「旅の記録」の段(2004.7.23〜)
朝、目が覚めたら6時すぎであった。目覚ましをかけたのが7時だから1時間も早い。興奮しすぎて寝られない遠足前の小学生か、俺は。
しかし、目が覚めてしまったからには仕方が無いので、普通に朝食を済まして出発する。こういう時間の融通がきくというかいきあたりばったりができるのが「旅」のいいところだ。
通勤客に紛れてまずは尼崎から大阪ときて、京都へ到着。実は降りる必要はなかったのだが、途中下車ができるのにしないっていうのは申し訳無い(誰に!?)ので、降りてみる。それでとりあえず来たという証拠に駅ビルを撮影&新選組のストラップをお土産に購入して再び電車に乗る。
そして東西の分かれ目っぽい米原に到着。以前来た時も思ったのだが、驚くほど何も無い。駅を出てもお土産売り場らしきものさえも存在しない。次に降りた大垣はある程度都会だったが、お土産はなさそうだった。何の特徴もない地方都市というわけだ。ここに来てエスカレーターが右側通行になっていた。右手で手すりを持ってる方が安全なのに、ねぇ?
お次は第三の都(?)名古屋に到着。予定より大分早いペースで来ているので、予定では帰りに寄る予定を変更して行きしなに寄っていくことにする。ついでにいい時間なので昼飯もここでとる。
で、昼飯だが、名古屋名物といえば、味噌カツ、ひつまぶし、名古屋コーチン、モーニング(?)といったところだが、味噌カツ気分だったのでそれ系の店を探すことにする。
結局食べたのは「ねぎマグロセット」――味噌ヒレカツ二枚とねぎマグロ丼、味噌汁、茶碗蒸しで950円。食い終わるとちょっと気持悪くなるぐらいのボリュームだったので、なかなかに良い選択だったように思う。味噌カツの味はといえば、まあ、普通に美味しかった。ちょっと甘いような気はするけど。
あと、お土産にいくつかストラップ等を数点購入した。
そして名古屋からは中央本線を突き進む。新快速がなく、快速と普通しかないのがいかにもな感じだ。ちなみに大垣あたりから(つまりJR西日本の外)長椅子の座席にくぼみができていて、座る人数がきっちりと規定されていた。噂には聞いていたが、大したものだ。太ってる人にはつらそうなのだけれども。
んな感じでたらたら電車にゆられてたどりついたのが多治見。――なんていうか、多治見って聞くと反射的に「八つ墓村?」と思ってしまうのですが(笑) あっちは岡山県なんだけれども。
お次は中津川で乗り換え。ここは本当に単なる乗り変えで駅の外には出なかった。ここでようやくあらかじめ目安として立てた予定に追いつかれる。電車の本数が少ないからしょうがないんだろうけど。
そして次なる停車地は松本。本来ならば途中の塩尻で降りて乗り換えねばならないのだが「そんな無名な土地ではみやげ物の店もあるまい」ということで終点の松本まで行く。ビバ無計画!
結果、いろいろと土産(「ハイジのストラップ」(山つながり?)とか)を買えたのだが、当然のことながら時間が遅れてきた。もっとも、俺としてはフロントがしまるまでに予約したビジネスホテルにたどり着きさえすればOKなので特には気にしない。
ここで甲府行きの電車を30分近く待たされたのだが、路線図を見て辰野行きに乗って、塩尻で乗り換えたらこんなに待たなくてもよかったのでは?――と気づいた時には既に辰野行きの電車は出ていた。ううむ、愚か者。
ちなみにここいらの(といっても降りた駅の情報しかないのだが)駅のトイレなのだが、普段見なれぬ扉がある。いや、もちろん個室に扉はあるのだが、それとは別に入口に扉があるのだ。こういう公衆トイレには入口がない解放型という固定観念のある俺としては奇異に感じた。つーか、用をたしてる時に扉がいきなり開いたりすると驚いて止まるんですが(何が)
さて、ようやく甲府。なんか松本からここまで来るのがえらく長く感じた。やっぱ「普通」だからだろうか、あるいはこの旅に飽きてきたからだろうか? まあ、それはともかくとして甲府に到着。さすがに7時過ぎともなると日も暮れて景色なんぞ目に入らなくなっている。(もっともそれまでも「山ばっか!」だったわけだけど)
ここでも地域限定グッズを買い、ついでに夕食もここでとることにする。予想ではここが最後の都会(失礼な想像)なので、ここで食べはぐれるとコンビニのお世話にならんといかん羽目になりかねない。
――が、電車の時間がやばげだったので、まっとうな店で食べることは断念。ファーストフードで済ますことにする。一瞬ど―なるドナルドどっきどきにしようかと思ったのだが、せっかくの旅だし(?)燃すバーガ―にした。やや割高な気もするが、さんざん散財してるので全く気にならない。っていうかだんだん金銭感覚がマヒしてきているようで不安がつのる。
そして大月から富士急行で最終目的地の富士吉田へ。富士急行というのは妙な列車で、団体客専用車両と食堂車(なんというか普通の長椅子の車両の通路の真中にテーブルがあり、車両の中心部分に受付みたいな部分があってそこで地ビールを売っていた。最初見た時にはカジノのディーラーかと思った)と普通の車両が全部つながってるのだ。でも長さは5、6両ぐらいだ。盛りだくさんだな、おい。
富士吉田駅には標高が書いてあったのだが、ここで809mらしい。ってことは「縦に」あと2km以上登らなきゃならんわけだ。今さらながらによくやるよな、俺は。
んで、駅から歩いて数分のところにある予約していたビジネスホテルにチェックイン。電話で9時から10時ぐらいに着く予定と言ってあったのだが、着いたのは実に9:50。あんだけ寄り道してピッタリの時間とはなかなかやるな、俺。
こういうとこに宿をとるのは実は初めてなので、見るものがみな珍しい。
まず料金が前払いであった。最後に清算するんじゃないの? と思ったが、部屋に入って納得。そもそも部屋に冷蔵庫が無いので最初に徴収した方がとりっぱぐれが無くてよいのだ。
部屋に入った感想は「わあー、狭いっ!(笑)」。なるほど一人でただ泊まるだけならこれでも十分ということか。そしてシングルの部屋なのに何故かソファーにもう一人寝れるようの寝具があった。シングルに二人で泊まってもいいってことなんだろうか?(こんな狭いところで二人・・・しかも一人はソファーベッド。どんな関係の二人なのか) ちなみに部屋はオートロックじゃないのでちょっと廊下に出るのも安心だ(そうなの?)
そして歯ブラシ、シャンプー、剃刀は備えつけてない。フロントで1個50円で買わなきゃならん。浴衣とバスタオルは備えつけてあった。浴衣もバスタオルも2セットあったので、やっぱり二人で泊まるのか。どんな関係だ(知らないよ)
あと、予想はしていたがユニットバス――トイレと風呂が一緒になったやつ――だった。なんで便所という衛星的でるべきだけどやっぱちょっと不潔な場所と、風呂という最も清潔な場所が一緒なのか理解に苦しむ。風呂入ってて臭いってどういうことなのか? これがスタンダードなのが不思議でならない。とはいえ、使ってみて初めてわかることもあるわけで、外国映画とかでカーテン越しにシャワーを浴びててじりじり音楽が高まってきゃ―なシーンがよくあるが、なんでカーテンしめてるかがやっと理解できた。今までずっと「なんだってあんなとこでカーテン閉めて狭くしてるんだ落ちつかないじゃないか閉所恐怖症の人は大変だし」と思っていたのだが、あのカーテンを閉めないとトイレが水びたしになってしまうのだ。そりゃあいきなり襲われるリスク(?)があってもカーテンはしめなきゃならんわなぁ。納得である。
しかし、湯舟(っていうかバスタブか)にお湯をためてからシャワーでシャンプーするとお湯に髪の毛やら流したシャンプーやらが浮いて大変なことになってしまうが、シャワーを浴びてから湯舟にお湯をためてたのでは待ってる間に風邪をひいてしまう。今回は湯舟にお湯をはってくつろいでからお湯を抜いてシャンプーしたのだが、どうするのが正しい作法なのだろうか? さっぱりわからない。
ちなみにこういうのに付き物の有料アダルトテレビは見てません。なんで富士登山前の大事な体をほてらせなきゃならんのだ――いや、けっしてやってる番組が好みじゃなかったとかそういうわけではありませんともさ(笑)
あと、置いてあった時計が30分近くも遅れていた。これはきっとチェックアウト時間を間違えさせて超過料金を取るためだ。あくどいやり方もあったものである。単に管理が行き届いてないだけなんて、そんなまさか。
たまたまやってたトトロを見終わって、そろそろ明日に備えて寝るので、今日電車で読んだ本について書いておく。
まずは小野不由美の「魔性の子」――十二国記の外伝で泰麒のお話。予備知識のある私はそれなりに楽しめたのだが、予備知識なしで単体でこれだけ読んだらえらく中ぶらりんな印象を受けたかも。
次に恩田陸の「六番目の小夜子」――青春小説として読めば、まあ絶賛はしないにしても、読める。ファンタジーノベルとして発表されたのだからそれでもいいのかもしれないが、謎な部分が未解決でほったらかしで終わってるので、なんというか「落ちつかない」というのが率直な感想。
最後に同じく恩田陸の「三月は深き紅の淵を」――連作短編というか、同じモチーフを入れ子構造にした小説というか、ちょっと変わった趣向の本だった。それぞれの章ごとを読めば、絶賛はしないにしてもそれなりに面白かった。が、作者の趣向が成功したかというと、どうなんだろ? 私自身はあまり良い読者ではないらしい。あんまり感銘を受けなかった。まだ「小夜子」の方が荒削りながらも強い印象に残っている。
――ということで、とりあえずおやすみなさい。
さて、二日目。これが富士登山のメインであり、ぶっつけ本番な日というわけだ。
目覚ましは7時にセットしたのだが、どうにも6時前ぐらいから目を覚ます。興奮状態にあることに加えて普段の習慣がこの時間に目を覚まさせるようだ。しかしフロントが開いてチェックアウトできるのは7時からなので当初の予定通りに7時に起きることにする。ようするに布団の中でごろごろして携帯のアラームが鳴るのをじっと待ってたというわけだ。
それで7時半頃にチェックアウトして一路浅間神社へ――と行きたいところだが、スタートのスタートということで駅前まで戻り、鳥居から出発することにする。朝食はコンビニでおにぎりでも買おうかと思ったのだが、途中で吉野屋が目に入ったのでカレー丼で済ます。ちなみにローソンにも寄って、おにぎりを3個と2lの水、500mlのスポーツ飲料を買う。2.5kg以上は確実に増えたので当然だが、リュックが急に重たくなる。
そして浅間神社へ。ここでの目的は「金剛杖」のゲットである。信仰心というものの持ち合わせのない俺にはお参りなどどうでもよいのだ。
と、ここでいきなり道を間違ったので引き返して神社境内へ。何やら境内の隅で鹿を買っていたがそんなことはどうでもよく、まっすぐ売店を目指す。が、朝が早すぎたためか閉まっている。おおっといきなりここでブレーキか? はっきり言って待ってる時間なんてないぞ――と焦ったのだが、社務所に行ってみるとお守りやら何やらと一緒に売っていたので無事に手に入れることができた。ちなみに売り子の巫女さんがひどく愛想が悪かったのが印象深い。なんか巫女さん=いつも笑顔なイメージがあるのだが、正月だけか。
それで杖には神社オリジナルの朱印を押してもらえるのだが、普通に杖をつきながら歩いていて妙な感触に手を見ると赤く染まっていて驚いた。単に、朱印が乾ききってなくて手についたっていうだけなんだが、なんというか殺人現場に行き合わせてナイフをなにげなく拾ったら血まみれだったって感じだ。杖の方も印が歪んでいてがっかりである。
そして続いて吉田口登山道を歩いていくわけだが、なんか延々普通の舗装された道路を歩いていくので不安になり、一度戻って看板を確認したりということもしたりした。それで一応「これが吉田口登山道だ」と確認したはずなのだが、それでもず〜っと何のチェックポイントもなしに普通の道路横の歩道を歩かされるとなんだか道を間違っているような気がしてきて不安になる。
でもまあ、結局はその道で合っていたわけで、最近になって市が整備したっていう登山道の入口を示す看板が出てきた。それでせっかくだしってことでその林道の方を進むことにする。
林道もひたすらに歩くだけなのだが、人っ子一人いやしない。これじゃあ自殺もし放題だなとか思いつつ、こんなところで何かハプニングが起こっても誰も助けにこれないんじゃないか――と思ったらすぐ近くを車が通りすぎる音。どうもこの林道、車の通れる登山道から数メートル離れたところでずっと並行しているらしい。
さすがに林道なだけあって直接日差しにあぶられることもなく、わりと涼しい散歩道といった風情なのだが、さすがに富士山のおひざ元、溶岩のかけらがゴロゴロしていて歩きづらい部分がある。それと何故か撒かれた明らかに人造の砕かれたタイルがいわくありげで不吉な感じだ。第一のチェックポイントの中ノ茶屋へたどり着く前に杖に付いていた鈴が紐がちぎれて脱落するし、朝神社に24歳の男は本厄だとか書いてあったし、いかにも幸先が悪い。
それで第一チェックポイントの中ノ茶屋はまだ開店してなかったので、外のベンチで一服し、つながれていた犬の写真を撮ったりした後、再び林道をひた進む。で、看板には「大石茶屋跡」っていうのが第二のチェックポイントとしてあるはずなのだが、いつの間にやらそこに気づかずに馬返まで到着していた。この馬返っていうのは、昔はここで馬を返して徒歩で人間が登っていったから付いた名前なのだそうだが、現在はここまで車で来ることが可能になっている。距離的にはここまでで鳥居から頂上までの半分ぐらい、なのだそうだ。
この馬返の地点はどうも順路があったようなのだが、俺はここが大石茶屋跡なのかと勘違いしたので、見えてる道路ではなく柵を乗り越えて林道を突っ切ろうとしてしまった。が、横のほうに神社らしきものが見えたのでそちらの方に行ってみると、さらに下の方で人の声がする。それでつい人恋しくなって?そちらに行ってみると、2人の女性からお茶を勧められた。
ありがたくその冷たい麦茶を飲んで一服しながら聞いた話では、ここは馬返の茶店で、彼女達は市のボランティアで、ここに訪れる人達に3時ぐらいまでこうしてもてなしているらしい。一瞬置いてあった富士山のパンフを見て「ああ、こういうのを売りつけようっていうんかな」と思ってしまったのが恥ずかしい。善意をそのままで受けとれないひねくれた性格になってしまっているようだ。
2人はなんとも話しやすいタイプの人達で、今日はまだ人が少ないとか、この記念帳に何か書いてってとか、あめちゃん持ってってとか、いろいろ話をした。それでどっから来たと最初に聞かれた時に関西だと答えるとやっぱりと言われた。そんなに関西人丸だしなのだろうか。あと、大学生かと聞かれたので一応社会人だと答えるとへえあんまり若いからと言われた。今冷静に考えてみるとこの言葉は年より若く見えるという意味と大学に行かずに就職してる人なんだという意味の2通りの解釈ができるな――誤解してなきゃいいけど。それと普段から山とかによく登るのかという問いにバリバリのインドア派ですよと答えるとやっぱりねと言われた。生っちろくて申し訳無い。あるいはワイルドさがたりんのか。ひげか、ひげなのか。
それはともかくとして、2人は頂上まで登ったことがないらしかった。それでもわざわざ関西からこうしてやってくる俺のようなのを見ると富士山にはやっぱり魅力があるんだろうねえとかそんなことを言っていた。俺としては、富士山を目指すのは俺がバカだからだろうと思うのだが。バカと煙は高いところが好きらしいし。
そんなこんなで馬返を出発し、こんどは山道をひたすら歩く。今度は完全な山歩きで、ある程度ごとに○合目というチェックポイントがあるので休憩がとりやすい。道も火山れきがゴロゴロしているわけじゃないし。それに若干ではあったが、下山者とすれちがうこともあった。まぁ、合計で10指に余るぐらいなのだが、それでも誰とも会わなかった馬返までと比べると大違いだ。
しかし、ここの山道にあるのは見事なまでに廃屋だらけである。5合目まで車で行けるようになったせいで、人がいなくなり、いつしか廃墟と化す――無残なものだ。
それで、山道の途中にある廃墟の神社でおおにぎりをパクつく。罰当たりめ。ちなみにご神体のあるところだけ金網のフェンスで囲われ、その前に真新しい小さい鳥居が作ってあったのが妙に笑えた。傍から見ると高圧電流が流れてるので注意、のようにしか見えない。
ちなみに江戸時代まではこの神社のとこまでしか女性は来ては行けなかったらしい。さらに言えば(閉鎖されていた)最初の山小屋のある5合目の御座石のところまでは60年に一度、庚申(だったと思う)の年にだけはそこまで登ることが許されたそうだ。そして知りあいの女性は今、登ることができるのにばっかじゃないのときたもんだ。ふぐぅ。
と、3合目あたりで右膝に痛みを感じるようになる。最近ジョギングをしていた時から感じていた痛みがやはり出てきたのだ。そしてこれが後々重大な意味を帯びることになってしまう・・・
ところで山道を歩いていると、すぐにでも休憩したいもんだから、幻覚が見えてしょうがない。つまり、曲がり角とかを見る度に木の影に屋根があるような幻を見て、「ここはチェックポイントだから休憩してもいいんだ」という自分への許可を求めつづけるのである。それでも何回かは確かに何かあったのだが、ほとんどの場合はやっぱり木かという落胆で終わることが多い。
それにしても前の六甲山の時にも味わったことだが、さんざ苦労して登り詰めた末に車道にたどり着くと非常に凹む。今回は5合目の終点、開業している最初の山小屋である佐藤小屋の直前にその道はあった。っていうか、ここまで道路が来てるから開業してるんだろうけど。
ここで最初の焼印をゲットし、続いて6合目の山小屋へ。ここへは本当に目と鼻の先だったのだが、この時、雨が降り出した。一応レインウェアなどに着替えてはみたが、幸いにも通り雨だったようで、ちょっと進んだところにある坊主の石像のところで雨宿りをしているうちに止んでくれて、非常に助かった。
関係無いが、6合目の小屋で今夜7時半からウチでジャズのコンサートをするから早く戻って来れるようなら見に来てねみたいなことを言われたのだが、実際はその時間帯には8合目辺りで死にかけていた。どちらが有意義な時間なのかはあえてコメントしないが。
そしてその後、河口湖コース――去年ツアーで参加したコースと合流する。すると、あきれるくらい人が増えた。ここまでが完全に孤独な一人旅だったのが、もはやツアー客が渋滞していればその末尾にくっついて登るという具合になってしまった。あまりにも人が多すぎて雰囲気台無しである。中には犬(ミニコリー?)を連れて登っている人までいた。7合目ぐらいまではその姿を確認していたのだが、その後どうなったのかは知らない。まさか頂上にたどり着けたとは思わないけど。
それでまぁ、そんなこんなで存在する山小屋の焼印を全部ゲットしつつ登っていった。前回の教訓から我慢せずに喉がかわいたら高かろうがジュースを買った方がいいということもわかっていたので惜しげもなく金を使って進んでいく。
8合目あたりの山小屋で買ったカップラーメンは気温が低くなりつつあったころもあってか、今までどんな時に食べたカップラーメンよりも美味に感じた。下界では200円以下のものが600円したのはご愛嬌だが、カップラーメンで汁まで飲み干すというのはひどく久しぶりの経験であった。
しかし、右膝の痛みはますますひどくなり、杖でなるべくサポートしながら登る、というやっかいな状況が続く。そして8合目あたりから、ついに来てしまったのだ――高山病が。
前回よりは程度がやや軽いのはふもとから登ったからなのか水分をとってるのかからなのかはわからないが、視野が狭窄するまでには到らない。が、頭痛はひどいし、少し動くだけで息切れがするしでどうにも辛い。携帯酸素を吸ってみても、なんだか喉が渇くだけで症状が改善されているのかは正直よくわからなかった。ここはやはり一緒に並んで置いてあった「食べる酸素」(タブレット状のもの)を買っておくべきだったか・・・ともかく酷いありさまであった。
んで、死にそうになりつつもたどり着いた頂上前の最後の山小屋(たしか御来光館とかそんな名前だったと思う)でショックなことに焼印が終わってしまっていた。日が沈んだとはいえまだ8時前なのに――と思ったが、よくよく考えてみると大抵のツアー客はここより下で宿をとって、もっと遅い時間帯にここを通過していくので、日が沈んでしまって以後も焼印サービスを続ける意味があまりないのだ。しかしそれにしても、結果的にはここ以外は登下山での焼印をコンプリートできたので、がりゅ〜てんせ〜を欠くことになって非常に残念である。
ちなみにこの時既に、体は死にかけである。頭は痛いし膝は痛いしで、3歩歩いたら杖に寄っかかって立ったまま小休止というのを繰り返して進んでいるのだ。それもちょっとずつでも進んでいればいつかはゴールできるという殊勝な気持というよりは、登りきらないと帰れないという一刻も早く帰りたいという一心での行動なのが情けない。
そして8合目の最後の山小屋から頂上まで、ノンストップどころか3歩進んで2呼吸休むのリズムで折れそうになる心をなだめすかしながらゆっくりと進んでいく。
前述のとおり、大抵のツアー客は山小屋で仮眠をとってから再び登るので、この8時以降っていう時間は登ってる人間はほとんどいない。だから、闇の中を自分の懐中電灯の光だけを頼りに登っていくのだ。時々はヘッドライトをつけた別の登山者が追い越していくが、それも2、3のグループだけで、完全な孤独。最初の山道は陽光に照らされていたから別にさみしくもなかったが、こうなってくると話が別というのもむべなるかな、だ。
8合目から頂上までの途中にぽつんと鳥居が立っているのだが(これが9合目の印なのか?)、てっきりそれでゴールが間近なのかと思ったら全然そんなことはなく、まだまだ登り道が控えていることに絶望的な気分を味わった。って、なんか去年も同じようなことがあったような気がしないでもないけど。
そしてその頂上までの道の半ばで、あまりの疲労に坂の外れに寝転がって、両手を組んだのを枕代わりに星を見上げた。するとどうしたことか、星が動くのだ。流れ星かとも思ったが、動きがやけに緩慢で、なおかつ不規則だ――っていうか富士山麓でUFOを目撃!? とか思ったが、よくよく見れば動いてる(ように見える)その星と周囲の星の相対位置は変わっていない。ということは・・・神経が酔ってるみたいにおかしくなってるってことか! かなり笑いごとではないのだが、その時は妙に面白かった。それで、あ〜っ星がきれい、とか思ってるうちに道端で眠ってしまった。見る人がいれば間違い無く行き倒れだ。実際行き倒れに近いと言えば近いのだけど。
目がふっと覚めた時に気分が良くなってる、ということがあれば多いに結構なのだが、現実は甘くない。やっぱり膝の痛みと頭痛に悩まされつづけたのは言うまでもない。結局のところ眠っていたのは30分とも1時間ともつかない。寝る気で寝たわけでもないので時間は確認していなかったのだから仕方がない。
んでもって、ようやく「なんでこんなんしてるんだろ」「早く家に帰りたい」「風呂に入りたい」という呪疎を吐きつつも頂上にたどり着いたのが実に10時45分頃。実に15時間以上かかったわけだ。もっとも、最後の山小屋の看板に頂上まで60分とあるところを2時間半以上かかって登ってるわけで、ラストの高山病になって以後のペースダウンが酷かったので、それがなければもっと早く登れただろうと思われる。なんてったって登山マラソンの選手は5時間未満で駆けあがるわけだし。あと右膝の故障さえなければ、時間はかなり短縮できていただろうと思われる。
そして頂上に着いてから誤算が発覚した。頂上の山小屋が開いてないのだ。去年登った時には開いてたからてっきりずっと開いてるものかと思ったら、開店していなかったのだ。
というわけで外のベンチで寒さに震えながら夜明けを待つハメになる。
最初に話しかけてきたのは中国人か韓国人か、とにかくアジア系の人で、片言の日本語で話しかけてきた。どうも寒くて我慢できないので、山小屋の人に中に入れさせてくれと交渉して欲しいということらしい。それでその人が持ってきたパンフにあった番号に電話してみたのだが、結局つながらなかった。
次に話しかけてきたのは同じく登ってきたもののどうしていいかよくわからない青年であった。話によると山口出身で現在静岡に住んでいる浪人生だそうで、突然思い立って登ってきたということらしい。年齢が近い(こともないか)こともあって話しやすかったのか、彼とは日の出まで行動を共にした。
彼は高山病になどまったくかからず、御殿場口から5時間たらずで登ってきて「案外ちょろい」と感想をもらした。いるところにはいるもんだ、というかそういう体質の人がうらやましい。
そしてもう一つ誤算だったのが、去年の教訓を生かして持ってきた使い捨てカイロが全く機能しなかったことだ。家から持ってきたやつなのだが、使えないのもそのはず、使用期限が1999年になっていた。そりゃあ完全に酸化しきって。かたくなったりもしてるわな。つーか、そんな使えないものを御生大事にしまっとくなよ! 全く。
んで、その後の時間をいかようにしてつぶしたのかと言えば、メールのやりとりをしていたのである。そんな深夜の3時とかにメール? と思われるかもしれないが、ちょうどやってた27時間テレビを見てるというので、遠慮無くメールすることができたのだ。
そうこうする内にツアー客の集団がやってき始め、最初の閑散とした状況が嘘のようごったがえし始めた。すると3時ぐらいになってようやく山小屋も開き、中で暖をとることが可能となった。まぁ、その暖をとることの代償として800円のミソラーメンを買うはめにはなったけど。
御来光は今年もよく見ることができたどうだっていうことでもないのだけれど。
そして去年は余裕が無くてできなかった「お鉢めぐり」をする。火口ものぞきこんでみたのだが、奈落の底に通じる穴があいているというイメージと違って、普通に底のあるすり鉢状の場所であった。
んで、この旅最大の誤算。――正直今でも思いだすと非常にムカつく。
去年は既に閉鎖されていた山頂郵便局。6時から業務開始ってことで10分前ぐらいから並んで開くのを待つ。目当てはここでしか売っていない「登山証明書」である。
だが、しかし、この「登山証明書」が俺の目の前で売りきれやがったのだ。ほんの10人程度にしか売っていないのに、いきなり売りきれである。これにはさすがの俺もキレそうになった。そんな先着10名しか買えないような観光地の名物なんてありえない。そんなかさばるもんでもなし、ちゃんと十分な量を入荷しておくのが筋というものではなかろうか。民間だったらこんなのありえない。お役所体質がぜんっぜん改善されてない。この旅の目的の半分(もう半分は麓から登ること)が達成できなかったこの結果には多いに不満だ。――全く、信じられない。
精神に多大なダメージを負った俺が次に目指したのは富士山の頂上の、その中でも一番高い剣が峰である。当然のことながらさらに登らねばならなかったので、また気分が悪くなってしまった。まあ、記念にはなったんだけど。
それでもういい加減、色々なことにうんざりしてしまったので、下山することにした。今度は富士山を南東に抜ける御殿場口ルートだ。なんでも砂走りというのが名物で、下山専用にする人も多いルートらしい。
で、まぁ下り始めたわけだが、最初の印象はなかなかよかった。去年の河口湖ルートの下山道は足元が良く滑るので常にブレーキをかけながら降りねばならず、膝に負担がかかったのだが、こちらのルートは普通に下れたのでわりに負担が軽かった――砂走りまでは。
名物と呼ばれる砂走り。砂礫地を一気に駆け下りるのが快感という話だったのだが、砂に一歩一歩をめりこませながら走ることになるので膝に大きな負担がかかった。例えるならふくらはぎまでの深さしか水の入ってないプールで走るようなもので、一歩一歩が、重いのだ。
また、今回は普通のスニーカーで行ったので、どんどん砂礫が靴の中に入ってくる。これをいちいち気にして取り除いてたららちがあかないなってことで、入ってくるにまかせてそのまま走ることにした。実際問題、それ以外に選択肢はなかったのだが、後で風呂に入った時に足を見てみたら、かかとの横あたりに水膨れができていて、しかもそれが真っ黒に染まっていた・・・つまり皮膚の下にまで浸食していたのだ。その部分は皮を破って中の黒いのを取りだしたのだが、今でもそこがずきずき痛む。何せ赤黒い肉がむき出しになっているのだ、皮が再生するまでしばらくこの痛みが続くと思うと鬱だ。
おまけにこの砂走り、距離がやたらと長い。砂煙で前は見えないし、目印らしきものもないので、どれだけ行っても同じ風景でどこまで進んだのか見当がつかないのだ。さらにはや〜っとゴールかと思った5合目までたどり着いたかと思えば、バス停までさらに2kmほど同じような砂礫の未地が続くのだ。
結局は俺のスニーカーは砂まみれになったあげく、穴はあくし、膝は折れそうに痛むしでさんざんであった。少なくともこの御殿場口を行く場合に関してはくるぶしまで覆う靴かスパッツがあった方がよいようだ。
それでなんとか5合目までたどり着くにはたどり着いたのだが、ちょうど8分ほど前にバスが出たところで、あと1時間ほど待たないと次のバスは来ないという状態であった。すると駐車場の方から太鼓の音が響いてきたので、ふらふらと誘われるようにそちらへ向かった。そこで行われていたのは第19回富士太鼓祭りとかいうものだった。それで屋台を見て回って何か食べようかと思っていたら、スイカ割りコーナーのおっちゃんに声をかけられてスイカをごちそうになった。普通のスイカではあったが、なかなかおいしかった。
この祭り自体は折りからの散発的な通り雨のせいで進行がトラブっていたようだが、俺はといえば屋台で250円のモツ煮なるものを食べた。つい食べたことがないものを注文するのは性格だが、お味の方はおでんのようなものの中に豚の内臓(腸と思われる)が入ってるというのをイメージしてもらえればわかりやすいと思われる。
そしてバスに乗って下山。御殿場駅に着いたのが実に午後1時半頃のことである。これは本来ならば十分にその日の内に家に帰れる時間だ。だが、あの、クソいまいましい「ヘルシーパーク裾野」に騙されたばっかりに・・・
それというのも、下山したらすぐに風呂に入りたいな〜と思っていたので、出発する前に事前に地元の銭湯とかを探してみたのだ。だが、あいにくと午後3時以降でないと開かないとか、評判が悪いとか、そんなんばっかりだったので、調査範囲を広げたのだが、3駅ほど離れたところによさげな温泉施設が見つかった。それが件の「ヘルシーパーク裾野」なのだが、そこの公式サイトの
地図
を見て、駅から近そうだったのでそこに行くことにして、地図を印刷して持っていったのだ。
だが、しかし、あろうことかその地図そのものがトラップだったのだ。なんとこの地図、駅から離れるにつれて縮尺がどんどん小さくなりやがっていたのだ。どうも均等な縮尺でなく、ドライバーの脳内での感覚地図をそのまま形にしたらしい。地図上では遠くても15分もあれば着けそうなのに、実際には1時間近く歩いた末、やっとここの角を曲がればすぐそこに――のはずが角を曲がった時点で「この先3.7km」の看板が目に入った時には本気でぶちキレた。縮尺が絶対ありえないことになっている。お前は放射図法でも使ってるのかと担当者の胸ぐらを掴んで後ろの壁にがっつんがっつんしながら問いただしたいところだ。
その時点でもう、3時である。駅に戻りたくともタクシーなんて走っていない。本当に何もないところなのだ。と、そこでひらめいた。駅とそのヘルスセンターの間にはバスがあるに違いない。ならばバス停でバスを拾えば多少は早くたどり着けるに違いないと。
そうにらんだ俺はバスの通りそうなところを進んでいくと、案の定バス停があった。しかし、時間表を見るとバスの本数はやたらと少なく、1日に3本しか走っていなかった。それで次の最終バスが来るのが40分後。歩いて向かうのと大差ないので、俺は待つことにした。諦めて駅まで歩いて帰るという選択もあったのだが、ここまで来て風呂に入らなかったらそれこそバカみたいだってんで、ほとんど意地のようなものだ。
そしてそして40分後――バスは来なかった。45分たってもこなかった。いつまでたってもこなかった。あまりにも来ないのでバス停に書いてある内容をよく見ると「土・日・祝日は運休」と小さい字で書いてあった・・・ありえねぇ! ありえねぇったらありえねぇ! 俺は事前に日曜日もそこが開いてることを確認していたのだ。だが、そこが開いてるのにシャトルバスだけが運休してるってどういうこったよ!! つーか、こういう施設は土・日・祝日こそがメインだろ!? なんでバスが休んでんの!? ありえないにもほどがある!!
――こうして怒りと絶望の内に、俺はとぼとぼと歩いて駅に帰ったのだった。なんでこんなしょ〜もない理由で一泊増やさなきゃならんのか・・・理不尽すぎる・・・
で、駅へ歩いて戻る途中、どうせ使わないんだからということで、コンビニに寄ってコートやら上着やらをまとめて宅急便で送った。これも本来は風呂に入った後で着替えて、汚れ物も全部送るつもりだったのだが、予定通りにいかなかったのだ。ちなみにコンビニの店員さんに「杖」も送れるかどうかを尋ねたら驚くべきことにOKだったのでそれも送った。とりあえず何でも言ってみるものだ。
こうして身軽になって考えるのはやはり風呂のこと。もう一刻も早く体を洗いたいのに既に午後5時・・・無駄な3時間が非常に痛い。一瞬、事前に調査した沼津駅前のカプセルホテルに附属する風呂にしようかとも思ったが、ここで俺はひらめいた。もうどうせ明日にならにゃ帰れないんだから逆方向に進んでみるか、と。つまり、目的地は熱海に変更である。今さらだが、最初っからこうしておけば良かったのに――後悔先に立たず。
熱海に到着はしたものの初めての土地で不案内な上に時間をかけるわけにもいかないので、最初に目に入った「立ち寄り温泉」の看板のホテルを目指し、そこの風呂に入った。1500円で貸しタオル付きだから、まあ越すとパフォーマンスは悪くない。
風呂から上がって7時半。ここからどこまで進めるか、時間との勝負だ。
まずは熱海から静岡へ。ここまでで既に9時を回る。次に静岡から浜松へ。
――と、ここで時間的には豊橋・名古屋へ行ける電車もあったのだが、「静岡限定のドラえもんストラップを買ってきて」という依頼を受けていた俺は浜松のうなぎドラえもんストラップを買うため、売店が閉まっていたので再び売店が開くまで一泊することになった。実を言うと「富士山ドラえもん」や「みかんドラえもん」は既に買っていたのだが、どれが欲しがってる「静岡限定」なのかわからないのでとりあえずそろえることにしたのだ。
とはいっても、そのためにホテルに泊まるのも馬鹿らしいので、インターネットカフェとか漫画喫茶かなんかないかと探したのだが、微妙な都会である浜松の駅周辺にはそれらしい施設が見当たらなかった。ある程度発達した駅前にはつきものだと思っていたのだが、そうでもないらしい。
と、その時雨が降りだし、決断を迫られた俺はファミレスの某ロイホで夜明かしすることにする。ずっと居すわる魂胆なので、ちょっと高めのステーキセットとドリンクバーを注文する。だが、それでも2000円で泊まれる宿なんてないから安上がりと言えば安上がりだ。
それでつらつらとこうして文章などを書いている。そうでもしないと朝まで間がもたない。PDAは電池切れなのでとりあえず紙の上にペンを走らせている。これをまた入力し直すのだから二度手間だ。
やはり2日連続でほぼ徹夜というのは辛いものがある。おまけに外は雨――それにつけてもあのヘルスセンターには腹が立つ!!
旅の最終日がやってきた。明日は仕事だから否応無しに帰らねばならない。
朝の5時頃、雨も止んだようだったのでファミレスを出て駅に向かう。電車は動き始めていたが、売店が開くのは6:15分でまだまだ時間があったのでコンビニで雑誌を買って時間をつぶす。
そして売店が開き、目的のストラップを手に入れた俺は再び列車の旅に出る。次の目的地は名古屋。朝は名古屋名物の「モーニング」を食べるのだ。
――と、気づいたら終点の岐阜まで寝てしまって名古屋を通りすぎてしまった(笑) 仕方が無いので岐阜での乗り換えの間にカフェで朝食を取る。
そして岐阜から米原へ。米原からは東西線でほぼ一直線である。なんか疲れてたので特に印象に残るようなイベントもなく、淡々と帰った。最後のローカル線で寝過ごしてまた終点まで行ってしまって戻らなきゃならなくなったことからも疲れっぷりがうかがえる。
結局家にたどり着いたのは午後の2時。こうして俺の4日間にわたる旅は終わりを告げたのである。
それではまとめ。
命題「根性だけでなんとかなるか」はある意味正解で、ある意味不正解。確かに「も〜嫌だ」と思ってからも根性で先に進むことはできるし、小石が靴の中に入ってきてもスニーカーで歩くことはできる。その意味では正解。だが、後でその反動が確実に来るという意味では不正解と言って良いだろう。
ようするに無理をすればそのつけは払うことになるということ。当たり前だけれど。靴ずれは痛いし、疲れもなかなかとれない。
そしてお土産は非常にかさばる。いや、みんな知ってるかこれは。今回一番評判が良かったのは静岡のお茶犬のチョコの入ってた「箱」であった(苦笑) 中身より箱が人気とは・・・ま、味で言うならそこらのコンビニで十分に美味しいお菓子が買えるからな、仕方が無いか。
あと、昼間に登ったり、風呂を求めてさまよったりすると日焼けをする。なんかぼろぼろ皮がむけてしょうがない(特に鼻の頭とか) ちなみに会社の女の子には「ギャル男や」とか言われた。そんなに黒いか、俺? つーか何年前だよ、ギャル男って?(笑)
いやまあ、そんな感じ。写真はたくさんとったが、アップするのがめんどいので今回はなし。別にいいよな。