「Iの悲劇(解決編)」
「本当に? 誰のメールなのかわかったの?」
今日子が半信半疑で尋ねると瑠璃子は自信たっぷりに答えた。
「あたしはそのつもりだよ。――たぶん証明することもできると思う」
そして瑠璃子はちらと壁にかかった時計に目をやった。時間は4時を少し回ったぐらいだ。
「説明する時間はありそうだし、順番に説明するよ。その方が今日子も納得しやすいだろうし。もちろん疑問があったらその都度聞いてくれたらいいよ。そういうことでいいか?」
今日子と小百合はこくこくと首を縦に振った。瑠璃子は少し逡巡した後、今日子に言った。
「どこから話せばわかりやすいかな――まずは確認だけど、今日子は携帯を持ってないんだよな?」
「え、ええ、持ってないわ」
「そう、今日子は携帯を持っていない。なのにメールは受けとった。これはいったいどういうことだろう」
瑠璃子の言葉に小百合はさっきからスクリーンセーバーが起動しっぱなしになっているデスク上のノートパソコンを指差した。
「え〜っと、そこのパソコンで受けとったってことなんじゃないの? きょうちゃん、違う?」
「うん、そうだけど――それがどうかしたの?」
瑠璃子は今日子の問いには答えず、いきなり立ち上がった。そしてデスクの前まで歩いて行き、ノートパソコンに手をかけた。
「ちょっとだけこのパソコン、触らせてもらっていいかな?」
「――それは説明に必要なことなのね?」
「説明、というよりは証明にだな。どうしてもってわけじゃないけど、見せてもらえると助かる」
「わかったわ。見ていいよ」
「さんきゅ。そう言ってくれると思ったよ」
瑠璃子は椅子を引き、デスクの前に座った。瑠璃子がマウスを動かすとスクリーンセーバーはかき消え、代わりにメーラーが画面に現れる。表示された件のメールの内容を確認した瑠璃子は、マウスとキーボードで何やら操作しながら言った。
「ところでこの『I・U』っていうのだけどな、これはイニシャルなんかじゃないよ」
「えっ、でもどう見たってそれは――」
「イニシャルにしか見えない、って言いたいんだろ。だけどこれがイニシャルだとすると不自然な点が多すぎるんだ。まず、メールっていうのは普通、登録された名前が表示されるから本文中に署名は必ずしも必要じゃないんだ。手紙と違って」
「だからそれはメールを代理で送ってもらったから署名してるんじゃないの?」
瑠璃子は椅子を回転させ、今日子に向き直って問いに答えた。
「常識的に考えてみなよ。さっきも言ったことだけど、ラブレターを代理で送ってもらうなんて普通は『ありえない』ことだろ。それに百歩譲って代理で送る奴がいたとしても、イニシャルで署名するのは不自然なんだ。一般的にラブレターにイニシャルで署名する理由があるとすれば、それは『匿名性の維持』ってことぐらいだろ? でも今回の場合、代理で送ってもらったなら、その時点で植田君に対しては匿名性なんてものは失ってしまうから意味が無い。それに署名した理由が『代理で送ってもらったから』だとするなら、イニシャルなんてあいまいなものだと誰のメールだかわかんないからこれまた意味が無い。実際、今日子も3人の候補から絞り込むことができなかったわけだしね。――さらに付け加えると、きちんと自分の名前を書かないと代理でメールを送るように頼んだ奴のメールだっていう風に誤解される危険性があるだろ? ましてや代理で送るように頼んだ相手が好きな女の子と仲のいい男子だとしたら、わざわざそんな致命的な誤解を招きかねないことをすると思うか?」
「それじゃあ……それじゃあ、瑠璃子はメールは代理で送ってきたものじゃないっていうのね?」
「そういうこと。このメールは植田君のメールだ。間違い無いよ」
「でも、それなら文末の『I・U』は何なの? その説明がないと――」
すると瑠璃子はいきなり右手の人差し指で今日子を指差した。ぎくりと身をこわばらせる今日子に瑠璃子は告げた。
「『U』は君だ」
次に瑠璃子は右手の親指で自分の胸を指差した。
「それで『I』は私、そういうこと」
説明はそれで終わりだと言わんばかりの瑠璃子に小百合は率直な感想を述べた。
「る〜ちゃん、それってどういうこと?」
「わかんない?」
「うん、まるっきり。120%わかんないよ」
「そんな自信たっぷりに言われてもな――まぁ、いいけど」
瑠璃子は椅子の上であぐらをかき、足に手をひっかけるという行儀がいいとはとても言えない姿勢をとりつつゆっくりと言った。
「だから『U』は『ユー』なんだよ。『ワイ・オー・ユー』の『YOU』、日本語でいうところに『君』とか『あなた』だ。まっとうな英語とは言いがたいけど、そういう風に省略して表現することがあるっていうのはわりと有名な話だよ。それこそ軽音で洋楽のコピーバンドをやってる植田君なら慣れ親しんだ表現のはずだ。それで『I』はそのまんま『I』。日本語で言うと『私』だ。英語の基本だろ、これは」
「あ〜、なるほど。つまり『I・U』っていうのは『私とあなた』っていう意味だっていうのね」
小百合は素直に感心した。しかし、今日子はすっきりしない表情で瑠璃子に尋ねた。
「確かに、そう言われるとそうかもしれないっていう気はするけど……でも、文末に『私とあなた』って書いてあるのも変な気がするし……それで本当に間違い無いの?」
「疑問に思うのは当然だな。でもこの話にはまだ続きがあるんだ」
瑠璃子は椅子をくるりと半回転させ、小百合の方に体を向けた。
「さゆりん、さっきメールを送ったんだけど届いてないか?」
「えっ、あ、うん、ちょっと待って」
小百合は鞄から携帯電話を取り出し、センターにメールが届いていないか問い合わせを行った。すると、軽やかなメロディが流れ、メールの着信を知らせた。
「届いてるみたいだよ。このアドレスのメールでいいんだよね」
小百合が読み上げたメールアドレスに対して、瑠璃子はうなずいた。
「それじゃあ、そのあたしが転送したメールを開いてくれよ。そしたらわかるはずだ――何もかも、な」
「そうなの?」
今日子が固唾を飲んで見守る中、小百合は携帯電話を操作し、そして叫んだ。
「ああっ!」
「ど、どうしたの? 何があったの?」
「見て、きょうちゃん!」
小百合に興奮気味に携帯電話を付きつけられた今日子の目が驚愕に大きく見開かれる。
「『I』と『U』の間がハートマークになってる!?」
「つまりは、そういうこと」
瑠璃子は淡々とした口調で言った。
「メールの送り主である植田君は『アイ・ラブ・ユー』って素直に書く代わりにそういう気取った書き方をしたんだろうけど、今日子は携帯を持って無くてパソコンのメールを使ってたから絵文字が文字化けして正しく表示されなかったんだよ。パソコンには絵文字なんて入ってないから、代わりに未登録の外字データってことで黒点が表示されたんだ。植田君が今日子のメアドを見て絵文字が使えないって気づかなかったのが何でなのかは知らないよ。単にパソコンのメアドだって気づかなかったのかもしれないし、絵文字が携帯同士じゃないと使えないことを知らなかったのかもしれない。ただ事実としては、植田君は絵文字入りのメールを送って、そのせいで今日子が混乱した――それだけの話」
そして瑠璃子は再び椅子を回転させ、今日子に向かってにっこりと微笑んだ。
「よかったな。どうやら両思いらしいじゃないか」
「あ――うん」
状況がうまく認識できないのか、今日子は呆然とした様子で答えた。
「植田君が、私のこと、好き――」
「そうだよ! 植田君はきょうちゃんのことが好きで、中央公園で待っててくれるんだよ!」
小百合の言葉に今日子は弾かれたように立ち上がった。
「――私、公園に行ってくる!」
宣言した今日子は部屋の扉を勢い良く開け、部屋を飛び出した。そしてすぐに階段を駆け下りる音、玄関と門を開閉する音が立て続けに聞こえた。
瑠璃子と小百合が窓を開けると、今日子が駆けだしていこうとする姿が目に入った。今日子は家から出て数歩進んだ所で振りかえり、両手をメガホンの形にして大声で叫んだ。
「二人とも、ホントにありがと〜! この恩は一生忘れないわ!」
そしてぴょこんと頭を下げると、再び振りかえり、一目散に走り去って行った。
「――行っちゃったね」
「――行っちゃったな」
今日子を見送った瑠璃子と小百合は窓を閉め、部屋に通された時と同じく折りたたみ式テーブルのまわりに敷かれた座布団の上に腰を下ろした。
「それにしてもる〜ちゃんはすごいね。何であんなのわかったの?」
瑠璃子は大げさに肩をすくめてみせた。
「何でって言うほどのことでもないよ。情報の欠片(ピース)をきちんと正しく並べてやれば、一つの『絵』が見えてくるんだ――ちょうどパズルみたいに。それだけだよ」
小百合はむっとしてほほを膨らませてそっぽを向いた。
「ど〜せ私は『それだけ』のことができないですよ〜だ」
「別にそういうつもりで言ったんじゃないって! さゆりんはさゆりんであたしには考えもつかないことを思いつくことができるからすごいと思うよ。本当に」
慌てて瑠璃子がフォローしようとすると、小百合はぷっと吹き出してへらへらと笑った。
「じょ〜だんだよ、じょ〜だん。る〜ちゃん推理はすごいのに、こういうのにはすぐに引っかかるんだから」
「――あのなぁ」
呆れる瑠璃子をよそに小百合は勝手に話題を変えた。
「ところで今回の事件、何て呼ぶことにしよっか。名探偵の助手、ワトスン小百合としては是非とも記録に残さないといけないわけだけど、やっぱりふさわしいタイトルがなくっちゃいけないよね」
「いいよ、別にそんなの残さなくたって」
「う〜ん――――そうだ! 植田君のイニシャルが『I』じゃなかったことで起こった騒ぎだから『Iの悲劇』っていうのはどうかな? ハートの絵文字が化けたのがそもそもの原因だからラブの『愛』の悲劇っていう意味もかかってるし、完璧じゃない? あ、でもハッピーエンドだから悲劇じゃなくって喜劇の方がいいのかな?」
「ま、少なくともあたしにとっては悲劇だけどな」
瑠璃子が投げやりに言ったセリフに小百合は一瞬きょとんとした表情をみせ、何かに気づくと同時にはっと口に手を当てた。
「ひょっとして、る〜ちゃんも植田君のことが――」
「何考えてんのか想像がつくけど、違うぞ」
言って瑠璃子は大きくのびをした。
「今日子が出かけちゃったらベスを押さえててくれる人がいないからあたしはこの家から出らんないだろ――これを『悲劇』って言わないで何て言うんだ?」
<終>
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あとがき
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