「もういちど歴史教科書あれやこれ」の段(2001.6.7)
ようやく盗塁王さんが再反論をしてきなさったので、それに対していろいろ書きますね。
まず「河野洋平談話」についてのお話。あ、これは確かに私のミスですね。訂正しておきます。
私が言いたかったのは「強制連行された事実が無かったという証明にはなっていない」ということです。
誤解を招いて申し訳ない。
次に「ナチス党員の話」の話。
盗塁王さんは「そのナチス党員の話に、信用性が無かっただけの話でしょう」と書いておられますが、どやら私の言っていることをよく理解していないようですね。
私はそのナチス党員の話に信用性が無いのであればそのことをきちんと論証すべきだったと言っているのです。私自身はそのナチス党員の信用性についてはなんら言及していません。誤解なきよう。
次に「世界的定説」の話。
私自身はつくる会の教科書は買ってないし、買うつもりも無いんで「どの部分が」と言われても困るところですな。(盗塁王さんは「これから読む」のか「市販本を見た」のかよくわからんが)
あいまいで申し訳ないが「戦前の日本の東南アジアへの侵略は現地の人に喜ばれた」というような記述があるのではなかったかな?(無いならすいませんが) まあ一般的に言ってそういう戦前日本を実際以上に肯定的に書いてる部分でしょう。
できれば教科書を持っている盗塁王さんに従来の教科書と記述の違う点を指摘してもらえればそれが「定説」かそうでないか判断できるのですがね。
次に「中国は何の国か」の話。
まず、中華思想でなければ自由主義か、そんなことはないだろうというような内容を盗塁王さんは書いておられますが意図がつかめません。理論的には中華思想と自由主義は両立するだろうし、中国=中華思想、アメリカ=自由主義などがステレオタイプな見方だというのが分からないのだろうか?
中国にだっていろんな人がいる、中華思想の人もいればそうでない人も大勢いるだろう。それをあたかも中国は中華思想で一枚岩のように捉えるのはステレオタイプというものだ。
次に「セーフガード」の話。
・・・盗塁王さんは私の主張の一部のみを引用して曲解しているような気がします。
盗塁王氏の引用した私の主張の続きを見ればわかることですが、「中国との関係を悪化させることが日本の国益を損なうことになる」という当たり前な議論を彼はあえて省略しています。したがって私が土井氏の「中国との関係が悪化するから」という言葉を無視しているという批判はいいがかりにすぎません。
あと、盗塁王氏は「自分は中共側の人間と言っているのに政府の方針の話になっているのはおかしい」という批判もしていますが、何をかいわんやですね。セーフガードの話は本質的に政府の方針の議論です。野党は政府の方針について議論しているのであり、単に中国に便宜を図ろうというキャンペーンをしているわけではない。セーフガードの是非の議論の中での一部のみを切り取って「やはり中共側の人間は中国が日本より大事なんだ」と論じる方がおかしいというものだ。
次に「紳士協定」の話。
以前にも議論したことなので詳しくは繰り返さないが、その「紳士協定」を守ることによって得られる利益と報道することによって得られる利益の比較衡量をすれば間違ったことだとは思われない。前に言ったようにそもそもその「紳士協定」の意義さえ疑わしい部分があるし。
ところで盗塁王さんは「採択前に教科書を販売しない」という「紳士協定」を破った「つくる会」サイドもやはり「理解不明」(理解不能の間違い?)なのだろうか?
次に「共同で歴史研究」の話。
盗塁王氏はここでも私の「それ自体は間違ったことではない」という主張を省略し、共同の歴史研究に対して私が「気に入らないらしい」と正反対の結論を導いている。
私が指摘したのは同じページの下では「中国・韓国以外の第三国がリーダー」であることを望んでいるのに対して、同じページの上では「日韓で共同研究するのに賛同する」というのでは共同の歴史研究で誰がリーダーたるべきかの主張が一致しないということだけである。つまり彼に「どっちやねん」と尋ねているだけのことだ。理解していないのは彼の方だろう。
次に「愚の骨頂」の話。
盗塁王氏は自分を森氏や石原氏になぞらえて被害者ぶっているが、必要な部分を取り上げずに自分の都合の良い部分のみを取り上げているのは実は盗塁王氏のほうである。
彼のHPでの私の主張の引用。
『日本の教科書に『内政干渉』してきた中国・韓国に、今度は日本が内政干渉すべきである』という言葉に、やられたらやり返すなど子供で、愚の骨頂である、という。
で、オリジナルは
「日本の教科書に『内政干渉』してきた中国・韓国に、今度は日本が内政干渉すべきである」・・・やられたからやりかえすって小学生じゃあるまいし。人権問題などで発言する必要があればすべきだが、意味もなく内政干渉するなど愚の骨頂である。
見れば分かることだが、私は意味も無く内政干渉するのは愚の骨頂だと言っているのにすぎず、盗塁王氏が愚の骨頂だと言っているわけではない。
森氏の「神の国発言」や石原氏の「三国人発言」は発言者自身が批判の対象だった(政治家としての資質など)わけだが、私は盗塁王氏自身を批判したわけでもなんでもなく、単に「意味も無く内政干渉すること」についてコメントを述べているだけだ。いっしょにされてはたまらない。
盗塁王氏の言う「後半部分」が付いているとして、皮肉っているのなら前半部分が「愚の骨頂」であることは彼の主張となんら矛盾しないであろう。
あえて言わせてもらえば、「森前首相の「神の国発言」や石原都知事の「三国人発言」を思わせるやり口」というのならそれはよほど盗塁王氏の方が多用している。
前の朝日批判の社説の時も私が「『朝日がオウムを増長させている』という批判が正しいとすれば、むしろ朝日はオウム対策法に対しては必要以上に猛反対するはずである」と書いたにも関わらず前半の「『朝日がオウムを増長させている』という批判が正しいとすれば」という部分を省略して「広士さんは『むしろ朝日はオウム対策法に対しては必要以上に猛反対するはずである』と言う」と書き「だからしてないんやって!」という反論をでっちあげている。私が前提条件である「〜〜ならば」と明記しているにも関わらずである。
ちなみに論理式では対偶に当たるので盗塁王氏の「だからしてないんやって!」という主張は「『朝日がオウムを増長させてる』という批判が正しくない」という結論を導くことになる。(彼が理解しているかは不明だが)
最後に気になった点を指摘しておこう。
「言論の自由」について盗塁王氏の認識の矛盾(「つくる会」を擁護するときには言論の自由を持ち出すのにそれを批判する側には言論の自由に反して「批判するな」と主張すること)を指摘しましたが、今回それについての盗塁王氏の見解がまったく述べられていなかった。
「沈黙は雄弁だ」とも言うがはっきりと指摘を認めるなら認めると逃げずに言って欲しいものだ。