「『疑う技術』を疑え!」の段(2004.11.11)


 先日テレビで言ってたことがどうにも頭から離れないので、どうでもいいっちゃあどうでもいいことなんだが、とりあえず書いてすっきりすることにする。

 たぶん先週のことだ。「世界で一番受けたい授業」とかなんとかいう番組を見るともなしに見ていたわけだが、そこで「疑う技術」なんてことをのたまう講師が出演していた。
 その人は「常識を疑え」ってことで「最近無差別殺人が増えている」とか「結婚しない女性が増えている」とかいうのは実は間違いだっていうことを統計の数字を持ちだして論証(?)していた。
 俺としても「常識を疑う」っていうことには共感できるし、そのための手法として統計の数字を用いることもよくわかる。けど、そのその中で一つ気になるものがあったのだ。

 それは「日本の警察は世界一優秀」という常識を「否」とする説明だ。
 言っておくが、俺は「否」とする結論に文句があるわけじゃあない。どういうのが「優秀」の基準なのかはっきりしないのに優劣を決められるもんでもないし、他の国の警察と比較したわけじゃあないからだ。
 気に入らないのは論理の組み立てだ。
 曰く「優秀だと言われていたころの検挙率は50%あったのに、近年の検挙率は20%程度しかない。故に日本の警察は優秀ではない」――これは実にアンフェアだ。
 「検挙率」ってのは実にインパクトの強い数字で理解しやすいが、上記理論が成立するのはその他の条件が全く同じ場合でなければならないことが、意図的にかどうだかはわからないが、すっとばされているのだ。

 別の数字を挙げると、実は「検挙人員」はず〜っと横ばい状態を続けている。それでどうして検挙率が下がっているかと言えば「認知件数」(絶対数)が2倍ほどに急増しているからだ。それに対して警察官の数が急増するはずもないのだから、単純に検挙率だけを見て「能力が半分以下」になったなんてことは言えないはずなのだ。
 付け加えるなら、例え検挙できなくても犯罪を認知したら捜査はしないといけないので、1件辺りに割ける労力はどうしても薄まってしまう。その中で検挙数が横ばいなのは、わりと健闘している結果だと言ってもよいのではないだろうか。

 無論、犯罪の数が増えた責任の一端は警察にもあるんだろうが、全部じゃないだろう。まだ途上国の警察のように面と向かって小遣い稼ぎのリベートを要求するようなのが横行しないだけマシ、なんてことを言うつもりもないが、それにしたって穴のありすぎる理論には納得できない。
 論証するなら「警察官一人あたりの人口」「警察官一人辺りの面積」等々のデータも総合的に分析しないと「優秀かどうか」なんてのはわからないし、根本的な問題として他の国のデータと比べてみることすらしないのは怠慢にもほどがあるというものだ。

 その講師の趣旨が「私の言った『疑う技術』を疑ってこそ、疑う技術なのだ」というものならば、まぁわりと感心してもいいが、単純に自分の主張に合った数字をピックアップしてるだけなら(そしてその可能性が高いのだが)、この番組は「世界一受けたくない授業」と言ってもいいかもしれない。
 ――おっと、比較対象もないのに「世界一」なんて言っちゃあいけないな、危ない危ない(笑)
 
 
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