「国旗・国歌」の段(2001.4.9)


 三月・四月といえば卒業式・入学式である。
 そこで問題になっているのが「君が代」に「日の丸」である。
 議論がややこしくなるのでこれからは代表として「君が代」を中心に話を進めよう。

 何から話せばよいのか分からないが、まずは過去からさかのぼってみよう。
 まず、「君が代」というのは古代日本で詠われた和歌である。そしてその内容は諸説ある。
 次にグッと時代を下って戦前の日本である。そこでは「君が代」は天皇賛美の歌として生まれ変わり、皇民教育などに利用された。
 そして当然のことながら「君が代」は戦前日本の行為につらい思い出のある人や、そのイメージを嫌う人からは反発を受けることになった。
 
 で、数年前の広島で式で「君が代」を歌わせようとする教育委員会とそれに反対する生徒・教師の間に板ばさみになった校長が自殺するという事件があった。
 そこで「もうこんなことが起きないように」ということで「君が代」を国歌に「日の丸」を国旗とするという法律が出来た。
 しかし、ここでややこしいのだが法務大臣は「これは君が代斉唱、国旗掲揚を義務付けるものではない」と発言しているのだ。
 結局以前と状況は同じはずなのだが、以前より文部科学省からの斉唱率向上、掲揚率向上への締め付けはきつくなっているのが現状である。

 さて、ここで考えてみると「入学式・卒業式は誰のものか?」という疑問が浮かぶ。
 むろん答えは教育委員会でも教師でも文部科学省でもなく生徒自身のものである。
 だから生徒が「歌いたい」と思ってそう式次第を決めたのであれば君が代は歌われるべきであるし、「歌いたくない」と思ってそう式次第を決めたのであれば君が代は歌わされるべきではない。
 個人的な感想から言えばそれを歌ったり聞いたりすることで不快に思う人がいる限りおめでたい式では歌わないほうがいいとは思う。
 だが、それを決める権利があるのは生徒達だけである。
 それを周囲が勝手に押し付けたり、干渉したりするのは間違ったことなのだ。

 そもそも広島の校長の悲劇を繰り返さないためには「国は何も強制しない」ことこそが一番の解決策であったはずである。
 また、「国旗・国歌は愛国心を高めるために式には必要だ」と考える人もいるようだが、愛国心は果たして外側から植え付けるべきものなのだろうか?
 私は日本が素晴らしい国になれば自然に愛国心が湧いてくるものだと思うし、外発的な愛国心はマインドコントロールに過ぎないと思います。
 子供に愛国心を持ってもらいたいのなら自分が日本をいい国にする努力をする、それだけのことですな。
 
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