「真夜中の雀士達」
「麻雀っていうのはね、ルーレットみたいに運だけじゃなくて、将棋とか囲碁みたいに技術だけでもない、運と技術と両方が必要な最強の娯楽なのよ。麻雀っていうのは一牌打つのにも理由があるの。自分の手牌はもちろんだけど、場の捨て牌、残りの牌数、自分と他の人との点数の差、残りの局数――全てに意味がある中での最善手を見極める技術が必要なの。でも、それだけじゃ勝てないのが麻雀の奥の深さよ。最善手を踏まえた上で他の人の打牌がひっかけをするための迷彩か素直なものかを見極める駆け引き、そしてさらにそれを超越する『流れ』を引き寄せる運――なんていったらいいのかしら、格闘技で言うところのバーリトゥードってとこかな。ちょっと点数計算とか面倒でとっつきにくいところがあるかもしれないけど、一度覚えてしまえばこれ以上の娯楽はないと断言できるわ!」
こんな演説を聞かされて、言われるがままにルールを覚えさせられてしまった自分はなんと素直な人間なのだろう。おまけに誘われるままに先輩の家で行われている徹夜麻雀大会に参加までしている。哲夫はあらためて自分自身に感心していた。いやはやまったく、頭が下がる。
「なにぼ〜〜〜〜っとしてんのよ。次、あんたの番よ」
「あ、悪い」
そもそもの元凶であり、徹夜麻雀大会の参加者でもある知美に促されて哲夫は意識を目の前の手牌に戻した。現在オーラスで微差でトップの親だ。10巡目でタンピンテンパイしているが、ここでリーチをかけるのはメリットが少なくデメリットが多い。ここはダマテンが正解だな。男は黙ってツモギリだ。
哲夫はツモった4枚目の「北」をそのまま河に置いた。深夜も4時を回って逆に眠気は無くなっているが少しばかしテンションが変な具合になりかけている。さっきまで哲夫の後ろで元気に便利グッズを紹介していたテレビだって一足早く「お休みなさい」を宣言したので電源を落とされて眠りについている。まっとうな人間ならやっぱり寝るべきだと思うのだが、どうやら他の面子は哲夫と意見を異にしているらしい。
下家の知美は指先に力を入れて妙な念を入れながら山から牌をツモった。そしてどうやらそれは有効牌だったらしく、知美の手牌の中に吸い込まれた。だが、知美はなかなか手牌から不要牌を切ろうとしなかった。普段はポンポンとノータイムで打つ知美からすれば珍しいことだ。
「どったの知美たん? 待ちが複雑すぎてわかんないの? だったらお姉さんが優しく教えてあげるわよ?」
「謹んで遠慮します」
この麻雀大会の場所の提供者である三上先輩が横から手牌を覗き込もうとしてくるのを手のひらで顔面を押し返すという荒業で阻止しながら知美は言った。
「なによ〜、知美たんのケチんぼ!」
アイアンクロー状態にも関わらず三上先輩は楽しげだ。これが深夜だからというわけでなく普段からこのテンションだというのが恐ろしい。まあ、見方を変えればこれ以上ハイにならないというのは救いでもあるのかもしれないが。
ともかく、自分の順番の時に急かされた身としては一言ぐらい言ってやってもバチは当たらないだろう。哲夫は静かな攻防を繰り広げる二人にわざとあくびをしながら言った。
「……じゃれるのは勝手だけど、自分の順番を終わってからにしてくれよ」
知美はムッとした表情で哲夫の方を少し睨むと、右手を先輩の手から離して手牌から一つの牌を掴んで河にたたきつけた。牌は二枚目の「中」で横を向いている――リーチだ。
千点棒を卓上へ投げ出した知美はおごそかに宣言した。
「リーチよ」
一瞬にして場の空気が緊張を帯びる。思わず知美の河を見直した哲夫は息を飲んだ。序盤の筒子、索子の切り出しから始まって、一枚の萬子も切られていない。まさかホンイツ――下手をするとチンイツまでいっているかもしれない。上がられたらこんな微差のトップなんて確実にひっくり返ってしまう。
ところがそんな逆転の一手を放ったはずの知美は何故か浮かない表情で言った。
「ねえ、よく『九連宝燈を上がると死ぬ』っていうけど、そんなことあるわけないわよね」
「あ、よく聞くよね、それ。確か『麻雀放浪記』のラストでも死んでなかったっけ?」
三上先輩が山からツモりながら明るく答えた。それに続いて今まで沈黙を守っていた第四の打ち手である本庄先輩が平坦な声で言った。
「それは単に上がる確率が極端に低いからそう言われているだけ……普段から心臓が弱い人間が興奮しすぎて発作を起こすことはあっても、麻雀で上がったから不幸になるとか死ぬとかいうことはありえない……ただのデマ、迷信……」
こっちはこっちでテンションの低さは二十四時間変わらないな。哲夫は本庄先輩が発言したことに驚きつつも、知美の発言の理由を考えていた。
ほとんどありえないような事だと思うが、九連宝燈をテンパイしている、そういうことだろうか。だが、九連宝燈をテンパイしていても別の上がり牌が出てしまったらただのチンイツになってしまう。見逃すにしてもリーチをかけたらフリテンになってしまう。トップになれるなら役満じゃなくてもチンイツで十分だっていうことだろうか――いや、これはあの知美の性格からしてありえない。知美は理想形が見えているのに妥協するような奴では絶対にない。だとすれば、まさか、九連宝燈の九面待ち!
恐るべき結論にたどり着いた哲夫は思考を再検証してみた。だが、そこには矛盾は見当たらなかった。リーチの理由、そして九連宝燈の話をした理由は他の人間を勝負から下ろさせるため。九面待ちなら他の人間の振込みを期待しないでも自分でツモ上がる可能性は十二分にある。ロン上がりを捨てるデメリットより他の河を見ない人間に強気で打たれて上がられてしまうことの方がよほど怖いというわけだ。
哲夫が思考をめぐらしている間に三上先輩は「現物!」と叫んで三枚目の「中」をツモ切っていた。本庄先輩は無表情に知美が序盤に捨てた牌を手牌から選んで切った。勝負する必要はないから当然と言えば当然だ。しかし、あいにくとそれは哲夫の上がり牌ではなかった。
ゴクリとツバを飲み込んで哲夫は山に手を伸ばした。ここで上がり牌をツモることができれば――
目をつぶって思い切ってツモった牌をゆっくりと目を開いて見る。哲夫の視界に飛び込んできたのは、無常にも「三萬」の文字だった。
ダメだ。この牌は――切れない。
哲夫はほっと肩で息をつくとツモった牌を手牌に加えて考えた。現在の待ちの形は筒子で「七七七八」の「六八九」の三面待ちテンパイだ。「六筒」か「九筒」なら平和がつき、「八筒」ならタンヤオのみという形。とりあえずは「八筒」切りで「三萬」の単騎待ちでテンパイを維持するのが常道か。これなら後で「ニ萬」とか「四萬」をツモってきても「七筒」を落として平和にすることもできるし。
哲夫はわずかに残されたチャンスに期待して「八筒」を切った。
「ロン!!」
「え?」
反射的に声の方を向いた哲夫の前には知美の得意げな顔があった。続いて知美が手牌を広げる。
「ロン、リーチ、一発、白、ドラ3」
さらにドラ表示牌の裏の牌を見てダメ押しを追加。
「――裏2、倍満ね。1万6千よ」
「な、んな……」
そんなバカな、よりにもよって「八筒」単騎待ち! 広げられた知美の手牌は多少萬子の割合が多いもののホンイツですらなかった。思わず哲夫は叫んでいた。
「や、だって九連宝燈は!?」
「ただの世間話よ」
しれっとした顔で知美が答える。つまり全てはブラフで罠だったということだ。たまたま河の状態が利用できそうだったから、意味ありげな言葉で相手を下ろさせて切るべきでない牌を切らせる罠――まんまとそれに引っかかってしまったのだ。
最下位に転落した哲夫は知美に点棒を差し出してそのまま卓上につっぷした。一気に疲労感が出てきて何も考える気力が出てこない。
そしてそのせいで哲夫は何故知美が「中」単騎でなく「八筒」単騎を選んだのかという当然気づくべき重大な疑問に気づくことが出来なかった。
答えはただ、知美と無残な哲夫の姿を鏡のように映し出すブラウン管だけが知っていた。
<終>
あとがき
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