「志望動機」の段(2001.7.12)
「志望動機」――口に出して言うとブルースリーの傑作映画「死亡遊戯」にちょっと似ているが、もちろん何の関係もない。
ぶっちゃけた話、今日「面接カード」だとか「調査表」だとかを書いたので、その話でも書こうかなと。
何で公務員を目指したかと言えば、一言で言って「安定しているから」――要は大企業志向の最たるものというわけだ。自分ってほら、保守的な人間だからね。
でも、そんな理由を書けるわけがない(笑)
そこで必然的に、公務員の中でもなぜこの職種を選んだのか、という理由を書くことになる。
地元の市役所の志望動機は簡単である。「この町で生まれ育ち、この町が好きだから」――これである。うさんくさいこと限りないが、いい人なら騙されるだろう。っていうか嘘じゃないし。
さて、問題は裁判所事務官とK察事務職である。
裁判所事務官は最初、“試験慣れ”するために受けたのだが、これも書けない(笑) それに今は裁判所事務官もいいかなと思い始めている。
実のところこの二つの仕事の志望動機は私の中では同じなのである。
それを少しだけ真面目ぶって以下に書きます。
私は昔から「正義とは何か」ということに興味を持っていました――昔というのは小学校の頃だったと思います。それで色々考えた結果、結論が出ました。
それは「百人の人間がいれば百通りの正義がある」というものです。
なんというかどうしようもない結論ですな(笑)
でも、事実がそうなのだから仕方がない。例えば少年法の改正についてなら、厳罰に処することが正しいと信じる人もいるし、“やり直し”の機会を与えることが正しいと信じる人もいる。そしてこのことは世の中のあらゆることにもあてはまる。
だが、それで終わってしまって良いわけではない。
そこて一つの考えとして「ルールを守る」ということを基準とした正義に思い至った。
その根本が一般の最大公約数的存在としての「法」ではないかと考えるようになった。
これが、ひいては法律に興味を持って、文系を選び、法学部に入ったきっかけとなったのだ。
そして「法を守る」――「正義を実現する」ことに携わる仕事をしたいということが志望動機なわけだ。
ここで「ルールを守っていればそれでいいか」という疑問をもたれる人もいるだろうが、これは絶対的なものではなく、相対的なものである。
例えば、理不尽な校則にも従わなければならないかという問いに対しては「校則の改正手続きが保証されているなら」という答えになるだろう。
それに、時と場合によってはルールを意図的に破ることもありうるだろう。急病人がいるのに速度制限を守れとはいえないとかね。
なんつーか、志望動機で「正義」なんて語るなんてこっぱずかしいというか、電波系? っていう気もしないでもないけど、割と本気だったりするから始末が悪いね、まったく(笑)