「死刑制度」の段(2001.5.30)
今日のゼミのテーマは先週に引き続き死刑制度でした。そこで話し合ったことや思ったことを書いてみようかと思います。
まず、私は死刑賛成派です。いや、賛成と言い切るのにも抵抗を感じるな。う〜ん、肯定派とでもいったところであろうか?とにかく、私は死刑を認めているということです。
議論の最初は憲法に違反しないかどうか。31条の適正手続きの保証は「ちゃんとした手続きじゃないと人の生命や身体の自由を奪ったり出来ない」とあるから逆に言えば「ちゃんとした手続きなら命を奪える」つまり憲法は死刑を予定していると解釈できる。一方、13条からは人間の尊厳と死刑制度は両立し得ないという説もある。また、36条で「残虐な刑罰」が禁止されている。
ゼミでは「残虐かどうか」で議論が分かれた。残虐だと主張する人の中にも「絞首刑は残虐だ」とする人と「死刑自体が残虐だ」と主張する人で食い違いがあった。
私は残虐性については死刑制度は必要であり、その死刑の執行方法をできるだけ残虐でないものにすれば足ると考えています。でも、結局残虐かそうでないかは価値観の違いなので結論は出ません。
死刑の犯罪抑止力についての議論もありましたが、どちらかと言えば私はあんまり抑止力を信じていません。無いとは言いませんが、それほど大きなものとも思えません。理由は自分でもよくわかりません。漠然とした印象です。論理的ではありませんが。
被害者感情から死刑が必要か、という議論の中で被害者が「死刑にしないでくれ」と言ったのに死刑が執行されたという事例が紹介されたりもしましたが、私は被害者感情を満たすのはあくまで刑の執行の副次的な効果だと考えています。
建前ではありますが、人が人を裁くのではなく、法が人を裁くのだから被害者が恨みに思っているかどうかで左右するのはあまり妥当だとは思いません。
反対派の最も強く懸念するところは「冤罪」の可能性でした。私自身、反対派の立場がとても理解できるところです。いくら日本の確定判決後の最新で無罪になる冤罪事件のほとんどが昭和20年代に逮捕されて違法な取調べによって犯人に仕立て上げられたもので現在は危険性が低下しているとしても、そのわずかな可能性は単なる数字ではなく血の通った人間だから無視できるものじゃありません。
でも、冤罪で処罰される人にとっては身勝手な話に聞こえるでしょうが、それでも死刑は必要な気がするのです。
これは私のまったくの主観なのですが、この世には「どうしても死ななきゃならない犯罪」というものがあるのではないでしょうか。例えば子供を強姦殺人した人間に「生きる資格」があるとはどうしても思えない。そしてそれを裁きうるのは法しかない、そう思います。
最後に議論にあがったのが「代替案」でした。正真正銘の「終身刑」というものが挙げられましたが、その方が残虐という意見もありましたし、最後には刑務所が老人ホーム状態になる(独居老人より下手したらサービスがいい!?)とか、刑務所の維持に金がかかる、など問題点が指摘されました。やはり代替案としては不十分な気がします。
中国の死刑の執行猶予という制度も紹介されました。それは執行猶予つき死刑の判決のあと2年内に改悛すれば無期懲役に、さらに反省すれば10年から15年の懲役刑になるという制度です。でも、安易に死刑を出すことにつながりかねませんし、誰だって改悛したフリをするだろうとも思う。それに絶対死ななきゃいけない罪にしか死刑を当てはめるべきではないと思うのだ。だからこの制度は良くない。
なんだかまとまりが無い文章だが、ゼミも実際まとまらなかったのだから仕方が無い。とにかくこれが今の私の死刑に対する考え方です。