「日本プロ野球界を救おう!」
自習時間、それは教師の不在の時間を示す言葉であり、「自ら習う」ことを建前とした言葉だ。しかし、よほど多量の課題でも出されない限りは隣のクラスの教師に怒鳴り込まれない程度のおしゃべりタイムと化すのが人の世の常というものである。そしてそれはここ誠蓮高校2年3組の教室とて例外では無いのであった。
さすがに席を立って自由に歩き回っている生徒はいないが、教室のあちらこちらで近くの席の生徒と会話したり、堂々と弁当箱を開いて早弁にいそしむ生徒がいたりと全体にざわついている。そんな中、教室の隅ではいつものように無駄で不毛な会話が繰り広げられようとしていた。
「いや〜、それにしてもあつはなついなぁ。なあ小百合」
窓際最後列の一つ前の席から横向きに座っているショートカットの女子生徒が斜め後ろの席に座ったロングヘア―の女子生徒に話しかけた。
「え、うん。すごくなついねえ」
話しかけられた少女はのんびりと答えた。
「あ〜、ホンマなついわぁ」
「なついねぇ」
ショートカットの少女――麻生七海は真後ろの席に座ったツインテールのひとまわり小柄な少女へ視線を向けて言った。
「まったくこんななつい教室で勉強なんてできへんよ。なあ」
「…………」
「めっちゃなついわ。今年のあつは例年を上回るなつさやで」
真面目にノートを広げていたツインテールの少女はノートから視線を上げると七海に冷たく宣言した。
「…………絶対、そんなベタなボケにツッコミなんていれない」
七海はガーンと口で言いながらツインテールの少女を指差しつつ小百合に言った。
「小百合、瑠璃子が冷たい! せっかくウチが場をなごませようとしてるのに相手すらしてくれへん!」
よよと泣き崩れるフリをする七海をやさしく抱きとめながら小百合は瑠璃子に言った。
「る〜ちゃん、ひどいよ。関西人のなっちゃんはボケないと死んじゃうんだよ!」
「いや、死ねへんから。つーか、どんな種類の病気やそれは」
七海はパッと顔をあげると小百合にツッコミをいれた。そして不満そうな表情で瑠璃子に言った。
「ほら見てみい。本来ボケのウチがツッコミなんかしてもうたやんか。これも全部瑠璃子が悪いんやで」
「言いがかりにもほどがあるだろ」
「まあええわ。それよかせっかくの自由時間なんやし、勉強なんかせんと甘じょっぱい青春のトークに花を咲かせようやないか」
言いながら七海は勝手に瑠璃子のノートを閉じ、筆記用具を筆箱にしまい始めた。瑠璃子は一瞬止めようかと手をさ迷わせたが、結局大きくため息をついて七海の好きにさせた。
半ば強引に片付けさせられた勉強道具を机にしまった瑠璃子は、うっとおしそうに口を開いた。
「で、いったい何の話をしようって?」
「あ〜、別にウチは何でもええねんけどな。小百合はなんかあるか?」
そうだねえと話を振られた小百合は少し考えた末に軽く手をたたいた。
「ああ、思い出した! 野球だよ、野球!」
「野球?」
瑠璃子は意外そうに問い返した。小百合は運動が苦手で野球は見るのもするのも興味がなかったはずだ。それがどうして野球の話題なんだろう。
すると小百合は得意げに胸を張って高らかに宣言した。
「いや、実は私、すごいことに気がついちゃったんだよ。日本野球界の危機を救っちゃうためにはこれしかないっていう方法に」
なんだか話がいきなりでかくなってきた。自分の親友ながら思考がまったく読めない。
「日本野球界の危機って何なんや?」
七海がもっともな質問をすると小百合は軽く咳払いをして語り始めた。
「いい質問です。WBCとかいうので優勝したとはいえ、今の日本野球界は危機にひんしています。トップ選手はみんなメジャーリーグにいっちゃうし、テレビの放送も減って、子供達の間での人気もがた落ちです。ぶっちゃけ、私も興味ありません」
ぶっちゃけすぎだ。
「しかし、こんな状況を招いてしまった一因に私は気づいてしまったのです――ちなみになっちゃんはタイガースファンでしたね」
「関西人=タイガースファンってのは偏見だけど、否定はせえへんよ」
「そう、この話はなっちゃんが好きなタイガースにも関係があるのです。昨日見たかったテレビを見ようとしたら阪神×中日戦が延長放送で割り込んできた時に気づいてしまったのです。そう、そこには白虎と青龍の姿が映っていたのです!」
「おおっ!」
七海が雰囲気に合わせて驚いてみせる。ノリ以外の何者でもないが。
「西に白虎、東に青龍。日本プロ野球界は東西の守護はなされていても南北方向の守護が弱かったのです。そのせいで霊的守護が弱まった日本プロ野球界は現在の危機的状況を招いてしまったのです。つまり今日の状況を打破する方法はただ一つ、南の方に玄武――つまり亀をマスコットにしたチームを作ることなのです!」
「そ、そうやったんか!? くっ、全然気づかへんかったわ。ウチは今まで何を見とったんや……」
漫画だったら劇画調になりそうなシリアスな表情で七海は額の浮かんでもいない汗をぬぐう仕草をした。あくまでもボケつづけるつもりなのかノリつっこみのタイミングを狙っているのかはまだ判断がつかない――まさか本当に感心してるんじゃないだろうな?
瑠璃子がとりあえず静観を決め込んでいると、小百合は瑠璃子に顔を向け、得意げに言った。
「どう、る〜ちゃん。私の発見した驚愕の真実は」
「そうだな。いろいろな意味でびっくりだ」
主にこういう妙な発想を本気で語るとことか。
「でしょでしょ! 私としては沖縄あたりがいいかと思うんだけど。チーム名は沖縄タートルズとかそんな感じで」
すると七海がすかさず異議を申し立てた。
「いや、ちょう待ってえな。沖縄は人口少ないから球団つくんのは難しいで。移動も大変やし」
「え〜、じゃあどうするの。日本球界の未来のためには亀のチームが南の方に必要なんだよ」
「まあ落ち着きぃな。ウチにはちゃんと考えがあんねん。要は発想の転換っちゅうやつや」
「考えって、どんな考え?」
小百合の問いに七海は不敵な笑みを浮かべた。
「せやからな、一からチームを作ろう思うから大変やねん。ここは南の方にあるチームを買収して名前を変更すんねん。都合の良い事に経営母体がちょうどいきづまってるとこがあるやろ?」
「わ〜、なっちゃん黒い! 頭良い! 完璧すぎるよ!」
「うんうん、もっと誉めてええよ」
ファンの人に聞かれたら殴られそうな話だな。というか、根本的に福岡は近畿と中部と比べて全然南じゃないし。
きゃあきゃあと騒ぐ友人達を見ながら瑠璃子は内心つっこみを入れた。そしてふと浮かんだ疑問を確認すべく口を開いた。
「あ〜、さゆりんちょっといいか」
「え、何? る〜ちゃん」
「きわめて単純な疑問なんだが……さっきから南の方に亀のチームが必要って力説してたけど、北の方はいいのか?」
すると小百合は驚いたように数度目をしばたたかせると、意外そうに瑠璃子に問い返した。
「え〜っと――東北ライブドアフェニックスってなかったっけ?」
日本プロ野球界の霊的守護が完成する日は遠い。
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あとがき
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