世界名作劇場「ウサギとカメ」
ここはさまざまな動物達が暮らす世界。
その世界の片隅のスラムにトムとジェミーという仲の良いウサギの兄弟が暮らしていた。
幼い頃に両親を失った二人は身寄りも無く、貧しい暮らしであったがそれでも二人は一生懸命に仲良く生きていた。
弟のジェミーは体が弱く働くこともままならなかったが、兄のトムは生まれつきの足の速さを生かして草レースの賞金を稼いでなんとか生活していた。
しかし、草レースの賞金程度ではまともな医者にみせる事も出来ず、日に日にジェミーが衰弱していく様子をトムは見守るしかなかったのだった。
そんなある日、いつものようにランニングのトレーニングをしていたトムの元を訪れるものがあった。
「トム君、少し時間をもらえるかな」
暗がりから突然出てきた男にトムは見覚えがあった。ヤマネコのダグラス、この辺りを取り仕切っているマフィアのボスで黒い噂の絶えない男だ。
「―――何か用ですか」
トムは警戒しながらもトレーニングを止めた。
「ふふ、立ち話もなんだしもっと落ち着ける場所に行こうじゃないか」
ダグラスは軽く笑うと歩き出した。
トムは言われるままダグラスに付いて行った。しばらくするとダグラスは薄汚れたビルの扉を開け中へと入っていった。
トムが中に入ると、そこはビルの外装とは違って落ち着いた雰囲気の酒場だった。
「ここは私の経営している店の一つなんだがね、根が夜行性なものであまり明るいと落ち着かないんだよ」
ダグラスは席に腰掛けると葉巻に火をつけた。
「―――ご用件は何でしょうか」
トムは向いの席に座るなり固い表情で尋ねた。
するとダグラスは一瞬ぽかんとした表情を見せたが、やがて愉快そうに笑い出した。
「はっはっはっ、若者とはせっかちなものだな。いいだろう、君の方から切り出してくれるとこちらとしても話しやすい―――リック!」
ダグラスが呼びかけると奥の暗がりからのっそりと男が顔を出した。
「紹介しよう。彼が次の君のレース相手、カメのリック君だ」
ダグラスに紹介された男はトムに軽くお辞儀をすると手を差し出してきた。
「よろしく」
「こ、こちらこそよろしく」
あわててトムも手を差し出してリックと握手をした。そしてトムはダグラスを不審げに見た。
「あの、用件はこれだけでしょうか」
ダグラスはニヤリと嫌な笑みを浮かべた。
「まさか。単刀直入に言おう、次のレースで君にはリックに負けてもらいたい」
「!?」
「もちろんタダとは言わない。君にはしかるべき報酬を約束しよう」
「―――俺に八百長をしろと・・・」
トムは怒りに身を震わせながらもつとめて冷静になろうと努力した。
「残念ですが、お断りします。では、失礼します」
トムはきびすを返してまっすぐに出口へ向かったが、ダグラスは少しも慌てずにからかうような口調でトムに話し掛けた。
「ところでトム君、君の弟は元気かね」
トムの足がピタリと静止する。
「なんて言ったかな、ジェミー君だったか?彼はもう長くないんだってな」
「うるさい!!弟の事はほっといてくれ!!」
激昂したトムが振り返ると、ダグラスはいやらしい笑みを浮かべたまま諭すように言った。
「我々に協力したまえ。そうすれば弟さんだって入院することができる。我々も賭けで儲ける事ができる。みんなハッピーになる、悪い話ではないだろう」
ジェミーを入院させる、それはトムが願ってやまなかったことであった。
「―――少し、考える時間を下さい―――」
トムはつぶやくように言うと暗い表情で店を出て行った。
その後ろ姿を見送ったリックがダグラスに話し掛けた。
「ダグラスさん、あいつ言うこと聞きますかね?」
ダグラスはゆっくりと葉巻をくゆらせた。
「―――さあな、五分五分ってとこだろうな。だが安心しろ、ちゃんと『保険』はかけてあるさ」
そう言ってダグラスは含み笑いをした。薄暗い店内でダグラスの目だけがギラギラと異様な光を放っていた。