「チベットと個人主義」の段(2001.4.24)
「マスコミはチベットが中国により苦しめられているのに報道しない!!」と怒っている人がいます。
それ自体は確かにその通りです。問題にすべきことは問題にし、語りあうことは大切です。
ただ、その原因を「中国におもねっているからだ」としているのには疑問を覚えました。
確かにそういう要因もないとは言えないでしょうが、それは本質的なことではないでしょう。
単純な反証ですが、中国におもねる必要のない例えばベルギーなどのマスコミが「チベット問題」について連日報道しているかと言うとそんなことはないでしょう。
それに報道すべきだがされていないことは他にもいくらでもある。飢餓地域ではこうしている今も人々が倒れて死んでいき、最貧地域では生まれた赤ちゃんを育てられないから殺し、100円程度のワクチンが無いために子供達が疫病に死ぬ。アフリカでは内戦・戦争が頻発ているのに、人々は電波少年なんかで「危険地域なので通れない」と言われて「へぇ〜」と思って次の瞬間には忘れている。
結局のところ人々は関係のないことにははなから興味が無いのだ。これが本質。
外国でテロや天災が起こるたびに「日本人はいない模様です」―――外国人がいくら死のうが知ったことじゃないってことか?
個人主義の悪い面と言うことは単純だが、だからといって集団主義もごめんだ。
個人主義は万能ではないが、それに代わるものもない。資本主義と一緒で修正しながらなんとかやっていくしかない。
他人の事を思いやる心が必要。でもそれは強制することでは身につかない。こういうものは誰かが見本を見せてそこから学ぶものである。
ということはまず、自分が変わらなければならないということ。難しい。