「差別的表現の自由」の段(2001.12.12)
今日のゼミのテーマです。
要は「差別用語とされるものの使用を規制することと表現の自由との関係」というような話なのだが、根本的に政府による規制でなければ憲法の保障外なので、これが憲法ゼミのやることなのかときかれると大いに困るのだが、興味深い話なのでそれもまたよし。
例として挙げられたのが「ちびくろさんぼ」と「ハリー・ポッター」――後者のほうは文中に醜いものの表現として「兎口」という言葉が使われていて、抗議をうけて削除されたという事件――でした。
結局はっきりとした結論は出なかった(まあ、当然だが)がいろいろな考え方を知ることが出来た。
私自身の考え方でいけば、その表現で傷つく人がいる限り、できるかぎりそういう言葉は使わない方がいいというのが最初にある。しかし、それが表現の中で必然性があるかぎりはいちがいに否定することはできないとも思うのだ。
たとえば江戸時代の人が「きちがい」と言わずに「精神障害者」というのは不自然だ。
「あしたのジョー」では力石を殺してしまったジョーがそのイメージから相手の顔面を殴れなくなったことに対して丹下段平が「かたわになった」というのがあったんですが、後の版では「欠陥品だ」というように変わっていた。でも、段平なら「かたわになった」というべきではないかと私は思うのだ。
必然性があって、それが差別を助長しようとするという意思がない限り、むやみに変えたりすることはできないのではないのだろうか。注意書きなどを入れて断りをいれるぐらいの配慮はいるかもしれないが。
あと、何十年も前の作品を修正するというのもおかしいのではないかという話もあったが、確かに学術書などを改ざんするのはおかしいとおもうが、童話である「ちびくろさんぼ」の本質は主人公の名前ではないと考えられるので、主人公の名前を変えるぐらいのことはしてもいいのではないかなと思う。あるいは主人公を白人に変えるとかね。童話の場合は本質は物語そのものだと思うので。
なんだか文章にまとまりがなくなってきたのでこのへんでやめときますかな。
最近のゼミは発言してなかったが、今回は珍しく発言したということでいいとしよう。