「マスコミ=悪?」の段(2001.4.23)


   掲示板によく来てくださっている盗塁王さんという人のホームページで強烈なマスコミ批判がされているのを見て、いろいろと思ったことがあり、ここに記す。

 森首相の話がメインで、どうやら「森首相のイメージが悪いのはマスコミのせい」と言いたいらしい。
 「マスコミの世論調査で支持率が低いのは裏で操作しているからだ」「テレビ朝日で6時のニュースでは『支持率が一桁』だったのにニュースステーションでは『10%』と言っていた」―――普通にアンケートを自分でやったとしても結果は大差なかっただろうし、番組によって拠るデータが違っただけの話でしょう。番組によって数字が違っただけで鬼の首を取ったように批判する根拠とするのはいかがなものか。
 「えひめ丸が森首相のせいにされている」「首相が森じゃなかったら事故は起きていなかった?」―――これは事実誤認でしょう。えひめ丸の件で森首相が批判されているのは事故の第一報後もゴルフを続けたと言う姿勢です。だから「誰が首相でも事故は起きたから森首相を責めてはいけない」という論理はなりたちません。
 「景気が悪いのはもともとで森首相の責任ではない」―――これはある面では正しく、ある面では間違った捉え方である。つまり、確かに景気が悪かったのはもともとでその点では責任は無い、しかし、日本の総理大臣として求められていたのは「悪い景気を良くする」リーダーシップであり、その責任を森首相は果たせなかった。だから批判されるのである。
 「日本の総理大臣として初めてアフリカに行った」―――テレビで見て私も知っているが、確かにこれは業績には違いない。ただ、この一事をもって森首相が有能であるかのようにいうこともできない。例えば小渕前首相は「開かれた国益」という言葉を用いてODA削減の論調を押しとどめようとしたが、森首相はアフリカへ行って学んだはずの「これから」のビジョンを国民に示しただろうか?子供の使いではあるまいし、行ったからには成果を国民に示す義務があるだろう。
 つまり、大衆は確かにマスコミに踊らされているかもしれないが、踊らされずによく検討してもやはり支持を得ることはかなわなかったと考えられる。

 あと、石原慎太郎の三国人発言について「あの世代の人で三国人というのは別に珍しいことではない」「戦時中言ってたし、俺のじっちゃんなんか今でも時々、中国人がピッキングして捕まった映像見て『この三国人らが・・・・!』と語尾を強めて言ったし」と擁護する記述もありますが、根本的に弁護になっていません。
 つまり、問題の所在は“今だに”戦時中の価値観で侮蔑的な表現を使ったことにあります。
 その世代は使っていたというのはその時に使っていたというだけの話であり、現在も使って良いということにはなりません。
 また、そもそも「不法入国した三国人」が犯罪の原因かのように石原氏は述べたわけですが、そのデータを示していないのも問題です。単に主観的に述べただけでは外国人に偏見を持っていると言われても仕方がありません。

 情報を選んで吟味すべきだという主張はもっともなことで、確かにその通りです。ですが、それは常に自己反省が無ければ自分の見たいものだけ見えてしまうことになりかねません。
 くれぐれも「見れども観えず、聞けども聴けず」ということにならないように気をつけましょう。

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