「夢であえたら」

「あ、ちょっといいかな?」
 昼休み、誠蓮高校1年2組の教室を出ようとした立花道彦は見知らぬ少女に呼びとめられた。
 見知らぬ少女は頭の高いところで髪をしばったいわゆるポニーテールの持ち主で、道彦基準ではかなり高いレベルに位置する美少女っぷりだ。彼女いない歴=人生の長さ、という道彦としてはロマンスの始まりを少しばかり期待したくなるところだ。
 だが、その少女の次の言葉で呼びとめた理由が自分と関係ないことを知らされ、道彦の妄想は5秒で終わりを告げた。そして現実を直視した道彦は軽くため息をつくと、教室の中の自分のよく知るクラスメイトに呼びかけたのだった。
「うぉ〜い、てっちゃ〜ん。お客さんが来てるぞ〜!」
 その時、ちょうど食べ終わった弁当を鞄にしまおうとしていた哲夫は自分を呼ぶ声に教室の入口に顔を向けた。客。客とは誰だろう。心当たりがない。
「てっちゃん、お客さんだ〜。しかも、『女』だぞ〜」
 きょとんとした哲夫の表情にちょっとむかついた道彦は、わざとらしく「女」というところを強調して再度呼びかけた。こういうデリカシーに欠けたところが彼女いない歴の更新に一役買っているのかどうかはわからないが、ともかく道彦の狙い通り教室には潮騒のようにざわめきが広がった。
 注目されるのは苦手なんだよな……哲夫は教室中の視線が自分に集中しているのを感じつつ教室の入口に急いだ。
「お前、もっと他に言いようが――」
「んじゃ、確かに取り次いだぜ。それじゃあな」
 入口にたどり着いた哲夫がクレームを言おうとすると、道彦は早口でまくしたてて逃げるように廊下を走り去った。
 ――っていうか、逃げたな、あの野郎。
 小さくなる背中を見送った哲夫は顔をしかめて、この騒動の発端となった「客」の方へ振り返った。
 すると20cmぐらいしか離れていないえらく近い距離に少女の顔があったので、哲夫は驚きのあまり思わずあとずさって背中を扉にぶつけた。
「うおわっ!?」
 解釈のしようによっては失礼な哲夫のリアクションだが、少女は驚くでも怒るでもなく、ただ何かを確かめるようにあごに手をあてつつ哲夫をじっとみつめ続けた。
 ――な、なんなんだこの子は。
 哲夫は高鳴る鼓動を抑えつつ、あらためて自分を訪ねてきた少女を見た。背の高さは自分とあまり変わらない。顔は気が強そうだけど好みのタイプだ。あと何も言わずにこっちを見てるのがちょっと怖い。そして何より――これが一番大事なことなのだが――自分の知り合いにこんな子はいない。別の中学から来た子、なんだろうな、やっぱり。
 少女の視線が哲夫の頭のてっぺんからつま先までを往復し、最後に哲夫と視線が合うと、少女は何かを納得したように大きくうなずいた。
「うん、なるほどね」
「な、何が?」
 少女は哲夫の問いには答えず、やおら間合いをつめると、親指と人差し指を伸ばした変形チョキの形にした右手を哲夫の眼前につきつけた。
「キミ、あたしにホレてるだろっ!」
「――え、あ、はあ?」
 な、何だ? この子はいったい何を言ってるんだ?
 突然すぎる展開に思考がマヒしている哲夫に対し、少女はさらに続けた。
「ふふん、隠そうとしたって無駄よ! このあたしには全部お見通しなんだから!」   
 自身満々に言い放つ少女の声に呼応するように、再び教室中がざわめきだす。へ〜あの哲夫がねぇ女には興味無さそうな顔してたのにいやああいうのに限ってムッツリだったりするんだよえ〜哲夫君でムッツリだったのそうだみんな知らないかもしれないけどあいつの頭の中はエロいことばっかりだぜうっそ〜マジ〜信じらんな〜い少しかわいそうだが明日からあいつの名前はエロ哲で決まりだな
 ――マズい。なんだかよくわからないけど、この状況がとてつもなくマズいことだけはわかる。
 哲夫は混乱する思考の中、再優先で実行すべきことを考えた。
「とりあえず――」
 哲夫はつきだされた少女の手をとり、
「場所を変えよう!」
 そして強引に少女の手を引いてこの場所から逃げることを選択した。少女は意外にもというべきかどうか、手をひかれるままに哲夫について走ってくれた。背後で何か言ってる連中のことは――とりあえず忘れることにする。っていうか忘れたい、と哲夫は思った。
 特に目指す場所があって走りだしたわけではないが、本能的に人が少ないところを選んでいたのか、気が付くと哲夫と少女は屋上にたどり着いていた。この学校の屋上はあんまりきれいじゃないので普段から人はあまりこない。今も屋上にいるのは哲夫達二人だけだった。
「だは〜〜〜〜っ」
「ねえ」
「ひゅ〜っ、ひゅ〜っ」
「ねえってば」
「はぁはぁはぁ」
「聞きなさいっ!」
「うあっ、な、何?」
 乱れきった呼吸を整えていた哲夫は、平然としている少女の一喝に意識を取り戻した。哲夫が少女の方に視線を向けると、少女は少し眉をひそめて言った。
「そろそろ手、離してもいい?」
「わっ、ご、ごめん!」
 少女の言葉に、ずっと手をつなぎっぱなしだったことに今更ながらに気が付いた哲夫は熱いものを触ったかのように慌てて手を離した。女の子と手をつなぐなんて去年の体育祭のフォークダンス以来だ。哲夫は顔が熱くなるのを感じた。
 しかし少女はそんなことはまるで気にする様子もなく、少しからかうような調子で哲夫に尋ねた。
「ところで、こんな人気のないところに連れこんでどうする気? あんまり強引なのとか焦りすぎなのは女の子に嫌われちゃうぞ?」
「どうするもこうするも――」
 ようやく落ちついてきた哲夫は根本的な疑問を口にした。
「誰なんだよ、君は」
 そう、まずはそれを聞かなきゃはじまらない。専門用語でいうと「所属と階級、氏名を述べよ」という奴だ。何の専門なのかは知らないけど。
 そして哲夫の問いに少女は、何をわかりきったことを聞いているのかと言わんばかりの態度で即答した。
「誰ってもちろん、キミが好きになった女の子よ。あいあむゆあさんしゃいんおーけー?」
「……オーケーじゃない」
「何よ、素直じゃないわね」
「そうじゃなくて! 大体、僕と君とは初対面だろ! 好きになるも何も、そんなことあるわけないじゃないか!」
 哲夫が喉をからすほどの勢いでどなると、少女はようやく小首を傾げて考えるそぶりを見せた。
「あれ? キミってずっとあたしに片思いしてたとか、そういうのじゃないわけ?」
「だからさっきも言ったように君とは初対面だよ。いったいどっからそういう発想がでてくるんだ?」
「いやだって、キミ、最近毎日夢に出てきてあたしに告白してきてるでしょ? 怪しい儀式か何かして夢枕に立ってるんじゃないの?」
「んなことするかっ!」
 なんだよ、それ。
 ほとんど言いがかりでしかない少女の理屈に哲夫は思いっきり脱力した。ついでに大きなため息も一つ。ため息をつくと幸せが逃げるっていうけど、これでため息をつくなというのは無理な話だ。
「え、じゃあ、普通に写真を枕の下にしくだけでそんなに効果が!?」
「そういうことを言ってるんじゃなくって! 僕は君の夢に出るための努力なんてしたことが無いって言ってるんだよ。それに――」
 驚く少女に哲夫はツッコミを入れ、続けて言おうとした言葉を途中で切った。
 そして、自分から言いだすのはものすごくためらわれたが、哲夫は覚悟を決めて言葉を続けた。
「その――君の夢に僕が出てくるってことは、逆に君の方が僕のことが気になってるっていうことなんじゃないのか?」
 うわ〜、何言ってるんだ僕は。
 あまりの恥ずかしさに悶死しそうな哲夫に対し、少女はあっさりと手を左右に振った。
「あ、それはないわ。だってキミに会ったの今日が初めてだし」
「――だからそれはこっちも同じなんだって」
「…………」
「…………」
「…………あれ?」
 少女は腕組みをして少し悩んだ後、おそるおそる哲夫に話しかけた。
「確認だけど、あたしの夢に出てきてるよね?」
「いや、確認の時点でおかしいから。それに僕に君のみた夢の内容がわかるわけないだろ」
「でも、1年2組の出席番号7番っていったらキミのことでしょ?」
「――それはそうだけど」
 何でここで出席番号が出てくるんだ? 哲夫の疑問は次の少女の言葉で解消された。
「おかしいわね。みやびちゃんの占いによれば夢に出てきた男の子は1年2組の出席番号7番のはずなんだけど」
「っていうか占いかよ!」
 思わずものすごくベタなツッコミを入れた哲夫に、少女は口をとがらせて反論した。
「みやびちゃんの占いをバカにしちゃだめよ! こないだだって小豆相場の暴落を予言して大儲けしたって言ってたんだから!」
「……たぶん、それ嘘だぞ」
 マジに先物取引に手を出してたら、それはそれでやばいし。
 哲夫の言葉に少女は動揺しつつもムキになって反論した。
「う、嘘じゃないわ! たぶん!」
「『たぶん』って力いっぱい叫んでどうするんだよ……とにかく今回はその占いはハズレだよ。僕には心当たりがないし、誰か他の奴と間違えてるんじゃないの」
「うむむむむ〜」
「それじゃ、そういうことで」
 妙なうなり声をあげだした少女に哲夫はありふれた日常に戻るべく別れを告げた。これ以上この子に関わるとろくなことになりそうにない気がする。ここは足早に立ち去ってこの子のことはすぐに忘れるべきだ。
 が、哲夫が背中を向けたその時、突然少女が叫んだ。
「わかったわ!」
 驚いた哲夫が振り向くと、少女が満面の笑みを浮かべて立っていた。そしてつかつかと少女は哲夫の元に近づき、再び変形チョキの形にした手をつきつけた。ひょっとしたら決めポーズなのかもしれない。
「謎は全て解けた!」
「――全て?」
 つきつけられた手をやんわりと払いながら哲夫が問い返すと、少女は自信満々の態度で説明を始めた。
「最近毎晩あたしが見てたあれは『予知夢』だったのよ!」
「はぁ、予知夢」
「そう、あれはキミがあたしに告白する未来を予言していたのよ! だからまだお互いに知らなくて当然! これで全ての説明がつくわ!」
 どう、完璧でしょ? といわんばかりに少女は胸をはった。
「説明はつくかもしれないけど……」
 確かにこの理屈だと説明がつく。でも、それは「神様のおぼしめし」で何でも説明できてしまうみたいなもので、反証可能性のないこの理屈にはあんまり意味がないんじゃないだろうか。
 哲夫は少女の言い分に疑問を感じたが、少女はそんな哲夫の逡巡を無視して、一人でうんうんとうなずいた。
「なるほど〜、キミがあたしにホレるのはこれからだったんだね。いや〜、あたしも最初っから見ず知らずの男の子に告白されるなんて変だと思ってたのよ」
 絶対、嘘だ。哲夫はツッコミを入れるべく口を開こうとしたが、口をはさむ間を与えずに少女は喋り続ける。
「となると、今日のこれがきっかけであたしのことを意識しだすっていうことになるのかしら? いくらあたしがかわいいからってキミもずいぶんとホレっぽいわね〜。ひょっとしてキミって 『5分間女の子と会話すると好きになってる』っていうタイプだったりする?」
「おい」
「でもキミがホレっぽいのは別にいいんだけど、あたしとしても告白された時にどう答えたらいいか決めるためにはキミのことをもっと知らないといけないわね――よし、しょうがない! それじゃあ『お友達』からはじめましょう!」
 少女は一方的に結論を出すと、哲夫の両肩に手をポンと置いてウインクした。
「キミもそれでいいよね?」
「え、あ、うん」
 哲夫が思わず少女の笑顔にみとれて生返事を返すと、
「んじゃ、今後ともよろしく頼むわね」 
 ニカッと笑った少女はそう言い残して哲夫に手をふりつつさっさと屋上から立ち去っていった。そしてしばらく放心状態で立ち尽くしていた哲夫は重大な事に気が付いた。
「っていうか、誰?」
 哲夫のつぶやきは誰に届くこともなく、昼休みの終わりを告げるチャイムの音にかき消された。

「はひほ、ほ〜ひはほよ?」
「何か言いたいことがあるなら、まずは口の中に詰めこんだものをどうにかしてからにしなよ……」
 哲夫はもうポニーテールではない目の前の女の子に言った。まるで変わっていないようでもあり、それでもどこか変わったような気もする。4年前の少女の面影を目の前の女の子に重ねた哲夫は、なんとなくため息をついた。もう逃げる幸せのストックはないような気がするんで、ため息もつき放題だ。
 口いっぱいに頬ばったカツ丼を飲みこんで、水を一口飲んで落ちついた知美は哲夫をにらんだ。
「何よ、さっきからじ〜っとあたしの顔見てたと思ったら、いきなりため息つくってどういうことよ。なんか文句でもあんの?」
 確かに今のはかなり失礼な態度だったかもしれない。哲夫は苦笑して知美に謝った。
「ごめん。ちょっと初めて出会った時のことを思いだしちゃってね」
「初めて出会った時……?」
 知美はいぶかしげに眉をひそめた。
「――哲夫が殺人事件の犯人にされかかってた時に、あたしが名推理で真犯人を指摘して助けてあげたのが最初だったっけ?」
「勝手に過去を捏造しないでくれ」
「あれ、違った?」
 この顔は本気で忘れてる顔だ。こっちにとってはインパクトの強い出来事でも、知美にとってはただの日常だからしょうがないか。どっから殺人事件が出てきたのかは謎だけど。
「違う。っていうか、今まで殺人事件に巻きこまれたことなんて一度もないだろ」
「あはは、まあいいじゃない、終わったことなんて気にしても意味ないって。大事なのは今と未来! るっくとぅもろーなのよ!」
 呆れる哲夫に知美はけらけら笑って言った。都合が悪くなると強引にごまかすいつものパターン。これは昔からちっとも変わらない。あと突然出てくる怪しい英語(?)も。
 変わったのは僕がそれに慣れていちいちツッコミを入れなくなったということと――現実主義者の僕がほんのちょっぴり占いを信じるようになったっていうことぐらいかな。
 哲夫は変わったのは自分だけなのかもしれないという思いつきに苦笑しつつ知美に話を合わせた。
「ま、確かに別にどうでもいい話だけどね。あ、そうそう、話は変わるけど、みやびちゃんってまだ先物取引やってるんだっけ?」
「――甘いわね」
 突然真剣な口調になった知美は哲夫に変形チョキの形にした右手をつきつけた。
「ふっ、そんなことでごまかせると思ったら大間違いよ。理由はどうでも人の顔見てため息ついたのは事実! うまくごまかしたつもりかもしれないけど、そうは問屋がおろさないわ!」
「いや、別にそんなつもりは……」
「問答無用よ! 罰として食器の片付けとジュースおごりの刑ね。ちなみに今日はオレンジジュース気分でよろしく♪」
 一方的に判決を下した知美は鞄を手にとって立ちあがり、テーブルの上のトレイをそのままにして席を離れようとした。知美の知美による知美のための知美法には異議申し立てとか三審制とかそういう手続きは存在しないらしい。
「ち、ちょっと待ってくれよ」
 哲夫が抗議の声をあげると、意外にも知美は椅子をテーブルに戻したところでその動きを止めた。話を聞く気になったのかと哲夫が少々あっけにとられていると、知美は数秒の間あごに手をあてて悩むそぶりを見せた後で言った。
「――炭酸抜きね?」  
 そして1分後、哲夫の手には二人分の食器が乗った2枚重ねのトレイが二つ。哲夫は大きくため息をついた。
 知美の予知夢が実現するのは――たぶん、もうちょっとだけ、未来の話になりそうだ。


<終>

あとがき

感想を書いてやっても良い

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