| 今年の国営放送の大河ドラマは新撰組ですね。私も3年前に明治維新をイメージしたコラムを書きましたが、改めて見直してみると、残念ながら今でもそのまま通じそうなのでご紹介します。このコラムの後に宰相が改革的な人に交代しましたが、どうも最近の道路公団関係をみていると怪しくなってきました。やはり坂本龍馬は政権交代の時に登場するのでしょうか?
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いよいよ21世紀の幕開けだ。日本経済は相変わらず不透明なまま、新たな時代を迎えようとしているが、最近多くの人が日本の現状を幕末の時代になぞらえているようだ。
鎖国政策で海外の動きに目をつぶった閉鎖的な環境下、肥大した組織と既得権により内部腐敗を招いた江戸幕府は自助努力では解決できなくなった。いきなりやってきた黒船の外圧によって目覚めたのは幕府ではなく、地方の下級武士たち。そのような有志の人物を育んだ藩校や私塾の登場。
まさに今の政治・官僚機構と同じだろう。財源を求めるための税収の確保・国債の発行、集めるのも良いが、支出を抑える方が先ではないか?相変わらずの土木建築中心の公共事業、eJapanの構想は良いが情けないほどの政府予算案にカタツムリの歩みのような規制緩和。今では日本はIT後進国になりつつあることは何処まで理解されているのか。
ここ数年、積極的に進出してくる外資系企業はまるで黒船のようにみえる。もっとも外資系なんてこだわっている方が時代遅れかもしれない。バブル期に日本企業を学んだ外国企業の方がよほど個人重視の経営をしているところもあるし、そもそも外資系の定義も曖昧だ。黒船に日本の優秀な若者をさらわれるのもなさけないが、吉田松陰とは違って、今の黒船はすぐに乗せてくれる。
現代における坂本龍馬は誰だろう?世界に憧れ黒船に乗りたがる若者達か、世に多く生まれては消えるベンチャー企業か。さしずめ松下村塾にあたるのは社会人大学院かベンチャー・キャピタルか。経営難を乗り切るためだけ、IPOを目指すだけのベンチャーや大学院生では意味はないが、チャレンジ精神をもった若者や、志をもった学校やインキュベーターの登場は大歓迎だ。
採用担当者の役割は、若者に活躍の場所を提供すること、新たなキャリアを目指す人材を迎えることだ。これからは個人のキャリアの時代になることは間違いない。企業や人事部が従業員のキャリア・パスを用意して一生を面倒みるような時代は終わりつつあるし、そんな生き方だけでは窮屈だろう。既にある権限を委譲するのではなく、キャリア開発そのものを個人に委ねてそれを支援するキャリア委譲が求められるのだろう。
人事部の腕の見せ所は、企業と個人の関係を見直し、そういった人材を企業で如何に活かしていくかを考えること。場合によってはお互いに別れざるをえないこともあるだろうが、またいつか出会うこともあるだろう。就職恋愛論で語るなら、一生涯一人の伴侶と付き合うも良し、やり直すのも良し。よりを戻すのもまあいいじゃないか。
「このままいけばやがて日本は安楽死する」とはあるハーバード大学の教授の発言だが、その期待を裏切りたい。坂本龍馬に出会いたくて、採用担当者は今日もまた面接をするのである。
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