「勉強」の段(2006.3.20)
先日、会社の先輩の人との雑談の中で出てきた話なのだが、その先輩の子供はまだ小学校の低学年なのだが、塾に通わせているという。なんかもう、私立の学校に入れるには、ひいては国立大学に入れるにはそれぐらいしなきゃいけないのだそうだ。で、ず〜っと公立の小中高で国立大学の俺なんかはすごい親孝行だねぇとかそんな話である。そんなんで親孝行だとかいうのも妙な話なのだが、詳しく話を聞くと、やっぱり塾は受験テクニックを専門に教える、みたいな感じらしい。
でもな〜、と俺は思う。思ってしまう。
根源的なところで勉強する意味を見失ってる。どうしようもなく。そう、思ってしまう。
なんのために勉強をするのか。それは「いい就職」をするためでも「いい大学」に行くためでもないはずだ。知識を身につけなければ「人間」にはなれないし、論理的な思考方法を身につけなければ「正しい行動」をとることができない。つまりは、そういうことではないのだろうか。
漫画ではあるが「マスターキートン」にこんな一節がある。
「人間はなぜ、学ばなければならないのでしょう?
人間は一生、学びつづけるべきです。人間には好奇心、知る喜びがある。
肩書きや、出世して大臣になるために、学ぶためではないのです……
では、なぜ学びつづけるのでしょう?
…………それが人間の使命だからです。」
こういうことを踏まえた上で、塾に行くなら、まあいいかもしれない。でも、そうでないのならテストの前の一夜漬けと同じで、テストでいい点をとれたところで身についてないということになるのではなかろうか。
これは実話だが高校の時、受験に無関係の世界史を勉強していたら、本当に不思議そうに「何で勉強するの?」と聞かれた。自分に子供がいたら、少なくともそんな愚かな質問をクラスメイトにするようなバカにはなって欲しくはないものだ。結論としてはそんなとこ。