「教育基本法改正?」の段(2006.12.16)


   どうも教育基本法が改正されたらしい。「らしい」ってのはつまり、これが「改正」である保証が無いからだ。ぶっちゃけ「改悪」である可能性だって高いのだ。

 今回の「改正」の目玉は「愛国心」を盛り込んだ点にあるようだ。なんでも「我が国と郷土を愛する態度を養う」ってことらしい。

 まったく馬鹿げたことだ。

 愛国心の無い若者が増えたっていうのなら、それは日本に魅力が無いからだろう。というか「国を愛する」っていうのはどういうことなのか。愛国心を持つってことは国家に服従することではないだろう。
 おそらく大部分の日本人(バカな若者を含めてもかまわない)に中東やどっかの海外で暮らしたいかと聞いたら「NO」と答えるだろう。結局のところいろいろ細かい不満はあっても、夜中に歩いててもいきなり銃を突きつけられることなんてなくって、警官がわいろを要求したりしない、働く気さえあれば飢えて死ぬことも無い、平和でぬるま湯な日本という国が大好きなのだ。これは「愛国心」ではないのだろうか。

 皆が皆、品行方正に生きる世の中は、望むべくも無い。ありえない。愚者は一定の割合で存在する。それは社会が社会である限り避けようの無い問題だ。それはもはや「個人主義」がどうとかいう問題ではない。それを教育に「愛国心」を盛り込むことで「公」に忠実な人間を増やせるというのは幻想に過ぎない。
 どっちかっていうと「愛国心」教育で今まできちんと自分の意思で考えることのできた「いい子」が国家に隷属し、今でもまとも社会にコミットできない「良くない子」はそのまま――という事態が想定される。

 国が何のためにあるのかいえば、それは個人がよりよく生きるために有用な単位であり制度であるからだ。だからまかりまちがっても国家のために個人が犠牲になる必要はない。「国があなたたちに何をしてくれるかではなく、あなたたちが国に何を出来るのか」――こんなものはテンションのあがった戦時下の論理だ。やはり個人は個人の幸福のために社会制度の枠内で行動するべきだ。
 
 さてさてこの「改正」どういう結果を生むか――10年後、20年後の日本をみなけりゃわからんが、徴兵制が導入されてないことを祈りましょうか。

   
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