「星に願いを」

「あ、流れ星」
 知美がぼんやりと眺めていた夜空を一筋の光が横切った。
 そして光が消えてから一拍の間を置いて知美は大声で叫んだ。
「あ〜っ、 しまったぁ〜っ! 願い事をするの忘れちゃったよ!!」
 一生の不覚だとか失敗したな〜とかひとしきり悔しがってから知美は傍らに座っていた哲夫に顔を向けた。
「ねえ、あんたは願い事できた?」
「……何が?」
 黙って地面を見ていた哲夫は知美に顔を向け、疲れきった表情で答えた。
「何がって、決まってるじゃない。流れ星が流れきる前に3回願い事を言うとその願い事が叶うのよ。知らないの?」
「……知ってる」
「知ってるならわかるでしょ。それにしてもあ〜悔しいな〜、やっぱ24時間いついかなる時でも対応できるようにちゃんと願い事は用意しとかなきゃダメね。とっさに対応できないわ」
 知美は腕組みをして一人で納得してうなずいた。そして知美は哲夫に言った。
「あんたもちゃんと願い事を考えとくのよ。いつ次の流れ星がくるかわかんないんだから」
 それに対して哲夫はぼそりとつぶやいた。
「……無事に帰りたい」
「は?」
「無事に帰りたい。これが今の僕の願いだ」
「ふ〜ん、なんか夢がないわね〜」
「――状況わかってて言ってるのか?」
 言われた知美はキョロキョロと周囲を見回した後、少し首を傾げて言った。
「年頃の男と女が二人っきりで、空には満天の星空――ロマンチックな状況?」
「危機的な状況だ!」
 我慢の限界に達した哲夫は叫んで立ちあがった。そしてオーバーな仕草で手を振って周囲を示した。二人が居る車4台分ほどのスペースは前後左右をうっそうとした木々に囲まれていてその先は深い闇に閉ざされている――というか、木しか見えない。今居る場所だけはどういうわけか木どころか草も生えておらず乾いた地面がむき出しになっているが、はっきり言って森の中としか表現のしようがない、そんな場所だ。
「僕達は山の中で道に迷って、帰ろうとしてさんざん歩いた末に日が暮れてしまったから、しょうがなく夜が明けるのを待ってるんだ!  一般的な日本語で言うと『遭難』してるんだよ!」
「そ――」
「『そうなんだ』とかしょうもないダジャレを言ったら怒るぞ」
 哲夫に半目でにらまれた知美は目をそらした。そして一時の興奮が冷めてきた哲夫は大きくため息をついて再び知美の隣に腰を下ろした。
「とにかく、もうちょっと真剣になってくれよ。実際しゃれにならない状況なんだから」
「――せっかく人が場をなごませようとしてるんだから怒んなくたっていいじゃない」
 知美は不満気に口をとがらせて抗議した。哲夫は絶対に素で言っていただろうと思ったが、そんなことで言い争っても仕方がないのでとりあえず知美の言葉を否定することはしなかった。
「別に怒ってるわけじゃない。ちゃんと状況を把握してるんならそれでいいよ」
 知美はむっとした表情で唇をきつく結んだ。
 会話が途切れると、風に揺れる木々のざわめきやどこからともなく聞こえる何かの鳴き声がやけにはっきりと聞こえはじめる。
 そしてしばしの沈黙の後、知美はあてつけるかのような口調で言った。
「あ〜あ、ちょっ〜とハイキングしに来ただけなのに、なんでこうなっちゃうかな〜」
「…………」
 哲夫はまじまじと知美を見て、返事のかわりに大きくため息をついた。
「何よ。まさか遭難したのはあたしのせいだって言うわけ?」
「僕には、君がこっちの方が近道だと言って突然獣道に入っていったこと以外に原因が思い当たらないんだけど」
「――そういやヘビ使い座って消えちゃったわね。やっぱ、笛がぴ〜ひゃららでレッドスネークかも〜んなイメージが悪かったのかな?」
「いや、話をごまかすにしても唐突すぎるだろ、それは」
「あ、やっぱそう? あたしも実はそう思わないではなかった」
「だったら言わないでくれよ」
「あはは、気にしない気にしない」
「――はぁ」
 知美の全く悪びれない態度に、哲夫はため息をもらした。まともに抗議しても結局こうして強引にごまかされてしまうだけだ。これはもう、一つの才能といってもいいかもしれない。
 その時、知美が突然叫んで空を指差した。
「流れ星!!」
 哲夫が知美の指差す方向を目で追うと、確かに夜空を一筋の光が走っているところだった。
「面白いことがありますように面白いことがありますように面白いことがありますようにっ!」
「無事に帰りたい無事に帰りたい無事に帰りたいっ!」
 慌てて二人は願い事を早口でまくしたてた。そして数秒間の沈黙の後、空を見上げたまま哲夫が口を開いた。
「……なあ」
 同じく空を見上げたまま知美が答える。
「……なに?」
「願い事の内容とか色々言いたいことがあるんだけどそれはおいといて」
「うん」
「なんか流れ星が全然落ちないように見えるんだけど」
「奇遇ね。あたしにもそう見えるわ」
「そんでその流れ星がだんだんこっちに近づいてくるように見えるんだけど」
「すごい偶然。あたしにもそう見えるわ」
「……現実?」
「……じゃないの?」
 そして流れ星は二人の頭上まで来るとそこで静止し、まぶしい光を投げかけた。もはや首を痛くなるほどの角度にしないと見ることも出来ないが、流れ星はどうやら上空5mぐらいの位置にとどまっているようだった。
 哲夫は手をかざして光を遮りながら目を細めて言った。
「……これってひょっとして」
 知美は手を胸の前で組んで目を輝かせて言った。
「……これってアレだよね」
 そして二人は同時に叫んだ。
『UFO!?』

「――ッッ!」
 勢いよく身を起こした哲夫の目に映ったのは自分の部屋だった。
「あれ?」
 軽く頭を振ってぼやけた頭を覚醒させ、あらためて周囲の様子を見てみるが、やはりそこは自分の部屋だ。時計を見ると午前7時半を指している。状況を把握した哲夫は愕然とした表情でつぶやいた。
「夢オチか……」
 まさかあんなものが自分の願望だとでもいうのだろうか。フロイト先生の理論で性衝動の欲求不満とかいう判定だったら嫌すぎる。一体何のメタファーだというのか。まったく、なんて夢だ。
 軽く哲夫が自己嫌悪に陥っていると、携帯電話の着信音が鳴りだした。手に取ると知美の名前がディスプレイに表示されている。
 そして哲夫が通話ボタンを押し、携帯電話を耳に当てると朝っぱらからテンションの高い知美の声が響いた。
「おはろ〜! つーかそれより聞いてよ! 今すっごい面白い夢見たのよ! あのね〜、あんたと山で迷ってたら流れ星が見えたんだけど、それがなんと実はUFOだったのよ! すごいオチでしょ! ――って、ちょっと、何か言いなさいよ! まだ寝てるの? 起きてますかもしも〜し?」
 哲夫は黙って携帯電話の電源を切ると、ベッドに仰向けに倒れこんだ。
 いつもと同じ天井の模様を見上げながら哲夫はつぶやいた。
「叶うもんだな、願い事」

<THE END>

あとがき

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