「Iの悲劇(出題編)」

 初夏の住宅街を二人の少女が歩いていた。
 グレーのスカートに白い半袖のブラウス。胸元は短めの赤いタイが彩っている。そして手には校章入りの紺色の鞄。地元の人なら誰でも見なれている誠蓮高校の制服だ。  
 同じ制服を着ていても二人の外見は大きく違っていた。一人は小学生と言っても十分に通用しそうなぐらい小柄な少女で、頭の左右でしばったいわゆるツインテールの髪をピコピコと揺らしている。かわいらしいと言っていい顔立ちをしているのだが、吊り目がちで好奇心の強そうな瞳のせいか、どことなく少年のような印象がある。そしてもう一人の少女は背が高く、ゆるやかにウェーブのかかった長い髪をつややかにながした、おとなしそうないかにも少女然した印象だ。対称的な二人で共通点らしきものは見当たらないが、それでも歩調を合わせてしゃべりながら歩いているところをみると、二人の関係は仲の良い友達同士といったところらしい。 
 と、会話の中で、ツインテールの少女はずっと感じていた疑問を口にした。
「――あのさ、今日子が休みだから誰かがプリントを届けなきゃいけないってのはわかるよ。それで近所だからさゆりんが届ける役目を引きうけることになったっていうのもわかるよ。けど――」
 ツインテールの少女は傍らを歩くロングの少女を見上げた。
「なんであたしがそれについてかなきゃいけないんだ?」
 ロングの少女は問いに対して即答した。
「だって、る〜ちゃんは私の親友だからだよ」
 ツインテールの少女――る〜ちゃんこと薔薇野瑠璃子はその答えに眉をひそめた。
「それ、答えになってないよ。論理的じゃないし」
「え〜っっ! そんなぁ」
 ロングの少女――さゆりんこと水無瀬小百合は祈るように手を組んで瞳をうるませた。
「る〜ちゃんは私の親友じゃないの? 病める時も健やかなる時も一緒なのが親友でしょ」
「――それは結婚式の誓いだと思うけど」
「うう……」
「あ〜もうっ、そんな目で見るなよ! ついてきゃいいんだろっ、親友だから」
 こくりとうなずく隣の親友に瑠璃子は苦笑した。こんなやりとりも毎度のこと。本気で怒っていたら身がもたないのだ。
「んっとにもう、しょうがないなぁ。――ところで、確かこの辺だよね。今日子の家って」
「あ、そうなんだ」
「――ちょっと待った」
 小百合の言葉に瑠璃子は足を止めた。2,3歩先に進んだところで小百合も足を止めて怪訝そうに振りかえる。
「え? どうしたの?」
「どうしたのじゃないだろっ! さゆりん、今日子の家知ってるんじゃなかったの!?」
「ううん、知らないよ。そんな近所っていうほど近くもないし」
「あ・の・な〜、場所もわかんないのにどうやってプリントを届けるつもりなんだよ」
 瑠璃子の指摘に小百合は少し中空をにらんだ後、軽く手を叩いた。
「――ああ!」
「『ああ!』じゃないだろ〜。これからどうすんだよ」
「……どうしよう」
 本気でうろたえはじめた小百合を見て瑠璃子は深くため息をついた。
「――とりあえず、本人に聞いた方がいいだろ〜ね。今日子の携帯の番号は知ってる?」
「え〜っと、確か今日子は携帯持ってなかったと思うよ。家の番号は連絡網の紙見ないとわからないし……」
「だったら、今日子の家を知ってそうな子に聞くしかないな。七海とかなら知ってそうな気がするけど」
「うん、それじゃちょっと聞いてみるね」
 小百合は鞄から携帯電話を取りだし、電話をかけた。電話の相手は今日子と共通の友人のクラスメイトだ。
「――あ、七海ちゃん。今電話大丈夫?――うん、そう、ちょっと聞きたいことがあるんだけどいいかな? あのね、七海ちゃん、きょうちゃんと仲いいよね。きょうちゃんの家、どこにあるか知ってる?」
 電話の向こうの返事を聞いた小百合は瑠璃子に軽くウインクした。どうやら肯定の返事があったらしい。
「うん、今たぶん近くまで来てるはずなんだ。――え、第三公園?」
 漏れ聞こえた言葉に瑠璃子は道の右手を見た。そこは背の低いフェンスで囲われた小さな公園になっていた。入口には木を模した2本の車止めが立っていて、その車止めの一つには「美山台第三公園」の文字がはっきりと刻印されていた。
「うん、ちょうどその第三公園の前。――えっと、公園の北側の入口?――その真向かいにある、2階建ての屋根の青い家?」
 瑠璃子は道の左手に視線を移す。すると今日子の名字である「桂木」という表札が埋めこまれた門柱が目に入った。その奥を見れば、当然のように2階建ての青い屋根を持つ家が鎮座していた。
「――うん、ありがと〜。じゃ、また明日ね〜」
 携帯のボタンを押して通話を終えた小百合は瑠璃子にためらいがちに言った。
「……え〜っと、今日子の家の場所、わかったよ」
「知ってる。っていうか、この話題はもうやめよ。なんか悲しくなってくる」
「そだね。――んじゃ、気を取り直して今日子にプリントを届けよっか」
「賛成」
 携帯電話をしまった小百合と瑠璃子は今日子の家に改めて向き直った。どこにでもある築10何年かぐらいの平凡な一戸立てだ。門から玄関までの間のちょっとした庭には犬小屋があり、茶色っぽい中型犬がまぶたを閉じて寝そべっているのが見える。
 瑠璃子がインターホンを押すと、軽やかな電子音が家の中で響いた。そして20秒ほど待っても返事がないので、瑠璃子がもう一度インターホンに指を伸ばしたその時、玄関のドアが細く開いた。
「誰……?」
「きょうちゃん、私だよ〜。今日の分のプリント持ってきたよ。あ、る〜ちゃんもいるよ」
 うかがうように問いかけてきた今日子に小百合は明るく言った。すると少し逡巡するかのような間をおいて今日子は答えた。
「――ありがと。ちょっと待ってて、今部屋片付けるから」
 返事と共に再び閉ざされたドアを見つめて瑠璃子は小百合に言った。
「なあ、ちょっと今日子の様子、変じゃなかったか?」
「え、そうだった?」
 逆に問い返された瑠璃子は歯切れ悪く言った。
「別にさゆりんが全然そうな風に感じなかったっていうんならそれはそれでいいんだけど……」
「それはあれだよ。今日子が風邪ひいてるからいつもよりテンションが低いだけだよ。気のせい、気のせい」
「そうなのかな? でもあれは風邪っていうより――」
「お待たせ」
 瑠璃子の言葉を遮るように玄関のドアが開き、今日子が姿を現した。
「もう入っていいよ。門に鍵はかかってないから。あ、ベスは噛まないから安心して」
 おそらくベスというのが犬小屋にいる茶色っぽい犬のことなのだろう。だが、瑠璃子と小百合は今日子の姿に驚いて今日子の言葉は耳に入らなかった。
 瑠璃子は思わず呆れたような調子で今日子に問いかけていた。
「ど〜したんだその顔?」
 今日子は目のまわりを真っ赤にはらし、充血した目でぎこちない笑みを浮かべていた。どんな鈍い人間でも今日子がさっきまでずっと泣いていたのだということは想像がつく。
「……ちょっと、ね。気にしないでいいからあがってよ」
 力無く微笑む今日子の様子に瑠璃子と小百合は顔を見合わせ、うなずきあった。
「それじゃ遠慮無く――そこの犬は大丈夫だよな」
 瑠璃子はベスに視線を向けた。主人の姿をみとめたベスはいつの間にか犬小屋を出て今日子の足元にすり寄っている。しっぽをちぎれんばかりに振りたくって喜びを示すその姿からは「危険」という言葉は対極にあるように見える。今日子もその印象を補強するようにうなずいた。
「ええ、今までベスは人を噛んだことは一度もないわ」
「でも、今までになかったっていうのは今回もないっていう保証にはならないよ」
「大丈夫だって言ってるじゃない。犬、苦手なの?」
「――否定はしない」
「ふ〜ん、そうなんだ。こんなにおとなしいのに、ねぇ」
 言いながら今日子は身をかがめ、ベスの首輪を掴んだ。そして瑠璃子に向かって言った。
「ベスは押さえてるから、今のうちに入って」
「悪い」
 瑠璃子は門を開け、そそくさと庭を走りぬけて玄関の扉の内側に進んだ。よく言えば忍者のような動きだが、傍から見ると丸きり不審人物である。一方ベスはというと特段興奮することもなく今日子に首根っこをつかまれたままおすわりの姿勢で待機しているだけであった。 
 続いて庭に入った小百合は今日子の元へ行き、一緒に身をかがめてベスの頭をなでた。ベスは目を閉じてなすがままにされている。
「かわいいな〜、でもあんまり番犬としては役に立ちそうにないね」
 小百合の疑問に今日子は首輪から手を離して立ちあがりながら答えた。
「そうね。でも、ペットは役に立つとか立たないとか、そういうので飼うわけじゃないでしょ?」
 瑠璃子も玄関の扉の陰からそれに付け加えて言った。
「それに『犬がいる』っていうだけで実際にほえたりするかどうかは別として防犯効果はあるらしいしな。泥棒からしたらその犬がおとなしいかどうかなんてわからないわけだし」
「なるほどね〜。――ベス、ばいば〜い、また後でね〜」
 ベスに手を振りつつ小百合が玄関に入ったところで今日子は扉を閉めた。 
 それを確認して、先に入っていた瑠璃子は靴を脱ぎながら奥に向けて呼びかけた。
「おじゃましま〜す」
 しかし呼びかけに答える声はなく、代わりに背後の今日子がサンダルを脱いで自分も上がりつつ言った。
「母さんは仕事に出てるわ。今うちには私達だけよ」
 そして今日子は瑠璃子の横をすり抜けて玄関横にある階段を上り始めた。
「私の部屋は二階なの。とりあえずあがってよ」
 今日子に案内された部屋は落ちついた印象の、それほど広くはないものの整理のいきとどいた快適そうな部屋だった。ベージュ色の壁紙を基調としてカーテンやベッドの色を統一した大人っぽいコーディネートは今日子の人柄をよく反映している。――畳の上にカーペットを敷いて洋風に見せかけているという事実をここで指摘するのは野暮というものだろう。
「ぬいぐるみはないの?」
 キョロキョロと部屋を見まわす小百合の後頭部を瑠璃子は軽くたたいた。
「自分を基準に考えない。――素敵な部屋じゃん。あたしは好きだな、こういう感じ」
「ありがと。何か飲み物持ってくるから座ってて」
 今日子は折りたたみ式のテーブルを広げ、座布団を置くとそそくさと部屋を出ていった。
 足音が階下へ遠ざかっていくのを聞きながら小百合は深刻そうに瑠璃子に話しかけた。
「ねぇ、る〜ちゃん。今日子、何があったのかな?」
 それに対して瑠璃子はどっかと座布団にあぐらをかいて、いかにも面倒くさそうに答えた。
「ま、大体見当はつくけどな」
「え? 何があったかわかるの?」
 小百合は瑠璃子の向かいに座りながら、驚きを隠そうともせずに言った。
「そりゃあ絶対とは言わないけど……でも、この想像が外れてるとは思わないよ」
「さっすが名探偵!」
「名探偵じゃないって」
 苦笑混じりに手を顔の前で振って否定する瑠璃子の前に小百合は身をのりだした。
「それで、何があったの?」
「さゆりんには言えない」
「え〜、何で〜?」
「あたし達には関係のないことだからだよ。この問題は今日子の問題で、あたし達が口出しするようなことじゃないってこと。それにあたし達が心配しなきゃいけないような種類の問題でもないみたいだし」
 瑠璃子の言葉に小百合はのりだした身を戻しながら、口をとがらせた。
「る〜ちゃんだけわかってるなんてずる〜い。教えてくれたっていいじゃない」
「だからダメだって」
「私、案外口がかたいんだよ」
「案外って自分で言ってどうするんだよ。こういうことは――」
 と、そこへジュースの入ったグラスののった盆を手にした今日子が戻ってきたので瑠璃子は口をつぐんだ。今日子は会話が突然止まったのに少し眉をひそめたが、すぐに笑顔で言った。
「お待ちどうさま。オレンジジュースでよかった?」
「さんきゅ。全然おっけーだよ」
 瑠璃子が答え、それに小百合も合わせてうなずいた。今日子は盆をテーブルに置き、グラスを並べて自分も座った。
「あ、そうだ、忘れない内に」
 小百合は鞄からプリントの束を取り出し、今日子に差し出した。
「このプリント、提出期限が月曜までだから」
「わざわざありがと。迷惑かけちゃったね」
 今日子はプリントを受けとりながら、さりげなく言った。
「――ところで、さっき何の話してたの? 気になるな」
「あ、それはきょうちゃんに何があったのかる〜ちゃんが教えてくれないから、それを聞きだそうとしてたんだよ」
「ちょっとさゆりん!」
 瑠璃子が制止する間もなく、小百合はあっけらかんと答えた。
「私に何があったか?」
 今日子は顔をこわばらせ、視線を瑠璃子に向けた。明らかに説明を求めている。
 瑠璃子は小声で小百合に文句をいいつつ弱りきった表情で言った。
「後でどのへんが口が固いのか教えてもらうからな――え〜っと、だからその、今日子が学校を休んだ理由が何かって話だよ。安心して、あたしは誰にも言うつもりはないから。さゆりんも含めてだよ」
 しかし、瑠璃子の言葉は今日子を安心させるどころか、余計に態度を硬化させただけだった。
「ちょっと待ってよ! 瑠璃子は何があったか知ってるっていうの!?」
「ん〜、まあ、そのつもりだけど」
「聞かせてよ」
「え?」
「知ってるっていうんならここで言ってみせてよ!」
「――でも、さゆりんも聞いてるけど、いいのか?」
「だって誰も知ってるはずないもの! 瑠璃子が知ってるわけないもの!」
 今日子はヒステリックに叫んで瑠璃子ににじりよってきた。瑠璃子はその迫力に引き気味になりながら言った。
「わかったよ。言うからちょっと落ちつきなよ」
 そして瑠璃子はこほんと空咳を一つして今日子に言った。
「――だから、植田君と何かあったんだろ?」
「!!」
 瑠璃子の言葉に今日子は穴のあいた風船のように先程までの迫力を失い、ペタンと力無く座りこんだ。
「――なんで、なんで知ってるの?」
 瑠璃子に問いかけた今日子は急にはっとした表情になった。
「ひょっとして植田君から聞いたの? そうなの? そうなのね?」
「違う違う、何も聞いてないって!」
 今日子の疑いのまなざしに瑠璃子はあわててかぶりを振った。
「じゃあなんで知ってるのよ」
 瑠璃子は大きくため息をつくと、今日子の疑いを解くべく解説を始めた。
「――それじゃ、ちょっと長くなるけど、最初から順を追って説明するよ。まず、今日子が昨日からか今日からかはわからないけど、ずっと泣いてたっていうのは顔を見ればわかるだろ。それから、学校を休んでまでずっと泣いてたぐらいだから、よっぽどショックなことがあったんだろうってことぐらいは簡単に想像がつくよ。でも、例えば犯罪に巻きこまれるとかその手のことがあったとすれば、両親が仕事にでて今日子を一人にするっていうのは考えにくい。――となると、そのショックなことっていうのはあくまで今日子だけにとっての話で、他の人にとっては取るに足りない種類のことになる。ベスはとりあえず元気そうで、可愛がってたペットが死んだとかいうこともなさそうだし、年頃の女の子にとってずっと泣かなきゃいけないほどショックな事っていったらあとは恋愛がらみっていう可能性が高いだろ。それに部屋を片付けるとか言ってたけど、この部屋を見れば慌てて整理したんじゃなくって普段から整理してあったってことはわかる。片付いてる部屋にそれでもすぐに通すわけにはいかなかったのは、何か隠さないといけないものがあったってこと――例えばそこの壁には四角く日焼けになってない部分があるけど、そこに見られたくない写真か何かがかけてあったんじゃないかな。ショックなことがあってあまり頭が回らないはずなのにそこに気づいたってことは、それがショックなことの原因と密接に結びついてるっていう可能性が高い。このことも好きな人の写真を飾っていた、といういかにもありそうなことを想定すると恋愛がらみで何かあったんじゃないかっていう推理を裏付けている――というわけだよ」
「でも……でも、どうして植田君の名前が出てくるの?」
 瑠璃子は無言でデスクの上におかれたノートパソコンを指差した。そこではスクリーンセーバーが起動していて、次々とスライドショー形式で瑠璃子達のクラスメイトである植田秀治の画像が表示されていた。もっとも今日子とツーショット、というものは一つとして無いようだったのだが。
「そういうわけだから、あたしは誰にも何も聞いてないよ」 
「ふ……」
「ふ?」
「ふええええん」
 瑠璃子に明確に指摘されたことで臨界点を突破した今日子の涙腺は再び決壊し、大粒の涙を流し始めた。突然顔を両手で覆って泣き始めた今日子の姿に瑠璃子は慌てた。
「わ、わっ、ちょっと待ってくれよ!」
「あ〜、る〜ちゃんがきょうちゃんを泣かした〜」
「ってさゆりんが余計なこと言ったのが原因だろっ! ああもう、お願いだから今日子も泣くなよ……」
 狼狽した瑠璃子がなんとか泣きやませようと今日子の肩に手を置いたその時、今日子は瑠璃子の伸ばした手をがっしと握り、体ごと引き寄せた。
「ひゃあっ!?」
「ううううう……」
「あ〜っ! る〜ちゃんの胸で泣くなんて、きょうちゃんずるい!」
「言ってる場合かっ!! ――ったく、しょうがないなぁ」
 小百合にツッコミを入れつつ、自分に抱きついて泣いている今日子に視線を移した瑠璃子は軽くため息をついてあやすように今日子の頭をなではじめた。
 そして5、6分ほど経った頃、ようやく少し落ちついたのか今日子は自分から瑠璃子の体から離れ、しゃくりあげながらも言った。
「――ひっく――ごめんね。まだ涙がこんなに残ってたなんて自分でも不思議。あんだけ泣いたのにね――ひっく――もう気持の整理は済んだと――っく――思ってたんだけど――」
 いたたまれない気分だったが、このまま放って帰るわけにもいかないので瑠璃子は今日子に声をかけた。
「なんて言ったらいいかわかんないけど、とにかく元気だしなよ」
「そうだよ、る〜ちゃんの言う通りだよ。男の子なんて植田君じゃなくても他にいくらでもいるじゃない」
「――頼むからさゆりんちょっと黙ってて」
「え〜っ、何でっ!?」
「さゆりんは一言多いんだよっ!」
「嘘っ!?」
「嘘じゃないって」
 瑠璃子と小百合が不毛な会話をしていると、今日子がぼそっとつぶやいた。
「そうね、それもいいかもね」
「はい?」
 反射的に聞きなおした瑠璃子に今日子は力無い微笑みを浮かべて言った。
「さゆりんの言う通り、男子は一人じゃないもんね。今日の待ち合わせにも行ってみてもいいかも」
「ほら、私の言った通りじゃない」
 胸をはる小百合をとりあえず無視して瑠璃子は尋ねた。
「その、『待ち合わせ』って?」
「うん、私が約束したわけじゃないんだけどね――」
 今日子はそこで言葉を切ってちょっと辛そうな表情を見せた後、ふっきるようにはっきりと言った。
「どうせだから、最初から説明するね。今までさんざん迷惑かけといてなんだけど、もうちょっとだけ愚痴につきあって欲しいんだ。――ダメかな?」
 瑠璃子と小百合が首を振って否定すると、今日子は今までの植田との関係について語り始めた。最初はただの同じクラブの選手とマネージャーだったこと、それが話をしたりしている内にだんだん惹かれていったこと、そして向こうも気安く口を聞いてくれて良い感じになってきたこと、ひょっとしたら向こうも自分に気があるんじゃないかと思っていたこと、つい先日メールアドレスを聞かれてアドレスの交換をしたこと、そして向こうからメールが届いたこと……
「あの〜、ちょっといいかな?」
 小百合がたまりかねて口をはさんだ。
「聞いてたら、なんだかのろけ話みたいな気がするんだけど、ホントにきょうちゃんフラれたの?」
「――そうよ。今からそれを話そうとしてたんだけど、その届いたメールっていうのが問題なのよ」
 そう言うと今日子はおもむろに目を閉じた。
「もう何度も読んだから、見なくても言えるわ――ずっと君のことが気になっていた。最初に会った時はなんとも思ってなかったけど、今は気がつくといつも君の姿を目で探してる。勘違いかもしれないけど、君も僕と同じ気持ちなんじゃないかなって思うことが時々ある。だからもし僕の気持ちを受け止めてくれるなら明日の午後5時に中央公園の噴水の前に来て欲しい――」
 ラブレターというのはもらった本人より、それを聞かされてる方が恥ずかしいものだということを痛感しながら瑠璃子は言った。
「え〜っと、それのどこが問題なんだ? 植田君からそんなメールが届いたんだったら問題どころか、最高の展開じゃないか。後はラブラブバカップル一直線みたいな」
「違うの。違うのよ」
 目を開けた今日子は再びうっすらと涙を浮かべながら吐き出すように言った。
「だって、そのメールは植田君からのメールじゃなかったんだもの!」
「ええっ!?」
「どういうこと!?」
 瑠璃子と小百合は口々に驚きの声をあげた。今まで聞いていた話とつながらないことこの上ない。瑠璃子は改めて今日子に尋ねた。
「ちょっと話が見えてこないんだけど。そのラブメール?が植田君から届いたんじゃないんだとしたら、植田君にフラれたとかいうのはどっからでてきたんだ?」
「ううん、メールは植田君から来たのよ」
「だったら――」
「でも、メールは植田君のものじゃないの」
「はあ?」
「だからね、メールアドレスは植田君のなんだけど、本文は他の誰かのものなの――つまり、植田君は誰かの代理で私にラブレターを出したのよ! 植田君は私のことなんて何とも思ってないんだわ!」
 次第に興奮していく今日子に対して瑠璃子は冷静に言った。
「そう勝手につっぱしらないでくれよ。――で、植田君のアドレスから来たメールが植田君のものじゃないって? そりゃまあメールを使えない人の代理でって可能性はゼロじゃないかもしんないけど、あたしとしては『ありそうもない話』な気がするんだよな。今日子がどうしてそ〜ゆ〜判断をしたのか、そこんとこをもうちょっと詳しく説明してよ」
「――あ、そ、そうだよね。ゴメン、説明が足りなくって。さっき言ったメールには続きがあるのよ。一番最後にアルファベットでアイ、ユーっていうイニシャルが」
「アイ、ユー?」
 瑠璃子が復唱すると小百合が横から口を出した。
「う〜ん、植田君は植田秀治だから、エス、ユーじゃないとおかしいよね」
「でしょ! いくら植田君が頭あんまり良くないからって自分のイニシャルは間違えないよ。やっぱり誰か他の人の代理で出したんだわ」
「だからそう結論を急がないでくれよ。確かにさゆりんの言う通り、イニシャルだとすれば植田君じゃないってことになるけど、その『I・U』っていうのは間違い無くイニシャルなのか?」
「だって他にどう考えれば……瑠璃子は何か思い当たることがあるの?」
 逆に問い返されて瑠璃子は頭をかいた。
「う〜ん、まだ考える材料が足りないから何とも言えないんだけど、あきらめるのは可能性を全部考えてからにしてもいいんじゃないかなって思うんだよ」
「あ、はいっ!」
「どうしたんだ、さゆりん」
 突然手をあげた小百合に瑠璃子が問いかけると小百合は得意げに言った。
「ふっふ〜ん、る〜ちゃんには悪いけど私の方が先に真相にたどり着いちゃったみたいね。きょうちゃん、植田君には何かあだ名があるんじゃない?」
「あだ名?」
「そう、『U』は植田の頭文字だけど、『I』の方はあだなの方の頭文字なのよ。例えば『インペラトール・植田(Imperator・Ueda)』みたいな感じで。これで署名の謎は解決よ」
 卓越しすぎな小百合の推理に少々あっけにとられながら瑠璃子は言った。
「――なんでよりにもよって『皇帝』なのかわかんないけど、それも一つの考え方だな。今日子、植田君にはそんなあだ名はないのか?」
 今日子はかぶりを振って否定の意を示した。すると小百合は信じられないと言わんばかりの調子で言った。
「うっそぉ! 自信あったのになぁ。別に『インセクト・植田(Incect・Ueda)』とか『インスペクター・植田(Inspector・Ueda)』とかでもいいんだけど、それもないの?」
 瑠璃子はやれやれといった表情で小百合をたしなめた。
「あのな〜、手塚治虫じゃあるまいし、自分を虫扱いするあだ名を好き好んでラブレターに書く奴はそうそういないだろ。それに今日子が思い当たらないんならやっぱりこの考えは違うんだよ、たぶん」
「おかしいな〜、完璧だと思ったのに……」
 ぶつぶつと諦めきれない様子でつぶやく小百合のことは置いておいて瑠璃子は今日子に話しかけた。
「え〜っと、それで他の可能性なんだけど――」
「もういいよ」
「えっ」
 瑠璃子の言葉を途中で遮った今日子は悲しげに微笑んで言った。
「ありがとう、気持はうれしいけど、もういいよ。植田君にフラれちゃったのは――辛いけど、本当のことで、仕方ないもの。ここで強引にこじつけたって、フラれたっていう事実は変わらないわ。だから、もういいの」
「今日子――」
「やだな、そんな顔しないでよ。――さ〜って、命短し恋せよ乙女、古い恋は忘れて新しい恋をしなくっちゃ!」
 痛々しいほどに無理して明るく振舞おうとする今日子に調子を合わせて小百合が言った。
「となると、まずはラブレターの送り主が手頃な候補ね。さっき待ち合わせがどうとか言ってたから、メールで呼びだされた時間はまだなんでしょ?」
「うん、メールが届いたのは昨日の夕方だから、呼びだしの時間までにはまだちょっと時間があるわ」
「だったら決まりね。なんたって向こうがきょうちゃんのこと好きだって言ってるんだから、後はこっちが決定するだけだもん。ところでイニシャルしかわかってないけど、きょうちゃんには心当たりはあるの?」
 小百合の問いに今日子は首を傾げた。
「そのことは昨日から何度も考えてみたんだけど――困ったことに3人いるのよ」
「3人も!? よりどりみどりじゃない!」
「さゆりん、計算おかしいって。そうじゃなくって送り主の候補が3人いて、誰が送ってきたのかわかんないってことだろ」
 瑠璃子が小百合にツッコミを入れると、今日子はうなずいて話し始めた。
「うん、そうなんだよね。一人は同じサッカー部の卯堂犬千代(Inuchiyo・Udou)先輩。植田君とはツートップでコンビを組んでてよく一緒に話してるのを見るわ。もう一人はクラスメイトの浦部一郎(Ichirou・Urabe)君。クラスの男子で同じグループにいるみたいだから、頼まれたら代わりにメールぐらいは出すかも。最後の一人は石田歌丸(Ishida・Utamaru)君。植田君は軽音部の方もかけもちしてるんだけど、石田君は一緒のバンドでドラム担当してた子だよ。ほら、去年の文化祭でもやってたんだけど、覚えてないかな?」
「あ〜っと、卓球場でステージ組んでやってたやつね。私は見に行ってないからよくわかんないな。る〜ちゃんはどう?」
「あたしも見に行ってないから知らないな。どんな曲演ってたんだ?」
 瑠璃子の質問に今日子は自信なさげに答えた。
「――私もあんまり詳しくないからはっきりとしたことは言えないんだけど、英語の歌だったから、たぶん外国のロックバンドのコピーだと思うよ」
「ふ〜ん、洋楽派なんだ?」
 瑠璃子がつぶやくと小百合が勢いこんで言った。
「それだよ、それ! 洋楽好きなんていかにも気取ってイニシャルで署名しそうじゃない。間違い無いよ」
 しかし今日子は軽く首を振った。
「でも、石田君だとイニシャルが『U・I』になっちゃうんだよ。勘違いして日本語の順番のままだって思ってる可能性もあるけど、ちょっとそこのところが引っかかるんだよね」
「それじゃあ、他の2人も検討してみようよ。浦部君は私も知ってるけど、前の模試で校内5位だったよね。頭良いけど、ガリ勉ってわけでもない――なんていうか真面目な『良い子』って感じかなぁ」
「そうだね。あんまり話したことないんだけど、普通に優しい人だと思うよ」
「あ〜ゆ〜女の子に免疫の無さそうな子に限って、平気で歯の浮くようなラブレターを書いちゃうもんなのよ。うん、イニシャルもあってるし、浦部君で間違い無いよ」
「さっき石田君で間違い無いって言ってたじゃない」
「それはそれ、これはこれよ」
 いい加減な小百合の言葉に落胆の色を浮かべながら今日子は検討を続けた。
「じゃあ、最後は卯堂先輩ね。うちのエースストライカーで、けっこう女の子にももててるみたいだよ。客観的に言わせてもらえば典型的なスポーツ馬鹿だけど、かっこいいことはかっこいいかも」
「あ〜先輩は結構有名人だよね。私は全然興味ないけど、憧れてる子は多いみたいだね。よし、多少バカでもみんながうらやましがるし、卯堂先輩にしときなよ」
「しときなよって――メールの送り主が先輩かどうかはわかんないんだから、こっちが決めることはできないでしょ」
「あ、そっか。そりゃそうだね」
「それで、メールの送り主が誰かはわかった?」
 今日子の質問に小百合はあごに人差し指を当てて少し考えた後、はっきりと断言した。
「わかんない――けど、会いに行けばわかるよ」
「そりゃわかるだろうけど、心の準備をしときたいから前もって知っときたいのよ。会っちゃったら面と向かって断らないといけないことになるかもしんないし……」
「う〜ん、そう言われてもわかんないものはわかんないしなぁ。あっ、そうだ!」
 小百合は今日子から何か考え込んでいる様子の瑠璃子に視線を移した。
「さっきから黙ってるけど、る〜ちゃんなら誰がメールの送り主なのかわかったんじゃない? わかってるなら教えてよ」
「――ん、そうだな〜」
 瑠璃子は思考をまとめるように少し目を閉じてから今日子を見た。
「一つ質問っていうか、確認したいんだけど、そのメールのイニシャル、『I』と『U』の間を区切ってるのって、ピリオド(.)じゃなくって、中点っていうんだっけ? なんていうかど真中に点が一つあるやつ(・)じゃなかった?」
「え、ええ、そうだったと思うけど……」
 突然の意味不明な質問に今日子が答えると、瑠璃子はニヤリと唇の端を歪ませた。
「うん、パズルのピースが埋まったみたいだ。メールの送り主、ばっちりわかったよ」

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