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■東奔西走、はらかずみ元気で頑張っています♪

 皆さん、またまたご無沙汰しました。でも、私のサイトがあちこちにあったり、リンクして下さっておられる方が多いので、活動につきましてはいろいろご存知だと思います。のでご容赦を。
 何とか私の感性でお伝えしたいと、お伝えしたい事が山ほどあってパソコンに向かう頃には数秒もたたないうちにコックリ、コックリ。結局その日その日が精一杯で山ほどのことが次々と後ろに飛んでいく毎日です。いつもは、大体の日程を把握して準備する事も出来たのですが、さすが全国区は初めてでその日に、その場で要求されるモノも多く準備も追いつかず、今日お話した事間違っていなかったか、失敗しても落ち込む間もなく次が始まると言う日々を送っています。
 たくさんの方達に支えられ、私はたった一人(当たり前ですが)なのに、こんなに大きな選挙を戦う事ができているなんてという不思議な思いと、皆さんに感謝しながら走り続けています。(時々、ズッコケてますが・・・)
 私のこれまでの全てをかけた戦いです。子どもの頃、学生時代、旧郵政省神戸地方貯金局(今はもう無くなっている)で働いていた頃のこと、共働きで子育てしていたときの事、石けんを団地の広場で売ったこと、保育所・学童保育に関わった運動のこと、仲間作りの事、全逓婦人部での活動。神戸市会議員の時の活動、新社会党の事、これまでの5回の国政選挙の事・・・よくまあこれだけあったものだと。でも、多分皆さん方も多く経験されている事だと思います。だからそんな話が、集まりの中で共感を持って受け入れられている事をうれしく思い、皆さんから元気をもらっています。
 普通に、一生懸命生きてきただけの私です。政治に関わる事になるなど、夢にも思っていませんでした。
 菅新政権の発足です。メディアは連日いろんな報道を続けています。でも、私たちは私たちにとっての政治を暮らしの中から作り上げる作業を続けていくだけです。働く現場で起きていること、地域社会で抱えていること、決して個人の一人の問題ではないのです。仲間を作る事、声を上げていく事、自分自身があらゆる自信を取り戻していく事・・・そんな中でしか政治は変えられません。
 皆さん、前を向いてしっかりと歩んでいきましょう!
 (久しぶりにお休みの時間をいただきました。少し元気なご挨拶ができましたでしょうか?)


2010年6月10日

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■雨宮処凛さんとのこと

 原 和美と雨宮処凛さんとの対談集、「若者に夢のある未来を」が出来上がりました。(A5判36ページ頒価209円)是非、お読み下さればと思っています。
*申し込みは 原 事務所まで(078-392-8260)

 雨宮さんとお会いしたのは(お話したのは)これまで1回きり。3月に神戸で雨宮さんを囲んで若い人達の集まりがあり、その場に私も呼ばれました。そしてそこでお話をさせていただいた、ことがきっかけでした。
 その後、私が選挙に出る事が決まり、若者に絶大な人気のある雨宮さんに応援の一言をいただけないかとお願いさせていただいたところ、雨宮さんから「対談しましょうか?」と言って下さいました。驚いたり、嬉しかったりで、でも願ってもない事でしたので「じゃ、よろしくお願いします。でも選挙まで時間がありませんからできるだけ早い機会に」とあつかましくお願いし、二日後にはもう対談となりました。
 私は、と言えばお願いしたものの、幅広く作家活動を続けておられる彼女とどこからどんなお話を始めたらいいのかさっぱり見当もつかず、とりあえず彼女の本を買って読む事から始めました。でも前日は、なかなか焦点が決められず殆ど眠れませんでした。明け方になってやっと、「反貧困」の雨宮さんの活動と「平和憲法を生かそう」の私たちの活動が、憲法25条と9条の視点で繋がるから、ここを焦点にしてみようと。
 雨宮さんとは何の打ち合わせもしないまま、(本当に申し訳ないことをしてしまったと今も反省なのですが)早速本番の対談となりました。そして気が付けば2時間近くになっていました。途中時間が長くなって気になったのですが彼女から、もういいのですか?と言われ、結局そこから又いろんなお話をさせていただくことになってしまって・・・。(詳しくは対談集で)準備不足の私でしたが雨宮さんのお人柄に救われ楽しい対談になりました。

 そして18日の夕方に行われた「原 和美を囲む座談会」も雨宮さんを囲んだ若い人達が場を作ってくれました。初めてお会いする方達が殆どの会。私に対する楽しい質問、又社会党を良く知っておられた方からの率直な質問、在日の方からも・・・各方面からのお話を聞かせていただきました。そして、そこには鈴木邦男さん(以前、「たかじんのそこまで言って委員会」でご一緒しました)も、終盤には飛松五男さんも・・・エエッ!?


2010年5月9日

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■はら かずみ(原 和美)の先週と今週A

 もっといっぱい報告する事がありました。でも微熱の中、今日も頭がスッキリしなくて、もやもやのまま。今日、加古川で指摘されました。若いという思い上がり、健康という思い上がりを捨てなさい・・・。はい、はっきり言いまして気は若い方です。そして、これは事実ですが、私にとって健康である事は当たり前でした。しかし、ここしばらくは自信喪失です。こんなはずではない、と思う日々を過ごしています。

 さて、実は原 和美と共に地方議員の皆さんも活動して下さっています。
 愛知の和田安城市議、奈良の梶川県議、芦屋の山口・前田両市議、川西の北上市議、明石の永井市議、西脇の村井市議・・・。先週と今週、一緒にご挨拶回りして下さいました。皆さんのお力添えがなければ原 和美の選挙もできません。感謝です。

 それから、奈良に行ったとき電車の窓から突然視野に飛び込んできたのが、後で知ったのですが、一般公開直前の平城宮跡の大極殿や朱雀門でした。小雨の中回りの緑に映える朱赤が、とても印象的でした。(ちょっぴり、得した気分です)今も鮮明に覚えています。

 さて早速続きです。
 23日(金)宝塚 梶川・大島両市議と。午前中は歩いて、午後は車で、ご挨拶回り。実はこの日、お天気は悪くなかったのですが、想像以上に寒くて夕方から古谷前宝塚市議と行動するはずでしたがまたまた私の体調がおかしくキャンセルしてしまいました。古谷さん申し訳ありませんでした。(発熱、再び38度)
 24日(土)気合で熱が下がったのか、気分は悪くありません。今日は朝から鳥取です。迎えに来てくださった小田さんの車で早速出発です。

*この間運転して下さっているのは、いつも小田さん。車は河村さんからお借りした軽乗用車です。河村さんからお借りしたとき、車、無事動いていますか?と言われ心配になりましたが大丈夫のようです。最初の選挙から小田さんにはいつも車を運転してもらっていて、安心してます。行動の終った後、殆ど私は後ろで寝て帰ります。

 鳥取駅前は、土曜のお昼なのに閑散としていました。三宮と大違いです。駅前の食堂で昼食。お店の方が鉄道の便が悪い事など話されました。
 午後から、新社会党の鳥取県本部の大会とその後、私、原 和美を応援する会へ。そこで1時間ほど、お話をさせていただきました。私のこれまでと、今回の選挙のいきさつ。政治にかける思いなどです。とても、気持ちよく話のできた集まりでした。お世話になりました皆さん、ありがとうございました。
 25日(日)快晴。今日は特別な日。JR福知山線脱線事故から5年。普天間基地の県内移設反対の大集会が沖縄で開催される日。原 和美はこの日、連帯フェスタが開催されている大阪万博記念公園にいました。「・・・いのち、暮らし、平和を守る政治を現場から共に作りあげましょう・・・」とご挨拶させていただきました。
 26日(月)NHKの取材。午後から尼崎、中小企業関係のみなさんにご挨拶。毎年政府に出す要望に対する回答は情けないような内容。是非、実態を知って欲しいと。そして加古川へ、松崎市議の選挙対策会議。それからとんぼ返りで神戸土建へ。今日もがんばりました。明日は伊丹へ行きます。


2010年4月27日

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■はら かずみ(原 和美)の先週と今週

 4月9日の出発の集いには多くの皆さんにご参加いただき、本当にありがとうございました。選挙を支えて下さる皆さんをご紹介、そして女性・若者・ユニオンの皆さん達が力強いエールを送って下さいました。
 いつも歌と音楽で応援して下さる はるまきちまきさんに今回は浪花の歌う巨人・パギやんこと趙博さんも加わって、とてもやさしくて庶民的なおーまきちまきさんと、迫力満点の趙博さんのトークで会場は大いに盛り上がりました。
 私は、今回でなんと2003年から始まって6回目の国政選挙を戦うことになりました。もうこれで終わりにしようと思いつつ、でも誰も止めようと言わない、周りのみんなも。でも、気が付いてみたら選挙の度にこんな風に、心から信頼できる仲間がいつの間にか増えてきているんです。感謝の気持ちでいっぱいです。最初の選挙から、死に票になるとわかって投票して下さる有権者の皆さんにもです。あきらめない皆さんがいらっしゃる限り、やっぱりあきらめないでおこうとあらためて決意しました。

 12日(月)雨の中交通センタービル前で早朝行動、その後奈良へ、静岡へ(前の週には愛知へ)。3年前9条ネットで共に戦った皆さん、社会党時代の懐かしい皆さんにも多数お会いしました。

  13日(火)芦屋へ 「障害者自立支援法」見直しに是非当人達の声をもっと反映して。佐治孝典先生から今年3月に出版されたご自身著作の「植民地・戦争・天皇制」(冬弓舎)をいただきました。

 14日(水)川西へ 北上市会議員、濱口(浜口)市議予定候補、坂本さんと。
 ご挨拶に伺ったお宅はお留守で、お向かいの方が洗濯物を干しながら「お留守ですよ。テレビに出てる原さんでしょ。応援してますよ。がんばってください。」ととても元気の出るエールをいただきました。
* よく、「あんなひどい番組になぜ、出演するのか」とか言われますが、私は思うのです。テレビを見ているのは子ども達も含めて本当に普通の人達。
 そんな皆さんに、少しでも護憲の思いを伝えられたらと。

 15日(木)明石から北播へ。最後は西脇。全国比例選挙の戦いの難しさを改めて感じました。労働組合の多くはすでに組織内の候補を決めていて(昨年のうちに)、そうしないと全国選挙は戦えないし、それでも何とかとお願いしてきました。

 16日(金)県中小企業団体連合会理事会へ。推薦のお願い。 年間の中小企業対策費1900億円(わずか)。イージス艦1300億円、それが6隻も。夜は武庫川ユニオンの執行委員会へ。

 17日(土)「ノーモアJR尼崎事故!生命と安全を守れ!」「国鉄分割・民営化」を検証する集会であいさつ。利益を上げるため効率化と称して働く者を非人間的に扱い事故を起こしたJR西日本の責任の明確化と、1047名の解雇撤回の闘いは政治的な決着が計られる事になったが、23年間路頭に迷わせたことに対するまず謝罪を。

 18日(日)新社会党兵庫県本部大会。服部良一後援会総会。「原 和美を囲む座談会」。と、ここまできて2,3日前からおかしかった体調が38度の発熱と共にダウン。不死身のはずの私も年齢には逆らえなかった。

 19日(月)微熱の中、芦屋へ。「被災者生活再建支援法」作りの運動で知り合った東京の玄さんの紹介で山村さんにごあいさつに。お会いできなかったのですが、しかしがんばってみたけれど声が出ない。午後、再びダウン。
 20日(火)滋賀・京都へ。前日、忘れてはいけないと資料一式を玄関に並べ、しかし、それを置いてきてしまった。気が付いたのは電車の中。皆さんに、ご迷惑をおかけしてしまいました。

 21日(水)午前中神戸こども総合専門学校へ。新入生21人。午後、私の資料作りの打ち合わせ。1983年神戸市議初当選の時の写真が出てきた。若い。なんせ33歳ですもの。

 22日(木)体調を整える日。

 皆さんからご指摘のあるホームページの更新を、ドドーンと2週間分まとめてご報告。デジカメも買って準備は万全なのですが・・・。
 明日は、宝塚。元気になりますように。雨が上がりますように。


2010年4月22日

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■社民党公認・護憲共同候補として
 参議院全国比例選挙を戦います

 事の起こりは、昨年11月「たたかう第3極創りをめざす近畿会議」(労働組合、市民団体などで構成)から新社会党・社民党、両党に今年の参院選での共闘の呼びかけがあったことからでした。その中身はとても具体的で福島社民党党首、栗原新社会党委員長に、私・原 和美を社民党の比例区候補とし護憲の議席獲得のため両党が力を合わせて戦うよう要請するものでした。そこから両党内での議論が積み重ねられ、3月25日にこの要請が実現することが決定されました。
 かつての社会党が分裂していく中で結党された両党ですから、この議論はそう簡単なものではありませんでした。ただ、兵庫では2003年の総選挙から「9(憲法9条)プラス25(同25条)改憲阻止市民の会」が結成され(代表世話人・佐治孝典。呼びかけ人として170人が結集。ここに、新社会党の自治体議員、社民党は土井たか子・中川ともこ前衆議院議員や自治体議員が名を連ね、労働運動関係、市民運動関係、学者文化人などが結集)護憲派の総結集を追及してきた経緯がありました。この時に、無所属の護憲共同候補として兵庫1区から出馬し、私の国政への挑戦が始まりました。そして、翌年の参院選では、みどり・ひょうご、無所属の自治体議員も加わり、やはり無所属で兵庫選挙区を戦ってきました。そして、その後の総選挙では新社会党・社民党近畿ブロック、みどり関西が推薦し、無所属で小選挙区候補者として立候補し、比例区では社民党を推薦するという選挙を戦ってきました。この中では、辻元・土井たか子・原の合同演説会を経験し、比例近畿ブロックで2005年の総選挙では辻元清美候補、2009年には服部良一候補が当選してきました。
 このような経過は両党にとって全国的には未経験であり、そのための議論に4ヶ月が費やされました。そして、この度のような選挙を戦うことになりました。
 今回の決定に到るまでには、両党の関係者ばかりでなく多くの方々が各方面で大変な努力をされたこと、そのことに敬意を表し感謝を申し上げたいと思います。そしてその任に耐え得るか自信はありませんが、全力でやり遂げようと思います。どうぞ、ご理解とご支援を心からお願いいたします。
 そして、この戦いが護憲の運動を進めている全国の皆さんに何らかのメッセージを送ることが出来ればこんなうれしい事はありません。


原 和美出発集会

と き 4月9日(金)午後6時〜
ところ 兵庫県私学会館

多くの皆さまのご参加お待ちしています。


2010年4月8日

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■今年も私(たち)らしく・・・

 このページを時々のぞいて下さっている皆さんには、またまた失礼をしてしまいました。気がつけば2010年がとっくに始まっていました。
 メディアは連日小沢幹事長の政治資金問題を報じ、年末には鳩山首相の献金問題。私たち庶民が一生かかっても手にする事のできないお金が、右から左へと動いているのに、「何もやましいことはない」「知らなかった」では(背後にどのような政治的意図があろうと)新政権に対するみんなの期待が薄れて当然です。しかも、もっと大変なのはやっぱり先が見えない事です。昨年、新年度の予算の財源を確保するために行われた事業の仕分け、メディアにも大々的に報道され、今まで知らされていなかった税金の使い方に驚いたりもしましたが、それも大切ですが要はこの政権が目指すものが見えてこない。政治主導と言いながら本来の議論がないことです。新しく選ばれた議員の方々の議論が聞こえて来ない事が余計そうさせているのではないでしょうか?何だか内閣と言えども、民主党の小沢幹事長次第ということでは「新」政権という言葉から程遠いような気がしてなりません。
 私は今、福祉関連の仕事に就く人達が学ぶ専門学校に非常勤講師として通っていますが、先日一人の若者が学校を辞めることになりました。聞けば、やがて結婚しようとしている彼は、やりたい仕事なのに余りにも賃金が低すぎてやっていけないからあきらめて別の仕事を探す、という事でした。
 「子ども手当」も結構ですが、現場で働く人達の待遇が若者に夢をあきらめさせている実態がある事をわかってほしい。子ども達の保育現場が園庭もないその場しのぎの環境になっていないだろうか、子育て中の親御さん達の労働時間は?きびしい経済情勢の中での雇用環境は、若者の健康を蝕んでいる現状をどう解決していくのか。

 改めまして、今年もよろしくのご挨拶を申し上げたいと思います。 2010年、21世紀が始まって早や10年が経ちました。戦争の世紀と言われた20世紀。東西の対立がなくなり21世紀は平和の世紀になると誰もが信じていたのに・・・。この10年は惨憺たる状況でした。それもそのはず、20世紀をすべてリセットして21世紀が始まったのではなく課題が解決されずに21世紀を迎えたことです。でも、誰もが平和であることを望みその努力を怠るつもりはなかったはずです。
 今や世界中を襲っている格差と貧困。世界人口の2%の人達が、世界の富の半分を所有するという異常な状況は、市場原理主義・新自由主義が世界に広がり弱肉強食の世の中になってしまったということです。その事への反発も又異常な形をして社会を襲っています。私たちはあらゆる知恵を動員して私たちの危機を乗り切らねばならない時期を迎えているのではないでしょうか?
 昨年の総選挙では大変お世話になりました。1年近くに及ぶ選挙戦をたくさんの皆さんにお会いし、思いのたけを訴え、全力で戦うことができましたこと感謝の思いでいっぱいです。本当にありがとうございました。
 さて、年が一つ改まり2010年がスタートしました。昨年末には世相を表す漢字に「新」という言葉が選ばれています。「新」政権の発足が大きく寄与したと思われますが、そのとおりで「新」という言葉には、何だか心弾むような希望をイメージするものです。でも、年が一つ改まり「1」から始まる「新」を迎えても、心弾む期待や希望とは程遠く不安ばかりが渦巻く世の中の状況です。税収を上回る借金で編成される国家予算、デフレ・スパイラルと言われるように経済の悪循環の中でくらしの不安は増すばかり。先行きの不安がますます人々に余裕を失くさせています。昨年、インフルエンザ禍に見舞われた高校生に「ウィルスは怖いと思わなかったけれど、人が怖いと思った」と言わせました。そして、ちょうど1年前「Change」と言って人々の期待を担って登場したオバマ大統領は、あの有名なプラハ演説「核保有国の中で唯一核を使用した国としての道義的責任」から世界に核廃絶を呼びかけノーベル平和賞を受賞しました。その受賞演説で「平和維持のためには戦争という手段が演じる役割もある」としこれが現実だとアフガニスタンへ3万人の増派を正当化するようでもありました。
 結局、私たちは日本国憲法の前文にたどり着く事になるのです。改めて「日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであって、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。われらは、平和を維持し、専制と隷属、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めている国際社会において名誉ある地位を占めたいと思う。われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免れ、平和のうちに生存する権利を有する事を確認する。」
 オバマ大統領が自らが生きている間の(核兵器なき世界の)実現は難しいとしながらも実現に向けて動き出したように、私たちも又次の世代に残していかなくてはならないもの「武力では何も解決しない」だから争いのもとになる恐怖や欠乏のない世界を目指し、力強く歩んで行きたいと思います。
 今年もどうぞよろしくお願いします。


2010年1月18日

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■国家戦略局」と「民主」

 民主党の政権構想の中の柱として早くから言われていた「国家戦略局」という何ともおどろおどろしいことば(私にとっては)。中身は別としてずっと違和感がありました。そしたら、先日の朝日新聞(9月13日)に歌人の道浦母都子さんが「違和感ある政治用語一新を」と題して「国家戦略局」を例に挙げ投稿されていました。
 道浦さんは同世代の歌人として、詠まれる歌にも共感することが多々あり身近に感じていた方ですが、今回の投稿内容に全く同じ思いを持ちました。

 (以下部分的に引用します)・・・あまりにも威圧的で時代錯誤の言葉とは言えないだろうか。・・・「国家」なる言葉から想起されるのは「国家総動員法」「国家非常事態」といった、かつての暗い時代の記憶をひきずるものがほとんどである。・・・まるで戦時下を思わすような「国家」という言葉が独り歩きし、この国の今後に暗雲が立ち込めるのでは、と心配でならない。・・・

 そして、私はやっぱり「民主」党というこの政党の名前と、「国家戦略局」という首相直属の新しい機関の名前は、どうも似合ってないと思えてしょうがないのです。


2009年9月15日

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■8月1日(土)午後1時30分
 御影公会堂に来てくださ〜い

 前日のご案内になってしまいました。申し訳ありません。うだるような(蒸し)暑さにめげず日々活動を続けています。
 総選挙の日程も決まり、メディアがこぞって報道しているように自民党が政権から離れるであろう歴史的な選挙になるのかもわかりません。その先に待っているものは?

  [ 神戸からもう一つの選択を、原 和美です ]

集会を開催します。

◆ゲスト
  辻元 清美さん(社民党前衆議院議員)
  露の 団六さん(落語家)
  本山 美彦さん(原和美後援会長・京都大学名誉教授)
  服部 良一さん(社民党近畿国政対策委員長)
  栗原 きみ子さん(新社会党委員長)

 皆さん、原 和美を励ますために、心からのメッセージを届けて下さいます。
 どうぞお楽しみに!

 ご参加お待ちしています。


2009年7月30日

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■選挙のための政治!?

 総選挙一体いつなのか?連日のように変わる政治情勢に、「解散は私がしかるべき時期に決めます」と言っておられる麻生総理自身がわからないのではないかと思ってしまいます。でも、はっきりしているのは総選挙・総選挙と言うたびに二大政党が相手の非のあげつらい合戦に追われ、両方が国民の皆さんの暮らしが大切、と言いながら結局は私たち国民を置き去りにしているということです。今のままでは、それを見ながらこっちがだめだからあちらを、という選択しか私たちには出来ないではありませんか。本当にこんな政治でいいのでしょうか?
 一つだけご紹介させていただきます。障害者の自立を目指した仕事の場の運営や相談活動しておられるある社会福祉法人の代表の方から一通のお便りをいただきました。1996年5月1日第三種郵便物認可となっていました。
 この前、ある団体が心身障害者用低料第三種郵便制度を悪用していた事件が厚生労働省のキャリアの逮捕となり大きく報道された事がありました。(ホントにどうしてこうも毎日大事件が起きるのか、ついこの前なのに・・・)
 いただいたお便りには、この制度が作られたきたいきさつが書かれていました。以下私の独断で部分的に引用させていただきます。

 1966年(昭和41年)に障害者文芸雑誌「しののめ」に結集する障害者たちが郵政省宛に請願書を提出した。雑誌「しののめ」は多くの障害者たちが短歌や俳句や小説や随筆などを書いて掲載していた。この頃、障害者の社会参加はこうした活動でかろうじて存在していた。その頃、こうしたグループの機関紙や雑誌は発行部数も少なく第三種(大量に定期的に利用するもの)には入れず、第一種(手紙)でもないので、その中間的な値段の第五種郵便物を使っていた。ところが、ダイレクトメールなどが急増して第五種を使ったために郵政省は赤字を理由に第五種を廃止し、同時に第一種の料金をこぞってあげるという話が出た。これはえらいことだ、草の根団体の経済は致命的なダメージを受ける。 「首相官邸での、当時の橋本官房長官への直訴状?提出・・・障害者団体と郵政当局との息詰まる攻防(?)はいま思い出しても血が騒ぐ」と「しののめ」の主宰者だった花田春兆さんは語っている。そんな先輩達の闘いがあって、翌年6月に「身体障害者団体定期刊行物協会」の刊行物がはじめて第三種郵便物として認可されたのである。・・・・・・
 だから今回この制度の悪用に対し、怒りを抑えることが出来ない。福祉を食い物にし、見て見ぬふりをし、我が身だけを守ろうと言い訳する姿に腹が立つ。日本郵便にも、厚生労働省にも、悪徳業者にも。
 ここまで書いた翌日、新聞に次のような記事が出た。「福祉サービス利用者に一割の負担を求める障害者自立支援法の成立に向けて責任者として、与野党の国会議員や障害者団体との折衝を続けていた元部長は、有力議員の依頼に応じることで法案がスムースに成立することを期待した、等と説明」(朝日新聞6月16日朝刊)
 何だと、と声を荒げたくなる。一体誰の声に耳を傾けて福祉行政を進めているのか。私たちは障害者自立支援法を一度も望んだことはない。「天下の悪法」とさえ名付けた。しかもその悪法を成立させるために、障害者用の制度を悪用するとは二重三重の悪徳ではないか・・・。

 以上です。官僚に使われていると言われる政治家、官僚を使うのだという政治家、どっちもどっちじゃないですか。はっきりしているのはそこに当事者がいないということです。


2009年7月7日

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■インフルエンザ・・・

 何とも異様な雰囲気です。先週末、神戸で国内初めての新型インフルエンザの感染者が確認され街の様子が一変してしまいました。三宮の繁華街はもちろんの事、北野の異人館など普段であれば観光客で賑わう市内各地は閑散とし、町内の路地に至るまでし〜んとし、皆一体どこに行ってしまったのだろうと。
 スーパーではカップ麺を買い求める人達、えっ、何、備蓄?そう言えば、不要不急の外出は避けるようにとか言われていたっけ・・・。
 今週も私は、いつものように早朝は駅前に、日中は街頭に立っていました。
 出勤される方の8割近くがマスクです。(震災の時の事思い出してしまいました)お聞きしますと、マスクをしていなかったら電車に乗りにくい、そうです。
 日中街頭でお会いした若いサラリーマンお父さんは、幼稚園がお休みで外にも出れなく子供とずっと一緒だった奥さんからSOSの電話が会社にかかってきて、(奥さんを休ませるため)半日のお休みもらって家に帰るところです、と。おもちゃや粘土も買ってきて、と見せてくれました。お訪ねしたお寺では、法事がキャンセルになったと。神戸に行きたくないと、親戚が言うもので・・・。
 何だか、神戸は近寄ってはいけない地域だと全国に宣伝されたみたいで、そして神戸に住んでいる私たちは家からも、もちろん神戸から出てはいけないような、一体これって何ですか!
 福井の実家の母が、マスク買って送ろうかと思ったけど福井にもマスクが売り切れている、と電話がありました。もう何にも言うことないです。

 私たちは、今週月曜日(18日)に兵庫労働局を訪ね、インフルエンザ関連で休業する際にも雇用調整助成金を活用できるようにと舛添厚生労働大臣宛の要望書を提出してきました。経済不況に追い打ちをかけるような今回のインフルエンザは、ぎりぎりの私たちの暮らしを直撃しています。国の適切な対応を求めるものです。
 そして国のインフルエンザ対策は、今年2月に改訂された「新型インフルエンザ対策行動計画」によるもので、この計画は強毒性の鳥インフルエンザを想定したものであることから、今回のような過剰と言ってもいいような措置がとられました。しかし現実には毒性が弱いことなどがわかってきており、どうやら学校なども来週には再開されることになりそうです。日常に戻れることにほっとします。インフルエンザにかかられた皆様にはお見舞いを申し上げますとともに一日も早く回復されますよう心からお祈りしています。


2009年5月21日

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■新型インフルエンザ対策と雇用問題

5月18日、兵庫労働局に要望書を提出  5月16日に神戸で新型インフルエンザの感染が確認され、以来、連日テレビなどで報道のとおり、わたしたちの生活に深刻な影響が出始めています。保育所が休園になり仕事を休まざるをえないお母さん方がいます。また近くで感染者が出て自宅待機になっている方々もいます。とりわけ深刻な経済不況のなかにあって、今回の新型インフルエンザ対策が雇用に悪影響を与えないか心配されます。
 5月18日、わたしたち新社会党は、雇用問題への配慮を政府に求める下記要望書(PDFはこちら)を兵庫労働局に提出しました。
(写真:左から、原和美、あわはら富夫井上力小林るみ子



2009年5月18日
新社会党兵庫県本部
委員長  原 和美

厚生労働大臣
舛添 要一 様

新型インフルエンザ対策に関わる雇用問題についての要望

 ご精励に敬意を表します。
 このたびのH1N1型インフルエンザの国内発症に際し、関係機関へのご指示・ご指導を頂戴しておりますことに感謝申し上げます。16日未明以来、神戸市および兵庫県の迅速な対応で感染拡大防止と平穏な市民生活の維持に向けた努力が全市民の手で行われています。
 しかし一方、学校園、認可・認可外を含む保育所等、学童保育、高齢者通所施設、および障害者通所施設等(以下、保育所等と言います)の休業にともなって、社会生活のすべてにわたって大きな影響がでています。
 兵庫県知事から、「事業所におかれましては、従業員の子育てや介護について、休暇取得等の配慮をお願い」のメッセージが、また神戸市長から「保育所等の休止に伴い施設を利用する父母等の就労に支障が出た場合の配慮を事業者へ要望されたい」旨の要望が国宛に、それぞれ5月17日にだされたところであります。とりわけ深刻になる不況の下で雇用への影響があってはなりません。
 つきましては以下の諸点について、格段のご配慮をいただきますよう要望します。

1.雇用調整助成金等は、すでに数次にわたって適用要件の緩和措置をとってこられたところですが、適用範囲を保育所等休業のための休業、および就業時間短縮へも拡げていただきたい
2.いわゆる非正規雇用の場合、雇用保険非適用の就業者も多く、同助成金等の適用対象をこれらの就業者に拡げていただきたい
3.補正予算で同助成金等の補助率は、すでに最大9割に引き上げ措置がとられていますが、同等以上の措置をとられたい
4.市・町、神戸では区の単位で同助成金等の申請・交付窓口を設け、あわせて手続きを簡素化されたい
5.あってはならないことですが、便乗解雇やこの機に雇い止めが起きないよう、事業者への強力な指導を行われたい

以上


2009年5月20日

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■たかじんの「そこまで言って委員会」その2

 また、テレビに出る事になりました。たかじんの「そこまで言って委員会」です。もう収録が終わり、放映されるのは5月3日(日)「憲法記念日」です。
 まさしくテーマは「憲法スペシャル」。ゲストは安倍晋三元総理大臣。
 その出来、不出来につきましては(とても、満足のいくものとは言えませんが)少しは頑張れたかなです。司会の辛坊さんから最初に、前回あんなにメチャクチャに言われたのによく来て頂きました、という意味を込めて質問がいきなり飛んできてびっくりしましたが、そこがスタートでした。
 前回確かに、たくさんの方々にご心配をおかけしてしまいましたし、今回も又急なお話で不安はありましたが、「憲法」問題であればやはり私たちの思いが少しでも伝えられたらと仲間の皆さんとも相談し出演する事に決めました。  この番組は視聴率も高く、本当に多くの皆さんからテレビみたよ、と声をかけられ今でも、それが続いています。
 先日、東灘区で街頭行動をしていたら若い男女の学生に声をかけられました。「テレビみました」「ポートアイランドにテロリストが攻めてきたら本当に警察で大丈夫なんでしょうか?」。それで、私もあの時、勝谷さんに言われたこと私の言った事を思い出しながらお話ししました。その後、ソマリア沖の海賊対策でなぜ自衛隊なのか、海上保安庁ではダメなのかなども話し合いながら、そのF君は「自分は大学生です。沖縄戦についていろいろ調べていくうちに是非、子ども達に伝えなければならないことがあると思い、教師を目指しています」「子ども達に戦争の悲惨さを伝えたい、自分達はまだお年寄りから話を聞くことが出来るが、子ども達の世代はできなくなるから自分が伝えたい」ときっぱり宣言されました。
 とてもうれしかったです。「それぞれの場所でお互いがんばりましょう」と、最後は記念撮影をして別れました。
 ちなみに、5月3日私はライブでパネラーの一人として青年会議所主催の「憲法タウンミーティング」に出席します。午後2時〜4時30分まで、垂水勤労市民センター3階 レバンテホールです。

2009年4月27日

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■感じた事、つれづれなるままに・・・

 総選挙があるぞ、あるぞと言われて半年が過ぎようとしています。いつ解散があってもおかしくない政治情勢が続く中、私も仲間達も全力で走っています。
 でも、ここに来て、解散の声がトーンダウンしています。(自民党はもちろんのこと)それは言うまでもなく民主党によるもので、例の小沢代表の西松建設からの違法献金問題で、陰謀説まで飛び出し、ウチばかりじゃないオタクもそうでしょう、と2大政党がお金まみれの泥仕合、で妙な均衡が生まれ、このどちらかにしか選択肢がないように総選挙を論じ「政権」を描くメディアも立ち往生。(この間にも、年度末仕事を失う人達厚労省の発表でも15万8000人―労働者派遣法の改正法案どうなったのでしょう?。後期高齢者医療保険料払えなくて無保険になるかも知れない人達20万人超―後期高齢者医療制度廃止法案はどうなったのでしょう?。海上自衛隊はソマリア沖に向け出航―閣議決定だけとは・・・)
 私たちは票をどこに投じたらいいのでしょうと、又心を閉じようとしている有権者の皆さんにこういった方達はどう説明されるのでしょうか。
 定額給付金の支給が始まった今でも、このような税金の使い方に疑問を持っておられる方が少なくありません。どこまで走っても1000円の高速道路料金は本来なら、経済対策としてなら業務用車両にすべきです。少なくない普通の庶民はそう思っています。

 私は、選挙が延びた分授かった時間だと思い歩いています。先日、やはりシャッターの閉まったお店の多い商店街で営業されている呉服屋さんに伺いました。店じまいセール、と張り紙があって「お店閉められるのですか?」とお聞きすると「はい、私らの元気なうちに。お客さんに迷惑かけられへんし今だったら後片付けもできるし・・・」と。ちゃんと後の始末まで考えて、まだ元気な今がその時期だという考え方に驚かされました。多分街場にはこういう考え方の人達がたくさんいらっしゃって、壊れかけている社会をどこかで支えてもらっているんだと、ちょっと感激しました。
 感激したと言えば最近、もう一つ。今、WBCで何だか日本全体が盛り上がっていますよね。イチロー選手です。がけっぷちのキューバ戦でそれまでヒットがなくて「こころが完全に折れかかっていた」バントの失敗で「こころが完全に折れた」と。でも一番の打席に立ち続けた、あらゆるプレッシャーの中で自分との戦いに勝った・・・。
 実は私はかつて野球の大ファンでした。高校野球・プロ野球ともです。年齢がばれる(ばれてますよね)のですが、小学生多分6年生の頃、ラジオで聞いた法政2高の柴田投手(後に読売巨人軍)と浪商の尾崎投手(後に東映フライヤーズ)の戦い以来、高校野球の決勝戦がすむまで夏休みの宿題が手につきませんでした。決勝戦は涙なしには見られない事が多くテレビの選手達と一緒に泣いていました。それと、プロ野球は皆様ご存知のようにかつて地方はNHKと読売テレビしか放映がありませんでした。長島選手のファンでした。サードゴロをさばいてファーストに投げる時の姿が格好良くて(最近、チラッとコマーシャルで流れる時がありますが)。
 神戸に来て、阪神ファンが圧倒的であること、そして決まって彼らはジャイアンツが大嫌いであることも知りました。その後、仕事や育児などですっかり野球を見ることがなくなり、それでも家族でお弁当を持って甲子園球場には何回か出かけました。好きなチームはどこかと聞かれれば、長島さんのいた頃のジャイアンツ、が正直なところでしょうか。
 もう一つだけ感想を。車を持っておられる方ならご存知のJAF。このジャフメイト(冊子)を開けるのが楽しみなのが、最初のページの星野富弘さんの絵と詩。アネモネのお花に添えられた詩「筆を噛み砕きたい時がある 槍のように突きたてたい時もある さまざまな思いが 風のように過ぎて 花を見ている」。

 最後までお読み下さってありがとうございました。

2009年3月22日

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■もうたくさん自民党「劇場」

 年が変わってもう2月、ご無沙汰いたしました。昨年末から今年にかけていろんなところに原稿を書きましたので、すっかりごあいさつを済ませた気分になっていました(約束の宿題は未だですが)。あらためまして、今年もどうぞよろしくお願いします。

 それにしてもです。政治を嘆く事はもうやめようと、首相の言動に振り回されるのはもうたくさん、と思いつつ、でも極めつけの出来事にやっぱり嘆かずにはいられなくなりました。と言いますのも、先日の小泉元首相の麻生首相批判です。現職が元職の郵政民営化に「実は反対だった」と言えば、元職は現職の定額給付金に(一旦賛成しておきながら)ケチをつける・・・、何ともはや支持率などの調査はしなくても、結果は目にみえています。
 ただ、気をつけなくてはならないのは、私たちが4年前のように「劇場」に足を運ぶ「観客」として、政治を選択させられないようにしなければならないことです。メディアにのせられないようにもしなくてはなりません。

 表題に戻りますと、残念ながら政治は私たちの暮らしの待ったなしの状況を全くわかってないとしか言いようがありません。大企業もまた、業績悪化を理由にすれば働く者の首切り当たり前、なのに一方では内部留保に裏金です。
 以下は私たち兵庫県の新社会党の新聞に書いた私のあいさつです。このような思いで選挙にのぞみます。

 2009年がスタートしました。年が変わっても不安が先立つ私たちの暮らしに希望が見えてくることはなく、昨年から続く雇用不安はよりいっそう深刻さを増し、メディアは連日派遣切りされた人達の切実な現状を伝える年明けとなりました。
 ついこの間まで私たちの国にあった、暮らしを支える安全網(セーフティネット)が次々に取り外され、この世に誕生すべくいのちからお年よりのいのちまで、すべてのいのちが危機にさらされるようになりました。それにもかかわらず政治にはその意識が乏しいとしか言いようがありません。「定額給付金」や「消費税」引き上げの議論も、「労働者派遣法改正」の議論も多分、現実の問題がどこにあり今何が必要なのかが、さっぱりわかってないということです。
 アメリカ型の市場原理主義経済政策は規制緩和をより進めることになり、競争を煽り、格差の拡大を自己責任としてきたことが、私たちの暮らす社会をよりいっそう不安定なものにしてしまいました。医療や福祉の現場での人材不足は深刻さを増し、昨年も又医療機関をたらい回しにされた挙げ句妊婦さんが亡くなられましたし、介護の現場での人材確保も困難を極めています。一方ではまともに働いても食べていく事ができない非正規で働く若者をたくさん作り出し、そして金融危機、景気が後退したからと真っ先に解雇をし路頭に迷わせながら、「自由な働き方」として(派遣と言う働き方は)働く側にもニーズがある、となお言っているのです。
 毎年減額される2200億円の社会保障費、なのに米軍再編と思いやり予算で2600億円の負担が議論にならなくて、なぜ消費税引き上げの議論になるのか、お金がないといいながら2兆円をポンとばら撒こうとする政治を理解できません。
 今年こそ、皆さんと挑戦する年にしたいと思っています。少数者の権利が守られるかどうかが民主主義の物差しと言われていますが、現状は圧倒的多数の権利が守られていません。私たちは政治の場では圧倒的多数の少数者なのです。「ふみ出す一歩は小さな一歩。だけど意味在る大きな一歩」新年のカレンダーで見つけたことばです。やはり私たち一人ひとりが立ち上がらなければ政治は変えられないのです。今年こそ勇気を持って立ち上がり、誰もが夢や希望を持ち、当たり前の暮らしを送る事ができるような政治へと変えて行こうではありませんか、その一歩をふみ出そうではありませんか、私はその受け皿です。
 今年もどうぞよろしくお願いします。

2009年2月16日

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■「たかじんのそこまで言って委員会」に出演して

 テレビ出演後の嵐のような一週間が過ぎようとしています。
 思い返せば、番組の制作会社の方から突然の出演依頼があったのが収録の2日前、取り急ぎ番組の内容説明を受け(実は私はこを見たことがなかった)、昨年9条ネットで一緒に参院選挙を戦った天木直人さんも出演されるということを聞きました。また天木さんご自身からも一緒に出演しましょうとお話があり、不安を抱えながらも出演を引き受けたのでした。
 しかし、放映された日も含めてその後の反響の大きさに驚いています。メールも全国からたくさんいただきました。
 田母神氏が出られるという新聞の番組案内を見て関心を持たれた方も多かったのでしょうが、もともとこの番組は高視聴率番組として有名らしく、私の周囲ではほとんどの方が知っていました。
 放映内容を私自身はまだ見ておりませんが、出演者は私以外は論客ばかりで終始圧倒されていたのは事実です。振り返ると、もっと言いたかったこと、こう言えば良かったと思うことがたくさんあります。準備不足のまま出てしまったことで、結果的に皆さんにご心配をおかけしました。

 「政治家」のイメージは皆さんがそれぞれの中におもちでしょう。地方政治の場ですが、長年身を置いてきた者としては特に政治家を意識することなく市民の立場で議論をしてきたという自負があります。それが現在の私です。
 政治は現実です。キレイ事では済まされないという意見もあるでしょう。けれども目指すべき理想をもってこそどうしようもない現実に解決の糸口が見えてくると私は思います。。
 ヒロシマ・ナガサキ、劣化ウラン弾、広がる核保有国、この現実にしっかりと向き合い、核兵器廃絶への決意と歩みを、私はやめません。
 あの場でお話できなかった私なりの歴史観、そして憲法前文と9条につきましてこのホームページで改めて書きたいと思います。
 たくさんのご意見本当にありがとうございました。

2008年12月6日

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■衆院選立候補します

 このホームページをご覧の皆さまには、またまたご無沙汰してしまいました。 でも、やっとご挨拶できるようになりました。
 衆議院選挙に立候補します。選挙区は兵庫1区(東灘区・灘区・中央区)です。 過去2回、同じ選挙区で選挙を戦いました。私にとっては、すっかり馴染みの選挙区になりました。選挙ばかりでなく、神戸外大は灘区土山町にあり(当時)、下宿先は旧葺合区野崎通3丁目、そこから市バス2系統で三宮へ阪急六甲へ、又当時は市電も走っていて上筒井6丁目から三宮へ石屋川へ、喫茶店で話し込んで遅くなったら赤いランプのついた市バスか市電の方が終発が遅かったので走っておりて・・・。気候のいい時は深田池でおしゃべりを楽しんだり、青春時代の思い出がいっぱい詰まった、兵庫1区です。
 この度の選挙はしかしながら、私にとって、本当に決断に悩む選挙になりました。総理大臣のイスの何と軽い事、閣僚の無知と傲慢さ・・・政権に乗っかって言いたい放題、やりたい放題の自民党。これでは誰だって、政権を変えようとなるのは当たり前です。そんな選挙に、私(たち)の入り込む余地があるのだろうかと、正直、立候補を表明してからも思い悩む日々でした。きっと支持者の皆さんの中にもそのように思っておられる方が多くいらっしゃると思えますし・・・。
 しかし、私の悩みにも関わらず選挙に向けた準備作業は旧ピッチで進められ、1週間できれいなチラシが出来上がり、私の所属する新社会党の仲間が兵庫ばかりでなく近隣の府県と中国や四国からもかけつけて下さり15万枚という数を配って下さいました。いつの選挙も惜しみない労力を変わりなく提供して下さる仲間や支持者のみなさんに、そして期待し投票してくださっている有権者のみなさんに、もう迷ってはいられません、しっかりと踏み出す事にしました。

 そして私の訴えの基本は、労働環境を働く者の立場で整備する事、社会保障制度をもう一度立て直す事です。もちろん平和の問題はどちらにも関わってきます。トップダウンの政治ではなくボトムアップの政治が今こそ必要です。現場を知っている私たちだからこそ訴えることができますし、私たちにしかできない訴えで戦います。「生きるために、もうガマンしない」。私たちが生きるために何が必要か、そのことから政治を組み立てていきましょう。あきらめないでおきましょう。私たちが大多数なのです。私たちのための政治を作り出す、大きな一歩を踏み出すため全力で戦います。
 ある方が、澤地久江さんのことばとして激励と共に紹介して下さいました。 「夢見る勇気のない者には闘う力はない。状況が悪い時には夢を見ることができなくなり、闘う勇気が出なくなりがちです。・・・政治は理想を掲げる事です。理想を掲げられない人間は貧しい人間です。」
 原 和美がんばります、どうぞよろしくお願いします。

2008年10月13日

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■国民の生活不安をなくす・・・!?

 福田改造内閣が発足した。内閣改造があるのかないのか、メディアまで振り回され、結局8月1日、事実上福田改造内閣が発足した。
 新内閣の顔ぶれや予想される政策について、いろいろ論評がなされているが、8月3日の朝日新聞の記事によれば「内閣支持率 横ばい24%」(前回調査7月12,13日の24%から変わらなかった)なのだそうだ。この事が全てを物語っているのではないかと思う。
 首相が、生活不安の解消と言いながら内閣改造に踏み切ったその日から、又ガソリンの値上げを始めとする食料品などの値上げが相次いでいる。これで国民の生活不安の解消と言われても、シラケるばかり。私たちの生活不安の中身を本当に理解しておられるのだろうか?と逆に不安になってしまう。いや、もし本当に理解していないとしたら理解して頂かないといけない・・・。

 この4月から始まった後期高齢者医療制度。75歳以上の高齢者を差別するというとんでもない制度。しかも負担が軽くなると言ってみたり、やっぱり負担が重くなると言ってみたり、結局多くの高齢者を不安のどん底に陥れた。
 しかも、年金から天引き。介護保険料に後期高齢者医療保険料、さらに来年度は税金もと言われている。受け取る年金額が一体いくらになってしまうのか。医療費の窓口負担分も引き上げられ、公共料金の引き上げにさらに物価高。これで生活出来るのだろうか?こんな不安を解消してください!
 若い人達には働けば生活できる賃金を保障して!健康で働ける職場を準備して下さい。これまで当たり前だったこんな当たり前のことが叶う政治にしてください!一体どれだけ働けば生活できる賃金を手にすることができるのだろうか、結婚できるのだろうか、子どもを育てられるのだろうか?こんな不安を解消してください!
 そして、選挙前だからと人気取り政策、そのツケは選挙が終わって消費税を上げるのという請求をよこすのではないかという不安を解消してください!
 まだまだたくさんある不安・・・。どうしてくれるのだと叫びたい!

 そして、しかしこの「怒り」もすぐにやってくる連日・連夜の「日の丸」「君が代」の嵐の渦に巻き込まれ、現実逃避、やがてあきらめ・・・。そんなことには絶対にできない日々の生活がある、しっかり見極め、今度こそ選び損なわない選択を!

2008年8月5日

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■新自由主義経済(市場原理主義)ってガン細胞のようなもの?

 

 全くの経済オンチの私が、直感的に感じている事です。つまり、破滅に向かって増殖していくガン細胞のような気がして仕方ありません。飽くなき欲望が自らを破滅させる、破滅させるまで止まらない・・・。特効薬は?

 つい先ごろ世界を震撼させた、アメリカのサブプライムローン(低所得者向け高金利住宅ローン)問題。アメリカ国内ばかりでなく世界の金融機関に混乱をもたらしました。当時ニュースといえば、サブプライム、サブプライムとアメリカの問題なのになぜ、こんなに日本のマスコミまでが大騒ぎするのかと思っていましたが、これが結局資本のグローバル化がここまで進んでいたことを明らかにさせた、つまりこれは氷山の一角だったのですね。
 これから先は、前回紹介させていただいた本「貧困大陸アメリカ」と「日本経済見捨てられる私たち」から学んだ事です。たくさん引用させていただくことにします。

 「サブプライムローン」問題は単なる金融の話ではない、アメリカで中流階級の消費率が飽和状態になった時、ビジネスが次のマーケットとして低所得層を狙ったシステム、リスクに無防備な低所得の人々を「商品」として市場原理に組み込もうとした・・・世界を二極化している格差構造と、それをむしろ糧として回り続けるマーケットの存在・・・そこでは「弱者」が食い物にされ、人間らしく生きるための生存権を奪われた挙げ句、使い捨てにされていく。
 効率重視の市場主義の基盤は、大企業の競争力を高める事で経済を上向かせる、そのために企業に対する規制を撤廃・緩和し、法人税を下げ、労働側にきびしい政策を許し、社会保障を削減する。一部のエリートと仕事を失った中間層の格差は広がり、社会保障政策の縮小で貧困層に転がり落ちた中間層(の消滅)は社会の底辺から這い上がれないという仕組みを作り出した・・・。(貧困大陸アメリカ)

 日本は、小泉構造改革としてこの後を追いかけ始め、現状があるのですが、「構造改革」の考え方はすでに90年代半ばに登場しています。バブル景気後の不況、金融危機、不良債権問題の深刻化などで「改革」にたいする期待、経済界の支持。特に経済界は、会長の名を冠した「ビジョン」を発表し、効率化と規制緩和を主張し、小泉構造改革で一体化していきます。そして忘れてならないのは、アメリカ企業の日本への進出を行いやすくするための改革を期待した、毎年アメリカ政府から提示される「年次改革要望書」の存在です。
 なぜ、日本の経済界の期待とアメリカ政府の要望が衝突しなかったか・・・ アメリカ政府の陰にある日本に進出しようとする企業群と、日本の経済界を代表する財界を支える企業群、ともに大企業として捉えれば同じ穴のむじな、狙いは同じ・・・グローバル化の本質。(日本経済見捨てられる私たち)

 「日本経済見捨てられる私たち」のなかでは、先に紹介させていただいたように企業が利益をあげる状況になっている、構造改革が狙いとしたのは企業が儲かるような構造経済構造にすることだったのです。全体の所得が増えない中で企業の収益が増えている、つまり家計部門から企業部門に所得が移転している、その移転をたやすくするために働く人達に犠牲を強いてきた・・・ということです。
 しかしここからです。今度は構想改革政策が、収益をあげるためなりふり構わぬ行動を企業に強制するようになった、種々の規制緩和のもと、力を増した株式市場を始めとする金融市場が、企業にそれを強いるようになり、潜在的な能力を十分に発揮していないとみられた企業は乗っ取りの対象とされ、それを容易にする法律上の枠組みや制度も整えられ、現実に買収が行われた・・・。

 今、世界中で格差の広がりが伝えられています。社会全体が不安のどん底に陥れられています。急激な原油価格の異常な値上がり、穀物不足だとか、世界的な食料危機・・・私たちにはなぜこんなことになっているのかわからないことばかりです。でも、少しばかりカラクリが見えてきました。そうなると全世界の飽くなき欲望がやがて自らを破滅に追い込んでいってしまうような気がしてならないのです。この増殖を止める手立てはあるのでしょうか?

2008年7月2日

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■「ルポ貧困大陸アメリカ」(堤 未果著)
「日本経済 見捨てられる私たち」(山家 悠紀夫著)
映画「大いなる陰謀」(Robert Redford監督)

 私が、この1〜2ヶ月余りの間に、読んだり観たりした本と映画です。アメリカに関する3部作。
 山家先生のは、アメリカ型経済をめざす日本で、構造改革・規制緩和のウソともたらしたものをたくさんの統計資料に基づいてわかりやすく説明されています。例えばこうです(以下引用)・・・「構造改革」論は、日本の景気が悪いのは「構造」が悪いからだ、企業が儲からない構造になっているからだ、と説きます。だから「企業が儲かるような構造に変えなければ」というのですが、企業が儲からないから景気が悪いという、その診断自体が間違っていたのです。正しくは、バブルが破裂して需要が落ち込んだ、だから景気が悪く、企業も儲からない、と診断すべきでした。間違った診断をもとに「企業が儲かるようにする」処方箋を書いて、それに従って処方しても景気がよくなるはずはありません。いわば、単なる食べ過ぎ、飲みすぎ、せいぜいが食当たりだったのをガンだと診断したようなものです。ガンでない人に放射線治療をしたら、かえって体を悪くしてしまいます。ここ十年、日本経済に生じたのは、そうしたことでした。・・・「構造改革」が狙いとした「企業が儲かるような経済構造にする」という点では「構造改革」は成功しました。・・・2006年度の経常利益は54兆円、「構造改革」が始まった年、1997年度のそれは28兆円でしたから、9年間で26兆円の増加、ほぼ倍増です。ちなみに、この9年間の日本経済の全体構成員の所得(国民総所得)は、520兆円(97年度)から525兆円に、5兆円、1%の増加に止まっています。全体の所得がさほど増えないなかで企業の収益(取り分)が増えたということは、別の部門から企業部門に所得が移転した、ということを物語ます。別の部門とは家計部門です。家計部門の所得の大半を占める雇用報酬について見ますと、9年間でおよそ16兆円の減少です。・・・
 つまり、「構造改革」はこのように所得移転を促し、さらにしやすい構造へと(企業が儲かる)経済構造に作り変えた、代表的な例が労働基準法の改正や労働者派遣法の改正など労働の規制緩和だとし、非正規社員の増加と正規社員の労働条件の切り下げが行われるようになったということなどが書かれています。(あとは本書を、青灯社ブックス1)
 そして、映画「大いなる陰謀」は、ロバート・レッドフォード監督・出演、メリル・ストリープ、トム・クルーズと大スターの競演。私にとってはそれだけでも魅力的なのに、内容もすごかった。アメリカの今がいっぱいつまっていた。「貧困大陸アメリカ」で知ったアメリカの苦学生達の状況、正義・大義のために志願兵として戦場に赴く若者達、でも彼らもまた帰ってくれば大学院進学時の授業料免除を期待しなくてはならない経済的事情も抱えていた。
 イラク戦争がどうにもならない状況で苦悩するアメリカ、その中でアフガニスタンで勝利を得ようと進められる作戦、これを企画した上院議員にインタビューするベテラン女性ジャーナリストは、なぜ今それを実行する必要があるのか・・・という疑問とともに、「作戦の達成に手段は選ばない」と繰り返す議員にさらなる疑惑を感じ、この情報をリークし好意的な報道をさせ世論の支持を得ようとすることに(この作戦を報道することに)踏み切れないでいた。最後の方で、今日も戦死者に捧げられている花束に涙するシーンは印象的だった。
 歴史学の授業をサボり単位取得が困難になりつつある優秀な学生が「世の中何も変わらない」と関わる事を避け、楽な生き方へと流されつつあることに「君は、行動を起こしたか?・・・」と教授が迫る。教授が止めるのも聞かず 世界がより良い方向に行くのならと志願した若者には非情な結末が待っていた。
 この3つの場面が交互に入れ替わり同時進行する。カリフォルニア大学・教授の部屋(07:00am)、ワシントンD.C.上院議員の執務室(10:00am)、作戦が開始されるアフガニスタン(06:30pm)。
 終わりを感じさせない映画だった。これがラストシーンだということを感じさせない映画だった。「つづく」歴史を今を生きている私たちがどうするかだろうと考えさせられた。  最後に、この映画の原題は「Lions for Lambs」。―戦争とは「雄雄しく前線で戦う若者達はライオンだが、指揮官達は子羊のようなものだ」―

 とても長くなってしまいました。最後まで読んで下さってありがとうございました。

2008年5月18日

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■中国四川省で起きた大震災、お見舞い申し上げます

 連日、メディアからは悲惨な現地の様子が伝わってきます。地震の規模は阪神淡路大震災の数十倍とか・・・。あの時感じた恐ろしさの何十倍も、と考えると想像を超えてしまいそうです。どうか、たくさんの命が助かりますように、国際社会の救助の手が一日も早く届きますようにと願わずにはいられません。
 私は、阪神淡路大震災のあと「神戸留学生友の会」という組織のお手伝いをさせていただいてきました。中国からの留学生の皆さんが殆どの組織で、皆さんが住んでいたアパートや文化住宅が震災で壊れ、その後の住宅探しが大変という状況が続いていました。当時神戸市議をしていましたので市への申し入れなどを行ったりしました。(この事がきっかけでその後特にアジア系の留学生の皆さんの住宅問題にも取り組む事になりましたが)
 中国に帰られてご活躍されておられる方も多いと思います。そして、日本でここ神戸で故郷の事を思っていたたまれない方も、被災をされた皆さんにお見舞い申し上げます。

2008年5月14日

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■政府には「重く受け止めて」欲しかった・・・
自衛隊イラク派兵違憲判決!

 勝ち負けの問題ではない、「重く受け止めたい」、そんな談話は政府の誰からも聞こえてこなかった。もちろんそんな思いは全く無いでしょうから正直といえば正直と言えますし、憲法が何たるか知って(?)いても無視する方々だから当然かも知れない、しかしそのカケラも無いとしたら救いようのない政治(家)です。
 4月17日の名古屋高裁の判決、航空自衛隊が現在イラクで行っている活動は「憲法9条1項に違反する活動を含んでいる」との判決内容は、100歩譲って「イラク特措法」を認めたとしても、その「イラク特措法」で禁じている戦闘地域で、武力行使を行っていると評価されかねないとし「イラク特措法」にも違反しているとしています。
 時の小泉総理が「自衛隊のいるところが非戦闘地域」とのたまい、強引に成立させた「イラク特措法」にも違反していると裁判所は言っているのですよ、これに政府が「そんなの関係ない」としていられる事自体、庶民の常識では考えられないのです。
 自衛隊イラク派遣差し止め訴訟は、おのずと憲法判断が求められるにも関わらず、これまでの裁判では憲法判断が避けられ続け、悔しい思いをし続けてきた私たちにとって涙が出るほど感激できるものでした。

 それにしても、この判決文を書かれた裁判長はすでに3月に依願退官されていたとか・・・。憲法に関わる判決を書かれた裁判官は(この世界を全く知らない私ですが)、本当に皆さん苦労というより決死の覚悟をもち臨まれているような気がしました。想像以上に壮絶な世界なのだと。そう言えば、かつて小泉前総理の靖国神社参拝に違憲判決を出した福岡地裁の裁判長は遺書をしたためて裁判に臨んだと聞きましたし、住基ネットに個人情報を否応なしに接続するのは違憲だとした大阪高裁の裁判長はその後自ら命を絶たれました。

 これらの判決に続かなくてはいけないのは、政治の世界だと思えるのです。「そんなのぼくらには関係ない」としている政治(家)に、もう一度まさに問われている「イラク特措法」を国会に引っぱり出し議論をやり直さねばならない、そうじゃないでしょうか?

2008年4月24日

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■「THE LITTLE HOUSE」

 3月は(催促いただいたにもかかわらず)一回も更新出来ず、反省しきりです。皆さま、お元気ですか?
 我が家には、今の家に移った時(20年程前)私がホームセンターで買い求めたり頂いたりした樹木や花木が、勝手気ままにと言うか自由に伸び伸びと育ち、今年も見事に春の息吹をもたらしてくれました。中でもご近所の評判は「ミモザ」。15年ほど前に2本。買った時には1メートル程だったのに、今や見事な大木に育ち、毎年皆さんが見に来て下さるまでになりました。真黄色の花が終わると茶色の絹さやのような種を付け、その後はお掃除が大変になります。でも、冬でもきれいな緑の濃淡の葉っぱは私の大のお気に入りです。

   さて、標題の「THE LITTLE HOUSE」は、ご存知の方もいらっしゃると思いますが、先ごろお亡くなりになられた児童文学者の『いしいももこ』(石井桃子)さんが「ちいさいおうち」として翻訳された絵本の一冊です。先日、新聞で偶然に見つけてビックリしました。といいますのも、この本の原文(英文)を、私は持っているのです。
 3年程前、シアトルのワシントン大学で短期留学と言っても1ヶ月程学んでいた時に、本屋さんに入って偶然出合った絵本でした。作者のVIRGINIA LEE BURTONさんの絵がとてもきれいで可愛く、値段も$5,95だったので思わず買い求めました。読み終わるとほのぼのとした気分になったのを思い出しました。  石井さんと言えば数々の翻訳された名作や、著作もたくさんおありになる方ですが、この絵本も翻訳されておられたとは知りませんでした。
 丘の上で、とても頑丈にきれいに建てられた「ちいさなおうち」は開発の嵐の中で居場所がなくなってしまいます。でも、やがてみんなの協力で平和な暮らしを取り戻すまでが描かれています。作者のとても動きのある絵というか絵を見ているだけでも自然にページがめくられ物語が伝わって来ます。
 最後には It was Spring・・・ and all was quiet and peaceful in the country.
 政治の舞台で繰り広げられているどうしようもない現実から、少し逃避できたひとときでした。

2008年4月17日

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■どうなっちゃったんですかね…

 皆さま、お久しぶりです。いえいえ私のことではなく、沖縄で米海兵隊員の犯罪が続く中、マスコミの皆さんの質問に福田首相が答えて「米軍もどうなっちゃったんですかね」。
 いつものように他人事風情で。福田さん、あなた、それはないでしょう!
 米軍基地のある街、どこだって誰だって認めている訳ではない。小泉前首相だっておっしゃったじゃないですか(以前岩国市で基地の負担が増える事について住民投票で、市民がNOを選択したことの感想を求められて)「誰だって基地がないほうがいいに決まっている」って。その基地を押し付けている最高責任者なんですよ。沖縄の人達の、基地を抱えている街の人達の、日常と隣り合わせの恐怖や不安を想像力を働かせてみてください。
 今度は、海上自衛隊のイージス艦が漁船を真っ二つに切り裂いた。会見に臨んだ海上自衛隊のえらい人は昨日は薄ら笑いをうかべながらマスコミの追及をかわそうとしていた(保身)。今日は防衛大臣が「政争の具にしない…」などと的外れの話をしているかと思ったら、野党各党が防衛大臣の辞任要求だとか罷免だとか言っているニュースが流れた。かの福田さんは「今はそういう時じゃないでしょう、大臣は一生懸命やっているんだから。人命救助しているんだから・・・」(と言っていたと思う)人命救助してるんだから、って。
 もう、何も言いたくない。防衛省や政府の人達のことばにはなんら伝わってくるものはない。漁協の人達の説明の方が余程わかりやすく伝わってくる。なぜか、心があるから。必死で伝えようとしているから。
 福田さん、そっくりそのままお返しします。「どうなっちゃたんですかね…」

2008年2月21日

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■「現実」主義の陥穽(かんせい)

 皆さま、あけましておめでとうございます。
 とは言っても、もう12日も経ってしまいました。又、すっかりごぶさたの私です。でも、懲りずに今年もよろしくお付き合いくださいますよう切にお願いいたします。
 昨年末は、私がお手伝いさせていただいているNPOの皆さんが、フィンランドの福祉施設を訪れ、その記録を冊子として発行するための編集をさせていただくということがありました。フィンランドと言うとサンタクロースとムーミンの国。それ以外のことの発見もあり楽しい作業でした。そして、年賀状。29日午後にスタートし書きあがったのは31日の昼。すべて手書きだったので(約220枚)、目はしょぼしょぼ、肩はパンパン、腕はだるくて最悪。そのまま、(雪の)福井の実家に帰りました。そして風邪というお土産つきで戻ってきました。
 さて、今年の最初は標題のようなタイトルをつけさせていただきました。これは故丸山真男さんが1952年に書かれたエッセイのタイトルです。
 昨年11月3日に、北区で憲法を考える講演会を、浦部名古屋大学大学院教授をお招きして開催しました。その時に紹介があったものです。ずっと気になっていて、お正月に読みました。
 「現実的」―ということばにどのような落とし穴があるのかがこのエッセイには明快に書かれてあります。当時、朝鮮戦争を契機に警察予備隊の創設、講和条約と日米安保条約さらには(再軍備のための)改憲へ向けた動きが活発化していました。そのような中でやはり平和勢力に対して頻繁に使われていたことばが「現実的でない」でした。
 (以下は勝手に要約しました)日本人が現実とか非現実とかいう場合の「現実」はどういう構造を持っているかについて、@現実とは既成事実と等置される、現実的たれということは、既成事実に屈服せよということ。「現実だから仕方がない」というように、現実はいつも「仕方のない」過去。A社会的現実は錯雑し矛盾した様々の動向によって立体的に構成されているにも関わらず現実の一つの側面だけが強調され、「現実的たれ」といい、現実の一面を選択させられる。Bつまり、その時々の支配権力が選択する方向がすぐれて「現実的」と考えられ、これに対する反対派の選択する方向は「観念的」「非現実的」というレッテルを貼られがちだということ。

 憲法9条は「理想」と「現実」の問題ではなく、まさに現実の選択の問題。憲法を変えて軍隊を持つ国をめざす現実、軍隊を持たない国をめざす現実、この現実の選択の戦いです。今の政治の大方の流れは、すでに憲法9条を「現実的」既成事実に屈服させ、自衛隊の軍隊化、さらには海外派兵のための恒久法へと踏み出しつつあります。
 憲法に自らの都合のいい解釈を加え、現実論をふりかざすこの国の指導者たちに、私たちにとっての現実・沖縄や岩国の戦い・生きる権利を求める様々な戦いがあるというもう一方の現実に自信を持ち、挑んで行く年にしたいと思います。今年も、どうぞよろしくお願いします。

2008年1月12日

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