「一年の刑は元日に」の段(2005.1.1)
現在2005年1月1日午前5時、俺は寒さに震えながらかじかむ指でこの文章を書いている。
それはただの思いつきだった。ふと思いついて山の上から初日の出を見ようかと思ったのだ。細かいことを言えば、中学〜高校にかけて初日の出を友人達と一緒に見に行っていたので、それを回想するような、どこかメランコリックな考えにとりつかれていたのかもしれない。
大晦日には雪が降っていたが、出かける時にはやんでいて、天気予報では星空が見えるということだったので、決意して日付の変わった0時半ごろに家を出た――その後に待ちうける過酷な運命も知らずに・・・(あおり文句?)
最初は、良かった。「あ〜、ここであの時こんなことがあったけ」と思いだしながらの道のりは、感傷的かもしれないが、それなりに楽しいものだった。しかし、事態は途中で一変する。雪が降りだしたのだ。
家を出て40分ほど出た時点で降り始めた雪はすぐにその勢いを増し、容赦無く顔に吹きつけてくる。正直なところ、いい加減嫌になってくる。
しかし、今年のテーマは「実行する年」ということにしようかと密かに思っていたので、一度決めたことなのでそのまま続行することにする。
そして一時間半ほど歩いたところで山の麓に到着、ここから山登りが始まる。ここで、記憶とイメージから「闇よりも深い闇の中、懐中電灯の明かりだけが頼り」な状況を期待していたのだが、途中までは街灯があるし、それがなくなってからも雲間からさす月明かりで懐中電灯なしでも十分に足元が見えていた。わざわざ途中のコンビニで予備の電池を買ったのが馬鹿みたいだ。
道は雪が積もっていて、たいそう歩きにくい。前にも後にも人の姿はなく、雪は変わらず顔に吹きつけてくる。うんざりするが、それでも進む。
結果、わずか40分で山頂まで登りつめてしまった。小学校の遠足で半日かけて登ってた記憶があるので3時間ぐらいはかかるという予想が大きく裏切られ、早く着きすぎてしまう。到着時点で2時40分ぐらい。日の出まで数時間ある。
仕方が無いのでぶらついて時間をつぶすことにする――これが非常に苦痛に満ちたものであった。
記憶にある山頂と今見る山頂とは違う部分も違わない部分があった。大きく違うのはきれいな公衆トイレができていたり、謎の大きな建造物が出来ていたことで、ひどくめんくらった。それでも以前のままの公園なんかを見ると、そこで過ごしたかつての自分を思いだして懐かしさを覚えた。
屋台の客引きをつっきって、とりあえずおみくじを引いてみる。結果は「小吉」――
「心のうれい、また金銀の損失あっても身を慎み励めば後に恵み大なり」
「親しき間柄といえどもたより少なく、今は諸事ととのいがたし 時機を待てば全てよし」
いまいちなのは、きっと巫女さんじゃなくバイトの兄ちゃんから買ったからに違いない(笑)
それでいきなりすることがなくなってしまったので、雪から待合室みたいなとこに退避。だが、酔っぱらっているのかと問い詰めたいウザイほどはしゃいでるチンピラじみたガキども――じゃなくて、元気な若者がうるさくていたたまれなくなり、一時間ほどで出ることにした。それからはもう、寒さにひたすら震える苦行であった。外に出ても「元気な若者」がいたる所で騒いでいて落ちつかない。駐車場で焚き火を焚いている警備員の人達も若者達に焚き火を占領されていた。調子乗りすぎ! と思わないでもないが、自分も当時はそんなに変わらんかったような気もしないでもないので黙することにする。
どうしようもないのでひたすらふらふらとうろついて時間をつぶす。遠くに見える町並みはキラキラと光にあふれていて美しかった。地上の星、というのは言いすぎかもしれないが。
あと、ヒマでしょうがないので絵馬などを見てまわる。たいていは「志望校に合格できるように」とか「病気が治りますように」とかなのだが、中には「私と娘の人生をめちゃくちゃにした○○から慰謝料がとれますように」とか「日本中の熊が殺されませんように」とかツボにはまるものもあった。
そして今、ここで屋根のあるところに置いてあるベンチでこの文章を書いている。時間は、まだある。帰りたくてしょうがないが、「実行する年」で「一度決めたこと」だから仕方が無い。苦痛だ。たこやきは600円もするし(笑)
追記:
結局曇っていて初日の出は見れなかった。そういえば最後に友人達と登った時も曇ってて見れなかった。そこまで再現しなくても良かったんだが。とりあえずやりとげたことので良かったとしよう。うん、良かった。良かったんだってばこんちくしょう!