「性転換」の段(2001.6.6)
今日のゼミのテーマは「性転換」でした。基本的には性同一性障害の人に関する議論です。
性同一性障害というのは体と心の性別が違うことです。同性愛とは違うので誤解しないように。
性同一性障害の治療(「病気」とされている)には3種類あり、精神療法、ホルモン療法、性転換手術となっています。
それで最後の手段である「手術」についてまず考えてみようと思う。
まず、手術をすると原則的に生殖能力を失います。つまり不可逆的なものなのです。それで自然と「誰に手術をしていいか?」という問題が生じます。
手術の必要のなく“治療”可能な人やいい加減な気持ちで性転換したい人、商売のために性転換したい人にまで手術を認めても良いのか、という問題です。
ちなみに母体保護法ではちゃんとした理由が無いのに生殖能力を奪う手術をすることは禁じられており、罰則もあります。
私の意見としてはインフォームドコンセントの徹底とその過程での医師の判断に任せるしかないと思います。その中で「真摯に必要とする人」のみに手術すべきだと思います。
ただ、ゼミの議論の中で「青髭生やしてるような奴はダメ」「筋トレしてる奴はダメ」などの基準を言う人がいました(要は真剣に女になりたいなら女らしくしろということ)が、これはジェンダーの押し付けではないのかと疑問を感じました。
次なる大きなテーマが「性転換手術した人の戸籍変更を認めるか?」という問題です。
私自身はそんなの変えちまえばいいじゃないかと考えているのですが、色々と反対理由が出てきました。
例えば、結婚した相手が元・男だったら困るから戸籍はそのままでなければならないという話。確かにそいつはまいったなぁという気もします。ちゃんと打ち明けてくれる保障は無いですから結婚後に分かっても手遅れですからね。しかし、結婚してからこんなはずじゃなかったと言う事は他にもあることで、実は暴力亭主だったとか、浮気癖があるとかと同じことではないかと思います。それはやはり当事者自身の問題であって戸籍を手段にすることは筋違いだと思われます。
他にはある性でしかかからない病気に別の性(であるはず)の人がかかってしまう可能性があるという話がありました。いまいちそれが配偶者の不利益の話なのか誤診される転換者の不利益の話なのかよくわからないが、配偶者の場合は相手がかかる病気の種類が特定の性のみにかかる病気かそうでないかは偶然に左右されるわけであってそれが戸籍で性をはっきりさせる必要性と結びつくとは思えない。転換者の不利益と考えるとしても医者なら骨格などからわかるだろうということもあるし、自分の体の性を打ち明けない不利益は当然本人が受けるのだから問題ないと考える。普通の問診でも正直に答えずに不利益を受けてもそれは自分の責任ですからね。
さらに配偶者が突然性転換した場合に同性婚になってしまうという指摘もありました。解決策としては未婚者に限って認めるというものがあります。私としては同性婚も認めてしまえばいいじゃないかと思うんですがね。
中には第三の性を新たに創設するという説を唱える人もいましたが、現実性に乏しい上にたぶん性転換した人はそんな第三の性なんかになりたいとは思わないでしょう。
ちなみに判例は生物的な性を基準にして戸籍の変更は認めないという方針です。
中には性染色体で決めるという地裁の判例もありますが、世の中にはXXYやXOという染色体異常の人もいるし、この基準だとスポーツなどで成績の良い女子選手を調べてみたら実は男だったという場合に本人は女と思っていて女の戸籍なのに男の戸籍に変更しなければならなくなり整合性を欠く。
ゼミの中には「最初に生まれた性はどうやったって変えられないから自己決定権の問題ではない」という人もいましたが、戸籍は現実を反映すべきだから変更を認めても良いと思います。
なんにせよ影響を受けるのは少数者で理解しがたい問題ではあります。しかし、自分に理解できないからといって否定してはならないし、少数者だからこそその権利を尊重しなければならないでしょう。
私個人の考えではもっと自由にして自己決定の領域を広げるべきだとおもいます。(この分野に限らず生殖医療や終末医療、移植医療においても)
ただし、無制限というのも行き過ぎだとも思います。(手術は真剣に必要とする人のみとか)
あと、ゼミの議論では出てこなかった話だが、手術しないで戸籍を変更するというのは認められないのだろうか?
手術に耐えられない人は別の性で生きる不利益を甘受しなければならないのだろうか、しかし外見と違う性に戸籍を変更すると混乱が生じるかもしれないという懸念もある。
ただ、外見と戸籍上の性別が違うというのは現状でもおかまやおなべとして存在しているわけだし、戸籍変更を認めるのに手術したかどうかを要件にするべきではないと考えています。
私自身はそういう人に実際接したことは無いので机上の空論ともいえますが、少しでも苦しんでいる人は少ない方がいい、そう思います。