会    2006年7月23日
 7・22「平和への共同・ひようご」結成集会にご参加下さいましてありがとうございました

 梅雨の最中、この日久しぶりに太陽が顔を出してくれました。連日の大雨であちこちで被害が出ていることが伝えられています。お見舞いを申し上げますと共に、被災者の皆さんにとって本当に必要な支援策が国の法制度として確立されなければならないと強く感じています。

 さて、7・22の集会は土井たか子さん、辻元清美さんのお話しは迫力がありました、と早速感想をいただきました。内田雅敏弁護士のお話しも含めて、私の一つ隣の男性(男の子かな?)はずっとペンを走らせていました。
 また、これからいろんな感想が寄せられると思いますが、土井さん、辻元さん、内田さんのような方々のお話しが聞ける機会を提供できて本当に良かったです。
 その後、皆さんで食事に出かけましたが土井たか子さんも最後までお付き合いくださいました。「憲法行脚の会」で全国歩いています、休日は全部詰まっています、そして社会党時代のこと真正面から言われることもあるんですよ、と。
(社会党時代を経験している私はいろんな事が頭をよぎりました)
 そして(今の政治情勢に)、時々あきらめてしまいそうにもなるんです、と私がつい言ってしまたら「あの時代を経験している者にとってはあきらめられないんです」ときっぱり。思わず姿勢を正してしまいました。
 この集会の資料の一つを、稲村和美さんが作って来てくれました。若い(30代)彼女の視点は、自分たちの世代に9条が変えられることの危機感を、もっと現実味をもって感じてほしいとの思いです。軍隊ができる、徴兵制・・・、誰かがする、やってくれるのではなく、まさに自分たちのことなんだよ、と。

 「平和への共同・ひょうご」が結成されました。それぞれ違いはあっても、憲法の平和主義の擁護、そして人間が人間らしく生きることのできる社会の実現にむけ、共に歩むことを約束しました。
 私もこの「会」の運営委員になりました。「会」に興味をお持ちの方、ご意見のある方、いつでもお声をかけて下さい。

「平和への共同・ひょうご」結成します  2006年7月21日
 7月22日(土)兵庫県私学会館大ホール(元町駅東口山側徒歩5分)です。 皆さん是非来て下さい。午後1時30分からです。申し訳ありませんが参加費として1、000円いただくことになっています。
 司会は、小山乃里子さん。土井たか子さんからのアピール、辻元清美衆議院議員の国会情勢も含めた報告、東京から内田雅敏弁護士が全国的な平和共同の動きについて報告して下さいます。
 是非、ご参加下さいますよう重ねてお願いいたします。

 北朝鮮のミサイル発射には実際驚かされましたが、それ以上に大騒ぎのマス・メディアそして先制予防攻撃まで言い出す政治家に驚かされ、しかし着々とその準備が進められていることに恐ろしさを覚えました。そして格差が当たり前の政治は、平和で安定した暮らしを送りたいという私たちのほんのささやかな願いを叶えてくれそうにもありません。
 私たち自身の願いを叶えるため、私たち自身が行動する時です。

なぜ日本国に復帰したのか・・・     2006年6月21日
 沖縄で、辺野古ヘリ基地反対の闘いを続けておられる宮城保さんのお話しを聞いた。宮城さんは、昨年私たちが辺野古に行った時ボートを出して、ここが滑走路の予定地だと海上を案内して下さいました。
 あれから1年余、この5月、日米両政府は辺野古・大浦湾に新基地建設を合意した。 「沖縄の負担軽減ではない、基地が再び出来ると今後50年、100年また同じ状況が続く、日本の平和と安全のためというのなら日本にとって大事なものがいっぱいある東京に基地を持っていったらいい、沖縄の痛みを大都市の皆さんに感じてほしい・・・」
 そして、「なぜ、日本国に復帰したのだろうと、この頃思えて仕方がない、以前は何かあると、すぐ米軍に抗議できた、しかし今は間に日本政府が立ちはだかる、米軍に直接支配されていた方が直接抗議できた・・・」
 沖縄で、命を守るたたかいを続けてこられた宮城さん、そして皆さんの苦悩に改めて気付かされた。
 憲法は、国家の主人公である私たち国民の側から国家権力に対してこれだけは守るべきものとしてつくられたもの。そして私たち国民は、(12条で)この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によって、これを保持しなければならないのである。
 「平和も民主主義も私たちの努力があってこそ達成できる」と言われたことに、強い共感を覚えました。
言葉・ことば                 2006年6月14日
 「政治に奪われた言葉」と題した大川正彦東京外国語大学助教授のエッセーが、5月31日朝日新聞夕刊に掲載された。
・・・今日、政治の非専門家、それぞれのふつうを生きて暮らす人たちにとって、さまざまな媒体を通じて伝達される政治の言葉とは、治者による専権事項、「既に設定されてしまった選択肢」にほかならない。それは生活のほとんどすべての領域に喰い込み、個々人の情動にすら浸り入り、さまざまな情念の蠢き、揺らぎを、一挙に一定の方向へと水路づける。特にテレビでは、いったん発せられた言葉を吟味する余地など与えられない・・・。
 あふれかえるメディアの中の「政治の言葉」に翻弄され洗脳されて、私たちふつうを生きる庶民が「政治╱統治の言葉」(大川助教授)で、違和感を感じながらも私たちを、暮らしを語らされているような気がした。

 「共謀罪」「教育基本法改正」「国民投票法」「在日米軍再編」「医療制度改革」・・・ 政治の場で議論されている私たち自身のことが「政治/統治の言葉」で語られている(もちろん内容がそうであるからだが)ことを、どう押し返していくか、私たちが語るときたくさんの言葉を必要とするが、いわゆる小泉流に慣らされた意識の中に、もう一度丁寧に意識をして「言葉」を見つけていや作っていかなければならないのかも知れない、そんなことを感じた。

平和への共同・ひょうご(仮称)結成しましょう!
2006年4月30日
 ここしばらく、又ご無沙汰してしまった私です。でも、決して病気でもなく雲隠れしていたのでもなく、毎日大切(?)に生きていました。
 どうしようもない政治の現実に落ち込んだり、怒ったり・・・、我が党の結成10年の県本部大会とレセプションで緊張しまくり、近所のナナちゃん(わんこ)が亡くなって泣き、映画「プロデューサーズ」を観て大笑いし、ルイス(我が家のわんこ)の散歩でコケてしまい、憲法の話をしに篠山に出かけあとで焼肉ご馳走になったり、女3人で舞鶴まで桜を見にも行き、コケた時に痛めたヒザのため整形外科に通うことにもなりました。(もう大丈夫)

 さて「平和への共同・ひょうご(仮称)」を結成しようと呼びかけを始めることになりました。呼びかけ人への参加要請アピールは次の5人のメンバーで行うことになりました。
    稲村 和美(みどり・ひょうご共同代表・兵庫県議)
    上田  理(神戸留学生友の会理事長)
    在間 秀和(大阪労働者弁護団代表幹事・兵庫県在住)
    土井たか子(元衆議院議長・社民党名誉党首)
    原 和美 (新社会党兵庫県本部委員長・元神戸市議)
 憲法を変えようとする動きが、先の総選挙結果を受け勢いを増す中で、改憲のための国民投票法案が準備されつつあり、教育基本法の改悪や共謀罪など成立しそうな状況になってきています。そんな中で私たちにできることをやっていこうと考えました。マスコミの報道はこれでもか、これでもかと私たちをあきらめさせようとしていますが、しかし、あきらめない、何かしなくては・・・の思いを持った人達がこんなにたくさんいらっしゃるんだということ、お互いに知り合え、元気になる機会を作ることができればと考えています。
 具体的には7月22日(土)に集会を計画しています。
 この集まりの呼びかけ人になって下さる方、是非ご一報下さい。資料などお送りします。

岩国市の住民投票成立(投票率58.68%)
そして米空母艦載機移転計画反対87.4% 2006年3月17日
 住民投票が告示された日、3月5日岩国に行きました。有名な錦帯橋の河原で「3・12GO!」の人文字を、全国から集まった1,000人以上の参加者で書きました。
 その様子は、地元のメディアばかりでなくNHKテレビの全国放送でも流れたそうで、ちなみに私は「2」の文字の中にいました。(どうでもいいことだけれど・・・)
 私たちに1票はありませんが賛成派によるボイコット運動など伝えられる中で、是非岩国市民の皆さんには勇気を持って意思表示をしてほしいと願ったものでした。
 そして、結果がでました。岩国市民の皆さんの勇気と決断に大きな拍手を送ります。
 それから、腹の立つこと、政府の皆さんのあのコメントは何ですか、小泉総理大臣は「基地が賛成か反対かと聞かれたら、それは反対でしょう」(確かこのように言ってたと思う)と言った。長年にわたって在日米軍基地との暮らしが続いてきた、沖縄をはじめとする各都市に、頭ごなしに住民の命や暮らしに関わることを勝手に決めておいて、その事に対する不安や怒りを、どうしてもっとまともに受けとめることができないのでしょうか。
 「安全保障や防衛は国の責任・・・住民投票にかけるのは地域エゴ・・・」「投票結果に法的拘束力はない・・・」。
 しかし、住民投票が行われ住民が自らの意思表示をしたことは、私たちにも勇気を与えてくれ、そして その結果に大いに元気にさせられました。
攻められたら・・・               2006年3月2日
 先日、憲法の講演会がありました。その中で、9条に関連して、会場から質問として、「9条を変えたらあかんとは言える、でも、北朝鮮がテポドンを発射したとか、攻められたらどうするんだと言われたとき、わかりやすくどう答えればいいのだろう?」と声があがりました。
 これまでもたびたび言われてきたことです。この日の講師は浦部名古屋大学教授。先生は「攻められたら、おしまいです。現代の兵器は9条を変えて自衛軍を持ったとしても、自衛軍では太刀打ちできない」「では、攻められないようにするためには?、二つの方法がある、一つは、相手をやっつける、でもこれも自衛軍では役に立たない、もう一つは攻められる理由を作らないこと、つまち敵対関係を作らないことです」と言われた。さらに、「北朝鮮にとっての脅威は日本にある米軍基地なんですよ」とも。

 昨年、10月28日、29日と自民党の「新憲法草案」、そして米軍再編にともなう在日米軍基地再編に関する合意文書「中間報告」が、相次いで発表されました。「新憲法草案」では、現行憲法の第二章「戦争の放棄」を「安全保障」とし、9条2項で「自衛軍」を持つことを定めています。
 時を同じくして、自衛隊を軍隊にすることと米軍基地再編・強化が打ち出された事は、憲法9条で平和的な国の歩みを定めていたこれまでの国のあり方から、米軍の世界的再編に日本が軍隊として加わっていく、その事を可能にしていくための大きな方向転換が計られて行くことになります。

 3月5日(日)、私は岩国に行きます。米軍再編問題で基地を抱える自治体や住民の皆さんには何の相談もなく一方的に合意がなされたことに対し(これでは地方の自治も民主主義もあったものではないですよね)、岩国市では3月5日に告示、12日に投票という日程で市長の決断で住民投票が行われます。
 米空母の艦載機部隊を受け入れるかどうか、賛否が住民に問われます。住民の皆さんの率直な思いが反映できますよう、この住民投票成功に向けて何か出来ることはないかと出かけます。又、帰りましたらここで報告させていただきます。

おミソを作りました              2006年3月2日
 先日、仲間4人で専門家3人のご指導をいただき60キロのおミソを作りました。
 今回で2回目。実は、一昨年挑戦してみたのが最初でした。これがめちゃ美味しい。皆さんのアンコールにこたえて再度作ることになりました。
 北区はたくさんの農業生産物があります。その中から北区産の大粒の大豆、北区産のおいしいお米の麹、あとは赤穂のお塩、これに愛情一杯の手作りです。
 ゆで上がってブドウのように大きく膨らんだ大豆をミンチにして、適度に醗酵した麹、お塩を混ぜ、しっかりおだんご状にして焼酎で消毒しておいた容器に詰めます。あとはカビのこないようにもう一度おミソの上から消毒して、しっかりとフタをし、秋まで涼しいところでお休みです。
 一昨年もこうして出来上がったおミソ、我が家でも大好評でした。今回も秋まで楽しみに待つことにします。

 PSです。確か私の今年の目標は1〜2週間に一度は更新、ということだったはずですが3日坊主どころか1が月も持ちませんでした。努力を改めて決意しているところです。

語り合おう、「くらし」「平和」そして「いのち」 2006年1月24日
 新しい年の始め、この国の現状ときちんと向き合い、これからが希望を持って語れる年にしなければ。伝えることのできる言葉で希望をもって語り合いたい、そんなことを思っています。

 たくさんの課題を抱え、また年が改まりました。時が解決しそうな事は何もなく、より深刻な、避けることのできない事態へと動きは強まっています。不安をいっぱい抱えながらもずるずるとみんなでこのような事態へと引きずられて行く、そう思えて仕方ありません。引っ張っているのは誰なのか、その正体は、実はもう一人の自分かも知れない・・・。
 昨年私は、総選挙を再び闘いました。小泉政治は批判の材料に事欠きません。 「改革」という言葉が発せられる度に、確実に私たちの暮らしの負担が増えてきたこと、競争こそが社会の活力の源だと弱者を切り捨て、格差の広がりをもたらしていること、靖国参拝問題での裁判所の違憲判決を無視していること、自衛隊をイラクに派遣していること・・・、憲法違反だと言うのなら憲法を変えればいいじゃないかという総理大臣です。残念ながら、このような現状に向き合った政策を戦わせる選挙にはなりませんでした。
 「時代の流れ」だから仕方ないねと、何とかしないといけない現状から逃げ出せば考えることも言葉で伝え合うこともなくなってしまいます。もうどうしようもないとあきらめてしまう前に、その努力がどんなに徒労に終わろうとも、何とかしたい思いを伝え合う努力をしなくては、お互いに伝わる言葉を探さなくてはならない、そのために現状ときちんと向き合うこと、そうすればふん張ることも、もう一度私たちの願いの方へ引き戻すことも可能になるのではないかと思えるのです。

 昨年末には勇気と元気の出ることが二つばかりありました。一つは、2004年4月小泉首相の靖国参拝に違憲という判決を下した福岡地裁の亀川清長裁判長は前日遺書をしたためて判決にのぞんだというお話を聞いたこと、そしてある方から憲法の勉強会をどんどんやりなさい、必要な経費はワシが持つ、ワシを破産させて見い、と激励をいただいたことです。
 一人一人の勇気と努力が点から線に、面になる時、政治は私たちの願っている方向を目指すはずです。 皆さん、今年もどうぞよろしくお願いします。

(これは、私の所属する政党、新社会党の新聞「新社会兵庫」に書いたものです。このホームページをご覧の皆さまにもお届けさせていただきます。ご感想を、又メールでもいただければと思います。
 それから、訂正が一つあります。昨年12月31日の「今年も、もう終わり・・・」の記事の中に、「内田雅俊」弁護士と書きましたが、正しくは「内田雅敏」弁護士です。内田弁護士をはじめ皆さまに、大変ご迷惑をおかけしました。お詫びをし訂正させていただきます。)

雪・雪・・・また雪              2006年1月9日
 皆さんはお正月どう過ごされましたか?
私の実家は、福井県。12月31日、神戸は晴、天気予報を気にしながら車にチェーンと夫と愛犬ルイス(ゴールデンレトリバー、9才)を積んで出発。
 この日は北陸方面も雪マークはありませんでしたが、夕方になれば北陸道は凍結の心配があり、名神の渋滞と重なればヒヤヒヤもの。ところが、この日名神も北陸道もガラすき、雪を心配した人達が電車に変えたのかもわかりません。で、冷たい風が吹きすさぶ中でしたが、予定より早く実家に到着することができました。そして、雪また雪の世界。
 元日から、屋根の雪下ろし・・・。子供時代に登ったことのある大屋根(多分高さは10メートル近くあると思う)に登って弟達と雪を下ろしました。いつもは父の仕事でしたが、今年は居ません。高いところが好きということではありませんが、なぜか懐かしく、眺めも良かったです。
 翌日も雪との格闘は続きました。テレビで屋根の雪下ろしでケガなどとのニュースが相次ぎ、落ちなくて良かったとホッとしている今日この頃です。
今年も、もう終わり・・・          2005年12月31日
 今年も、もう終わり・・・
 年をとるにつれて、だんだんと1年が短くなるって本当ですね。
 片づけなくてはならない書類、読みかけの本、たまったホコリ・・・にため息が出ます。
 それにしても一体世の中どうなってしまったのでしょうか?私たちの生きている社会、何か大切なものを置き去りにしていて、わかっていてもどうにもならない方向に皆で一斉に引きずられていくようで怖い気がします。
 すべてを政治の責任にするのは簡単だけど(実際にそうなんですが)、その政治を選択している多くの人達がいる現状をどのように考えたらいいのでしょうか。考えれば考える程行き詰まってしまいます。
 先日、私は「週間新社会」という私たち政党の機関紙(読んでない人、購読して下さい、週1回発行で月600円です)に掲載のための対談を、内田雅敏弁護士(立川ビラ配り事件に取り組んでおられます)と行いました。
 その中で内田弁護士が、「伝わる言葉」と言うことを言われました。私たちの思っていることは正しいことで、それを届けるというのではなく、伝えるという作業をしていく中で、伝わる言葉が生まれてくる・・・それは、主張を変えるのではなく、話していく、一緒に行動するなかで変っていくのだと言われました。
 決して今のままでいいとは思っていない人達に、届けることのできる言葉を私たちは持っていなかったのかもしれません。
 来年の目標、「伝わる言葉」を持つこと。ホームページを最低1週間(いや2週間??)に1回は更新すること。
 皆さん、どうぞよいお年をお迎え下さい。
 (なお、私自身は父が今年3月亡くなりましたので、新年のあいさつは控えさせていただきます。ひたすら家族のために働き続けた優しい父でした。正月実家に帰りますが、少しさみしいお正月になりそうです。)
9条変えても実態不変!?         2005年7月27日
 「9条変えても実態不変」という見出しを今年の5月5日、朝日新聞の朝刊に見つけました。憲法総点検インタビューという記事で、山崎正和氏(劇作家・大阪大学名誉教授、評論家)が語った次のような内容から付けた見出しのようでした。
 「戦力不保持を定めた9条2項については、長い議論が行われてきた。条文と現実のずれがここまでくるとやはり美的に格好悪い。いまの『国のかたち』に合わせて条文を矯正すればいい。条文を変えても実態はいまのままなんですから」
 この見解について反論したい事は山ほどありますが、実は同じようなことを少し前に私は聞いていました。 憲法を考えようと集まった若者の勉強会で、今の自衛隊の装備(日本の軍事支出)は世界2位なんだという話を聞いて、ある若者がポツリと言ったこと、「それなら9条変えても別に何も変らんのと違うの?」。 ほんとにそうなのか、皆で考えようということになりました。

 国旗・国歌法が99年に成立した時、当時の小渕首相の国会答弁は「児童生徒の内心にまで立ち入って強制しようとする趣旨のものではない」でした。
 しかし、東京都に代表されるような教育現場への「押し付け」は、「法」に定められることがどういうことなのかを物語っています。
 折りしも、先日自民党の憲法改正要綱案が出されましたが、その中に「自衛のために自衛軍を保持する」と明確に打ち出しました。軍隊を持つ・・・、金は・・・、人は・・・。この事によって次々に出されてくるであろう法律の事を考えると恐ろしくなります。私たちの国はもうこんなところにまで来ているのでしょうか?

広川隆一氏、サミット、ロンドン同時テロ… 2005年7月8日
 先日(7月2日)母校の神戸市外国語大学で、外大生協と学生の実行委員会が広川隆一さんを招いて「〜メディアは、いのちを救えるか〜」と題しての講演会を開催し、私も参加してきました。
 雑誌「DAYS JAPAN」から100枚近い写真をスライドにし、広川さん自身が一つ一つ解説してくれました。穏やかな語り口調、でも写真そのものは目をそむけたくなるような悲惨な事実を私たちに訴えていました。目をそむけてはいけない、これが真実なんだと。
 そして、今日・・・ロンドンでテロ・・・が朝のニュースで飛び込んできました。 講演会で配られた資料の中にあった、広川さんの通信を思い出しました。

広川隆一通信 「アフガン難民キャンプで思ったこと」より

 ・・・難民生活は屈辱の生活だ。それは人間の尊厳を奪う。・・・広辞苑で「貧困」を引いた。「貧しくて生活が苦しいこと」とある。「貧しい」を引くと「金銭、物資などが乏しいこと」とある。
 貧困は文字どおり、困窮し苦しい状態を言うのだろう。しかし貧しさは、当人にとっては、満ち足りた状態の場合もある。物資がないことは、慎ましさだったり、物資の氾濫に対する拒絶だったりするかもしれない。
・・・難民キャンプは、慎ましさの象徴ではなく、貧困の象徴である。不公正と、矛盾の象徴である。
 本当に危険なものは、イスラム「原理主義」ではなく、食い荒らした末に放置した世界である。それが貧困なのだが、それを是正するためには、収奪する者は自分の生き方を変えなければならない。しかし、失うことを拒否するアメリカは、決して世界の貧困は解決できないのだ。富める世界は、貧困な世界をさらに追い打ちする。人間の誇りを奪い取るのである。
ホームページをご覧の皆さまへ    2005年6月28日
 原 和美です、今年に入ってから殆ど手付かずに(更新できずに)月日が経ってしまいました。言い訳ばかりになりますが書きます。まず、パソコンが私の不注意でウィルスにやられ壊れたこと、そこから立ち直るのに(私も、パソコンも)時間がかかりました。
 そして、実家(福井県)の父親が悪い状態で入院し看護に行き来したこと、結局3月23日に亡くなってしまいましたが、少しでもそばに居れたことは幸いでした。
 それからは、憲法9条の改悪という急速な政治の流れの中で集会や勉強会のお手伝いなど、走り回ることの多い日々が続きました。「憲法」というと大上段に構えなくてはいけない錯覚に陥りそうですが、そうではないこと、若い人たちとの学習会は新鮮です。
 そんなところなども、又書きたいと思います。ご意見お寄せ下さい。

公立保育所の民営化(民間移管)について考える
 神戸市は新年度が始まったばかりの4月22日、神戸市立の3保育所、本山北町保育所(東灘区)・中原保育所(灘区)・鈴蘭台北町保育所(北区)を来年の4月から民営化(民間移管)することを発表しました。働いている保育士さん達はもちろんのこと、そこに預けている保護者のみなさん達にとっても寝耳に水の話で、議会の仲間に聞いても3月の議会で「今後一定数移管を考えている」との市長の議会答弁があって、突然の発表だったそうです。
 理由は財政難、1カ所5,000万円で合計1憶5,000万円が節約できるそうです。
 突然の公表、何がなんでも来年4月から・・・というのはどう考えても乱暴なやり方で、民間移管問題の前に神戸市の姿勢がきびしく問われなくてはなりません。「協働と参画」とか、市民とのパートナーシップとか神戸市の政策の中に並ぶこれらの言葉がうつろに響きます。
 私は今、地域活動のお手伝いをさせていただいていますが、議員時代には解らなかったこと、知らなかったことにたくさん出会います。地域でがんばっておられる皆さんを裏切るような今回のやり方を決して認めることはできません。
 白紙にもどし、もう一度議論を最初からやり直すべきです。

今、「官から民へ」(民間にできることは民間に)という大きな流れの真ただ中にあります。今回の事もその流れの一環でしょうが、しかしだからこそ公(官)が責任を持つべきものもはっきりしてくるのではないでしょうか?

 私の場合は、神戸市立西鈴蘭台保育所に子供たち二人がお世話になりました。
 共働きで慣れない子育て、つらいこともたくさんありましたが保育士さんや地域の皆さんに支えていただき、子も親も成長することができました。
 政治の場では、最近の出生率の低下が大問題になって、少子化対策とかで駅前保育園や深夜まで預かる保育園があったり、子育てから遠ざかってずいぶんと経った今も、でもこういったことが本当に子育て支援につながっているのだろうか、少子化対策になるのだろうかと疑問を持ち続けています。
 最近やっと、労働現場での取組みが重要視されつつありますが、この政府の考え方で一番大切な事が抜け落ちています。それは子供たちにとってどうなのかということ、それと深く関わりのある働いている親の労働条件はどうなっているかという視点です。
 現場の声や思いがどれ程政治の場に伝わっているのか、今の状況では必ずしも充分とは思えません。(いや、殆ど伝わっていないのかも)

 今回の事も、結局は現場の声(保育士さん、こども達、保護者)を聞くことなく決定し、一方で子育て支援策としてこんなこと、あんなことをします、と言われても、残念ながら不信感が募るばかりです。

いちばん大切なのは平和といのち    2005年1月7日
 2005年を皆さまは如何お迎えでしょうか。
昨年は集中豪雨・台風・地震と自然災害に次々と見舞われる年となりました。被災されました皆さまに心からお見舞いを申し上げますとともに、一日も早い日常が訪れますことを願ってやみません。

 さて、政治の世界では憲法を変えるとの議論がにぎやかです。政党や団体が憲法に関する提言として、また改正としての改憲案を発表したりまとめにかかっていて、国民投票法案まで提出されようとしています。しかし、今、政治が本当に議論しなくてはいけないことは「変える」前に、今の憲法をどのように政治の場に生かしていくかではないでしょうか。
 自衛隊のイラク派兵は憲法9条に違反していないか、小泉総理の国会での答弁はとても納得できるものではありません。戦後60年日本は戦争をしなかった、他国の人を国家の名前で殺すこともなかったし、殺されることもなかった、武器の輸出も禁じてきた、この歴史から何を学び取るのか、年金が減らされ、医療費の負担が増え、税の負担が増える、弱いところにさらにしわ寄せを求める政治は、自然災害の度に取り残される被災者生活再建問題は憲法25条に違反していないか。
 私たちは、決して守旧派ではない、既得権を守ろうと言っているのではない、 将来を見据えた正しい国の歩み方を政治の議論に期待しているのです。

 憲法を変えようとの議論で政治家に先をこされた感がありますが、どっこい市井の私たちもがんばっています。この間新聞で「平和がいちばん/憲法9条」とラベルに記されたワインが発売された、とありました。このワイン醸造場はブドウに含まれる酒石酸が潜水艦のソナーの性能を高めるとして、軍に協力した歴史があるそうです。ワインを今度は平和づくりに役立てたい。
 そして女性達が考えデザインした「変えたらアカン、憲法9条」のイラスト入りのステッカーがあちこちで見うけられるようになりました。
 加藤周一さんがこのように言っておられます。「1970年代に‘中国の脅威’が突如として激減したのは、自衛隊の戦闘機の数が急増したからではなく、日中平和友好条約が調印されたからである」と。

 私たちと、その子供たち、そのまた子供たちにどのような社会を築いていくのか発信するため今年も皆さんと共に歩んで参ります。
 今年もどうぞよろしくお願いします。

あなたの日本語って・・・       2004年12月13日
 最近というかここしばらくの出来事は、感じたこと、思ったことを文字にする 元気もなく、大きなため息にして吐き出し続けてきました。
 異常気象、幾つもの台風の発生、すみかを追われ食べ物が手に入らない熊と人 間のバトル。突如やってくる恐ろしい地震。奪われ続け、自ら断ち切る「命」の 多さ。私たちの住む社会を覆っている病巣の大きさと深刻さを、思い知らされる ばかりです。
 世の中の価値基準が政治、経済の場でつくり出され常識化されることに抵抗を 感じている人はたくさんいます。そのことがもっと力になればと、そのために はどうしたらいいのかと。やっぱりため息です。

 先日、中国関連の旅行ばかりを企画している旅行社の方から、こんなお話しを 聞きました。添乗で何回か今年も中国を訪れたけれど、いつも言われたことは 「日本人はいつから、こんなに日本語(ことば)を大切にしなくなったのでしょ うか?」ということだったそうです。この話題に代表されたのは、我が国の代表 でもあります小泉総理大臣でした。
 そう言えば思い出します、イラクの自衛隊派遣をめぐる国会答弁では国民をば かにしたような答弁がいくつもありましたが、最近の派遣延長問題では、「自衛 隊が活動しているから非戦闘地域なんだ」と。国会での首相の答弁は質問者だけ でなく国民に対してなされるものでもあるということをお忘れか?それとも、わ かった上での答弁でしょうか。だとして、説明することばをお持ちじゃないので しょうか、お聞きしたいです。

プロ野球のストライキに思う     2004年9月29日
 新聞の一面に「ストライキ」という言葉がおどるなど何年ぶりのことだろう。今の組織労働者の中でさえストを経験している人はどんどん少なくなっている のではないだろうか。
 インダビューに答える選手達の言葉がとても新鮮だった。
 「雇用か、労働条件か」と迫られ、会社あってこそと譲っている間に何もかもな くなってしまった。
 働くものの「尊厳」とか「誇り」とかはどうなるのだろう。「技術」とか「経 験」とかは・・・。誰もが起業できるわけではなく、誰もが発明できるわけでもない。コツコ ツとまじめに働き積み上げてきたものが今もなお社会を支えている。
ゲームセンター出店をめぐって   2004年9月22日
 地元、北区の藤原台にショッピングセンターができるという、そのテナントの一つに セガアミューズメント(ゲームセンター)が入る計画。もちろん地域住民の多くが反対 している。先日「ゲームセンター出店反対住民決起集会」も開催されている。
 10月オープン予定ということで建物もほぼ完成しているが、もともとこの地域は北 区の分区時に公共施設を中心とした地域づくりが考えられていた場所でもあり、周辺は 学校や病院などがある。このような住宅地のまん中に、必要のない施設であることはわ かり切ったこと。でも、早く土地を処分したい公団、もうけの対象と判断した業者。
 地域住民は一体どうなるのだ、企業の社会的責任は?と両者に問いたい、 そして神戸市にも。
 神戸市は、8月3日に業者に対して「大規模小売店舗の届出に係る意見について(通 知)」という文書の中で次のように2点を矢田市長の名で要請している。
1 周辺の交通に配慮するよう努め、開店後に問題が発生した場合は、速やかに必要な 対策を講じること。
2 「地域の一員」として、地元の意向を十分踏まえ、周辺の地域の生活環境の保持に ついて適性な配慮を行うとともに、開店後に問題が発生した場合は、速やかに必要な対 策を講じること。
「人の財産」に元気づけられた   2004年9月13日
 日中の暑さの中にも、朝夕の涼しさ、空の色、雲の流れに秋の気配が感じられる候となりました。
 選挙が終わって、皆様にはすっかりご無沙汰してしまいました。きちんとしたお礼もできなくてごめんなさい。あらためてお礼を申し上げます。
 ありがとうございました。本当に、楽しく、気持ちのいい選挙をさせていただいたこと、候補者としてこんなにうれしいことはありません。
 今回の選挙は、心から「勝ちたい」と思った選挙でした。お金も組織も看板もない。でもあまりにひどい政治の状況に、普通の人たちの正義や善意が集まれば政治の世界の常識をひっくり返すことができる、ということを証明したかったのです。
 そのこと自体は叶いませんでしたが、たくさんの「人の財産」をつくることができました。次につながる財産です。だから、私は元気です。
日本語も苦し紛れ?   2004年6月12日
 自衛隊の多国籍軍参加・・・また一つ積み上げようとしている既成事実。
 いいですかみなさん、小泉流は既成事実に残念ながら弱い、私たち日本人の国民性を計算し尽くしているのです。9条改憲に向かってまっしぐらです。
 法制局長官がこう述べているそうです。「・・・我が国として他国の武力行使と一体化することがないという前提を確保できる場合に、これに加わることができないと申し上げてきたわけではない」。日本語とはこんなめんどうくさい言い回しができるのだ。
 なぜ、「できる」とはっきり言えない、9条を政権の都合のいいように解釈し続ける苦し紛れ?か。
これっていったい何?   2004年6月5日
 今回の年金改革法の成立に心から憤りを覚えます。国会議員の国民年金の未 納問題にはじまって衆議院ではどんな議論をしたか。わたしたちにはまったくわからない うちに与党の賛成多数で通過させ、参議院では委員会の強行採決に本会議場の 大混乱…。これっていったい何ですか?
 最初から最後まで国民はカヤの外。何ともつまらない国会劇場のドラマに つきあわされているあいだに年金は、わたしたちの負担が増え給付が切り下げられ ることが決まったんですよ。
 みなさん、ホントに怒りましょう。あきらめてはいけない。この間だって、みん な私たちの税金が支払われているんですよ。