「看板娘の恋」
「――ルイザ?」
マリーナは道行く雑踏の中に友人の姿を見つけて声をかけた。友人の名はルイザ。ここ、エベリンにある食堂のウェイトレスで、トラップの言うところの「でるところがでて、ひっこむところがひっこんでいる体が特徴の、一度見ればなかなか忘れられないほどに印象的な美女である。
だが、この時マリーナはひょっとしたら人違いではないかという疑念を捨てきれなかった。それで思わず問い掛けるような口調になってしまったのだ。
しかし友人の姿を見分けることもできないのかとマリーナを責めるべきではないだろう。なぜならルイザの服装は普段といささか――いや、だいぶ違っていたからだ。彼女は恐るべきことに、まるでビスクドールのようなフリフリの服を身につけていたのだ。ルイザの体型でこういう服を着ていると妙に生なましく、ある意味犯罪すれすれである。
「あら、マリーナじゃない。偶然ね」
マリーナの声にルイザが振り返る。人違いでないことがわかって安心したマリーナはにっこりと微笑んだ。こういう時こそ普段の詐欺師としての訓練が役に立つ。そうでなければとても吹き出さずにはいられなかっただろう。
「本当、偶然ね。それにしてもルイザ、いつもと雰囲気違うから声をかけようか迷っちゃったわ。いったいどうしたのその格好?」
するとルイザは突如にんまりとほほを緩めた。
「んふふ〜、聞きたい、ねえ、聞きたい?」
「え、ええ、是非……」
聞いてくれというオーラが全身から出ている。ここで聞かないなんて言おうものならあばらの一本や二本は折られても文句は言えないのだ。
「実はねぇ――私これからデートなの!!」
ということはこれがルイザの勝負服!? 何かの罰ゲームかと尋ねなくて良かった。マリーナは心の底から思った。
「彼はねぇ、名前はロバートって言ってエベリン市の職員なの。背は私よりも高くってハンサムでとっても紳士的でやさしいの〜〜〜」
何を言っても無駄の乙女モードに入っている。
「そ、そう、良かったわね……」
マリーナが当り障りの無い言葉で答えると、ルイザは突然真剣な表情で身を乗り出してきた。
「ところでマリーナ、この服どう思う? 古着屋さんだからファッションには詳しいでしょ? 一応コンセプトは『女の子らしさ』なんだけど」
たしかに『男の子』がこんな格好をしていたら許せないものがあるという点で言えば『女の子らしい』ということにはなるのかもしれないが、道行く女の子がみんなこのファッションだったらさぞかしすさまじい光景になるだろう。一言で言えばやりすぎである。
「お、女の子らしさ……ね……」
さしもの詐欺師のポーカーフェイスと言えども限界が近づいてくる。マリーナは爆笑したい欲求を必死で押さえつけた。しかしルイザはそんなマリーナの努力に気づくことなく、握りこぶしを固めて力説し始めた。
「そう、女の子らしさ!! 彼の前の私は武術を極めたバトルマスターでも最凶ウェイトレスでもなく、健気に食堂で働くかよわい町娘なのよっっ!!」
そ、そういう設定だったの……
マリーナが笑いの臨界点に達しようとしたその直前、マリーナにとって幸運なことに、突然二人に声がかけられた。
「よ〜、そこの姉ちゃん、俺たちとつきあわねぇ?」
声をかけてきたのは軽薄そうなチンピラの二人連れだった。毒虫の警戒色のようなシャツをだらしなく着て、ネックレスをジャラジャラと身に付けているどこにでもいる頭の足りない種類の人間だ。そしてそれは不幸なことにルイザが大嫌いな種類の人間でもあった。
「…………」
「ねぇ、黙ってないで俺たちと遊ぼうぜぇ」
無言のルイザに無謀にもチンピラの一人が手を伸ばした。が、その手はルイザの肩へ届く直前に静止した。ルイザが男の手首をつかんだためだ。
「お、なんだ姉ちゃん―――あれ?」
よくある無駄な抵抗だと冷笑を浮かべようとしたチンピラは違和感に気がついた。伸ばした手がピクリとも動かないのだ。目の前の女はさほど力をこめている様子もないのにも関わらずだ。
「あ、あれ? 手が動かねぇぞ!?」
「はぁ? 何言ってるんだ、お前?」
もう一人のチンピラはふざけていると思っているが、本人はそれどころではなく動かない腕にパニックになっている。そして、気がつけば徐々に握られていく力が強くなっていくのを感じる。それは万力のように少しずつ、確実に締め付けてくる。
ミシリ、何かがきしむような音が手首から聞こえる。
「うわああああっ!!」
チンピラが悲鳴をあげると急に腕が自由になり、チンピラはその場にへたりこんだ。そして奇妙なものでも見るかのようにルイザを見た。
「……うせろ」
ルイザは低くつぶやくように言って男達を軽くにらんだ。殺気を込めればミケドリアぐらい殺せてしまうルイザの眼力である。男達は名状しがたい恐怖に襲われ、悲鳴をあげながら逃げていった。
「ふん、ざまあないわね」
吐き捨てるように言うルイザにマリーナはあきれ半分に友人としてアドバイスすることを忘れなかった。
「ルイザ、彼の前ではその目はやめといた方がいいと思うわ」
それから数十分後、ルイザはエベリン市のほぼ中心にある広場に来ていた。ここがロバートとの待ち合わせ場所なのである。
先に来ていたロバートの姿を見つけてルイザは小走りに駆け寄った。むろん手を不自然に振る女の子走りは基本事項だ。
「ごめ〜ん、待ったぁ」
「いや、僕も今来たところだよ」
ロバートは白い歯をキラッと光らせてさわやかに笑った。キザったらしい仕草ではあるが、それが様になっている。恋する乙女のフィルターを通さなくても十二分に男前である。
「ちょっと途中で友達に会っちゃってぇ、それで遅くなっちゃったのぉ」
ルイザは甘ったるい声を出していたずらっぽく笑った。普段のルイザを知っている人間が見れば体中をかきむしりたくなること請け合いである。
しかしロバートは平然と微笑んで言った。
「それじゃ、どこか落ち着ける場所へ行こうか。実は今日はルイザさんに大事な話があるんだ」
「だ、大事な話!?」
ルイザの胸は突如として高鳴った。男と女と大事な話とくればもう「ぷろぽーず」しかない。
先に歩き始めたロバートにルイザは上気した顔で問い掛けた。
「あ、あの……その『大事な話』って……」
立ち止まって振り返ったロバートは少し困った顔で頭をかいた。
「う〜ん、あんまりこういう所でする話じゃないんだけどなあ。どうしても今聞きたいかい?」
「い、いえっ、いいです!!」
やっぱりプロポーズなんだ!!ルイザの頭の中はもうそのことしかない。
子供は何人ぐらいがいいかしら、でもしばらくは二人だけのラブラブ生活もしたいわね。お早うのキスで起こしたり、仕事から帰ってきた旦那様に「おかえりなさい、あなた。ご飯にする?お風呂にする?それともア・タ・シ?」な〜んつったりして、きゃ〜っっ!!
お花畑の世界に旅立ってしまった意識は、しかし、ロバートの言葉で現実に引き戻された。
「それじゃあ、どこかで食事でもしながら話そうか」
「は、はいっ!!」
ロバートはルイザの手を取って歩き始める。ルイザはぴったりとロバートに寄り添って幸せをかみしめていた。
ああ、こんなに幸せでいいのかしら。今までに言い寄ってくる男ときたらストロベリーハウスの何とかいう用心棒みたいなカスばっかりだったのに。やっとあたしにも春が来たんだわ、そしてこの春は永遠に続くのよっ、うふっ、うふふっ、うふふふふふふふふふふふふふ
だが、ルイザの妄想はロバートが突然立ち止まることで再び現実に引き戻された。気づくと、道の行く手に巨大な影がふ立ちふさがっている。
ロバートは影を見上げた。影の主はスキンヘッドの人相の悪い大男だった。長身のロバートもこの男と比べれば男の胸のあたりまでしかなく、まるで子供と大人だ。どうやら影の主は巨人族らしい。
仕方なくロバートはルイザの手をひいて男の脇を通ろうとした。しかし、大男はロバートの前に立ち塞がり、通せんぼをする。
再びロバートが男の脇を通ろうとするが、また大男は通せんぼをする。
「すいません。通してもらえませんか」
ロバートは巨人を見上げ、穏やかに話し掛けた。
「断る」
「……どうしてですか」
「そこの女に用がある」
巨人はロバートの肩越しにルイザをにらみつけた。それと同時に巨人の影から二人の男が飛び出してきた。よく見れば先程ルイザが追い払ったチンピラ二人組みだ。
「へっへっへっ、さっきはよくもやってくれたな」
「今度はこっちにブルートさんがいるんだ。御礼はきっちりさせてもらうぜ」
つまり、追い払われた二人組みがこのブルートという名の巨人に泣きついてルイザに復讐しようというのだろう。だが、そんな事情は知らないロバートは不穏な空気を感じただけだった。
「ルイザさん、行こう。こんな連中に関わることは無いよ」
ロバートはルイザの手を取って元来た道を戻ろうとしたが、ブルートに肩をがっしりと掴まれてしまった。
「てめぇはすっこんでろ!!」
ブルートはそのままロバートを持ち上げ、壁に叩きつけた。ロバートは短くうめき声をあげるとそのままずるずると倒れこんでしまった。
「ロバートさん!!」
ルイザの叫びに男達は下卑た笑い声を上げた。
「どうしたよ、さっきのことを謝るんだったらかわいがってやってもいいんだぜ」
チンピラの片割れがにやけた笑いを顔に浮かべてルイザに近づいていく。
「……私、間違ってたわ……」
「お、えらく素直じゃねえか」
「――あの時きちんと息の根を止めておくべきだった!!」
ルイザの左裏拳が近づいてきたチンピラの顔面に炸裂し、男は盛大に鼻血を吹き上げながら昏倒する。
「なっ!!」
もう一人のチンピラが驚きの声を上げたときには既にルイザが男の目前に迫っていた。高く掲げられたルイザのかかとが振り下ろされ、男は顔面から地面にめり込まされる。
「なかなかやるようだな……」
その様子を見た巨人は緊張した声でつぶやいた。
「ロバートを傷つけたあんたは、泣いても許さないわ」
「許す…だと……なめるな小娘――っ!!」
巨人が掴みかかってくるのをルイザは冷徹な表情で待ち構えた。
巨人がその全身の力をこめた必殺の右拳をルイザに放ったとき、勝負は決した。巨人の右拳を左にすり抜けたルイザの右膝が巨人の水月をとらえる。思わず体を前屈させた巨人の顎を右アッパーで突き上げ、さらに大きくのけぞった巨人の人中に全力で左フックを叩き込む。巨人はゆっくりとあおむけに倒れていった。
正中線への3連撃。これをまともに食らってはいかに巨人族がタフだとしてもしばらく立つこともできないだろう。
戦いが終わり、肩で大きく息をついたルイザに予想外の所から声がかかった。
「――ルイザさん?」
ルイザが声に振り返ると、巨人の一撃を食らい、気絶していたと思われたロバートが呆気にとられた表情でルイザを見つめていた。
見られた!!ルイザは思わず後ずさった。
私の本性を知られてしまった。きっと彼は私の事を嫌いになってしまう。いや、嫌いになるどころか私を怖がるかもしれない。どちらにせよ、もう終わりね。さよなら、私の恋……
ルイザはロバートに背を向けて走り出した。
「待ってくれ、ルイザさん!!」
ロバートの叫びにルイザは立ち止まった。ロバートはよろよろと立ち上がり、ルイザの元へ近づき、言った。
「ルイザさん、君は素晴らしいよ」
「でも、さっきの……見てたんでしょ……」
ルイザは振り返らずに言った。
「ああ、見てた。僕の目には狂いが無かった。君は僕の理想通りの人だ。さっき言ってた大事な話――今言うことにするよ」
「!! それじゃ……」
涙を浮かべて振り返ったルイザの手を握りロバートは言った。
「どうか僕の働いている市営闘技場で戦ってくれませんか。お願いします!!」
「へ?」
「最近闘技場はマンネリ化が進んでるんです。ここらで新しい刺激が必要なんです。大丈夫、きっとルイザさんならチャンピオンになれます」
「…………」
「リングネームも考えてあるんです。『美しきアマゾネス、ビューティー・ルイザ』って言うんですけどどうですか?」
「ひょっとして今までのデートって、闘技場の勧誘……」
「デート? 何のことです? それよりリングネームは『地獄の悩殺天使、ダイナマイト・ルイザ』の方がよかったですか?」
「やっかましいィィィー――ッ!!」
一秒後、倒れている男の数が一人増えた。
ここに一つの恋が終わりを告げた。
しかし、それは新たな恋の始まりなのかもしれない。
過去を振り返っている暇は無い。
新たな恋を見つけるその日まで、看板娘の戦いは続く……
[To Be Continued――?]
あとがき
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