「愚者の贈り物」
めぐみは悩んでいました。
「ああ、クリスマスだっていうのに彼へのプレゼントを買うお金がないわ!!」
そうなのです。今日は12月の24日、愛する人同士でプレゼントを交換し合う聖なる日。なのにめぐみは恋人へのプレゼントを用意していなかったのです。
めぐみは財布の中身を全てテーブルの上にぶちまけて、改めて数えてみます。なんど数えても、どれだけじっくり見ても、財布を逆さに向けて激しくシェイクしても、それはやっぱり567円。キャッシュカードはあっても肝心の預金がありません。
「これじゃあ税抜き550円のダブルバーガ―セットしか買えないわ」
税抜き550円のセットは税込み578円なので手持ちのお金では買えません。でも、そんなささいな過ちには気づかないまま、めぐみは嘆きます。
「どうしよう、世の中の恋人達はお互いに心のこもった贈り物をプレゼントし合うというのに、私は彼に何もあげられない。何もかも貧乏が、そう、貧乏がいけないのよっ」
めぐみは机につっぷしてしくしくと泣き始めました。こんなかわいそうな彼女の姿を見れば、誰だって「貧乏貧乏って、その手に持ってるブランドものの財布はどうしたんだよ」などという心ないツッコミを入れることはできないでしょう。
小一時間ほども経った頃でしょうか。もう涙も枯れ果ててしまっためぐみはゆっくりと顔をあげました。
「こんな顔じゃ彼に会えないわ……お化粧直さなきゃ」
よろよろと立ち上がっためぐみは鏡台の前に力なく座り込みます。目の前の鏡に映るのは、涙でお化粧が流れてしまったみじめな女の子の姿です。でも、そんな姿もそれはそれで絵になってるかもしれないわ、などとめぐみはちらっと思いました。
そう思って改めて見ると、つんととがった鼻も、黒目がちな大きな目も、官能的な唇も、そしてなにより胸のあたりまで伸びた美しい栗色の髪も、全てが完璧でした。
「どんな時でもかわいいっていうのも困ったものだわ。こういう時はもっと悲劇的な姿でないといけないもの」
誰も聞いていないと思ってか、鏡に向かって言いたい放題のことをめぐみはつぶやきます。そしてどうにかもっと悲劇的に見えないものか表情をいろいろとつくって試し始めました。
やがて15パターン目の表情――これもやっぱりキュート過ぎてめぐみの満足できる表情ではなかったのですが――を鏡に映した時、めぐみはふと思い出しました。あまりはっきりと覚えてはいませんが、昔聞いたお話で今の自分とそっくり同じシチュエーションがあったような気がします。だったらそのお話と同じように行動すればいいのです。めぐみは我ながらいいアイデアだと思いました。でも、どんなお話だったのでしょうか?
「そう……確か髪を……」
めぐみは長い髪をさらさらとなでながら考えます。めぐみはあまり記憶力に自信がないのですが、主人公の女の人が髪を切って、それを見た男の人が驚くというシーンはなんとなく覚えています。
「髪を切らなきゃダメなのか……」
髪を切るということは、ここまで伸ばすのにかかった時間、それに毎日のケアの努力、それらを全て無駄にするということです。めぐみはたまらなく悲しくなりました。
ですが、他に彼へのプレゼントを用意する方法は思いつきません。めぐみは大きくため息をついて、鏡の中の自分に語りかけました。
「仕方ないわ。愛する彼のためなんですもの。それに髪はまた伸ばせばいいし、短い髪もきっと似あうんじゃないかしら」
決心しためぐみはお化粧を直して(もちろん直さなくてもかわいいんですが、やっぱり外へ出る時にはきちんとお化粧していないとはしたないですから)、友人がアルバイトしている美容院へと向かいました。
やがて夜が訪れ、部屋でうたた寝をしていためぐみは玄関のドアを開ける音に目を覚ましました。きっと愛する彼、たすけに違いありません。言い忘れていましたが、二人は一緒に暮らしているのです。
「あれ、めぐみ、いないのか〜」
たすけが呼びかけます。たすけはめぐみの長い髪をいつも誉めてくれていましたから、髪の短くなった自分を見たら嫌いになってしまうかもしれません。いっそこのままいないふりをしていたいとも思いましたが、そういうわけにもいかないので、めぐみは精一杯の優しい声で答えました。
「おかえり、たすけ」
「なんだ、いたのか。どうしたんだい明かりもつけないで?」
言いながら部屋に入ってきたたすけは明かりのスイッチに手をのばします。
「待って!」
普段聞かないめぐみの鋭い声に、たすけはその動きを止めました。そしてけげんそうにめぐみに問いかけます。
「どうしたの?」
「ひとつ、約束してほしいの」
深刻そうなめぐみの声に、たすけもつられて深刻そうに答えます。
「いいけど……何?」
「明かりをつけてわたしの姿を見ても、わたしのこと、嫌いにならないで欲しいの」
「そんな――僕がめぐみのことを嫌いになんてなるわけないじゃないか!」
「うん……それじゃあ明かりをつけて……」
たすけは恐る恐る再びスイッチに手をのばしました。口ではああ言ったものの、たすけも実は不安でたまらなかったのです。明かりをつけて、愛するめぐみが男になっていたり、毒虫になっていたり、はたまた強盗にあんなことやそんなことをされて汚れた私を見ないでな状態になっていたらどうしようと不吉なことばかり頭に浮かびます。
カチリ。スイッチの入る乾いた音が響き、真っ暗だった部屋の隅々までが蛍光灯の光に照らしだされます。そしてそれはすっかり髪の短くなってしまっためぐみと、それを見てあっけにとられているたすけも例外ではありませんでした。
自分の姿を見て驚いているたすけに、めぐみは絶望しました。
ああ、やっぱり髪が長くないわたしはたすけに嫌われてしまったのかしら。こんなことならプレゼントのためとはいえ、髪を切らなければよかったわ。もう手遅れだけど。
一方、めぐみの姿にちょっと驚いたたすけでしたが、すぐににっこりと微笑んでめぐみに言いました。
「な〜んだ、何があったのかと思ったけど、髪を切ったんだね。長い髪のめぐみも素敵だったけど、今のめぐみもとっても魅力的だよ」
「嫌いに……ならないの?」
「なるもんか! 髪が長かろうが短かろうが、僕の愛するめぐみには変わりないじゃないか」
「ああ、たすけ!」
めぐみは浮かんだ涙もそのままに、たすけに抱きつきました。それに応えてたすけもめぐみを抱きしめます。二つの影は一つとなり、お互いの愛を確かめあうのでした。
どれほど時間がたったでしょうか、やがてたすけは優しくめぐみの体を離し、指でそっとめぐみの涙をぬぐってあげるのでした。
「さ、涙をふいて。せっかくのクリスマスなんだからもっと明るくすごそうよ。そうだ、君にプレゼントがあるんだ。受け取ってくれるかい?」
「ええ、もちろん!」
めぐみはうなずいて、とっておきの笑顔を見せました。そして、たすけは大きな包みをめぐみに手渡しました。
「ねえ、開けていいかしら」
「どうぞご覧になってください、お姫様」
「じゃ、開けるね」
おどけて言うたすけが見守る中、めぐみは包装を少しずつ解いていきました。もちろん乱暴に破いたりなんかしません。たすけの愛がこもっていることを考えると、包装紙でさえ宝物のように大切に思えるのです。そしてついにその包みの中身がめぐみの前にあらわになりました。
「まあ!」
めぐみは思わず驚きの声をあげていました。そこにあったのはまぎれもなくプラダのバッグでした。以前から欲しい欲しいとことあるごとにおねだりしていたかいがあったというものです。
「気に入ってもらえたかな?」
「ええ、もちろん!」
これは決して安い品物ではありません。それを買うためにたすけがした苦労を思うとめぐみは再び彼に抱きつきたい衝動にかられました。でも、まずは自分のプレゼントを渡すのが先です。自分がどれだけたすけのことを想っているのかを示すにはそれが一番の方法なのですから。
「ねえ、わたしもあなたにプレゼントがあるの。受け取ってくれる?」
「当然だろ。君のプレゼントを断る理由なんて世界中のどこを探したって見つからないさ」
「よかった!」
微笑むたすけにめぐみはかわいくリボンでラッピングした包みを差し出しました。
「ね、開けてみて!」
「うん」
めぐみにうながされてたすけがリボンに手をかけます。
「一体何が入っているのかな?」
つぶやきながら包みを解いていくたすけの手元をめぐみはどきどきしながら見つめました。
これがわたしの精一杯のプレゼントだけど、もし気に入ってもらえなかったらどうしようかしら。ううん、確かあのお話はハッピーエンドだったと思うし、きっと大丈夫よね。
そして包みが開けられ、中身が姿をあらわしました。ですが、それを見たたすけはみるみるうちに複雑な表情になって、無言でそれを見つめるのでした。
「…………」
「ご、ごめんなさい! ひょっとして気に入らなかった? わたしはきっとあなたに似あうと思って……それで……」
たすけの様子が変わったのを見てとっためぐみは慌てて言いました。でも、こみあげてくる涙に邪魔されてうまく言葉が出てきません。
そんなめぐみの気持ちを察したたすけは優しく言いました。
「そんなことないよ。ありがとう。嬉しいよ。何より君の気持ちが伝わってくる最高のプレゼントだよ」
「本当に……本当にそう思う?」
しゃくりあげながら問いかけるめぐみにたすけは答えました。
「ああ、神に誓ってそう思うよ。ただ……」
「ただ?」
「君の茶色い髪で作ったカツラは僕の黒い髪だと目立つだろうなと思っただけで……」
<おしまい>
あとがき
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