「すりかえられた謎」

 5月に入り、少し冬服が暑苦しく感じられる頃。誠蓮高校2年3組の教室では今日もモラトリアムな日常が繰り広げられていた。
「それじゃあ、今日はここまで」
 教師が終業のホームルームの終わりを告げた瞬間、見るからに活発そうなショートカットの少女が机につっぷした。
「あ〜、めっちゃ疲れた〜〜〜」
 すぐ後ろの席に座った小柄な少女は勉強道具を鞄にしまいながら呆れを隠そうともせずに言った。
「あのねぇ。それって授業中に爆睡してた人間の言うセリフじゃないと思うけど」
 するとショートカットの少女は伏せていた顔を上げ、そのまま頭ごとのけぞって後ろの少女に抗議した。
「それはちゃうで!」
「うわっ、キモっ!!」
 反射的に小柄な少女は目の前に差し出された額にチョップを繰り出していた。打撃自体はごく軽いものだったが、バランスを崩したショートカットの少女は見事に椅子から転げ落ちた。帰り支度や部活の準備をする生徒でざわつく教室が一瞬固まるが、落ちたのが誰かが知れると慣れたもので皆何事もなかったかのように各々の日常に戻る。いちいちリアクションをしていたらきりがないのだ。
 ぐわっ、と思春期の乙女にあるまじき悲鳴(?)をあげた少女は立ち上がりながら地を這うような低い声でチョップの主に呼びかけた。
「瑠〜璃〜子〜」
「あ、あはは、ごめん、七海」
「ごめんで済んだら警察いらんわっ! 何すんねんな!」
 引きつった笑みで謝罪する瑠璃子に七海は額を抑えながら詰め寄った。すると横で見守っていた長い髪のおっとりした印象の少女が間に割って入った。
「まあまあ、なっちゃん落ち着いて。る〜ちゃんも悪気があってしたわけじゃないだろうし」
「小百合〜、悪気以外でチョップは出えへんやろ」
「え〜と、それは〜――ツッコミ?」
「!? そうか、ツッコミか……」
 ロングヘアーの少女のわりと適当な発言に七海は真剣な面持ちで少し考えるそぶりを見せると元の座席に横向きに座って満面の笑みを見せた。
「うん、ツッコミやったらしゃあないな。いや、むしろナイスツッコミや! 今後ともよろしゅう頼むで」
 わははと豪傑笑いでバシバシ肩を叩いてくる七海に少し迷惑そうにしながら、瑠璃子は話題を変えるべく七海に問いかけた。
「あ〜、それで、何がちがうんだ?」
「違うって何が?」
「いや、あんたが言い出したんだろうが。疲れたとかどうとか」
 あ〜、と気の抜けた声を出した後、七海ははっとした表情になった。
「せや、思い出した。ウチは疲れてんねん!」
「そんな力強く言い切られても説得力ないぞ」
「ふふん、ウチの説明を聞いても同じことを言えるかな。――ウチは今、五月病やねん。せやからめっちゃダルいねん」
 自信満々に言い放つ七海。小百合は小百合で「なっちゃん病気だったの? 学校休まなくって大丈夫?」などと心配顔になっている。瑠璃子は自分しかツッコミを入れられる人間がいないという事実に目まいにも似た気分を味わいながら七海に言った。
「一つ言っとくけど、五月病ってのは、四月からの新生活で頑張った人が五月ぐらいに燃え尽きちゃったみたいな状態になることだぞ。ちなみに正式な病気じゃないし」
 きょとんとした顔で小首をかしげる七海に瑠璃子はもう一度言った。
「新生活で頑張った人が、なる状態。それが五月病」
「……ひょっとして、ウチは五月病じゃない、とそう言いたいんか?」
 瑠璃子は無言で頷いた。すると七海は唇をとがらせて不満げに言った。
「何でよ。ウチ、めっちゃ頑張ってるやんか」
「どこをどう頑張ってるって?」
「例えば勉強とか――」
「たった今授業中に居眠りしてたとこでしょうが」
「ぶ、部活――」
「最近あたし達につきあってサボりがちじゃない」
「え〜っと、恋愛とか――」
「頑張ってんの?」
「すんません、頑張ってません」
 ことごとく一瞬で否定された七海は何かないかと頭を抱えた。
「どうやら結論が出たみたいだな」
 瑠璃子が話をまとめようとしたその時、顔を上げた七海が目を輝かせて言った。
「待ちいな。あったで、頑張ってるもの! 委員会活動や!」
「委員会?」
 意外な単語に瑠璃子が戸惑うと、小百合がのんびりと言った。
「なっちゃんって、確か図書委員さんだったよね〜」
 うんうんと満足げに頷く七海に瑠璃子は冷ややかな視線を向けた。
「そうだ、思い出した。キャラじゃないから忘れてたけど図書委員だったっけ。でも、前に何で図書委員になったか聞いた時に『当番の時間に受付に座っとくだけでええなんてこんな楽な仕事あれへんで』とか言ってたじゃないか。返却された本を元の位置に戻すのとか整理とかは司書の先生が全部やってくれるんだろ。頑張る余地なんて――」
 すると瑠璃子の言葉にかぶせるように七海が言った。
「甘い、甘いなぁ。それは昔の話やで!」
 まだ一ヶ月も経ってないだろ。瑠璃子がツッコミを入れる間もなく、七海は得意げにセリフを続けた。
「実は今、図書室でちょっとした怪事件が起こってて、図書委員会は大忙しやねん」
「怪事件!?」
 小百合は七海の発した単語の一つに食いついた。目をキラキラと輝かせて瑠璃子を見た。
「る〜ちゃん、怪事件だよ! 名探偵の出番だよ!」
「ちょ、ちょっと待ってよ。あたしは名探偵なんかじゃ……」
 期待に満ちた視線に引き気味になる瑠璃子にさらに追い討ちがかかる。
「なあ、名探偵って何のことなんや?」
「あ、なっちゃん。る〜ちゃんはね、すごい名探偵なんだよ。どんな謎も即座に解決! 灰色の脳細胞でじっちゃんの名にかけて真実はいつも一つなんだよ。そして私はワトスン小百合なのです」
 どんな説明だ。呆れつつも今後の展開に嫌な予感を抱いた瑠璃子は視線の合った七海の表情で予感を確信に変えた。七海はニヤッとチェシャ猫のような笑みを浮かべて楽しそうに言った。
「せやったら、せっかくやから名探偵様にこの怪事件の謎を解いてもらおうかな♪」
「何がせっかくなんだ、何が」
「ま〜ま〜、とりあえず聞くだけ聞いてみて、わからへんかったらわからへんでええから。な、頼むわ」
「る〜ちゃんなら大丈夫だよ。私が保証するよ!」
 ステレオ音声で迫られて、瑠璃子は嫌そうな表情で白旗を掲げた。
「わかった、わかったよ! 聞くだけだからな、聞くだけ! 解決できなくっても責任持たないからな!」
 こうして放課後のひと時は何故か謎解きタイムになってしまったのであった。

「え〜っと、何から話したらええかな……」
 軽く咳払いをした七海は似合わない神妙な表情で語りだした。
「これはたぶん、いたずらやねん。けど、ただのいたずらにしたら説明のつかへんことが多くて……」
 どうにもはっきりしない話だ。瑠璃子は七海の話を誘導した。
「ちょっといいか。印象とかより、具体的に何が起こったかっていうことを教えてくれないか」
「具体的にねぇ。まあ、具体的に言うと『本の中身がすりかえられた』ってことになるんやけど」
 すると小百合がおずおずと手をあげて質問した。
「あの、本の中身をすりかえるって、結末を書き換えるとか、そういうこと?」
「は? いや、ちゃうよ。せやないねん」
 七海は慌てて否定した。
「せやなくて、中身ゆうんはつまり、本そのものや。で、カバーはそのままやけど中の本だけすりかえられてんねん」
 なるほど、そういう意味か。でもそれなら――
「要はカバーをとったら別の本が出てくるってことだろ。確かにたちの悪いいたずらだとは思うけど『怪事件』っていうのはちょっと違うんじゃないか」
 瑠璃子の言葉を、しかし、七海はあっさりと首を振って否定した。
「ちゃう。カバーをとっても中の本のタイトルは一緒やねん」
「え? それってつまり」
「そ、犯人は同じ本をカバーだけとっかえて置いてってんねん。わけわからへんやろ」
 同じ本を用意して、わざわざ図書館の本と交換する――普通に考えれば意味の無い行為だ。それが意味の有る行為になる場合とはどういう場合だ?
 瑠璃子が思考をめぐらせていると、小百合がぽんと両手を胸の前で合わせた。
「あ、わかった。きっとすり替えられた本は貴重な本なんだよ。作家さんのサインが入ってたり、珍しい初版本だったり。間違いないよ!」
「それが、ちゃうねんなあ」
 七海は何故か得意げに胸を張って言った。
「それぐらいの推理は図書委員の中でもとっくにでとうよ。けど、司書の岸田先生の話だとそんなサイン本なんかは図書室にはなかったゆう話やし、すりかえられて置いてある本自体も初版本だったりするんや。せやから、その推理は没」
 違ったか〜、としょんぼりする小百合を横目に瑠璃子は口を開いた。
「えっと、いくつか質問するよ」
「ど〜ぞど〜ぞ」
「まず、このいたずらが起こり始めたのはいつ頃なんだ?」
「実際に起こったのがいつかはわからへんけど、発覚したんはごく最近やで。新学期になってからの話やから新入生の誰かがやってるんやないかっていうのがウチの推理や」
 春になってから、か。そこに意味はあるのだろうか。
「それじゃあ、ここの図書室の本って小口――つまり、本の背中のとこだけど、そことかにどこどこの蔵書ですっていう判子が押してあったりする?」
「ん〜? いや、たぶん無かったと思うよ」
 小口の判子のコレクターの線もないか。まあ、無いとは思ったけど。
「すりかえられた本っていうのは一冊だけなのか?」
「いや、わかってるだけでも4冊。で、他にもまだあるんじゃないかって図書委員で手分けして探すかどうかもめてるとこ。ウチは実害はほとんどあれへんから見つかった時に個別に対応したらええっちゅう派やねんけどな」
「その4冊ってなんていう本かわかる?」
「わかるよ? ちょう待ってな」
 七海はポケットから生徒手帳を出すとパラパラとめくって、メモをとった目的のページを開くと瑠璃子と小百合の方に向けた。
「え〜と『すべてがFになる』、『密閉教室』、『十角館の殺人』、『斜め屋敷の犯罪』――ずいぶんと偏ってるな」
「る〜ちゃん、全部知ってるの?」
「ん、これは全部『新本格』っていうジャンルの推理小説だよ。わりと有名な作品ばっかだね」
「そういや図書委員の中でもそんなことゆうてる奴おったなあ。延々『新本格とは何か』を語ってドン引きされとったけど」
 七海が言うと、小百合は再びぽんと両手を胸の前で合わせた。
「わかった、その人が犯人だよ。きっとその人はる〜ちゃんみたいな名探偵のライバルを求めてこんな愉快犯みたいな事をしてるのよ。それでる〜ちゃんが見事真相を指摘したら『ふはははは、よくぞ見破ったな瑠璃子君。今回は君の勝ちだが次はそうはいかんぞ。アデュー』とか言って気球に乗って逃亡するんだわ! あ、でも私が真相を見抜いちゃったら私がライバルになっちゃう。ど、どうしよう……」
 どうしよう。どこからツッコんでいいかわからない。瑠璃子はとりあえずおろおろしている小百合の手をとって声をかけた。
「落ち着いて。そういう怪人は新本格の小説には出てこないから。っていうかいろいろありえないから。あと、その人が犯人っていう線もたぶんないし」
「え、なんで?」
「もし犯人がミステリマニアで、さゆりんの言うように名探偵を探してるんだとしたら、こんな誰にでもできるいたずらじゃなくて、密室とかの『不可能状況』を作るだろうし、それにもっと事件の噂が校内に広まってないとおかしいだろ。今だってたまたま七海から話を聞いたから推理してるけど、そうでなかったら普通の生徒は推理する機会すら与えられない。これじゃあ名探偵を探すどころじゃないだろ」
「そっか、よかったぁ」
 小百合がほっと胸をなで下ろすのを確認して、瑠璃子は本題に戻った。
「それで、その4冊だけど。過去の貸出者とかはわかってるのか?」
「いや、そこんとこは調査できへんかった。しょせん図書室やしな。図書館みたいにバーコードでピッとパソコンに登録するみたいな管理はしてへんから貸出履歴は不明や」
 共通する貸出者がいればヒントになるかとも思ったが、そこからはたどれない、か。
「あ、そうだ。そのすりかえられた本っていうのは新品だったのか?」
「いや、ちょっと日焼けとかしとったし、新品やないと思うよ。古本屋とかで買うてきた物やないかっていうのがウチらの見解やね」
「う〜ん」
 しばらく考えをまとめていた瑠璃子はゆっくりと七海に言った。
「七海としては、というか図書委員としては、これ以上そのいたずらが続かなければ、それで解決、でいいんだよな」
 言われた七海は不思議そうな顔になった。
「どういうことや? 犯人がわかったんか?」
 瑠璃子は小さく息をつくと、自らの推理を話し始めた。
「これから話す事は一つの可能性だから、それを信じるかどうかは自由だよ。それを前提にして、聞いてくれ――」


※以下はいわゆる「解答編」にあたるパートです。ちょいと伸びでもしてここまでの情報で推理をしてみてください。といっても情報は少なすぎるので今回は犯行の「目的」だけでいいです。それでは考えをまとめた方は続きをどうぞ。


「まず、妙だと思ったのは、どうも犯人が本そのものに対して執着していないような印象を受けることだ。なんというか、中身をとりかえるという行為自体、本そのものに対する愛が足りないし、古本でも内容が同じならどうでもい――そんな認識を持ってる気がする。すると、この事件の鍵は『本』じゃないのではないか、という結論に行き着くんだ」
 瑠璃子の言葉に小百合は疑問を投げかけた。
「ちょっと待って、でも本以外で何も無くなっている物はないんでしょ?」
「せやで、本やなかったら何が目的やったっちゅうねんな」
 小百合に同調する七海に瑠璃子は言った。
「いいや、無くなっている物があるんだ。よく考えればわかるよ」
「う〜ん、わからへんな。じらさんと早う教えてえな」
「別にじらしてるわけじゃないけどね。じゃあ逆に聞くけど、どうして同じ本なのにすりかえられていることがわかったんだ?」
「え、そりゃあ、もちろん――ああ!」
 一人納得した様子の七海に小百合は不満そうに言った。
「ちょっと、私にも教えてよ。二人だけわかってるなんてずるいよ〜」
「ごめんごめん。簡単に言うと、元の本とすりかえられた本の違いっていう話なんだけど、さゆりんは図書室の本を借りたことは無い?」
「え、あるけど……」
「じゃあその時さゆりんも書いたんじゃはずだよ、『貸出カード』を」
「それじゃ、犯人の目的は――」
「たぶん『貸出カード』だったってことじゃないかな。こっから先は完全に想像になっちゃうけど、好きな人の使った物をこっそり集めちゃう子っているだろ。そんな感じで好きな人の直筆の署名入りの貸出カードを手に入れたかったってとこじゃないかな」
「なるほどな〜、つまりミステリ好きは犯人やのうて犯人の好きな人だったってわけやね。せやけど目的がわかっても犯人はわからへんままやんか」
 七海の指摘に、瑠璃子は説明を続けた。
「ここで問題になるのは、犯人はどうして目的の人物の借りた本がわかったのか、だ。もちろん片っ端から本を開いて確認してもわかるんだろうけど、どうしても目立ってしまう。4冊もの本をピンポイントで知りえたのは――それは犯人が図書委員で受付をしているから、というのが妥当なとこじゃないかな。この春からっていうんなら、新入生だけじゃなくて新しく図書委員になった人、でもいいわけだしね」
 説明を終えて瑠璃子は二人の反応を待った。確信を持つほどではないが、真相から外れてもいないだろう程度の認識はある。はたして二人にはこの説明は納得できるものだろうか。
 やがて小百合がおずおずと手を挙げた。
「あの、もしその犯人が貸出カードが欲しかったんなら、カードだけを新しいカードととりかえたらいいんじゃないのかな?」
 すると横から七海が解説を加えた。
「いや、それはでけへんよ。図書委員のウチらがやるのは受付の仕事だけやから、貸出する時はその本のカードに日付と名前と書いてもらってカードを受取って決められたとこに置いとくだけやし、返却の時はただ本を受取るだけ。新しいカードとかはウチらは持ってへんねん」
「じゃあ、じゃあさ、カードとカードをしまうポケットの部分だけをはがす――っていうのじゃダメなのかな」
 瑠璃子は軽くかぶりを振った。
「たぶん、犯人は秘めた想いを誰にも知られたくなかったんじゃないかな。今言った方法だと跡が残って貸出カードが目的だって簡単にばれてしまうだろ。犯人にとっては『本をすりかえるいたずら』と思われてた方が都合が良かったんだよ。本を盗んで他人に迷惑をかける度胸も無いし、だけどカードは欲しい、そんな思いの果ての苦肉の策なんじゃないかな」
 曰く言いがたい沈黙が訪れる。沈黙を破ったのは七海であった。
「犯人は、うん、たぶん、特定できると思うよ。心当たりが無いわけやあらへんし。せやけど……」
「うん、犯人だって言って、吊るし上げるのはちょっと、かわいそうかな」
 二人の戸惑った表情に瑠璃子は軽く言った。
「だから『いたずらがおさまればいいんだな』って確認したじゃないか。別に犯人を特定しなくても、次の図書委員会で『この中に犯人がいます。まだ誰かまではわかりませんが、今度同じことが起こったら誰が犯人か明らかにできます』とでも言って釘をさしておけばおさまるだろ」
 瑠璃子の言葉に七海はほっとした表情で頷いた。
「せやな、そうするわ。しっかし、ほんまに名探偵やったんやな。びっくりしたわ」
「でしょ〜、る〜ちゃんはすごい名探偵なんだから」
 二人に感心されてくすぐったそうな表情になった瑠璃子は、微笑んで言った。
「ああ、そうだ一つ七海に言おうと思ってたんだけど」
「え、何?」
「あたし達のクラスって1年からの持ち上がりで新生活じゃないから、何がどうしたって五月病ってのありえないから!」
     
< THE END >

あとがき

感想を書いてやっても良い

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