「記念の時計はプライスレス」の段(2007.2.25)
実に奇妙なことだが、大学の生協から一枚のハガキが送られてきた。なんでも台帳を作り直すついでに卒業してる連中に出資金をお返しします、とこういうことらしい。
つーか、卒業してから5年が経とうとしているのに何故このタイミング? と思わないでもない。卒業生で出資金を返す請求をしてきた人間がいて、それでトラブルになったからなんじゃないかとか勘繰ってみたくもなるが、まあくれるものを拒むこともない。家捜ししたらちゃんと生協の組合員証も見つかったし、無問題だ。
それでまだ院とかで在学してる人以外(ほとんどだろうが)はハガキに印刷してあるサイトにアクセスして返還申込書をダウンロードして提出してくれとの旨が書いてあったので早速アクセスしてみた。どうでもいいが、インターネット環境は使えて当然という認識は実に漢気たっぷりだ。その程度のことが出来ない人間に当学の卒業生を名乗る資格無し!ってとこだろうか。強気だな。
そしたら出資金は通常200口2万円なのだが、その返還方法には色々と選択肢があることがそのサイトで案内されていた。
1.口座に振り込んでキャッシュバック
2.大学等に寄付
3.卒業年度を彫りこんだ特製オリジナル懐中時計と交換
これである。
ぶっちゃけ2番はありえないとして、問題は3番だ。
これが腕時計なら考える余地なく1番だ。しかし懐中時計だ。何を隠そう、個人的に懐中時計は前々から欲しかった一品なのだ。
もちろん懐中時計の一つや二つ、買おうと思えばいつでも買える。だがしかし、だ。必要かどうかでいえば、まったく必要のないものであることもまた、確かなのだ。携帯電話も腕時計もあるのに懐中時計の必要性など皆無。それでもあえて(安物でない)懐中時計を買うかと問われれば、手を出しづらいというのが現状だったのだ。
そこへ持ってきてこの話だ。2万円の時計といえば、高価とは言えないが、さりとて無価値な安物というほどでもない。デザインには若干の考慮の余地はあるにしても、ストライクゾーンに入っている事は間違いない。卒業年度云々はこの際特に問題ではないが、売店で買える記念品と一線を画しているのも後々意味が出てくるかもしれぬ。実に惹かれる。
ここで重要なのは2万円を出して時計を買え、と言ってきているわけではない、という点だ。これが2万円で時計が手に入るという案内であれば無視していた可能性が高い。しかし、降ってわいた、本人も忘れていた2万円の代わり、となれば話は別だ。もともと無かったものなら(本来は「有ったもの」なのだが)失っても痛くはない、という心理をみごとについている。あぶく銭はぱっと使ってしまうのが良いものなのだ。
そんなわけで、見事に乗せられてしまった感もあるが、今回は出資金の代わりに懐中時計を受け取ることにした。この選択は間違ってはいないと思うが――他の連中はどうしてるんだろうな?