「名作小説に腐女子の影?」の段(2003.1.31)
まず知らない人も多いと思うので用語解説をしておくが、「腐女子」というのはボーイズラブと称してホモを好むというおよそ男には理解しがたい性癖を持つ女性のことを言いならわす用語である。
このことを念頭において以下の衝撃的な事実をお読み頂きたい。
私はしばしば自分の教養のなさを感じるので、時々突発的に名作小説とよばれている本を読むことにしている。
そして今回チョイスしたのはヘルマン・ヘッセの「車輪の下に」である。訳者によってはタイトルに「に」がついている場合とついていない場合があるが、内容は同じである。まあ高校の時の副読本の国語便覧に載っていたぐらいだから名作なんだろうということで読んでみたわけだ。
――が、これがかなりつまらない。文にも内容にもストーリーにもまったく魅かれるところがないのだ。
そんでまあ、ブンガクだからしゃ〜ね〜かってことで惰性で読んでいたんだが、いきなり衝撃的なシーンが目に飛び込んできたのである。
設定は、主人公のハンス(努力家の秀才)が男だけの全寮制の神学校で学んでいて、同室の少年ハイルナー(天才型でエキセントリック)が喧嘩に負けて部屋を出ていったので彼の元へ行ったという場面である。
では問題の文章をお読み頂こう。いっさい改変は加えていない。
『ゆっくりヘルマン・ハイルナーは片腕をさしのべてハンスの肩をつかみ、二人の顔がお互いにずっと近づくまで、それを引き寄せた。それからハンスは、彼の唇が自分の口にふれるのを感じて、えも言われぬほど驚いた。
彼の心臓は これまで全くなかったほどに苦しく動悸した。こんなふうに暗い一室で一緒にいて、しかも、こんなふうに接吻されることは、何か大胆な、奇妙な、おそらく、危険なことであった。』
そりゃそうだろ(笑)
それこそ腐女子の皆さんなら思わず「萌え〜」と叫んでしまいそうなシチュエーションである。どういう必然性があってこのシーンなのかさっぱりわからんが、ひょっとしたらヘッセの時代にも腐女子がいて「女の子受け」を狙って無理やりこんなシーンを入れたのかもしれん。
その証拠に先の衝撃的シーンの直後にこんな文がある。
『もし大人がこのささやかな情景を眺めたらとしたら、面映い友情の表示の、たよりない、おどおどした愛情と、二人の、真剣な、ほっそりした顔つきを見て、ひそかに喜んだことと思われる。二人とも愛らしく、将来有望な少年で、なかばはなお子供らしい優しさを具えており、なかばはすでにもう青年時代の、内気な、美しい勝気さをかね具えていたのである。』
普通は喜ばんだろ、絶対(笑)
喜ぶ者がいるとすればそれは腐女子だけであろう。っつ〜か、普通、男だったら自分が他の男からキスされることなんて想像するだに「サブイボの出る」行為だ。肯定する者がいる、これこそが当時も腐女子がいたという何よりの証である。
となるといつの時代も腐女子は存在したということになるのか――う〜む、ボーイズラブは永遠に不滅なり! ああ、嫌な世界だな・・・(笑)