「部屋とパソコンと私」の段(2001.11.14)


 以下の文章は、学校の法学データ分析という講義で「1000文字以上の文章を打ち込め」という課題が出たために書いたものです。
 これさえ読めば私のパソコン歴がわかる!?


 せっかくパソコンを使う講義の課題なのだから、記憶を探って私とパソコンの軌跡でも書こうかと思う。誰もそんなの読みたかないだろうけど、それはそれ、「課題」なのだから仕方が無いのだ。
 あと、タイトルは単にゴロがいいから付けただけで「部屋」には何の意味も無い。悪しからずご了承いただこう。

 さて、私の場合、ものごころついた時には家にパソコンがあった。当たり前といえば当たり前だが、親父のものである。
 当時はすごかった。いや、何がすごいかって、5インチフロッピー(でかくて黒くてぺらぺらの奴)どころではなく「カセットテープ」を使っていたのだ(外部に増設していたような気がする)。データを読み込むのに30分ぐらいかかっていたんじゃなかったろうか? 信じられないかもしれないが私の記憶ではそうなっている。嘘ではない。

 やがて気づいた時には「PC―8801」(機種名です)になっていた。このころは5インチフロッピーである。マウスもなくてキーボードだけだったような気がする。
 けっこうゲームでも遊んだものだ。というか子供にとってパソコンはゲーム機と同義である。「イース」(ゲーム名ね)なんて今も復刻版がでるぐらいだから、当時も面白かった。現在から見ればグラフィックとかもしょぼしょぼに感じられるのかもしれないかもしれないが、昔はすっごくきれいだと感じたし、夢中にもなった。――現在の水準に慣れた今の子供達も10年後ぐらいには同じように思うのだろうか? ゲームの進化は早いからねえ。
 話を戻そう。再びパソコンの話だが、その頃は「BASIC」とかなんとかいうので、専門の雑誌にのっている数字と英字の羅列を打ち込むとプログラムを組めたもんだが、私は1回か2回やって飽きた。というか辛すぎて音を上げた。試しに手近の六法を開いてその内容をそのまま打ち込んでみよう。その3倍ぐらい(当社比)は辛いのだ。ありゃあ、確実に目を悪くする。
 そうそう、当時はフロッピーをフォーマット(初期化)するのにもいちいち「format :a」みたいな感じでコマンドを打ち込まなきゃいけなかった。おまけにフォーマットの際に「MS―DOS」のシステムを入れとくかどうかって違いもあった。どういう意味なのかは全然わかってなかったんだが、一応使い分けしてた記憶がある。まあ、わからないならわからないなりに使えるというのがパソコンの良い所なんだろう、たぶん。

 その次に家に来たパソコンは「286US」――通称「うっしー君」だ。(んな呼び方してる奴がどんだけいるんだ?)
 「PC―9801」の互換機――平たく言うとパチモンである。動くソフトは一緒なのでユーザーとしては問題はないのだが、たしかそのことでNECとEPSONがもめてたんじゃなかったかな。よく憶えてないけど。
 この時にはようやく3.5インチのフロッピー(今使ってる奴)になっていたが、ハードディスクはついてなかった。(CD―ROMやMOなんてもってのほか!!)
 ちなみに性能でいうと「88」のほうは8ビットなのでファミコン&PCエンジン相当、「うっしー君」のほうは16ビットなのでスーパーファミコン相当だ。(ちょっと乱暴な比較だが)
 それでも当時はけっこう高かったらしい。もっとも、親のものを使う子供としてはそんなこと気にもとめなかったんだけどね。
 このころ遊んでたゲームは「A列車で行こうV」とか「アトラス」とか。この辺は今やっても面白いんじゃないかな。このころ遊んだゲームの一つの「ロードモナーク」は「日本ファルコム」のホームページにてWindows版が無料でダウンロードできるので、ヒマな人は是非チェックしてみてほしいところだ。

 その後は親父が愛媛に単身赴任をしてしまったのでパソコンは長らく新しい機種は入らなかった。
 私の関わらない間に日本のパソコン界では「9821」や「タウンズ」、「X68000(ペケロッパ)」などのいろんな機種が滅んでいったらしい。昔はそれぞれ互換性なんてなかったのに今ではウィンドウズさえ動けばオールオッケーな世の中になってしまった。それを便利になったっていうのかゲイツに踊らされてると言うのかは好みの問題だけど。

 まあ、そんなこんなで長らくパソコンからは離れていた私ではあるが、兄貴が大学を卒業して家に帰ってきた去年、安くなってきたこともあって共同出資でパソコンを手に入れた。
 そして手に入れたものはそれまで知っていたパソコンとは似ても似つかぬものであった。
 ちょっとだけ浦島太郎の気持ちがわかった気がする。
 それからはもう我流でやってきたわけで、「サブリーダー」とか言われても大いに困るのだが、私の人生哲学は「なるようになる」なので指名されたからには状況に流されてみようかと思っている。
 「神は天にいまし世は全てこともなし」――たぶん大丈夫。たぶんね。

 ――と、課題も最初なので、あんまり変な文章にしないように押さえて(これでも!?)書きました。
 ところで他の人たちは「1000文字」っていう条件を満たしているかどうかどうやって判断してるのだろうか?
 「縦行数×横文字数」で算出?――いや、まさか一文字ずつ数えてるのか!?
 ちなみに私の場合は全体をコピー(記憶)&「ワード」にペースト(貼り付け)して「ワード」の「ツール」の「文字カウント」を使って数えてます。実に便利。まったく文明の利器ですねぇ。

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