「バラバラな人達」の段(2007.1.13)
近頃都に流行るもの――というわけでもないのだろうが、最近のワイドショーなんかをにぎやかしているのはバラバラ殺人事件である。犯人が至極あっさりと逮捕されているので、それぞれの事情とかを「安心して」話題に出来るってとこだろうか。
それにしても、だ。セオリーというものを無視しているように感じる。
セオリー? もちろん「バラバラ殺人」のセオリーだ。せっかくバラバラにしても家の中に置いておいたり、近所に捨てたりしちゃあダメだろう。処分しやすいように小分けしたのならそれぞれに絶対見つからない場所に捨てるというのがセオリーというものだろう。被害者の錯誤を狙うとかミステリー小説ちっくなとこまでは期待しないが、その程度のセオリーは守るべきだろう。というか、そうしなければ小分けした意味がない。それこそただの猟奇ではないか。
死体の処分――というのは一般に困難とされている。山に埋めても動物に掘り起こされたりするし、海に捨てても腐敗ガスで浮かんできたりする。山奥に捨てたつもりでも山菜取りにきた人が発見するし、人一人を完全に燃やし尽くす施設は個人には用意できない。家ごと燃やしたって死体は残るのだ。
かくして死体は発見され、動機を持つ人間から犯人は特定され逮捕されるのが普通だ。
それで見つからない死体の処分という話なのだが、家の床下っていうのは常道だが、社会的に人が一人いなくなっても疑われない状況を事前に用意しておく必要がある。でないと疑われて家を捜索されて見つけられるというオチになる。というかそれ以前に死体と同居するタフな神経が必要である。
で、次に「バラバラ」だ。小分けすれば、処分のしやすさは飛躍的に向上する。もちろん人をバラバラにするというのはまともな神経の持ち主にはそう簡単にできるものじゃあないだろうが、大丈夫、人を殺せた君ならやれるさ!(おい)
その上でバラバラにした死体だが、どうやって処分するかであるが、バラバラに解体する事ができた君にならさらにもう一段上を目指すことが出来るはずだ。そう、解体した死体を調理して食べてしまうのだ。骨はまあ砕いて下水にでも流してしまいましょう。これで死体の処分は完了だ。何をどう探したところで死体は出てきません。多少疑われても自白しなければきっと大丈夫です。ただし、冷凍保存中の肉を他の人に見られないように注意は必要です。
まあ、それでも人を殺せば疑われるし、死体以外の証拠でも立件はされてしまうことはあるので、一番いいのは――人を殺さないことでしょうなあ(笑) それが一番。当たり前っちゃあ当たり前なんだが。
※ここで書いた内容はわりとノンフィクションっぽいというか実際に海外であった事件を念頭において書いてますが、良い子はマネしないように!!