「死が二人を分かったその後も?」
「ねぇ、『一生恨んでやる』っていうのと『死んでも許さない』っていうのとどっちがいい?」
1限目と3限目の講義の間にできる中途半端な時間。これを日陰のベンチで読書することで過ごそうとしていた予定がもろくも崩れ去ったことを理解した哲夫は、本を閉じて鞄にしまい、ベンチに座ったまま声の主を見上げた。するとそこには哲夫の予想通りの人物が哲夫の返答を待って立っていた。
残暑も和らいできて日差しも過ごしやすくなってきた今日この頃。彼女の質問は相変わらず理不尽です。
哲夫は心の中でつぶやき、とりあえず質問に素直に答えた。
「どっちも嫌だ」
哲夫の返答を聞いた知美はにっこり微笑んで両拳で哲夫の頭をはさみこんだ。そしてそのまま万力のように絞めあげる。
「――ど・っ・ち・が・い・い?」
「いだだだだっ! わかったから! わかったからグリグリすんのはやめろっ!」
強引に手を振りほどかれた知美は哲夫を見下ろして鼻を鳴らした。
「ふん、最初から素直にそう言ってればいいのよ」
哲夫は頭をさすりながら知美を見上げた。ちょっとだけ目尻に涙が浮かぶ。
「あのな……で、何だって? 『一生恨んでやる』と『死んでも許さない』のどっちがいいかだって? 何か人に恨まれるようなことでもしたのか?」
「失礼ね。このあたしが人に恨まれるような事をするわけないじゃない」
知美は馬鹿にしたような口調で言って哲夫の隣に座った。どこからそんな自信が出てくるのか不思議でしょうがないが、そんなことを言ってもやぶへびになるだけなので哲夫は話を進めることにした。
「恨まれる覚えがないなら、なんだってそんなことを聞くんだ?」
「うん、ちょっとね。やっぱしいざっていう時の捨てゼリフぐらい日頃から用意しとかなきゃと思って」
初めて見たよ、いざっていう時の捨てゼリフを用意する女。
哲夫は呆れつつも浮かんだ疑問を口にした。
「何だよ、その『いざっていう時』って」
すると知美は少し視線をさまよわせた後、小首を傾げて言った。
「それはほら、アレよ――身も心もボロボロになるまで弄ばれて捨てられた時とか?」
「びっくりするぐらい似あわんシチュエーションだな」
むしろ、どっちかというと弄んでボロボロにする方が似あっている。哲夫が真顔で言うと、知美は不満気にほほをふくらませた。
「うるさいわね。いい、いざっていう時の捨てゼリフは大事なのよ。この世の中にどれだけ適切な恨み言を言えずに悔しい思いをした人がいると思ってんの?」
「どれだけいるんだ?」
「そんなのあたしが知るわけないでしょ。とにかく、前もって『最強の捨てゼリフ』を用意しとけばどんな時でも大丈夫なのよ。大は小を兼ねるっていうし」
「兼ねるのか? というか兼ねていいのか? それは」
「獅子は兎を狩るのにも全力を尽くすものよ」
「いや、全力を尽くさなくていいから」
「あ〜、もう! いいからさっさとどっちがいいか選びなさいよ」
だんだん知美の顔が険相になってきたので、哲夫は知美の質問に答える事にした。
「そう結論を急ぐなよ……そうだな、よくわからないけど、生きてる間だけの『一生』よりも死んだ後も含める『死んでも』の期間の方が長いから『死んでも』の方が嫌かな」
哲夫が答えると知美は右手をあごに添えてロダンの彫刻のようなポーズをとった。
「なるほど、あんたはそっちの意味で解釈するわけね」
「そっち? どういう意味だよ」
知美は哲夫の眼前に人差し指をピンと立て、真剣な表情で解説を始めた。
「この『死んでも』っていうのは二通りの解釈ができるのよ。ほら、『一生恨む』だったら自分が一生恨むっていうことでわかるけど、『死んでも』の場合は自分が死んでもなのか恨む相手が死んでもなのかわかんないでしょ」
つまりは『一生恨む』の方は文節が一つだけど、『死んでも』の方は文節が二つで、その仮定部分の主語がわからないってことか。言われてみれば確かにその通りなんだろうけど、なんというか、よくもそこまでややこしく考えられるものだ。
「……考えすぎじゃないか」
哲夫の言葉を無視して知美は解説を続ける。
「自分が死んでも、の場合は死後の世界を前提にして幽霊になっても恨むってことだよね。で、相手が死んでも、の場合は死んだ人のことは悪く言わない世間の風習にあらがってあえて死者を恨み続けるっていうことになるわよね。幽霊から恨まれるのも嫌だけど、自分が死んだ後も恨まれ続けるってのも嫌な感じ――う〜ん、甲乙つけがたいわね。でもせっかく捨てゼリフを言っても自分の意図した通りに伝わらない可能性があるのは問題だわ」
聞いちゃいないし。
勝手に思考の森にさまよいこんだ知美に哲夫は半ばなげやりな調子で言った。
「――だったら、言う時にちゃんと『私が』とか『お前が』とか主語を入れたら良いんじゃないか」
その言葉に知美はポンと手を叩いて顔を輝かせた。
「おお! それ、ナイスアイデア! 採用させてもらうわ。いや〜、さすがね。あまりに単純すぎてあたしには思いつけない発想だわ」
褒められているはずなのにどうも褒められている気がしないのは何故だろう。
哲夫の頭を疑問がよぎったが、その前に哲夫は思いだしたことがあった。
「あ、そうだ。さっき三上先輩から伝言を預かったんだけど」
「ん、なになに?」
哲夫は鞄の中から折りたたまれたルーズリーフを一枚取り出してそれを広げた。
「ちょっと待って、今読むから――え〜っと『やっほ〜、知美たん元気ぃ? こないだ借りたデジカメだけど、ボタン押したらデータ全部消えちゃった(わたしってばうっかりさん☆) まあ形あるものはいつか滅びる定めだから仕方ないよね? それに思い出は写真じゃなくて心の中にあるものだよね(あ、今のわたしすごくかっこいいかも) んじゃ、そういうことだからこのデジカメはもうちょっと借りとくね。ばいば〜い。ちゅっ(はぁと)』――だって」
「!?」
哲夫が微妙に似てない物まねをまじえて手紙を代読すると、知美は顔色を変えて哲夫の手から手紙をひったくった。そして一言一句を見逃さない勢いで一心不乱に手紙を読み、体をわななかせた。
「な、な、な……」
「お、おい、大丈夫か?」
心配になった哲夫が声をかけると、知美はやおら立ちあがって天に向かって叫んだ。
「七代祟ってやる〜っっ!!」
<THE END>
あとがき
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