「真冬の夜の夢」

 雪の降るある冬の夜のお話です。
 めぐみちゃんの部屋は2階にあります。めぐみちゃんのパパが30年のローンで建てたお家のその部屋は、8畳の広さ全体にカーペットがしきつめられていて、まだめぐみちゃんには大きすぎる勉強机や衣装棚の上にはところせましとぬいぐるみさん達の並んだとてもきれいでかわいらしいお部屋です。
 そんなめぐみちゃんの部屋のドアのノブが音も無くゆっくりと回っていきました。そしてノブが回りきると、ドアがそろりそろりと開いていきます。細く開いたすきまかから廊下の光がすっと差し込み、ベッドで眠っているめぐみちゃんの姿を照らしました。
 ですがその光はすぐに大きな影にさえぎられてしまいます。その光をさえぎった影はめぐみちゃんが眠ったままなのを見てほっと息をもらしました。そしてその影はするりと部屋の中に入ると、元のように静かにドアを閉めました。
 真っ暗になった部屋の中で、影はゆっくりとめぐみちゃんの寝ているベッドのそばへ歩いていきました。抜き足、差し足、忍び足。ここで大きな音をだしてはだいなしです。
 枕元までやってきた影はベッド脇で片膝をついてめぐみちゃんの寝顔をのぞきこみました。するとそこにはぱっちりと目を開けて驚愕の表情を浮かべているめぐみちゃんの顔がありました。
 そして、一拍の間を置いて深夜の住宅街にめぐみちゃんの叫び声が響き渡りました。
「いいいいやああああああ〜〜〜〜っっ!」
 めぐみちゃんのリアクションに驚いた影はあたふたしながらもとりあえず手のひらでめぐみちゃんの口をふさぐことにしました。
「む〜っっ! む〜む〜っ!」
「ちょ、ちょっと落ちついて! 何も怖いことなんかないから!」
 じたばた暴れるめぐみちゃんを抑えつけながら必死で影は説得しました。やがてめぐみちゃんがおとなしくなった頃合をみて影は口をふさいでいた手を離しました。早まったご近所さんが110番通報をしていないことを祈るばかりです。
 すっかり疲れきった影がぺたんと尻もちをつくと、上半身を起こしためぐみちゃんがいくぶんキレ気味に言いました。
「いったい何!? じど〜ぎゃくたい? じど〜ぎゃくたいなの!?」
「ち、違う! 誤解だ!」
 影はとんでもない勘違いに慌てて立ちあがって部屋の電気をつけました。蛍光灯の光に照らされたその姿は暖かそうな赤い服とズボンと帽子をつけたおじいさんでした。なぜおじいさんかというと真っ白なおひげをつけているからです。これでおじいさんでなければよほどの恐怖体験をした人に違いありません。
「ほ〜らね。わかったでしょ?」
 とりつくろうようににっこりと微笑んだおじいさんをめぐみちゃんは冷たくにらみつけました。
「で、パパは夜中にこっそりとしはもいかない娘の部屋にしのびこんで何をしようとしてたわけ」
「違う、違うぞ! 私は君のパパなんかじゃない。見ての通りサンタさんだよ」
「……っていうかサンタさんなんていないし。6歳にもなってサンタさんがいるなんて信じてるわけないでしょ」
 そんなのじょ〜しきじゃない、馬鹿にするように言い捨てためぐみちゃんにサンタさんは泣きそうな表情を浮かべました。
「そんな悲しいこと言っちゃいけないよ。子供達が『サンタさんなんていない』って言うたびにサンタさんは一人ずつ消えていくんだよ」
「……それピーターパンのパクリでしょ。っていうかサンタさんがいっぱいいるみたいな言い方もおかしいし」
 めぐみちゃんに冷静にツッコミを入れられたサンタさんはがっくりと膝からくずれおちました。無残です。完敗です。真っ白に燃え尽きてます。そんなサンタさんにめぐみちゃんは容赦無く追い討ちをかけました。
「パパ、わかったら出てって。れでぃーの部屋にかってに入るけんりは親にだってないのよ」
「――パパじゃないもん。サンタだもん」
 いやいやをするように首を振ってサンタさんはそこだけは否定しました。そこを認めてしまうと単なる変態コスプレ親父になってしまうのでここだけは譲れないのです。そんなサンタさんを見てめぐみちゃんは大きくため息をつきました。
「わかったわ。ひゃっぽゆずってサンタさんっていうことでいいよ。とっととプレゼントでもなんでも置いていって、帰ってちょうだい」
「そ、そうか、やっとわかってくれたか」
 それを聞いたサンタさんは目を輝かせて抱えてきた大きな箱をめぐみちゃんの前に差し出しました。
「さ、何が入ってるかは開けてからのお楽しみだよ♪」
 楽しそうにサンタさんは言いますが、めぐみちゃんはその箱を受け取ろうとしません。先程までのクールな表情ではなく、どこか痛みをこらえているような、悔しいような、そんな複雑な表情で箱をじっと見つめているだけです。いったいどうしたというのでしょう。
「――どうしたの?」
「いい、いらない」
「え、だって……」
「いいから、いらないの!」
 めぐみちゃんは強い口調でサンタさんに言いました。言った後でめぐみちゃんは少しきつく言いすぎたと思ったのか、とりなすように言いました。
「ごめん、そのプレゼントはもらえない。だいたい中に何が入ってるかはわかるし――中を見ちゃったらあきらめるのが辛くなっちゃうから、だからそのまま――持って帰って」
 ピンクのリボンでラッピングされたそのダンボール箱にはいくつも空気穴とおぼしき穴が空いていて、中からはごそごそと物音がして、時おりキュ〜ンキュ〜ンと思わず消費者金融で借金してでもグッズをそろえたくなるような愛らしい鳴き声が聞こえてきます。たったこれだけの情報でめぐみちゃんは箱の中身が何なのかわかってしまったようです。FBI捜査官も真っ青の推理力です。
 めぐみちゃんに喜んでもらえると思っていたサンタさんは困惑した表情で言いました。
「でも、ペットを飼うのはめぐみの夢だったんじゃなかったの?」
 混乱のあまりパパでもないのにサンタさんはめぐみちゃんのことを呼び捨て.にしています。いくら子供相手だといっても失礼なサンタさんです。でも、めぐみちゃんは全く気にする様子もなくサンタさんに言いました。
「そりゃあ夢だけど……ママがペットの毛のアレルギーだから飼えないもの」
「えっ! そ、そうなの?」
「そうだよ。飼えるものならハムスターでも何でもとっくに飼ってるよ」
 それをサンタさんが知らないっていうのも変だけどね、ジト目でサンタさんを見ためぐみちゃんは大きくため息をつきました。
「それに、夢はかなわないから夢っていうんだよ。かなえられるのはただの目標だもの。だから、ペットを飼うのは私の夢なの」
「…………」
「…………」
「…………サンタさんは用事を思い出しました」
 おもむろにサンタさんは箱を抱えたまま立ち上がると、部屋の入り口に向かいました。そして部屋を出る時に振り返ってめぐみちゃんに言いました。
「起こしちゃってごめんね。おやすみなさい」
 闇にととざされた部屋の中でめぐみちゃんは再びベッドに横になりました。しばらくすると聞きなれたパパのランドクルーザーのエンジン音が聞こえ、家から遠ざかっていきました。
「まさか今からペットショップに返しに行くつもりかしら。こんな時間にお店が開いてるわけないのに……バッカみたい……ホント、バッカみたい……」
 めぐみちゃんはつぶやいて目を閉じました。
――悲しくなんかないのに、ちょっとだけ涙が出ました。

 翌朝、カーテンの隙間から差し込む光にめぐみちゃんは目を覚ましました。ベッドを出ためぐみちゃんは身震いをするとカーテンをさっと開きました。
「わぁ」
 めぐみちゃんは思わず感嘆の声をあげました。寒いはずです。窓の外は一面の雪景色。白一色に染められた町並みはとってもきれいで嫌なことなんて全部ふきとんでしまいます。
「ほわいとくりすます、だね」
 窓の外に微笑みかけためぐみちゃんは、パジャマから着替えるために白いレースのカーテンを閉め、いつものように部屋の隅にあるタンスの方に足を向けました。すると、こつんと何かがめぐみちゃんの足元に当たりました。
「ん?」
 見ると、そこにあったのは昨夜見たリボンで飾られた段ボール箱でした。空気穴が空いてるところまで、何もかもが全て同じです。
「まったくもう。いらないって言ったのに」
 めぐみちゃんは少し怒ったような声でつぶやきました。次にめぐみちゃんは恐る恐る箱に手を伸ばしました。
「しょうがないんだよ。だって中をかくにんしないとかえすようにパパに言えないんだから。だからこれはわたしのせいじゃないんだよ」
 自分に言い訳をしながらめぐみちゃんはリボンをほどいていきます。そして封の解かれたダンボール箱の上の部分を開け、中を覗きこみました。
 期待に胸を膨らませためぐみちゃんの最初の言葉は、しかし、疑問符に満ち溢れたものでした。
「はあああ!?」
 箱の中にはふかふかで柔らかくてあったかい子犬はいませんでした。そしてその代わり、なのかどうかはわかりませんが、大きなイグアナがいました。緑色で、たぶん硬くて冷たいイグアナが、寝るでも舌をチロチロさせるでもなく、目を閉じてただそこに鎮座していました。ひょっとしたら寒いから冬眠しかけなのかもしれません。
「とかげ? とかげだよね? なんでとかげ? っていうかとかげ???」
 目の前のありえない光景に混乱しているめぐみちゃんの脳裏に一つのフレーズがよぎりました。
『ママがペットの毛のアレルギーだから飼えないもの』
 ――間違いありません。どこをどう解釈したのかわかりませんが、サンタさんは毛が無いペットなら大丈夫だという結論に達してしまったようです。めぐみちゃんは、深く深くため息をつきました。
 めぐみちゃんは箱の中に手を伸ばし、イグアナを両手で胸に抱え上げました。結構重いですが、特に暴れる様子もないのでなんとかなりました。これからめぐみちゃんはプレゼントに大喜びして着替える間もなくパパとママに報告しに行くという設定で階下へ駆け下りて、両親を喜ばせてあげないといけないのです。これはプレゼントをもらった子供の義務ですからしないわけにはいかないのです。
「ホント、子供って大変だわ」
 言いながらドアを開けためぐみちゃんは、抱えていたイグアナににっこりと微笑みかけました。
「それじゃ行こっか、ジュリエッタ♪」

 これはそんな、ごくありふれた雪の降るある冬の夜のお話。


<Merry Christmas!>

あとがき

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