「教育再生会議の話」の段(2007.1.20)
久しぶりに時事ネタとかも書いてみましょうかと。
で、教育再生会議。総理大臣の肝いりでやってる今後の日本の教育をどうしよ〜っていう会議なのだが、その内容についてちょいとコメントしておこうじゃないかということである。
まず「ゆとり教育」の見直し。授業時間を増やすのだとか。
まあ、ある意味当然ではあるな。最初に「ゆとり教育」とか言い出した時からこんなことになるんじゃないかとは思っていたし。どんな環境でも勉強をやる奴はやるが、やらない奴は甘やかせばよけいやらなくなるだけだからな。
とりあえず「ゆとり教育」を言い出した連中は、この「ゆとり教育」を受けた世代が将来的に「ゆとり教育を受けたバカ世代」と後ろ指を刺されることになるであろう現実の責任をかみしめましょう。
教員免許の更新制の導入はありだろう。むしろ教員免許に限らず運転免許も医師免許もみんな更新の際に試験か審査があるのが本来あるべきではなかろうか。もちろん事務は煩雑になるだろうし、免許を剥奪されて困る人も多く出ることだろうが「責任持って何かをする」免許を保持するのにそんな甘えたことを言っていていいものではないだろう。特に自動車なんて簡単に人を殺せる凶器になるんだし。
いじめ対策の「いじめた子供を出席停止にする」――これはちょいとコメントしずらい。いじめた子供の範囲をどうしぼるつもりなのかとか、いろいろあるだろうし。いじめってのは直接的な暴力だけじゃなくて嫌がらせ、無視、悪口、仲間はずれなんかもあるけど、そういうのの「犯人」を特定して出席停止にするのか? そもそも効果自体も未知数だしな。
体罰を認めるっていうのは、アリかナシかでいうとナシだな。一言で言うと時代に逆行している。どうしてもやりたいんであれば、イギリスの「理由が告知される事」、「成人の第三者と校長が立ち会う事」、「他の生徒の目のないところで行なわれる事」っていう3要件が満たされる必要があるというような厳格な基準と条件を明確にしなければなるまい。間違っても会議の出席者のコメントから引用するが「愛情のこもった範囲で」なんて馬鹿げた基準は排斥されねばならない。どうしたって暴力には暴力を振るうものの感情が入る。機械的に体罰を振るうなんてのは、それこそ聖人君子ででもなければできまいよ。
根本的にいじめやら校内暴力については、基本的には教師の指導で対応すべきだし、その範囲を超えていじめを受けた生徒や教師なんかが暴力をうけるっていうのならそれは法を積極的に活用すべきだ。つまり、暴行罪や傷害罪で告訴し、民事で賠償金を請求する――コレである。それ以下のレベルのものは、冷たいことを言うようだが「自分でなんとかする」しかない。
体を鍛えたっていいし、勉強して相手を見下してもいいし、逃げて別の学校に移ったっていい、新しい友達を作るのもいいだろう。選択肢はいくらでもある。選ばないでじっと卒業まで耐えるのも自由だ。そこは自己責任ってものだろう。
教師に関しては、それこそ免許を持ってる「プロ」だろうが、と言っておく。哀しくなるから素人みたいなこと言ってくれるなよ。頼むぜ。
俺のこの問題に対するコメントはこんなとこだ。間違ったことは書いてないつもりだが、無論他の人には他の意見があるのだろう。何か意見があるのなら聞きましょう――きっと論破してさしあげますよ(笑)