「二人のシナリオ屋」
「よ〜、じ〜さんいるかい?」
ローレンス・オーシは店の入り口を開けながら声をかけた。薄暗い店内は大部分が頑丈そうな木製の棚で占拠されていて、古い紙に特有のカビ臭いようななんとも言えない臭いがする。何もかもが最後に見た10年前と同じだ。
「おう、ローリーじゃねぇか。久しぶりだな」
店の奥のカウンターの向こうに座っていた老人が答えた。この老人もまた、昔のままだ。はげ上がった頭にねじり鉢巻をして頑固そうな顔をさらにいかめしく見せている。70歳は超えているはずだが、驚くほど血色がいい。小柄ではあるが生命力に満ちている。
「ガキじゃねえんだからローリーはやめてくれよ。これでもラッキー堂のオーシと言やあ、シルバーリーブ近辺じゃちょっとした顔なんだぜ」
老人はオーシの抗議を鼻で笑った。
「馬鹿も休み休み言いやがれ。てめぇみてえな若造はローリーで十分だ」
若造か。この年で若造というのも奇妙な話だ。オーシは苦笑した.。この老人の中では自分はまだこの店で働いていた20代の青年のままなのだろうか。
「まあいいや。手紙で読んだんだが、じ〜さんこの店しめるんだってな。てっきりくたばりかけてんのかと思って来てみたらピンピンしてるみたいだし、ど〜なってんだ?」
すると老人は顔を真っ赤にしてはげ頭をなでながら恥ずかしそうに言った。
「ああ、娘夫婦が一人暮らしは心配だから同居しろってうるさくってな。これからはゆっくりと孫に囲まれて隠居暮らしってわけだ」
「へえ〜、そりゃ良かったな。で、そんなことを言うためにわざわざ手紙で呼びつけたのか?」
「いや、そうじゃねえ」
老人はそこで言葉を切ると、手に持っていたキセルでカウンター前の椅子を指し示した。
「まあ、立ち話もなんだ。とりあえず座りな」
オーシがおとなしく座ると老人はキセルを一服ふかし、大きく煙を吐き出した。そして灰皿に灰を落とすと不意に真剣な表情でオーシを見た。
「ローリー、この店をお前にやろうと思うんだが、どうだ」
「この店を!?」
オーシは驚いて店内を見回した。棚には対象レベル別に整理されたシナリオがぎっしりと並んでいる。オーシのボロ馬車にある量の5倍はゆうにあるだろう。オーシは生唾を飲み込んだ。
「これをタダでくれるっていうのか!?」
「馬鹿野郎、誰がタダだなんて言った。100万Gでどうだ」
「無茶言うなよ。100万だなんてべらぼうな金が出せるわけがねえだろ」
老人は不敵な笑みを浮かべ、からかうように言った。
「てめぇはオーシ家の跡取り息子だろうが。実家に泣きつきゃあ何とかなるだろ」
これは一番言われたくないことだ。オーシは思いっきり顔をしかめてみせた。
「俺はもう実家からは勘当されて完全に縁を切ってるよ。とにかくそんな金はだせねえ」
「ほ〜、そういうことを言うのか? 右も左もわからなかったてめぇにシナリオ屋のいろはを教えてやったのは誰だったのか忘れちまったのか。あ〜あ〜まったく恩知らずな野郎だ」
ただ同然の給料でこき使いやがったくせによく言うぜ。まあ、確かに今の俺があるのはこの店のおかげなんだがな。
老人の言葉にオーシは皮肉っぽい表情を浮かべた。
「『商売と情は別』――これはあんたが俺に教えてくれたことだぜ」
老人は一瞬キョトンとした表情をした後、豪快に笑い出した。
「がっはっはっ、違げぇねぇ。それじゃあこっからは商売だ。いくらまでなら出せるんだ?」
「今俺が仕入れに使える金は5万Gだ。それ以上はだせねぇな」
「おいおい、憐れな老人の余生を何だと思ってんだ? それに俺は『この店』をやるって言ってんだ。シナリオだけじゃねえ、建物も、看板も、一番大事な得意客も譲るんだぜ。5万ってことはねえだろう」
そう、シナリオ屋で最も大切なのは得意客である冒険者達の人脈だ。それはシナリオを買ってくれるという意味だけでなく、商品となる彼らが売り込んでくるシナリオの質がシナリオ屋の運命を左右するからだ。むろん、クズシナリオを売って評判を落としたシナリオ屋はつぶれるしかない。クズシナリオをつかまされないためには目利きだけでなく、信頼できる提供者が不可欠なのだ。
その点で言えば、この店の人脈は金では買えないほどの価値がある。だが、オーシの心は最初から決まっていた。
「じ〜さん、悪いが俺はこの店を買うつもりはね〜ぜ。しょぼいボロ馬車だがラッキー堂っていう自分の店を持ってるんだ。得意客だって一応いるしな」
オーシはそこであるパーティのことを思い出して軽く笑った。
「ま、とても商売としてはうまみのねえ低レベルのパーティだがな、将来性はあるとにらんでるんだ。俺だってそいつらの面倒を見たシナリオ屋ってことで名をあげるってことがないとも限らねえしな」
オーシは立ち上がり、『レベル4〜7』という札のかかった棚の前に行った。
「だから店を譲るんなら他の奴にやってくれや。俺はここらで目ぼしいものを見つくろっていくからよ。当然、閉店セールで格安なんだろ」
老人は心底あきれたという表情で手をひらひらと振った。
「けっ、そこの棚は1本300Gだ。好きなだけ持っていきやがれ。お前さんはこの俺が築き上げた50年をそっくり手にするチャンスを失っちまったんだぜ。あ〜あ、もったいねえもったいねえ」
「何度も同じ事を言わせるなよ。俺には俺のやり方ってもんがあるんだよ」
そして、結局オーシは『レベル4〜7』のシナリオを20本、『レベル7〜10』を5本、『レベル10〜15』を3本、合計1万Gを買い、背負ってきたリュックに詰め込んだ。
オーシが店を出ようとすると老人は見送ってやるといって店の外まで出てきた。
「それじゃ、あばよ、じ〜さん」
「待ちな」
オーシが片手を挙げて挨拶すると老人が鋭く言った。
「何だ?」
オーシがけげんそうに問い返すと、老人は真顔で言った。
「この店、ポッキリ価格50万Gでどうだ」
「しつけえっての」
老人はくっくっと一人で笑った。
「言ってみただけだ」
「……ったく」
オーシはそのごつい手を老人に差し出す。老人もそれに応え、二人はがっしりと固い握手を交わした。
「娘さん夫婦にめ〜わくかけるんじゃねぇぜ」
「てめぇも冒険者にだまされて店を潰すんじゃねえぞ」
二人は握手に力をこめながら目と目を見合わせて、お互いにニヤリと笑った。
しばらくそうした後、オーシは手をはなしてしみじみと言った。
「……これで本当にお別れだ。あんたには世話になった。礼を言うよ。もう二度と会うこともねえかもしんねえから言っとくぜ。ありがとうよ」
老人は少し目を潤ませ、鼻をずずっとすすりあげた。
「よせやい。てめぇに礼なんぞ言われた日にゃあ気持ち悪くってしょうがねぇよ」
「それもそうだな。じ〜さん、達者でな」
オーシが老人に背を向けて歩き出す。
遠ざかるその背に老人は呼びかけた。
「オーシ、お前も達者でな!!」
オーシは背を向けたまま歩きながら手をあげて応えたが、2,3歩進んだところでハッとした表情で店を振り返った。
「じ〜さん、今、俺のこと『オーシ』って……」
しかし、老人の姿は既に店の中へと消えていた。
それを見たオーシは軽く肩をすくめた。
これでようやく俺も一人前ってわけか。ずいぶんかかっちまったもんだ。
そしてオーシは再び店に背を向け、愛すべき弱小パーティーのいるシルバーリーブへの道を歩み始めた。
[THE END]
あとがき
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