「よく分からない反論」の段(2001.6.18)


 つくる会の教科書を巡ってこれまで盗塁王氏に何度か指摘なんかをしてきましたが、それに対して反論がありましたのでそれにたいしてなんか書こうかと思います。

 まず、つくる会の教科書の記述にこんな一節があるそうです。
「これは、数百年にわたる白人の植民地支配にあえいでいた、現地の人々の協力があってこその勝利だった。この日本の緒戦の勝利は、東南アジアやインドの多くの人々に独立への夢と希望を育んだ。」(日本軍が東南アジアで戦ったことについて)
 これが「世界的定説」らしい。
 うわぁ、日本軍って正義のヒーローだったんだ(笑)
 そういう面が無かったとは言わないが、それがメインか?
 盗塁王氏は「みなさんは、どうでしょうか」と読者に下駄を預けているので、私も皆さんの良識に判断を委ねる事にいたしましょう。
 それにしてもどうせなら世界各国の教科書を紹介して「どうだ定説だろう」ぐらいのことは言って欲しかったところですね。

 ステレオタイプの話についてですが、食中毒の影響がまだ残っているらしくかぎりなく的外れです。
 なんかわざわざ書くのも馬鹿馬鹿しいのですが、彼の言う「『雷様』といわれればみんな鬼を想像するだろう」というのがステレオタイプの典型例なんですよね(笑)
 つまり有名な「風神雷神図屏風」やそこから派生したイメージである高木プーのコントの雷様の記憶から日本人の多くは雷に「様」をつけて擬人化したとき「鬼」をイメージするのです。
 彼は「日本人は森羅万象の考え、つまりは『自然現象を起こす時、それは神様が起こしている』という古い古い考えを持っていますね。それは、今現在でもそうです」と鬼を連想したことを根拠にして決め付けていますが、上のような仕組みで連想するだけの話で「自然現象は神様がやってる」と考えているかどうかとは無関係です。
 考えても見て下さい、神様が「鬼」の姿をしている必然性がどこにありますか? むしろ日本の神様のイメージは大和時代のような服装の「人間」のイメージが一般的です。雷様が「鬼」のイメージで語られるようになったのは「風神雷神図屏風」以来だと言われています。だから「鬼」を連想するのはステレオタイプの典型だと言うのです。
 そもそも私は「自然現象を起こす時、それは神様が起こしている」なんて非科学的な話は信じてません。日本人が皆そういう考えを持っていると考えることもステレオタイプですね。
 どうでもいいことだが「自然現象を起こす時、それは神様が起こしている」という考えを「森羅万象の考え」とは普通言わないのではないだろうか?

 次にセーフガードの話。
 彼は話を整理するといって「政府が『セーフガードを発令した』→『野党が中国との関係が悪化すると言った』・・・あ、これだけだ」としてこれを否定しようとする私が間違っているかのように細工している。
 「整理する」という言葉には「都合の悪いことはなかったことにする」という意味は含まれませんよ、盗塁王さん。
 盗塁王氏は自分が「(野党が)『中国との関係』>『日本の国益』と言う」と書いたことを意図的にかどうか知らないが見ない振りをしている。
 私は「野党が『中国との関係』>『日本の国益』と言った」というのはおかしいだろうと指摘したまでで、野党が中国との関係が悪化すると言ったことを否定したことは一切無い。
 議論をするつもりがあるならもう少しフェアにやってもらいたいものだ。小細工をしたってすぐに反論されるんだし。

 歴史の意義に関してはまあ個人の価値観なので好きにすればいいが、一つ指摘しておくと「自国の歴史」と「他国の歴史」の二つがあると書いているが、それを言うなら「自国の歴史」と「世界の歴史」の間違いじゃないのだろうか?
 ちなみに私は歴史を学ぶ意義は「過ちを繰り返さない」ことにあると考えています。私自身時代小説は飽きるほど読んだくちですので昔の人の考えていたことに思いをはせるのは楽しいことだと思います。しかし、だからといって(科学的な)事実を知らなくてもいいということにはならないでしょう。
 あと、これだけは確実に言えるが、歴史に興味の無い人は世の中に五万といる。自分を基準に考えないほうがよろしかろう。

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