「戯言シリーズ」の段(2006.3.4)


 ようやっとのことで西尾維新の「戯言シリーズ」を読み終わった。まあ、外伝の「零崎」シリーズは読んでいないのだが、外伝はあくまで外伝。それはさらながらカップリングの曲を聴いているかどうかはメインの曲の評価に影響しないのと同じ事で、今感想を書いても問題はなかろう。ま、戯言だが。

 さて、まず最初に書いておくが、これは決まり文句として言うべき言葉だと思うのだが「これはミステリーではない」・・・こういう時、WEB上では傍点の表現ができないのはつまらんな。傍点とルビが使えないのは、実に痛い。
 話がずれてしまったので元に戻すが、初期はともかくとして、ミステリー小説、ではない。ではないのだが、それはそれで問題はない。いったい小説に何を求めるかということだが、面白いならそれ以上に望むことは無いだろう。唐揚げが美味なのをステーキじゃないという理由で断罪することはできない、ということだ。

 それはともかくとして、マイ人生ベスト5に入るほどの傑作かというと、うん、それは違うな。というのが本当のところだ。(ちなみにベスト5の内訳は「俄」「ふたり」以下不定――な感じだ。後は「八つ墓村」「タイムリープ」ぐらい入れて最後の一つは埋らんかも・・・)
 それでも「こんなの読んだこと無い!」という新鮮な衝撃は久々に受けた。今までこの手の衝撃を受けたのは、ライトノベルを読み始めた頃の阿智太郎や、あるいは「ドクロちゃん」、「バトルロワイヤル」、田中哲也の作品、ぐらいのものだろうか――って結構多いな、衝撃の出会い(笑)
 なんというか、独特の文体とか言い回しとかキャラとか――そういうのもあるが、同時代感は強く感じる(ジョジョネタとか)。それが強い同世代の指示を集めるというのも理解できるが、裏を返せばわからない世代には本当にわかんない代物になっちまってるかもという危惧もある。結局自分自身の感性でしか語れないのだから実際のところはどうなのかわかんないし、それは私の心配するようなことでもないのだが、20年後に読んでどうなのよって話ではある。本は、残っちまうからね。案外と。この辺りが個人的な殿堂には入れられないポイントなのかもしれない。

 面白いのは面白い。面白ければそれでいい。それでいいが、それでは足りない。全くもって戯言だ。

 それはさておいて、最も心に残ったセリフは、春日井春日の

「おなか一杯になったのでお姉さんはいやらしいことがしたくなりました」

だったりします。重要じゃない程度に重要な登場人物の全くストーリーに関係ないセリフが印象に残ってるというのはどうかとも思うが、それに対する「一人でやっとれ」というツッコミも含めて大好きなセリフです。
 次に、最も心に残った地の文は、(気分的には「地の文」のところに傍点をうってもらいたいところです)

 人類最強の請負人の言い訳が始まった!

です。地の文で吹き出しそうなったのは田中哲也の「悪魔の国からこっちに丁稚」の「見せたいのか」(どのシーンかについては割愛)以来だ。これはなかなかに破壊力がある。

 さて、各話感想を書いてもいいのだが、そこまですることもないかもしれないので、やめておこう。後で書いたほうがいいと思えば書けばいいだけの話だし。つーことで、おおまかな総括した感想にとどめておこう。
 まず、女性キャラが非常に多い。勘違いしてはいけない。女性の登場人物が多いのではなく、女性キャラが多いのだ。彦麻呂風に言うと「萌えの万国博覧会や〜」ということだ。彦麻呂がそんなコメントをしたかどうかは不明だが物まねをする人がそういうことを言っているのだからそういうことを言っているのだろう。たぶん。
 そしてすげえ人が死ぬ。ストレイツォ並の容赦無し具合だ。バトルロワイヤル以上に不条理なまでに人が死ぬ。ここまで来ると一つの芸といっていいですな。
 あとは――まあ、読んで貰うしかないですね。西尾維新の前に西尾維新はなく、西尾維新の後に模造品はあるかもしれない――そんな独特の感性は評価する以外にしょうがない。面白いのだから、しょうがない。

 まあ、回収されない伏線(というか設定)が多いっつーのはあるわけだけど、赤川次郎みたいに回収し忘れたとか回収しきれなかったというよりはあえて回収しない、明らかにしない、という姿勢みたいだからそれはそれでいいのかもしれない。
 とりあえず、は一区切り。これでようやく他の本を読めるというものだ。最後に一つ付け加えるとすれば、「ああ、やっぱりシリーズは完結してから読み始めるとストレスがたまらなくていい」ということだ。やっぱ途中で作者に死なれたら、それこそ最悪だし。物語の終わりは早く読みたいし、最後まで読まずには死ねません。なんてーのも――ま、戯言だけどね。

 
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