「瓶詰めの妖精」
「お父さ〜ん、見て見て〜」
書斎の入り口から騒々しく乱入してきた子供の声に、男は仕事の手を止め、椅子ごと回転して振り返った。子供の様子を確認する前から男の表情には微苦笑が浮かんでいる。こうして息子がきれいな石やら気味の悪い虫やらを持ちこんで披露するのは毎度のことで、すっかり慣れっこになってしまっているからである。これも田舎暮らしの宿命という奴だろう。
「ほら見て! すごいでしょ!?」
しかし、幼い息子が差し出したものを見て、男の微苦笑は困惑した表情に変わった。子供の手にはジャムを入れるような透明なガラスのビンが握られていて、もう片方の手は何かを逃がすまいとするように上の口の部分をふさいでいる。
そして子供は得意げに男に告げた。
「ね、きれいでしょ〜。僕、妖精さんを捕まえたんだよ!」
「……あ、ああ」
男は生返事をしながら考えた。こういう場合、大人として、親としてどう対応するのが正解なのだろう。
もちろん、ここで子供に話を合わせて妖精を捕まえたことを誉めてやることは簡単だ。しかし、ここで妖精の存在を肯定することで、どこかよそで妖精の話をしようものなら息子は変な目で見られることになってしまうかもしれない。だからといって、ここで妖精なんていないという「常識」を持ちだして息子の言葉を嘘と断じてしまうのもかわいそうだ。さて、どうするべきだろうか。
男が悩んでいると、子供は期待したような反応が返ってこないことが不満なのか唇を尖らせて言った。
「ねぇお父さん、ちゃんと見てよ。妖精さんだよ?」
そうして子供はガラスのビンを男の眼前に突き出した。男はそっと息子からビンを受けとり、すばやく自分の手でビンの口に封をした。ビンを自分の目の高さまで持ち上げ、しげしげと眺めるふりをして考えをまとめた男はひざの上にビンを置いて息子に言った。
「ええと、これはいったいどこで捕まえてきたんだい?」
「う〜んとね、裏庭のね、花壇のとこのね、お花のとこに止まってたんだよ。だから、こ〜やってね、ビュッって捕まえたの」
息子は大げさな身振りでその時の状況を再現して見せた。嬉しそうに語る小さな息子に男は諭すように言った。
「そうか〜、でもな、妖精さんは捕まえちゃいけないんだぞ」
「えっ、そうなの!」
驚く息子に男は真剣な表情で告げた。
「うん、妖精さんはとっても珍しくてすぐに死んじゃうから捕まえちゃダメなんだ。もし捕まえたことがわかっちゃったらおまわりさんに怒られちゃうんだよ」
「あ、あ、どうしよう! 僕、おまわりさんに怒られちゃうの?」
「大丈夫、ちゃんとお父さんが妖精さんを元通り逃がしてあげるからね。だからね、妖精さんを見たとか捕まえたとか、そういうことは他の人に言っちゃダメだよ」
言って男は人差し指を縦に唇に当てた。息子も同じように人差し指を縦に唇に当てて何度もうなづいた。
「うん、僕、絶対に誰にも言わないよ!」
「よし、それじゃあ外へ行って遊んでおいで。妖精さんのことはお父さんがなんとかするから」
そして息子を部屋から追いやった男は手にしたビンを再び目の高さまで持ち上げ、不愉快そうに眉をひそめて小声だがきつい口調で言った。
「おいこの間抜け野郎、あんな小さな子供に捕まるなんて何を考えてるんだ! これがきっかけでウチの息子が変人扱いされていじめられたらどうしてくれるんだ。いいか、今回はこれで逃がしてやるから二度とウチの息子の前に現れるんじゃないぞ、わかったな!」
男が封をしていた手を離すと、ビンの口からひょろひょろと出てきた妖精は申し訳なさそうな表情で二、三度男の周りを飛び回ると、開けていた窓の隙間から外へと出ていった。
男は完全に空になったビンを机の上に置くと、中断されていた仕事を再開すべく椅子の向きを元に戻し、はき捨てるように言った。
「全く、これだから非常識な奴は困るんだ」
<終>
あとがき
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