「きる・みぃ・てんだぁ」

「あの〜、あたしを殺していただけないでしょうか」
 誰だってこんなことを言われたら戸惑うと思う。
 ましてや相手が見ず知らずの中学生ぐらいの女の子で、おまけに場所は昼下がりの大勢の人が行きかう駅前とくれば、これがどれだけ場にそぐわないシチュエーションかということがわかろうというものだ。
 だから、僕の返した反応も思いっきり大きな疑問符のくっついたものだった。
「――はあ?」
「ですから、あたしを殺してほしいんですけど、ダメですか?」
「いや、ダメっていうか……」
「あ、殺すっていってもあんまり痛いのとか怖いのは嫌なんで、できれば優しく殺してほしいんです」
 聞いちゃいないし。
 僕は期待に満ちた視線で見上げてくる女の子を改めてよく見てみた。芸能人顔まけってことはないだろうけど、クラスのアイドルになるには十分だ。
 かわいいのになぁ……かわいそうに。
「あの〜、聞いてます?」
「あ、ゴメン。ちょっと急いでるんで」
「あ……」
 僕はあいまいな愛想笑いを浮かべてそそくさとその場を離れた。背後に女の子がひきとめようとする気配を感じたが、とりあえず気づかなかったことにする。関わりあいになると、ろくなことにならないのは容易に想像がつく。
 でも――ちょっとひどかったかな?
 つくづく自分でもお人よしだと思うのだが、女の子のことが気になった僕はよせばいいのに女の子の方を振り返ってしまった。
 すると女の子は(外回りの営業中なのかどうかわからないけど)スーツ姿の中年の脂ぎったおっさんに話し掛けているところだった。
「おいおいおいおいおい……」
 猛烈に嫌な予感がした僕は慌てて女の子の元へ引き返した。二人に近づくにつれ会話の内容がはっきりと耳に入ってくる。
「え、ホントにいいんですか?」
「ああ、おじさんがお嬢ちゃんを天国へ連れてってあげるよ」
「あの、お願いですけど、優しくしてくださいね」
「うんうん、もちろんだとも。おじさんの手にかかるとみんなすぐに『死んじゃう死んじゃう』って言うんだよ、うえっへっへっ」
 だああっ、何やってんだ!!
 エヘラ笑いのおっさんが女の子の肩を抱こうとする間に僕は割って入った。そしてその勢いのまま誰が口を開くよりも早く一気にまくしたてる。
「やあ待った遅れてごめんねさっそく一緒に行こうか、あ、この子が何か変なこと言ったかもしれませんが冗談なんで気にしないでくださいね、んじゃそういうことで」
 僕はすばやくおっさんにおじぎをして、女の子を強引に小脇に抱えて全力で駆けだした。客観的に見ると人さらい以外の何者でもないだろうが、そのことはあえて意識しない。こういう場合、素に戻ったら負けなのだ。
 なんとか駅前から少し離れた公園まで来た僕は女の子を下ろした。いかに軽い女の子とはいえ、人間一人を抱えて走るなんて無茶をしたのでかなり全身ガタガタだ。
 肩でぜえぜえ息をする僕を思案気に見ていた女の子はやがてポンッと両手を叩いて僕を指差した。
「さっきのお兄さん!」
「遅いよ」
 僕はツッコミをいれ、深呼吸をして息を整えた。そして女の子に優しく諭した。
「さ、僕の正体がわかったところで家に帰りな」
「あれ? 急いでるんじゃなかったんですか?」
 女の子は小首をかしげて僕を見た。どうやらさっき僕が言ったことを真に受けているらしい。かわいいんだけど、果てしなくテンポがずれている。
 しかし、君から逃げるためについた嘘だ、と面と向かっては言えないよな。
「ま〜、その、なんだ。アレだよ。もう用事は済んだんだ。うん、そう、用事は済んだんだ。だから今は急いでないんだよ」
「あ、そうだったんですか」
 またあっさり納得する子だな……
 すると女の子はパッと顔を輝かせて突然僕の手をとった。
 そして瞳をうるうるさせて僕の目をみつめてきた。
「お願いします! 急ぎの用事が終わったんでしたら、あたしを殺してください」
 しまった。いい加減なことを言ったせいで完全に墓穴を掘ってしまった。
「う、いや、急ぎの用事は済んだんだけど――」
「お願いします!」
 つくづく男ってのはバカな生き物だ。女の子にうるうるでお願いされたら、言うことをききたくなってしまうのだ。これはおそらく太古から受け継がれた本能だ。だから僕がはっきりと断れなかったのは仕方のないことなのだ、たぶん。
「――ちょ、ちょっと待ってくれ。君を殺すとか殺さないとかの前に、なんで君はそんなに殺されたがってるんだ? それを聞かないことには判断できないよ」
 僕は苦しまぎれの質問で時間をかせぐことにした。もちろん引き受けるつもりなぞさらさらないのだが、とりあえず断るためのうまい言い訳が思いつくまで時間をかせがなければ。
 すると女の子はコクリとうなずき、笑顔で言った。
「ドッヂボール」
「は?」
「ドッヂボールは知ってますか?」
「そりゃあまあ、一通りはね」
 でもなんでドッヂボールなんだ?
「あの、ドッヂボールって外野の人は敵にボールを当てたら中に戻れて、内野の人は敵にボールを当てたら『命』がプラス1で次に敵に一回当てられても大丈夫ですよね?」
「そうだなあ……」
 かなりローカルルールくさいが、確かに昔そんなルールで遊んだような気もする。
「それと同じなんです」
「何が」
「今、あたしは『命』がプラス1の状態なんです。だから殺してもらって普通の状態にしてほしいんです」
 殺してほしい理由としては実に論理的だ。優しく殺してほしいという条件の説明にもかなっている。唯一問題があるとすれば、前提条件の『命』がプラス1だとかいう理論が到底受け入れられないということだけだな。
「そういうわけなんで、よろしくお願いします」
「あのさ……ちょっと質問があるんだけど」
「いいですよ?」 
「まず、君の『命』がプラス1ってことは――君は誰かを殺したのかい?」
「はい、そうなんです」
 女の子は当然とばかりにあっさりとうなずいた。少しばかり困らせるつもりの質問だったのに拍子抜けだ。もちろんそれが事実であるはずはないんだろうけど。
 続けて僕はもう一つの疑問を口にした。
「それじゃもう一つ聞くけど、なんでせっかくその『命』があるのにそれを無くそうとするんだ? もったいないじゃないか」
「あ、それは……」
 ここにきてようやく、というわけでもないが、女の子は突然挙動不審になり目をあさっての方向にさまよわせて言いよどんだ。
「それは――何?」
「い、いいじゃないですかそんなことどうでも。とにかくあたしを殺してくれればそれでいいんです」
 はいそうですか、とは言えんわな。この悪い冗談につきあうのもここまでだ。
 僕はまっすぐに女の子の目を見つめて言った。
「悪いけど、それはできないよ」
「え!?」
「それと、世の中には悪い人も多いから軽々しく『殺してほしい』だなんて口にしちゃダメだ。君がどんなつもりだろうと、相手が何をするかはわかんないんだからね。さ、今日のところはとりあえず家に帰るんだ」
 僕はきびすを返し、再び駅に戻るために歩き出した。
「待って!」
 すると女の子は僕の服のすそを掴んだ。そしてそのまま数歩分ひきずられる。
 なんなんだよこの子は! 忍耐の限界が近づいてきた僕は少し強引にふりほどいた。
「あのね――」
「きゃっ」
 その拍子に女の子はあっさりとはね飛ばされ、地面に倒れこんでしまった。
「あ、ゴメン、大丈夫?」
 僕は慌てて女の子の元に駆けより、手をさしだした。
 ――が、女の子は僕の手を取るどころか、地面にぐったりと横たわったまま身動き一つしようとしなかった。
 からかってるん……だよな。
 背中を冷たい汗が濡らす。こんなことで死ぬわけがないとは思いつつも、打ち所が悪かったのではないかという気もしてくる。
 と、とにかく脈を見るのか? それとも息をしてるか確かめるのが先だったか?
 僕は混乱する頭を空回りさせつつ、女の子の方へ手を伸ばした。
 その時――
 むくりと女の子は起きあがると、そのまま立ちあがり、何事もなかったかのようにパンパンと服についた砂を払った。
「あ……」
 僕はひどく間抜けな表情をしていたに違いない。変に中腰で地面に向かって手を伸ばしたままの姿勢で僕は女の子を見上げていた。
 女の子はにっこりと微笑んで言った。
「殺していただいてありがとうございました。これでやっと普通の生活に戻れます!」
「あ? え? あ〜?」
「それじゃどうも、ありがとうございました〜」
 ペコリと頭を下げると、女の子は明るくお礼を言いながら走り去っていった。
「え〜と……」
 一人取り残された僕はかがみこんでいた姿勢を正し、少しの間呆然としていた。そして頭が普通に回りだすと、なんだか妙に笑いがこみあげてきた。
「くっ、くくっ、あははは、何やってるんだろうな、僕は」
 つまりは僕はあの女の子にからかわれていただけだったんだ。あんなことで死ぬわけなんかないのにあんなに慌てて、まったくバカ丸だしだ。
 だけど、あの女の子のやったことがタチの悪い冗談だと分かってみても、不思議とあの女の子に対する怒りはわいてこなかった。正直、あの女の子がかわいかったからなのかもしれない。
(なんだ、お前ロリコンだったのか)
 い、いや、違うぞ。かわいかったってのはそういう意味じゃなくて、もっとこうなんていうか――
(隠すな隠すな、別にロリコンでもかまいやしねえよ)
 だから違うんだって! ――って、あれ?
 その時になってこの状況がとてつもなく奇妙なことにようやく僕は気がついた。無意識に返事をしていたが、聞こえてきた「声」は頭の中に直接響いていて、何より奇妙なのは僕は口に出していないのに会話が成立してしまっているのだ。
(へっ、やっと気づいたようだな)
「な、なんなんだよこれ? 誰なんだよ、お前!?」
(わざわざ喋らなくても聞こえてるぜ。俺はつまりプラス1の『命』って奴だ。さっきの娘も言ってたろ? 殺したら相手の分の『命』が手に入るんだよ)
「そ、そんな馬鹿な話が……」
(別に信じないのはお前の勝手だけどな。ま、俺が次の宿主に移るまで仲良くやろうや)
 そう言って(といっても聞こえているのは僕だけだが)『命』は下卑た声で笑った。
 しばらく考えた僕は、たまたま前の道を通りかかったいかにもお人よしといった印象の青年に声をかけた。
「すいません、ちょっとよろしいでしょうか?」
「はい?」
 振り返った青年に僕は言った。
「突然なんですが、僕を殺していただけませんか?」

<ENDLESS>

あとがき

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