「第60回干支会議」
某国某所の某山中。決して人が踏み込む事の無い深山幽谷のその奥に巨大な円卓がしつらえており、様々な動物達の代表がぐるりと席についていた。
その中の一匹、巨大な牙を持った堂々たる風格の猪が席についたメンバーを見まわして重々しく口を開いた。
「え〜、それでは毎年年始恒例の干支円卓会議を開会させていただきますブモ。司会進行は今年の干支の私、猪が務めさせていただきますブモ」
パラパラとまばらな拍手が起き、猪は軽くうなずくと、真剣な表情で切りだした。
「皆様、今年は『甲子』から始まった暦年が『癸亥』となり、ちょうど一巡する記念すべき年となりましたブモ。――そしてそこで、少々皆様にはショッキングなお話をさせていただかなければならないブモ」
「ショッキングな話ってのは何だワン?」
「そ、それはブモ……」
隣に座った犬から問いかけられた猪が口ごもったその時、猪の背後の茂みから一匹の動物がゆっくりと歩み出てきた。
「そこから先はウチが説明させてもらうニャア」
「ね、猫だチュウ! 何で部外者のお前がここにいるチュウ!」
猫は動揺するネズミを目をすがめて軽く見やると、ことさらネズミを無視するように円卓のメンバー全員を見まわして堂々と言い放った。
「ウチはもう部外者じゃないニャ。これは神様からのお達しなのニャ」
「どういうことウキッ?」
猿の質問に猫は円卓上に飛び乗り、立ちあがってメンバーを見下ろしながら答えた。
「簡単な話ニャ。干支は今回で一巡するから、良い機会だからメンバーの選定もリセットされるのニャ。前回はどっかの誰かに騙されたせいで干支の選抜からウチはもれちゃったニャけど――」
猫の視線に射すくめられたネズミは表情をこわばらせて身をすくめる。
「今回は前もって神様にお願いしてたニャ。だから晴れてウチも干支の一員になれるというわけニャ」
「それじゃあ……干支が十三になるガオ?」
虎に向かって猫はゆっくりと首を振った。
「干支は十二支のままニャ。――つまり、ウチの代わりに一匹干支から抜けてもらう事になるニャ」
猫の発言に、前もって聞いていた猪以外のメンバーに動揺がはしる。
「ほ、本当なのかワン」
「信じられないウサ」
「聞いてないニョロ」
「メ“ェ〜〜〜」
「今更そんなこと言われても困るモ〜」
ザワつく円卓。しかし次の猫の一言で会席は一瞬にして静まった。
「落ち着くニャ。抜けるメンバーはもう決まってるニャ。ここに神様から預かってきた通知があるニャ」
猫がとりだして掲げた書状に皆の視線が集中する。
メンバーの中でも残留が確実なランクの犬や猿は比較的平静に、微妙なラインのウサギや牛は不安気な面持ちで、イメージの良くないネズミやヘビは震えながら、それぞれの視線を猫の肉球にはさまれた紙に向ける。
呼吸さえはばかられるような重い沈黙の中、猫は書状をつかんだまま円卓上を横切り、一匹の動物の前に立った。そして書状を広げ、朗々と読み上げた。
「汝、龍を『亥亥』末日をもって干支十二支より解任する。翌『子子』元日までに後任の猫への引継ぎを済ませておくこと。解任理由であるが、十二支の中で誰か一匹だけ選抜するのは非常に心苦しい作業であったが、お前だけ想像上の実在しない動物だったので、お前の任を解く事にした。そんなわけだからあとはよろしく。 By神」
猫は龍に元の様に丸めた書状を手渡した。そして龍のあごの下に右前足を差し入れて顔を上げさせ、視線を合わせると小馬鹿にした笑みを浮かべた。
「ま、後の事は全部ウチにまかせるニャ。気を落とさないで第二の人生をスタートさせると良い――ニャアアアッ!?」
目の前の猫を一飲みにした龍はゲフリとげっぷをすると、ゆっくりと他のメンバーに言った。
「――あくまでも個人的な意見なのだが、ここまでうまくいってきたわけだし、今後もこのメンバーで干支を運営していきたいと思っているのだが、皆の意見はどうだろうか」
異様な雰囲気の龍に普段はライバルを気取っている虎でさえも迫力に飲まれて口を開閉させるだけで言葉を出す事ができない。そんな中、最初に正気に戻ったのは干支随一の知恵者として知られる猿であった。
「い、いいと思うウキッ。メンバーを変える必要なんてないウキッ」
すると猿の言葉を呼び水に他のメンバーも追従する。
「そ、そうだワン。今のままで不都合なんて無いワン」
「賛成、賛成ニョロ!」
「メ”ェ〜〜〜」
「一方的な通達なんて無視すればいいウサ」
「龍さんがいない干支なんて考えられないモ〜」
すると龍はあくまでも穏やかな口調で言った。
「では、来期以降もメンバーは従来通りということでよろしいのかな。ん?」
視線を向けられた猪はビクッと身を震わせ、メンバーに呼びかけた。
「では来期以降の干支メンバーの固定について賛成の方は拍手をして下さいブモ」
開会の時とは違う盛大な拍手に龍は満足そうにうなずいた。
「どうやら結論が出たようですな。それでは私は神様に年始のご挨拶に行くのを失念しておりましたので、今から参ろうかと思います。申し訳ありませんが、今年はこれにてお先に失礼致します。では皆様ごきげんよう」
軽く一礼して天に登っていった龍の姿が見えなくなり、ようやく緊張の解けた動物達は一斉に円卓につっぷした。やがて一匹の動物がつぶやいた。
「なあ、あれで良かったのかワン」
「他に何かやりようがあったのなら教えて欲しいウキッ」
「そうだウサ。しょうがないウサ」
そして強制退場させられた猫の圏族である虎も呆けた口調で言った。
「そうそう、しょうがねえガオ。だってあの場合はあいつだって悪いガオ」
「あいつって猫のことかワン?」
「そうだガオ」
虎が肯定すると他のメンバーの疑問に満ちた視線が集中する。虎は居心地悪そうに身じろぎすると吐き捨てるように言った。
「だってしょうがないガオ――あいつは龍の野郎の逆鱗に触っちまったんだから」
<終>
あとがき
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